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5話 メイドとは心! 奉仕の心さえあれば、老若男女誰もがメイドとなれるんス!



   †  †  †


「それで冒険者になったんですか?」

「エヘヘー、そうなんスよー」


 朝の食事処、そこで冒険者証を手にスケッギョルドがミリーアへ笑ってみせた。そこに書かれた冒険者のランクはEランク――新人であるFランクを飛ばしての快挙である。


「精霊でもなれたんですね。冒険者って」

「ご主人様が言うには精霊には意思の疎通ができる甲種と意思の疎通ができない乙種があって、受肉した甲種の精霊は異種族と同じでちゃんと冒険者になれる制度があるらしいッス」

「へー、それは初耳ですね」


 そう言ってミリーアが視線を向けたのは、小柄なエルフ――エデルガルトだった。ミリーアの視線に解説を求められたことに気づいて、エデルガルトは野菜スープから視線を上げた。


「知らなくても当然です。確か、タルソス大迷宮でも五〇年ぐらい振りの特例ですから。私もエルンスト君に言われるまで、すっかり忘れていた制度です」


 エルデガルドがギルド内での口調と違うのは、これがプライベートの彼女だからだ。ギルド支部長としての、プライベートとしての、エルデガルドは双方の自分を場によって使い分けているのだ。


「エルンストさん、よく知ってましたね。そんな制度……」

「よく勉強してますからね、真面目でいい子です。昔から」


 エデルガルドのニコニコとした笑顔は、完全に昔から知っている近所の子供を慈しむ近所のお姉さんのような表情だ。身長と見た目だけなら、もうかなり前に追い抜かれているのだが。


「愛ッスよ、愛! ご主人様は、ほら、ツンデレですし?」

「ツ、ンでれ……?」

「普段はツンケンしてるけど、ふたりきりになるとデレっとするんスよ」

「デレ……擬音で言われてもピンと来ませんね。ヴァルキュリア特有の文化、です?」

「いや、ヴァーラスキャールヴにやって来たとある世界の“死せる戦士(エインヘルヤル)”が持ち込んだ文化のひとつッス」


 スケッギョルド曰く、さまざまな世界、さまざまな時代の優秀な戦士が揃うのが主神“万物の父(アルフォズル)”の王宮たるヴァーラスキャールヴだという。


「文化英雄ってヤツ? なんスかね。こう、その人たちが持ち込んだ文化のせいで、結構ヴァーラスキャールヴの様式が変わったというか……アニメとか漫画とか、その他諸々」

「ア、ニ……? 聞いたことないですね」

「異世界の文化ですか。その結果がメイド・サーヴァント、と?」


 エデルガルドは改めて、スケッギョルドを見る。エデルガルドの知るメイドとは、貴族を始めとした裕福な家に雇われた女性の使用人のことであり、その仕事は清掃や炊事洗濯など細々とした家事を行なうものだ。少なくとも、戦乙女であるヴァルキュリアとは一切繋がりが見えない。


「何でもその世界ではメイドたるものご主人様のためになんでもこなせないといけないらしいッス。それはもう、戦闘もこなしてこそメイドらしく――」

「世界が違うと色々違うんですねぇ」


 実のところ、現実(リアル)虚構(フィクション)が入り混じっておかしな方向で伝わっているのだが、なにも知らないエデルガルドやミリーアにはそう納得するしかない。


「そう、メイドとは心! 奉仕の心さえあれば、老若男女誰もがメイドとなれるんス!」

「はぁ……」

「でも、可愛くていいですよねぇ。スーさんのメイド服、生地がすごくよくて。動きやすそうですし」


 ミリーアの興味は、服装の方にあるらしい。スーさんこと――舌を噛みそうという理由で愛称呼びになっていた――、スケッギョルドは「そう言えば」とメイド服のスカートの腹部にあるポケットに手を入れてガサゴソと中を漁り出す。


