2話 冒険者エルンスト・ブルクハルト2
※書き溜めなしのため、不定期投稿になる可能性もございます。
※ご覚悟の上、お読みいただけると幸いです!
※本日は二話のみとなります。
† † †
「お前は人生、なにが楽しいんだ?」
そう顔見知りの同僚に聞かれたことがある。エルンスト・ブルクハルトは表情一つ変えず、こう答えた。
「別に楽しまなくても死にはしない」
† † †
エルンストは、優秀だが熱意に欠けている男だ。冒険者になったのも、腕っぷしが人よりたつからという即物的な判断の上だった。冒険者は冒険せずに、手堅く稼ぐべきだと言ってしまうぐらいには、冒険者という職業をただの生活手段としてしか見ていない男である。
朝起きて冒険者ギルドに向かい、依頼を受ける。依頼を終えたら報酬を受け取って宿屋へ。腹八分目に栄養のある食事を取って、次の日に疲労を残さないようにぐっすりと寝る。
このルーチンを冒険者のなりたて、一五でFランク冒険者の頃から五年間繰り返してきた。
天職なのだろう、優秀だったからこそEランク、Dランク、Cランクとトントン拍子に昇りつめ、ソロでBランクとなった。実績を詰めば、冒険者ギルド最高ランクのAランクになるのも時間の問題だ――実績など、日々コツコツやっていけば簡単に得られるものなのだから。
――エルンストは、優秀だから気づかない。ソレが簡単ではなく困難で、普通ではないことを。
冒険者には戦闘能力が必要だ――だから鍛えた。
迷宮探索に探索技能が必要だ――だから覚えた。
冒険者の仕事は知識が必要だ――だから学んだ。
効率を求めれば魔法が有用だ――才能がないから、アイテムで補うことをした。
距離を問わない戦い方がいる。ソロでは手数が足りなくなる。次々に現れる問題点を、必要で有用だからという理由で解決していっただけの結果なのだ。
そんなことを必要だからの一言でできるなら、苦労はしない。だが、エルンストはできた、できてしまった。そして、できないと判断すればすぐに次善策を出して解決していったのだ。
これこそがエルンスト・ブルクハルトの冒険者の本質だった。これについてける者がいないから、自然とソロ――ひとりでの冒険者生活が当たり前になっていた。
生きるのに情熱などいらない。ただ、すべきことをすればいい――エルンストは常日頃そう思っていた。
† † †
――でも、それって本当に本心なんスかね?
† † †
エルンストが疾走り続ける。的を絞らせない、それこそが重要だ。迫る斧を弾き、受け止め、受け流す。足を止めれば酔っ払いの海賊どもの斧投げ遊戯の的がごとく光の斧が次々と刺さるだけだからだ。
「――――」
焦りはない、いっそ冷徹な瞳で状況を見極め反撃の隙を伺っていた。心臓の鼓動が、運動量に比例して早く強くなる。うるさいぐらいの脈動、生きているのだという自己主張をしてくる――。
『XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX!!』
人の形をした光が、両腕を広げて次々に光の斧を操っていく。なにを言っているかわからないが、なにをしているのかは伝わった。
(……笑ってやがるのか)
いい加減、エルンストにも光の感情がわかってきた。楽しんでいるのだ、こちらとの戦いを。それは一方的に攻撃しているだけなら楽しいだろう。一〇本の光の斧は次々と軌道を変えてさまざまな角度から襲いかかってくる……ああ、楽しんでやがる、間違いない。今のは完全に新技だよな、とエルンストは身を低く沈めて死角から首筋目掛けて襲ってきた斧をかいくぐった。
とっとと逃げるか? とはいえ、後ろから襲いかかられると面倒だ。それならいっそ――。
† † †
――なんで、そこで言い訳するんスか?
† † †
ガシャリ、と自然と自分が剣の柄を握る手に力を込めていたことにエルンストは気づく。
逃げる方が正しい、相手にしても割に合わない――だというのに。
† † †
――そういう嘘は、良くないっスよ?
† † †
ああ、とエルンストは思う。
ギシリ、と自然に奥歯が軋む。強く強く噛み締め、腹の底から言葉が溢れた。
† † †
――ほら、正直になったらいいんスよ。
† † †
「――そのニヤけ面が気にいらない」
† † †
――はい、よくできました!
