15話 冒険者エルンスト・ブルクハルト3
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「お前は人生、なにが楽しいんだ?」
そう顔見知りの同僚に聞かれたことがある。エルンスト・ブルクハルトは表情一つ変えず、こう答えた。
「別に楽しまなくても死にはしない」
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エルンストは、優秀だが熱意に欠けている男だった。冒険者になったのも、腕っぷしが人よりたつからという即物的な判断のはずで。冒険者は冒険せずに、手堅く稼ぐべきだと言ってしまうぐらいには、冒険者という職業をただの生活手段としてしか見ていない男であるはずだった。
朝起きて冒険者ギルドに向かい、依頼を受ける。依頼を終えたら報酬を受け取って宿屋へ。腹八分目に栄養のある食事を取って、次の日に疲労を残さないようにぐっすりと寝る。このルーチンを冒険者のなりたて、一五でFランク冒険者の頃から五年間繰り返してきた……そんな男が、本当に仕事に情熱を持たずに生きて来れたのだろうか?
――エルンストは、優秀だから気づかない。そんなはずがないのだ。
なにかがなくては、そんな繰り返しの日々に人間は耐えられない。退屈とは人を殺せる、殺せるのだ。それしかない、なら人はそれを理由にまだ耐えられる。だが、他の選択肢を選べる――それこそ街の衛視や兵隊、その他諸々の職業でもエルンストなら大成したはずだ――なのに、エルンストは冒険者であり続けた。
義務感か? 生真面目さゆえか? 誠実さからか? そのどれかであったのならば、幸福だ。しかし、エルンストの冒険者としての――戦士としての本質は、別のところにあった。
例えば、エルンストの本質に気づいていたヘイスベルトはドワーフである。ドワーフの闘法には斧や鎚に己のすべてを込め、ただの一撃で粉砕するというものがある。相手が死ぬか、自分が死ぬかの二者択一。その時のドワーフは死兵と呼ばれ、命を捨てても勝利を掴むために戦うのだ。
死んでなにが得られるか? 名誉である。ドワーフの戦士として雄々しく戦った、敗れたとしてもそれは敵が見事であっただけのこと。その死になんの恥もなく、生き延びたのならそれこそ誉れ――この考え方は、“死せる戦士”のそれと大変近い。
だから、エルンストの本質が見えたのだ。文化の違い、思想の違い、環境の違い。そんなものは関係ない。あるのはただただ、嬉々として死地へ踏み込むその気概のみである。
エルンストは今、自分が求めてやまなかった死地にいる――だから、笑うのだ。
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(……なるほど、笑ってるのか俺は)
ようやくこの頬の引きつりの意味を知って、エルンストは納得し脇へ置いた。その切り替えの良さこそが、エルンストという戦士の強さだとも知らずに。
(そうだ、いい子だ……来い……)
来いよ、などと挑発したところでエルンストはもう動けなかった。だから、ヨトゥンが近づいてくるのを持っている、それだけだった。
左大腿部の骨折は、符によって回復させた。動くことはできないが、これで踏ん張ることができる……それで、充分だった。
(……来い)
ヨトゥンは、既に死に体だ。このまま地面を転がって逃げれば、あるいは敵が先に死に至ってくれるかもしれない。だが、それはエルンストの望むところではなかった。ほしいのは勝利であり、生き延びたという結果ではないのだから。
(……なんだ、俺は勝ちたかったのか?)
そこまで考え、エルンストは苦笑する。命を懸けてまで勝ちたい、ならば勝ちとはなんだ? 仕事人間であったエルンストなら「明日も仕事できれば勝ちだ」と答えだろう。生きていればそれだけでいい、それだけで儲けもの……そう言っていただろう。
(だが、違うよな)
幕を引くのだ、この戦いに。己の手で、必ず。それが己の死という結果でも受け入れられる。それでも、勝ちを拾うなどという真似だけはできない……それだけの話だ。
そして、相手を殺し自分は生き延びる。これこそが勝利、完全無欠の勝ちというものだ――。
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――後、三歩。
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ヨトゥンが近づいてくる。ヨトゥンの間合いからは一歩遠く、自分からは三歩遠い。本当に、大きいというのはそれだけで優位なのだ。
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――後、二歩。
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ヨトゥンが近づいてくる。ヨトゥンの間合いに入るが、攻撃は来ない。間合いギリギリでは殺しきれない、それがわかっているからだろう。
確実な幕引きのために、なおも近づいてくるはずだ。
† † †
――後、一歩。
† † †
ヨトゥンが近づいてくる。ヨトゥンにとって必殺の間合いであり、エルンストには一歩遠い。ヨトゥンはその瞬間、地面の石を蹴飛ばした。
(そう、来るか……)
先程の戦いでヨトゥンが殴り砕いた地面、石の一つが凄まじい勢いでエルンストの顔面へと迫った。喰らえばそれで一巻の終わり――ぞわり、とエルンストは総毛立つのを感じた。
(――考えることは、一緒|か!)
