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3話 戦乙女スケッギョルド1

   †  †  †


 ざわり、と冒険者ギルドタルソス『4th(フォース)』支部にざわめきが起きた。

 ざわめきが起きた理由は、ギルドの建物に入ってきた黒髪で長身痩躯の青年だ。しっかりと手入れの行き届いた革鎧、腰には長剣、左手には小型盾(バックラー)、腰の後ろにはさまざまな小物を入れたバッグ。いっそ「これが冒険者です」と教科書に載せてやりたいくらいオーソドックスな冒険者スタイル。猫背気味の三白眼が特徴のその冒険者は、エルンスト・ブルクハルトである。

 普段であれば、目立つようなことはなかった。むしろギルド内の背景かと思うぐらいに風景に馴染み、気づかないぐらいなのだ。しかし、今は目立つなというのが無理なほど、同行者が度を越して目立っていた。


「三五階の依頼の件で、経過報告に来た」

「は、はぁ……その、エルンストさん? そちらのお方は……?」


 ギルドのカウンターで適当な受付嬢に話しかけると、受付嬢はおそるおそる問いかけた。好奇心から、ではない。問う必要があると思ったからだ。少なくともこの光景を見た者は今日一日誰であろうとなにも手がつかなくなるだろうから――うん、やっぱり好奇心かもしれない。


「自分、ご主人様のメイドッス!」

「聞き流せ――今回の依頼の情報源だ」


 エルンストの後ろにピタっと歩いていたメイド姿の同行者、スケッギョルドの自己申告をエルンストは高速で一刀両断。いないもののように、受付嬢に問いかけた。


「支部長はいるか? 話がしたい」

「ああ、支部長なら今なら資料室にいます。呼びますか?」

「いい、俺が資料室に出向く」


 そのまま大股で歩いていくエルンストの後を、スケッギョルドはちょこまかとついていく。ギルド内にいたみんながそれを視線で追っていると、不意にスケッギョルドは振り返った。


 再び静まり返るギルド内、そんな中でペコリと頭を下げたスケッギョルドがニコリと微笑んだ。見た目一〇代半ばの愛らしい少女の笑みは、老若男女問わず目を奪うほどの魅力があった――。


「とっとと来い」

「ぎにゃああああああああああん!?」


 最後に、エルンストに首根っこを引っ掴まれて引きずられていくオチまで見なければ。


   †  †  †


 紙の書類や書籍が集められた資料室は、お世辞にも空気が良い場所ではなかった。

 冒険者には、依頼終了後の報告義務がある。ここに集められたのは冒険者ギルドタルソス『4th』支部の割り当て内での冒険者たちの冒険の記録であり、まさに次に活かすための資料の山だった。


「おや、今回は随分と早く経過報告に来たね、エルンスト君」


 その資料に熱心に目を通していたのは、見た目一〇代前半ほどの少女だった。しかし、その先の尖った耳を見れば彼女はエルフ族であり、人間感覚の外見による当て推量など意味をなさないことはすぐにわかる。

 実際、エルンストが冒険者になる前の少年時代から少しも見た目が変わっていないのだから。加えて、その頃からこの冒険者ギルドタルソス『4th』支部の支部長をやっていた。


「いえ、実は妙なことになりまして。コイツなんですが……」

「ふむん、珍しいねヴァルキュリアか。しかもかなり高位だね、もしかして“名前持ち”かな?」


 かけていた眼鏡――なんでも老眼らしい――をずらして、支部長がじーっとスケッギョルドを見て一目で存在を当てた。それに、エルンストは驚きの声をこぼす。


「なんだ、お前本当にヴァルキュリアなのか」

「そう言ったじゃないッスかぁ!?」

「受肉すれば、余計にわからなくて当然だよ。私はエデルガルト、この冒険者ギルドタルソス『4th』支部の支部長をやっている者だ。名があるのなら、聞いてもいいかな? ヴァルキュリアさん」


 右手を差し出し名乗るエデルガルトに、スケッギョルドは握手に応じて名乗った。


「自分、スケッギョルドって言うッス。いつもご主人様がお世話に――」

「まだ試用期間だろうが」

「ああん、イケズっすぅ」


 余計なことを言うな、と言外にぶった切るエルンストに、スケッギョルドが身をくねらせる。なんだか、ないがしろにしても喜ばれる気がする、とエルンストが疲れた表情をしていると、エデルガルドは軽い驚きの表情を見せた。


