4話 ダンジョンにおける冒険者的日常風景
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――冒険者ギルドの依頼は、大きく分けて五つの依頼に分けられる。
危険な魔物や獣を駆除・討伐する、討伐依頼。
鉱石や植物、諸々素材を採集する、採集依頼。
街道や危険地帯の移動を護衛する、護衛依頼。
指定された地域や領域を調査する、調査依頼。
上記四つには当てはまらない雑務、雑務依頼。
大体がこの五つに分類され、冒険者ギルドが設定する難易度によって受けられる冒険者ランクに制限が設けられる。
それぞれを専門にする冒険者もいれば、幅広く依頼を選ばない冒険者もいる。すべては冒険者のスタイル次第、好きに依頼を選べるというのも冒険者の許された自由のひとつだ……もちろん、受けた依頼をきちんとこなす、という前提条件ありきだが。
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タルソス大迷宮は、現在五二階まで存在が確認されている。規模やモンスターの生態など、ダンジョン構造学の専門家の間では後一〇階以上の深度があるだろうと予測されていた。
現在は地上部分のタルソス『1st』、地下一三階のタルソス『2nd』、地下二四階のタルソス『3rd』、地下三六階のタルソス『4th』、地下四八階のタルソス『5th』と名付けられた迷宮街が冒険者たちの冒険の拠点となっている。
タルソス『3rd』以下はCランク以上の冒険者かその護衛を雇った者たちしか踏み入れることが許されない、まさに死と隣り合わせ領域だった。
「――んで、どうしてわざわざ三〇階まで上がって来たんスか?」
「この階なら腕試しに丁度いいからな」
スケッギョルドの疑問に、エルンスト・ブルクハルトは端的に答えた。腕試し、その言葉に、スケッギョルドが満面の笑みを浮かべる。
「なるほど、ヴァルキュリア的アピールタイムっスね!」
「寡聞にしてヴァルキュリア的アピールタイムってのは知らんが、そう思ってくれて間違いじゃない」
やる気満々のスケッギョルドに、興味なさげにエルンストは言い捨てる。アピールしてほしいのは口がいかに回るかではなく、戦闘能力だからだ。
「ここだ」
石畳の通路を抜けると、そこは広い空間だった。スケッギョルドと遭遇した場所に似ているが、部屋の形状が違う。ドーム型、その内側の部屋だ。ここで幾度となく激しい戦いが行われていたことは確かだろう、スケッギョルドは荒れ果てた部屋の中心へと歩くと天井を指差した。
「ようは、アレと戦って倒せってことっスか?」
「ま、そういうことだ」
スケッギョルドの問いに、エルンストは首肯する。スケッギョルドの指の先、そこには逆さになって蝙蝠のようにぶら下がったガーゴイル像があった。
「ま、Cランク冒険者ならソロでも勝てる程度の相手だ。あれに少しでも手こずるようなら、お前は今度期限まで街に置き去りにする。もちろん、返品な」
「はぁ」
バキ、バキバキバキ、と軋みを上げてガーゴイル像の色が変わっていく。灰色から黒へ、完全にその色が真っ黒に変わるとガーゴイルは天井から離れて落下。スケッギョルドの目の前に立った。ガーゴイルの体長は三メートル強、一五〇センチ程度の小柄なスケッギョルドでは、まさにサイズから違って見えた。
グレーター・ガーゴイル。魔法生物であるガーゴイル種の中でも通常のガーゴイルより強力な上位種だ。魔法に強く、身体は強固。Cランク冒険者がソロで倒せる、と言ってもあくまで戦闘の専門家の場合だ。
「ま、いいっスけどね」
ガシャン、とメイド服のまま、スケッギョルドは両腕両足に純白の手甲とすね当、純白のバトルアクスを召喚して装備した。
「ちゃちゃっとヴァルキュリア的アピールタイムで惚れ直さてあげるッスよ!」
「いや、最初から惚れてないから失敗だな、お疲れ」
「イケずぅ」
思わずくねくねと身悶えるスケッギョルドへ、ガーゴイルは右の鉤爪を振り下ろした。
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ズガン! と石畳に鉤爪が亀裂を刻む。その深さと鋭い切り口は、例え金属の鎧でも簡単に引き裂けるのだと確信するのに充分だった。
