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14話 VSヨトゥン戦2

   †  †  †


 ――ザアザアと耳元で、砂嵐のような音がする。


(な、んだ……?)


 おかしい、時間が飛んでいる。エルンスト・ブルクハルトは、自分の身体が冷たい地面に転がっていることにそこでようやく気づいた。


(なに、があ――)


 全身が悲鳴を上げる。痛みに、という領域を既に飛び越えている。半分赤く染まった視界の中で、時折なにかの拍子で振動で揺れる小石を他人事のように見るしか無かった。


   †  †  †


 ――時間は、僅かに(さかのぼ)る。


 足の内側、そこに流れる太い血管を筋肉ごと切り裂かれ片膝をついたヨトゥンは、■の化身となったような恐ろしい敵の猛攻に■を覚悟した、そのはずだった。


『――――!』


 だが、本能がそれを拒んだ。生きるというのは、すなわち闘争だ。生きるか、■ぬか――それは一刹那で繰り返される判断の連続で、生を掴み続けるということ。それこそが、遠い未来において神々さえ■に至る闘争(ラグナロック)が待つ世界に生きる巨人の魂に刻まれた強い衝動、本能なのだ。

 だから、先程の戦いもギリギリの一線で生き延びることができた。敵には■を、そして自らには生を――それは奇しくも、“死せる戦士(エインヘルヤル)”とは真逆の戦士としての在り方だと言えるだろう。


『ッ!』


 だから、()ね――そうヨトゥンの強い衝動が敵へと向けられた。突き立てられる折れた銀剣――それを瞬く間に首筋を凍らせて、急所に届くのを()()()()のだ。

 防ぐことはできない。それでも、僅かに己を死に至らしめる一撃が届くのをほんのコンマ秒遅らせることに成功した。そして、それだけあれば充分だった。


「ぐ、が――!?」


 首に銀剣が突き刺さるのと同時、ヨトゥンの右拳が小さな敵を強打し吹き飛ばしていたのである。


   †  †  †


 ザアザア、と耳の血管に流れる音を聞きながら、エルンストは自分の損傷を確認する。

 右腕――肩から肘、親指から小指、動く。問題ない。

 左腕――肩はかろうじて動く、肘から下は指さえ反応しない。おそらくはひしゃげて圧し砕かれている。

 胴部――左側が感覚がおかしく、内臓がかき回されたような気分だ。左側の肋骨が完全に何本が砕かれている。

 右足――股関節から膝、足首。つま先までかろうじて感覚はあり動く。問題ない。

 左足――激痛がある、おそらく大腿骨が折れてずれている。まともに立てそうにない。

 自己診断――重傷だ。おそらくはあの一撃、首筋に突き刺したはずの銀剣をなんらかの手段で受けられた、あるいは突き刺さされながらの右拳の一撃を食らった、というところか。よくよく見れば、血で染まった視界も左側だ――左半身は、ズタボロだろう。


(い、っぱつ、で……これ、か……く、そ……)


 ヴィンセントも、おそらくはこの一撃を食らったのだろう。一撃一撃が致命傷、とはまさにこのことだ。生命体としてのステージが、あまりに違いすぎた。

 顔が引きつる、この期に及んで恐怖でもしているのか? 


(ま、だ、むこう、は……)


 小石が揺れる。耳がもう死んでいるからこそ、その揺れこそが足を引きずりゆっくりとヨトゥンがこちらへ歩み寄っている証明なのだと気づいた。


   †  †  †


「――エルンス、ト……ッ!?」


 一八人が全力を尽くして一体のヨトゥンと雪狼(スノーウルフ)の群れを倒し、応援へと駆けつけたのはまさにその時だった。

 ウェンディ・ウォーベックは、息を飲む。地面に倒れるエルンストと、脚を引きずりながらなお必死に近づこうとするヨトゥンの姿を。


「全員、ヨトゥンを――」

「待ちなさい」


 ウェンディの悲鳴のような指示を遮ったのは他でもない、メイド姿の戦乙女(ヴァルキュリア)――スケッギョルドだった。


()()()()()()()()()()()()()