「驚いた、ヴァルキュリアの“名前持ち”でも最高位じゃないか」

「はっはっは、それほどでもあるんスけどねぇ」

「そんなすごいのが俺ごときに負けるはずないだろうが」

「――はい?」


 エデルガルドが聞き捨てならない言葉を聞いて、目を丸くした。


   †  †  †


 エルンストは経過報告を兼ねて、スケッギョルドとの交戦についてもエデルガルドに語った。


「そうかぁ、あのエルンスト君が最高位のヴァルキュリアに勝ったかぁ。あんな小さかった子供がねぇ、人間の成長は早いなぁ」


 立派になったねぇ、とエデルガルドはこぼれた涙をハンカチで拭いながらしみじみと言った。それは純粋に子供の成長を喜ぶ、大人の言葉だった。

 比喩でなく本当に子供の頃から知られているだけに、そういう言われ方をするとむず痒い。エルンストは話題を変えようとスケッギョルドへと視線を送った。


「で、こいつが押しかけて来てからちょっと話を聞いてみたんです。ちょっと支部長の意見がお聞きしたくて」

「ふむ、なんだい?」


 エデルガルドが表情を改める。やはり、彼女から話題を逸らすには職務を持ち出すのに限――。


「え? ご主人様の子供の頃ってどんなだったんスか?」

「ああ、それはねぇ――」

「混ぜっ返すな。あんたも職務を思い出せ」


 また引き戻されそうだった流れを、必死にエルンストは引き戻す。なんだろう、これ。疲れるので止めてほしい。


「いや、実は自分、ちょっと面倒なヤツを追ってこっちの世界に来たんスよ」

「面倒なヤツ?」

「はいッス。“霜の巨人(ヨトゥン)”の一体なんスけど――」


 なぜかこの説明に数時間に及ぶスケッギョルドの冒険譚が始まってしまうので、内容を知っているエルンストが要約した。


「ま、こいつが追ってきたヨトゥンがこのタルソス大迷宮のどこかに潜んでるらしいんですよ」

「あ、ここから始まる愛と勇気の冒険譚をそこまで端折るっスか!?」

「お前の愛と勇気は擬音が多いんだよ!」


 語らせてほしいッスよ、とすがりつこうとするスケッギョルドの頭を腕で抑えながら、エルンストは言い捨てる。エデルガルドも出てきた“大物”の名前に、考え込んだ。


「ヨトゥンかぁ、討伐には最低でもBランク冒険者パーティが必要になりそうだね……」

「なら、そっちで対応してもらって――」

「なにを言ってるんスか! ご主人様!」


 グイ、と強引にエルンストに抱きついたスケッギョルドが頬を膨らませながら文句を言う。


「ここはご主人様が倒して、“死せる戦士(エインヘルヤル)”として英雄譚に華を添えるとこッスよ!」

「支部長の話聞いたろうが、ソロで挑んで勝てる相手か。自殺願望は俺にはない」

「大丈夫ッスよ、その時は優しぃくヴァーラスキャールヴに連れてってあげるッス」


 どっちにせよ、自分は美味しい――ニコ、と満面の笑みで言うスケッギョルドに、エルンストは閉口。がっしと顔面を鷲掴み、強引に引き剥がした。


「あぶぶぶぶぶ!? 無言! 無言は怖いっスよ!」

「はいはい、そこまで。エルンスト君も女の子の顔を掴んじゃ駄目だよ」

「……頭にダガーぶっ刺してやったんですがねぇ。このぐらいせんとこいつ、堪えないんで」


 エルンストは手を離すと、更に抱きつこうとするスケッギョルドを指の動きで威嚇する。それを苦笑して見ながら、エデルガルドは話を戻した。


「とにかく、経過報告は確かに聞いたよ。他のタルソスの支部にも連絡は入れてく。それでいいかな?」

「はい。これで三五階の調査依頼は終わりになりますか?」

「そうだね。お疲れ様、後の処理は受付で済ませて報酬を受け取っておくれ」


 はい、と立ち去ろうとするエルンストと動かないスケッギョルド。何事か、とスケッギョルドをエルンストとが見下ろすとメイド戦乙女がニッコリと微笑んだ。


「いや、まだご主人様の子供の頃の話ぎにゃああああああああああああああ!」


 最後まで言わせない、失礼しますと一言残して、エルンストはスケッギョルドの首根っこを猫のようにつまみ上げ、資料室を後にした。


   †  †  †

ふたりの立ち位置や関係がわかるお話になっていたら、嬉しい限り。

ちなみに、スケッギョルドさん半神としてこの世界のヴァイキングに超大人気だったりします。


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