「――ま、当たったらッスよね」
紙一重、ほんの一歩の後退。一センチほど近くをその鉤爪が通り過ぎたのを、スケッギョルドは見送った。右手を引き戻そうとガーゴイルがするより早く、ガゴン! とスケッギョルドがバトルアックスの柄頭を手の甲へ叩きつけ、押さえて止めた。
グッ、と動きが止まる。ガーゴイルが強引に引き抜こうとしたその時、スケッギョルドは敢えて柄頭を外してやった。
「はい、減点一っス」
急に押さえが消え、力が余ってガーゴイルがわずかに体勢を崩す。それを踏ん張ろうとした瞬間、肩を起点にバトルアクスの柄が下を今度は跳ね上げさせてガーゴイルの右肘を大きく跳ね上げさせた。
ガーゴイルが、一歩よろめきそうになる。それを見ると腰だめにバトルアクスを構えたスケッギョルドが即座に突き出し――思い切り、引いた。狙いはよろめいた脚、宙に浮いていた脚はバトルアクスの刃と逆にあったピック部分に引っ掛蹴られて黒い巨体が軽々と宙を舞った。
「減点二ッス、んでもって――」
バトルアクスを引いた動きで、スケッギョルドは大きく振り上げ――空中に浮いたガーゴイルへ力の限り振り下ろし、そのまま床へと叩きつける!
ゴォ! と薪割りの薪の要領で、バトルアクスの刃が刺さったガーゴイルは、地面に叩きつけられた衝撃で完全に断ち切られた。身体が石の魔法生物だからこそ、その亀裂は致命的だ。身体中に受けた衝撃に耐えきれず、そのままガーゴイルが粉々に砕け散った。
「――これで立ち上がれないなら、減点三で失格ッスよ?」
ヒュン、と改めてバトルアクスを構え直して、スケッギョルドは残心。砕け散ったガーゴイルが再生しないのを確認し終えてから、改めてエルンストの方へ振り返った。
「どうっすか? どうっすか!? 鮮やかだったでしょ? 褒めたくなったっすよね? 労いたくなったッスよね!」
「ああ、お疲れさん。一応は合格だな」
そう言って、エルンストはガーゴイルへと歩み寄る。そのまま、ガーゴイルの胸部だった場所から丸い球体を取り出すと、スケッギョルドに放おって寄こした。
「ここのグレーター・ガーゴイルは三日に一回、生み出されるんだ。で、それが討伐証明になる」
「? とうばつしょうめいっスか?」
「冒険者が依頼のモンスターを倒したって証明するために持ち帰るドロップ品だ。それがあるなら、Dランクからスタートできるだろうよ」
「ん? んん?」
エルンストの言葉に、スケッギョルドが小首を傾げる。意味がわからない、という表情のスケッギョルドに、当然のことのように言った。
「俺はお前が付きまとうっていう間も冒険者として依頼を受けるからな。お前が冒険者資格を持ってないと、『4th』周辺で依頼が受けられないんだ」
「……使い魔とかでもいいんじゃないッスか? 自分、精霊だし」
使い魔――例えば、テイマーやサモナーと言った存在は魔物を操ったり召喚して使役する。そういう存在をテイマーやサモナーと言った冒険者は使い魔として冒険者ギルドに登録、それで初めて街中で連れ歩くことが許される、という制度があるのだ。
もちろん、エルンストもそれを把握している。
「知能が人間並で外見人型だと色々面倒なんだよ。使い魔登録すると、俺の所有物扱いになる……お前だって気分良くないだろ? それ」
少しは頭を使って考えろ、と吐き捨てるエルンストに、スケッギョルドは「んー」と頬に指先を当てて考え込み、少しだけ頬を赤くした。
「もしかして自分、気ぃ遣われたッスか」
「……お前にはこの言葉をくれてやる。『言わぬが花』ってのを憶えておけ」
エルンストは、そのまま気怠げに歩き出す。長時間話して、疲れた。そのまま先に進んでしまうエルンストを小走りで追いかけ、スケッギョルドは満更でもないように「エヘヘ」と笑みをこぼした。
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解説回、というかこういうのきちんと解説するって必要だよなってことで!
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