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16話 ただのエルンスト・ブルクハルト

   †  †  †


 シャリ、シャリ、シャリ、と一定のリズムでその音だけがその部屋に響き続けた。


「…………」


 その音をベッドの上で聞いていたのは、左腕を包帯と当て木で固定されたエルンスト・ブルクハルトである。魚のような感情の消えた瞳で虚空を見つめるエルンストへ、ウェンディ・ウォーベックが切り分けたリンゴを並べた皿を差し出した。


「はい、どうぞ」

「……おう」


 器用にうさ耳にカットされたリンゴを見ながら、エルンストは視線を動かす。そこには貼り付けたような満面の笑顔のウェンディとエデルガルドがいた。エルンストは固定された左腕を軽く持ち上げて、ふたりへ言う。


「いい加減、魔法で治してくんね……」

「魔法だって万能じゃないんですよ。粉砕骨折した骨が肉に食い込むどころか骨片が皮膚を突き破るわ関節は原型を留めてないわ……むしろ、元に戻る可能性があることを喜んでくれません?」


 問答無用の正論をエデルガルドに叩きつけられ、エルンストは黙る。エルフとして類稀な魔力を持つエデルガルドだからこそ、可能性が残ったというのは確かなので文句が言えない。


「身体が鈍るぞ、これ……」


 ここは冒険者ギルドタルソス『4th(フォース)』支部の部屋だった。結局ヨトゥンとの戦い後、気絶したエルンストが応急処置だけ施されここへと押し込まれたのだ。三日間寝込んだらしく、起きた時にはもうこの状態だった。


「一度、頭を冷やしなさい。あんな戦い方してたら、いくつ生命があったって足りないわよ」

「あー……」

「言っておくけどね、あそこで一歩退く選択もできるのが冒険者でしょうが。英雄譚の主人公じゃないんだから」


 ウェンディの言い分もわかる。冒険者が目指すべく第一は依頼の達成、第二にすべきは被害を最小限度に抑えることだ。依頼が達成できなければ、なんとしても生き延びて次に繋ぐ――それも冒険者の大事な仕事のひとつのはずだ。


「おーい、ご主人様~!」


 ドンドンドン、と扉がノックされる。そのまま答えを待たずに部屋に入ってきたのはメイド戦乙女スケッギョルドだった。


「おう、どうだった?」

「えらく素直に引き受けてもらえたッスよ。これッス」


 エルンストの問いに、スケッギョルドは背負い袋から一本の短剣(ショートソード)を取り出した。それを見て、エルデガルドがギルド支部長の表情で問いただす。


「それは?」

「いや、ご主人様に頼まれて『3rd(サード)』支部の支部長さんに打ち直してもらったんス――」


 受け取ったエルンストが、固定された左腕で鞘を抑え逆手で短剣を抜く。現れた刀身はミスリル銀製――“銀剣”ヴィンセントの象徴とも言うべき銀剣を打ち直してもらったものだ。


「ヘイスバルトのおっさんは、なんだって?」

「『折れた分は元には戻らないし、これがせいぜいじゃ。あやつも坊やが使うなら文句はないじゃろう』って言ってたッス。話のわかるドワーフさんッスね」

「――そうかい」


 ヨトゥンとの戦いで折ったのは自分だ、だから正当に銀剣を買い取って短剣に打ち直してもらったのだ……戦い倒れた仲間の遺品を使う、それはひとつの感傷であるだろうが。


「ま、使える物は使う主義なもんでな」

「……もう」


 鞘に短剣を戻して言うエルンストの言葉が言い訳じみていて、ウェンディがため息をこぼす。半顔するウェンディの視線もなんのその、スケッギョルドは心の底からの笑みで言った。


「で? そろそろ試用期間も終わって答えは出たッスか? いつだって、ご主人様を自分は望むままの戦いに導いてあげるッスよ」

「――――」


 少し前ならば、馬鹿を言うなの一言で切り捨てただろう。しかし、今、自分の本質を垣間見たエルンストとしては、あの戦いを無かったことにはできなかった。

 ただし――エルンストは呆れたように言う。


「いや、別にお前は必要ないしなぁ」

「ええええええええええ!? 役に立つッスよ!? いつだって、ご主人様の理解者で絶対の味方で、従者で妻でメイドなんスよぉ!?」

「どれもぉ、いらねぇしぃ」


 しがみついてブンブンブン、と揺さぶってくるスケッギョルドに、エルンストは虚無な表情で答える。それに呆れたような表情をして、ウェンディはスケッギョルドの首根っこを掴んで引き剥がした。


「怪我人になにやってるのよ!?」

「もう……とにかく、安静にしてくださいよ。エルンスト君」


 では、とエルデガルドは部屋を出て、それにスケッギョルドの引きずってウェンディも続く。


「また明日来るからね! 腕を元通りに戻したいなら、きちんと休んでおくのよ!」

「へいへい」


 スケッギョルドは引きずられながら、小さく手を振る。それを見て、エルンストは小さく苦笑した。


「……行ったか」


 数分経ってから、エルンストは改めて短剣を見る。その鞘にある隠しポケットから取り出したのは五枚の符――大回復(グレート・ヒール)の符だ。


『ふっふっふ、ご主人様も悪ッスねぇ』


 スケッギョルドの悪戯っ子のような笑顔が思い出せる。苦笑しながら、ウェンディが切ってくれたリンゴを食いながら、エルンストは腕に符を貼って回復していった。


(仲間だなんだはいらんが、()()()はいるわな)


 エルンストは包帯と添え木を解き、左腕を動かしてみる。大枚をはたいた魔法の符だ、効果は覿面だった――その前のエデルガルドの魔法による治療があってのことだが。


「…………」


 音をさせず立ち上がり、窓を開ける。窓の外にある屋根には、エルンストの装備と荷物が置かれていた。それを手に取って素早く着替え装備を整えると、そのまま屋根伝いに駆け出した。身体は鈍っているが、動かない程ではない――そのまま、冒険者ギルドの支部から脱走する。


(叱られるのはまた後でな……っと)


 トン、と路地裏にエルンストが降り立つ。そこにはまさに共犯者の姿があった。


「ふふーん、どうッスか? 窓の外に荷物を隠したり、符を手に入れてこっそりと渡したり、役に立ったでしょう? 自分」

「わかったわかった、約束通り試用期間は終わりにしてやる」

「じゃあ、これからは――」

「月締め契約な。ちゃんとやらないとそこでおさらばだ」


 そう言って、エルンストは歩き出す。それに驚いたのはスケッギョルドだ。


「ええ!? そんな話だったッスか!?」

「ちゃんと契約書の裏面も読めよ。俺が場合によっては雇用形態は決めていいって小さく書いといたから」

「――うわ、本当だ! こんなの普通チェックしないッスよ!? ずっこい!」


 足を止めないエルンストに、スケッギョルドは契約書を確認しながら早足で着いていく。少なくとも、エルンストの口から着いてくるなという言葉はない――それはここから始まる彼の英雄譚において、最後の最後までそうであった。


   †  †  †

一度、このお話は一度締めという形にさせていただきます。

もっと見たい、読んでみたいという声があるようでしたら、第二章以降も公開予定はございます。よろしければ、お楽しみいただければ幸いです。



気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! よろしくお願いします。


※VRゲーム[SF]にて『エクシード・サーガ・オンライン~一ゲーマーの『オレ♂』が、『バーチャルアイドル配信者♀』として売り出されることになったのだが!?~』を連載しております、そちらもよろしければ!

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