「確か、サイズも色々、予備が~……んー」

「へぇ、空間魔法を用いたポケットですか。すごい技術ですね」

「これ、流石にヤバいからって名前は教えてもらってないんで、ヴァーラスキャールヴでは亜空ポケットって言われてて――お? あったッス!」


 スルスルとどう考えてもポケットに入りきれないメイド服が二着出てくる。目を輝かせるミリーアと野菜スープへと戻っていたエデルガルドに、スケッギョルドは笑顔で言った。


「うわっ、すごーい!」

「試しに着てみるッスか?」

「――え?」


   †  †  †


「お! 来たッスね、ご主人様!」


 朝、まだ客のいない――大概、客層の冒険者たちが起きるのが昼だからだ――早朝の食事処に降りてきたエルンスト・ブルクハルトは見た。


「本当、これすっごく動きやすいですよ! ここの制服にしたいくらい!」


 はしゃいでその場でクルリと回るミリーアによく似た短いスカート丈のメイドと。


「……あわわわわ」


 テーブルの影に隠れたロングスカート姿のエデルガルドによく似たエルフメイドが、戦乙女メイド以外に増えていた。


「…………」


 その光景を虚無の瞳で眺めたエルンストは、いつも決まって座るカウンター席に腰を下ろすとミリーアへ言った。


「いつもの」

「はーい!」

「スルー!? スルーされるのもそれはそれで辛いんですけど!?」


 バンバン、とテーブルを叩きながらその影から飛んでくるエデルガルドの指摘に、エルンストは疲れた表情でため息をこぼす。


「なんで、こんな解除に失敗したら即死亡みたいなデストラップみたいな状況に触れないといけないので?」

「うううう、昔はもう少し可愛げあったのにぃ……」

「怒りますよ?」


    †  †  †


 硬い黒パンを薄いスープでふやけさせながら、エルンストは朝食を始める。その上で、改めてエデルガルドを見た。


「……で? まさかそんな格好見せに来た訳じゃないでしょう? なんのご用で?」

「うう、ちょっと待ってください……立ち直る時間を……」


 どうせ似合うと思ってませんけどね、といじけるエデルガルドに、スケッギョルドがグルンと笑顔で視線を送る。わかってるッスよね、わかってるはずッスよね、というメイド・サーヴァントから受ける眼力の圧に、エルンストは深いため息と共に言った。


「はいはい、似合ってますよ」

「むう……ふう、いいでしょう。確かに、こんなことをしている暇はないですし」


 コホン、と咳払いするエデルガルド。小柄ではあるが、そのメイド服の上からでもしっかりと見て取れる大きめな胸を深呼吸で揺らしながら、改めて言った。


「実は、霜の巨人(ヨトゥン)のことで改めて相談があるんです」

「……なにか、進展でも?」


 こちらがギルドの支部に行く前に会いに来た、ということはそれなりに込み入った事情がありそうだ。簡単な朝食をすぐに終え、エルンストは真面目な表情でエデルガルドに向き直った。


「進展、と言うには良い状況ではありません。四二階でAランクパーティがヨトゥンとおぼしき巨人と交戦して、全滅しました」

「――どのパーティです?」

「“銀剣(ぎんけん)”――ヴィンセントさんのパーティです」


 ――冒険者ギルドには、高位冒険者やパーティが優れた功績を達成した時、二つ名の称号を送る習わしがある。“銀剣”とは銀の剣で“白き人狼”とギルドが名付けた強力なモンスターをAランク冒険者ヴィンセントがリーダーであるパーティが討伐した時に授与された二つ名である。

 それこそ“屠竜者”と“剣聖姫”が双璧と呼ばれるこのタルソス大迷宮の中では、三番手と目されたパーティだったはずだ。エルンスト自身もヴィンセントとは個人的な交流があり、そのパーティから受ける付与魔法で強化し大剣で戦う豪快なスタイルは、今でも勝てる気がしない程の、Aランク冒険者にふさわしい実力者だ。


「“銀剣”が全滅、ですか。そこまでヨトゥンは強い、と?」

「わかりません。少なくとも私の知っているヨトゥンはBランクパーティなら討伐可能なはずですが――」

「なら、場所が悪かったんスね」


 横から口を挟むスケッギョルドの表情も厳しいものだった。いつもの軽さはなりを潜め、真剣な表情で解説する。


「ヨトゥンは霜の巨人って呼び名にふさわしく、気温が低ければ低い場所ほど実力を発揮するッス」

「……四二階は、確か――」

雪狼(スノーウルフ)の群れが生息してますね、確かに」


 雪狼は縄張りを積雪状態にする雪の精霊の一種だ。厄介なことに縄張り意識が強く、徐々に拡大させていく習性を持っている。雪狼自体は群れで行動するのが厄介なだけで、Cランクパーティが適切に対処知れば駆除は難しくないモンスター……のはずだった。


「なら、原因はそれッス」


 なるほど、ヨトゥンの実力以上に環境との合せ技でやられた訳か――エルンストも、表情が険しくなる。エデルガルドがわざわざこちらに出向いた相談内容も想像がつくというものだ。

 その予想通りに、エデルガルドは本題を切り出した。


「今回、ヨトゥン討伐のために冒険者ギルドで合同パーティを結成させることになりました。それにエルンスト君とスケッギョルドさんを私は推薦したいんです……そのお願いにきました」


    †  †  †

一体、どこの業の深い世界がこんなひどい真似を……(わなわな)


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