† † †
エルンストが、駆け出した。光が斧を放とうとしたその時だ――ガキン! と爪先で落ちていたダガーを一本、エルンストは蹴り上げた。それをキャッチすると、すぐさま投擲した。
『XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX!?』
光は躱さない。魔力を帯びない通常の武器では光を透過するだけだからだ――しかし、ガン! と頭部に当たる場所に衝撃が走って光はのけぞった。
ダガーは確かに頭部分を透過した。しかし、一緒に投げ放たれていたもう一本の魔力を帯びたダガーは別だった。同じ軌道、影に隠れていた魔力のこもったダガーにのけぞった瞬間、エルンストは一気に間合いを詰める!
「――舐めるな、クソ精霊」
珍しく苛立ちを込めた声で、エルンストは光の胸部に長剣を突き刺した。深々と根本まで、そして抉り刃の向きを変えて強引に振り下ろす!
『XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX――!?』
その瞬間、頭部に刺さった魔力のこもったダガーをエルンストは逆手で引き抜いた。そのまま、光の足へ。一度、二度、三度、四度、ガガガガガガガガガガガガガ! と光の脚を何度も突き刺し、切り刻んだ。
意識が冴える。視界がクリアになる。頭の熱が全身に広がり、頬が引きつる――!
「――クハッ!」
『XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX!』
光は手に、巨大な光の斧を生み出し振りかぶる。至近距離の、精霊の耐久力だからできる相打ち覚悟の一撃。だが、エルンストはそんなものに付き合ってやるつもりはない。
『XXXXXX!?』
顎に相当する部分から突き刺した剣、その柄頭をこれでもかという勢いでエルンストは蹴り上げる! グラリと体制を崩す光、そこに追い打ちと言わんばかりに小型盾を構え、振り下ろした。
「くたばれ」
爛々と強い殺気に輝く黒い瞳――光が持っていた斧を小型盾で上から押し潰すように振り下ろし、精霊の斧でそのまま光を断ち切った。
† † †
――時間は戻り、エルンストは疲れたような顔で言う。
「え? お前、あの精霊なのか?」
「そうッスよー、ちゃんと憶えてるじゃないですかー!」
エルンストのざっくばらんな説明を受け――細かい部分は避けた、切り刻んだ張本人を目の前に食事処でする表現でもないと思ったからだ――、ミリーアは怯えたように言った。
「え? ダンジョンのモンスターが、どうして街中に!? 結界とかありますよね!?」
「ちゃんと受肉してぇ、敵意がなきゃ大丈夫なもんッスよ? 自分、モンスターでなく、戦乙女の精霊っスから」
その名前はエルンストには聞き覚えがある。確かどこぞの神格の眷属に相当する精霊で、強き者の魂を収集する死の精霊だとかなんとか――。
「失礼っすねぇ、死の精霊じゃなくて戦乙女、戦いの精霊ッスよ」
「殺される側からすれば結果は同じだ。で? そのたかが冒険者ごときに負けた戦いの精霊サマがなんだって? ええ?」
エルンストの半眼に、どこ吹く風というようにメイド少女は答えた。
「あなた、強き者。自分、試して知った。だから付きまとって死ぬ時魂いただく、そういうことッス、OK?」
「――ふっざけんな、やっぱ死神の類だろうが!」
やっぱり、ここで始末をつけておくべきだ、とエルンストはミリーアを見る。
「なぁ、金は払うから客にサモナーとかいたら紹介してくれないか? ここでキッチリもう一回始末してから送還してもらってこっちの世界との繋がりしっかり断つから」
「意外にガチ目の対応ッスね!?」
「当然だろうが、このぐらい」
あなたが死ぬまで付きまとわせてもらいます、とか宣言する相手には当然の対応である。ひっし、とエルンストの脚にメイド戦乙女が泣きながらしがみついた。
「そう言わないで! 自分精霊の中ではむっちゃ上位な存在な上に、無茶苦茶強くて側に置いとくとお得ッスよ!」
「俺に負ける程度の精霊いらんわ」
「ちょ!? ご自分の実力過小評価しすぎでは!?」