ガッ! と杖にしていたロングソードを跳ね上げる! ただただ頑丈な魔剣はその強引な使い方にも応えた。石が剣の腹に弾かれ、ヨトゥンの顔面を強打。そのまま、自分の顔面に迫った石を上へと弾いた。
最後の力を振り絞って、必殺の拳を繰り出そうとしたヨトゥンの拳が空を切る。エルンストはその場へと倒れ込み拳を躱し――地に伏したまま、最後の力を振り絞ってヨトゥンの丸太のような足首を切り裂いた。
「が、は……」
全力を、本当に最後まで絞り出した。エルンストはやり遂げた顔で地面に大の字で転がる――ヨトゥンは、その上へと倒れようとしていた。
そのまま、死んでも押し潰す。その気迫を持って、ヨトゥンはエルンストの上へと――。
「ああ、これで、お、わり、だ……」
もう一撃たりとも放つ余力はない。だから、エルンストはロングソードの柄頭を地面に固定、倒れてくるヨトゥンに壮絶な笑みを向けた。
「……強かった、ぜ。お前は、さ……」
エルンストの手放しの称賛。その場に倒れたヨトゥンは、ロングソードの切っ先は巨人の胸に――ヨトゥンは心の臓を己の重みで貫かれ、ついに絶命した。
† † †
「よいっしょっと」
間の抜けた声とともに、ごろんとヨトゥンの亡骸がひっくり返る。そして、見覚えがある程度には見慣れてしまったメイドが顔を覗き込んできた。
「どうッスか? ご主人様」
「……ああ?」
気怠げに、本当に意識をここで失えば死ぬだろうという死の瀬戸際でエルンストはスケッギョルドを見る。そこにあったのは、愛おしくてたまらないと潤んだ瞳でこちらを見下ろすヴァルキュリアの女がいた。
「自分が一緒にいれば、こんな戦いをいくらでも味あわせてあげるッスよ?」
「……う、るせぇ……ボケ……」
ゆらゆら、とエルンストが手を上げる。そして、かすれた声で言った。
「イ、ザボーさん……わ、るい、回復……たのむ、わ……」
「あ、はい! ただいま!」
その言葉で呪縛が解けたように、イザボーが駆け出す。ウェンディ・ウォーベックも目に涙を溜めながら倒れたままのエルンストへ駆け寄った。
「バッカ! バッカじゃないの! バカなの!? むしろバカか! このバカ!」
「うっさ……勘弁して、くれ……身体中、声が響いて、いてえ……」
「痛いってことは生きてるってことでしょ、もう、バカ!」
ウェンディは頭の中がグチャグチャで、もっとかけたい言葉があったはずなのに……語彙が追いつかない。気持ちだけが溢れて、言葉になってくれないのだ。そこにいたのは冒険者のみならず、多くの人々の憧憬と尊敬を集めるAランク冒険者ではなく、ただの一七歳の少女だった。
ようやく重たい空気が解かれ、普段通りに戻ったエルンストとスケッギョルドに、仲間たちも笑みを見せる。エルンストの無事を、祝福し囃し立てるように囲んでいた。
「…………」
その中で、オズワルドとフェルナンドだけが離れた場所で厳しい表情を崩さなかった。
「どうした? 気になることでもあったか?」
フェルナンドの問いに、オズワルドは険しい表情のままヨトゥンの亡骸を見ていた。オズワルドは、フェルナンドにだけ聞こえるように言った。
「どうにも疑問が残ってな。なぜ、ヴァルキュリアとヨトゥンが、この迷宮に召喚されたのか――偶然ならいいが、必然ならこれで終わりとは思えない」
いっそ、スケッギョルドの自作自演を疑った方が、マシだ。自分の眼鏡に叶う“死せる戦士”を見出すため――それなら、辻褄が合う。
「俺は、むしろアレはそういう真似はしないと思うね。作るよりも、偶然生まれるのを尊び喜ぶタチだろうよ」
「……そうか」
フェルナンドのスケッギョルド像に、オズワルドも納得する。だからこそ、必要なことをしないといけない。
「……戻ったら『3rd』から『5th』の支部長に改めて相談したい。その時は――」
「ああ、口を聞いてやるよ。任せろ」
Bランクのオズワルドよりも、Aランクのフェルナンドの方がギルド内での意見は通りがいい。その確約をもらえて、オズワルドは改めて騒ぎの中心であるエルンストを見た。
「あいつにも、後で協力願おうか」
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後、一話か二話でこの章は終了。一旦完結、という流れになる予定です。
もう少し、お付き合いくださいませ。
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