「なにを言ってるの、あなた!?」


 スケッギョルドの口調が普段と違うとか、雰囲気に半神にふさわしい神々しさがあるとか、そんなものはもうどうでもいい――ウェンディが悲鳴のように批難する。

 そもそもだ、このヴァルキュリアはなにをやっているのか。雪狼は一匹も残っていない、ならばただ観戦していただけだとでも言うのか? ……否、事実そうなのだろう。


「――――」


 一八人、歴戦の冒険者たちが誰も動けない。動けば、今、ここで戦乙女が恐るべき敵へ変わる――そう察してしまったからだ。


「どちらもまだ死んでいません。そして、戦いの意志を放棄していない。だというのに、なぜあのふたりの戦士の戦いに余人が介入する余地があるというのですか」

「あれが見えないの!? 立てるはずないでしょう、終わっているじゃない!」


 冒険者たちは動けない。だから、ウェンディの抗議は冒険者としてのそれではなく。ひとりの人間としてのまっとうな意見だった。


「終わっていません。わかりませんか? あの人は今、自分のダメージを割り出し、戦うための算段を考えています」

「無理よ! それよりも今、私たちが――」

「――あの戦いを、汚すと?」


 一段、スケッギョルドの声が低くなる。それが危険な徴候であると知っても、ウェンディは止まらない。止まってはいけないと、感情が訴えていた。


「おかしいわ、あなた! まさか、最初からエルンストと一騎打ちさせるつもりだったんじゃないでしょうね!?」

「最初は違いましたよ? ですが、もうそんなくだらない話などどうでもいいのです」

「く、だらな……!?」

「あのヨトゥンは、見事な戦士です。ええ、己の死を踏み越え、なおも勝って生きようと全力以上の実力を引き出した。なぜだか、わかりますか?」


 スケッギョルドが、ウェンディを見る。凍てつく戦乙女の瞳が、物語っていた。()()()あなたは“そちら側”で、“こちら側”ではないのです、と。


「引き出したのは、あの人です。エルンスト・ブルクハルト、彼の闘争がヨトゥンを戦士としてあの領域に引き上げた。ならば、その幕を引くのもあの人でなくてはならないのです」

「……でなければ、ヨトゥンの戦いが報われない、と?」


 沈黙を守っていたフェルナンドの追認に、うっすらとスケッギョルドが微笑む。それは血の香りのする、恐ろしい笑みだった。


「やはり、その中であなたが一番“こちら側”に近い。正しい認識です」

「……あ」


 イザボーの口から、呆然とした呟きが漏れる。右手を壁について、エルンストが立ち上がろうとしたからだ。左足の太ももには、いつの間には大回復(グレート・ヒール)の符が貼られていた。


「が、は……は……」


 壁によりかかり、エルンストが立ち上がる。左腕はおかしな方向に曲がり、血に濡れて潰れたようにしか見えない。左目も瞑ったまま開かず、それでも右手で握った黒いロングソードを杖代わりに脚を引きずるヨトゥンへと、向き合った。

 その光景に、身を震わせながらスケッギョルドが微笑んだ。


「ああ、そうです、そうです! それがあなたです、本当のあなたです! ただ勝利するのではなく、敗者が敗北を誉れとさえする完全なる勝利を手にする者。それでこそ、それでこそ“死せる戦士”にふさわしい」


 死に瀕しているエルンストにとって、もはやそんな“外野”の話などどうでもいい。見えているのも聞こえているのも目の前の敵、ヨトゥンのみだ。

 だからこそ、エルンストはなおも戦いの意志を捨てない敵に、顔を引きつらせながら言ってのけるのだ。


「……こ、い、よ……」


 エルンストは、その顔に引きつるような()()を浮かべ、ヨトゥンへ告げた。 


   †  †  †



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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァルキュリア怖い。って思ったけど、主人公もそれに応えてて相応だなって納得しました。
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