「ええい、離せ! この疫病神が!」
「せめて死神ィ!」
必死に脚をメイド戦乙女の魔の手から引き抜き、エルンストは肩で息をする。ただでさえ、こいつと戦って疲労しているのである。ぐっすり眠りたかったというのにいい迷惑だ。
「ほら、“死せる戦士”になったら思う存分戦ったり戦ったり戦ったりできるッスよ!? 自分も、夜はお世話するから!」
「別に戦うのは好きじゃないんだよ、俺は」
苦々しげに言うエルンストに、一瞬メイド戦乙女が動きを止める。小首を傾げて、珍獣でも見るような顔で見上げてきた。
「? ??」
「なんでそこで不思議そうな顔すんだよ? 普通だろうが」
「あんな強くなるぐらい鍛えてるのに、戦い嫌いなんスか?」
「積極的に殺し合いするほど、好きじゃないっての」
戦いはあくまで仕事の手段、必要だったから強くなっただけだ。エルンストがそう答えれば、キョトンとしたメイド戦乙女は「はっはっは」と笑った。
「冗談キツいッスよぉ。自分のヴァルキュリアセンサーがビンビンにバトル大好きって反応してるんスから」
「壊れてんだな、故郷に戻って返品してこい。んじゃーな」
楽しんだ記憶はない。後半、ただ衝動に背を押されるままに戦ったが、それだけのことだ。殺される前に殺した、冒険者の日常だ。
「すみません、エルンストさん。サモナーの方は泊まってないですね、今日」
「真面目に調べてたんスか!?」
ミリーアが台帳を調べ終わって戻ってくるのに、メイド戦乙女はツッコミを入れる。エルンストはため息、改めて床に倒れて地面に指先で円を書いていじけるメイド戦乙女を見下ろした。
「……で、どうしたら諦めてくれる?」
「そう、そう言わずに! 自分、お役に立つッスから! ね、せめて一ヶ月くらいお試し期間でどうッスか!?」
お願い、捨てないで! と再びしがみついてくるメイド戦乙女に、エルンストは半眼しながら吐き捨てる。
「……なら、一ヶ月後俺がいらんと言ったらきちんと去るな?」
「も、もちろんッス! ヴァルキュリア嘘つかないッス!」
「いや、もちろん契約の“魔法の巻物”で縛り入れるけど?」
「……本当、容赦ないッスね」
目が本気だ、そこには冗談の欠片も存在しない――もちろん、混じりっけなし一〇割本気であったが。
ミリーアはちょいちょいと手招きする。そして、エルンストに耳打ちした。
「ほ、本当にいいんですか? 精霊ではあるみたいですけど……」
本来、精霊はここまでしっかりとした自我はない。地・水・火・風の四大元素を代表とする元素精霊や自然物に宿る小精霊がほとんどだからだ。ヴァルキュリアともなると、もはやただの精霊ではなく、半神とも言うべき領域に片足を突っ込んでいると言っても過言ではない。
「今回の調査結果の報告、こいつの口からさせるとより詳しい話が聞けそうだし。もしもの時は、受肉した身体を始末するだけだ。面倒だから、もうやりたくないのが本音だがな」
ミリーアの心配に、俺が責任は持つと返すエルンスト。それなら……と引くぐらいにはミリーアにはエルンストへの信頼はあった。
「そんで? 一応、名前があるなら聞いていこうか? 死神」
「死神じゃないッスよ」
トン、と軽い動きで立ち上がり、メイド戦乙女は敬礼しながら言った。
「どうもッス! 自分、メイド・サーヴァント派遣業ヴァーラスキャールヴから派遣されたメイド・サーヴァントのスケッギョルドって言うッス! 今後ともよろしくお願いするッスよ、ご主人様!」
メイド戦乙女――スケッギョルドの名乗りに、エルンストはとりあえず一拍置いた。指摘やらツッコミやらが追いつかない……とりあえず、一番重要なところを訊ねてみた。
「……なんだよ、メイド・サーヴァント派遣業って……」
「いや、ヴァルキュリアも時代のニーズに対応すべきだって“万物の父”様が……」
「世の中、時代の変化に対応しなくてもいい分野もあるんだぞ!?」
さすがにスルーできず、エルンストはツッコミを入れた。
† † †
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