13話 VSヨトゥン戦1
† † †
「やれ」
エルンスト・ブルクハルトの声に、スケッギョルドは光の斧を乱舞させる。ヒュガガガガガガガガガ! と繰り出された光の斧の投擲が、雪狼の群れを両断していった。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
傷を負ったヨトゥンが、前へ出る。右のローキック、その脛はまるで巨木だ。迫る蹴り足をエルンストはズサァ! と霜の張った地面を滑りながら傷ついた左目の死角へ回り込む。
「そっちを――」
「――雪狼は任されたッス!」
エルンストの言葉をスケッギョルドは先取って答える。自ら駆けるメイド戦乙女の姿を見送り、エルンストは意識をヨトゥンに切り替えた。
『ガアアアアアアアアア!!』
振るわれる拳、蹴り。そのひとつひとつが必殺であり、範囲攻撃に等しい。大きい、というのはそれだけで脅威なのだ。全長八メートル、約三階建ての建物に手足が生えるて人間並の小回りで動ける意味、それは凄まじいの一言だった。
(助かったな、左目が見えてたらこう上手くいかなかった)
低く、低く。エルンストの構えはとても低い。その上で、左目が見えない相手の死角へ死角へ狙って潜り込んだ。そうするとこで、ヨトゥンの攻撃の狙いは著しく下がる――魔力を付与された黒いロングソードは、的確にヨトゥンの脛を切り裂いていった。
「ああ、やっぱりいいッスね」
スケッギョルドは、その戦いぶりに惚れ惚れする。死地どころではない、なお深い死中に踏み入ってなお怯まない胆力、勇気。その勇気をしっかりと結果に変える研ぎ澄まされた武勇。
あれこそ戦士だ。あれでこそ私の“死せる戦士”だ。そう思えるからこそ、スケッギョルドのバトルアックスを振るう手にも力がこもる。
「あははっ!」
笑う、無邪気に笑う。その笑顔は美しく愛らしく、雪狼の皮と肉を裂き骨を砕いて内蔵を粉砕する姿は舞うようでさえあった。
ふたりでひとり――“死せる戦士”と“戦乙女”の正しい姿がそこにはあった。
† † †
深く、深く、深く。ただ、没頭していく。自分を容易く死に至らしめる敵の一撃一撃を、自分が巻き上げる霜と雪を。ただの障害として等価とし、エルンストは研ぎ澄ませていく。
(おっかねぇ)
エルンストは思う。勇気? そんなものはない。武勇? 足りないものをただできるもので補っただけの“出来損ない”だ、こんなもの。ただ、必要だから“そう”する。
これは仕事だ。危険を対価に生きる糧を得る、ただのビジネスだ。だから、失敗などしない――してやるものか。
『ガ、アアアアアアアアアアア!!』
(お前だって、そうだろう?)
ヨトゥンの動きが、こちらに対応し始めている。種はわかっている、音だ。雪が、霜が張っている地面。そこを絶えず動き続けなくてはならない弱者が、地面を踏みしめる音を聞いて死角にいるこちらの動きに対応しているのだ。
――くそったれ、化け物め。
周囲の気温が低ければ低いほど、ヨトゥンの動きは良くなる。通常の温度など、本来のヨトゥンの環境にしてみれば灼熱の炎天下に同じなのだろう。氷点下が当然の場所で生きていれば、慣れていいれば、そっちの方が動きやすくなるに決まっている。
対して、こちらは違う。氷点下ともなれば指がかじかみ、肉が凝縮される。それが生み出す遅れはコンマ秒、だが、Aランク冒険者“銀剣”ヴィンセントのパーティが敗れた事実が物語っている――コンマ秒の遅れ、それは戦闘において勝敗を決するほどの差なのだと。
「ったくよ――」
ガキン! と逆手でナイフを地面に刺して急ブレーキ。エルンストは即座に前へ出てヨトゥンの脛を切り裂く。もう何十回目だろうか? こちらは一撃でも喰らえば終わりだろうに、ズルいことこの上ない。
「埒が明かないなら、明けるしかないわな――ッ」
このまま時間稼ぎに終止しては駄目だ。こちらの音を聞いて、段々と動きの精度が増しているヨトゥンに捉えられる可能性が高い――だったら、もう一歩先へ意識を進めるしかない。
――倒す。
これはチキンレースだ。一歩でも、一手でも緩めれば、即追いやられる。上げろ、上げろ、上げろ、上げるべきは肉体ではない。意識の方だ。
思考しろ、止まるな、次の一手を、次の次の一手を。相手よりも一手でも多く上回り、死へと送り込め。でなければ、次の瞬間に死んでいるのは自分だ――。
† † †
――■に触れることを求めても、■にたい訳じゃない。
† † †
余計な思考を殺せ、ノイズだ。もっと、もっと深く、深く集中しろ。でなければ、この巨人相手には■あるのみだ。
『が、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
ヨトゥンが渾身の右拳を振るう。ただし、エルンストにではない。地面に、だ。地面が砕け、飛び散る――土が、小石が、雪が、霜が、波紋のように周囲に衝撃ごと広がった。
「――――!」
片手で、顔を覆う。土砂や雪が目に入り、視界を奪われるのが最悪。次に悪いのは足を取られ動きを止めること――だから、即座にヨトゥンから離れようと後ろへ――!
「が、は!?」
ドン! という衝撃が全身を貫きエルンストが吹き飛ばされる。読まれていた! ヨトゥンの前蹴りがエルンストの胸部を強打。親指だけで拳どころかまるで鉄槌だ、後ろに下がる勢いより早く蹴られ、エルンストは吹き飛んだ。
(ま、だ――!)
ヨトゥンも、そう察していた。この敵は、この一撃で殺せない、と。だから、吹き飛んだエルンストを追った。エルンストは左手で逆手に持っていたナイフを地面に突き刺す。ガリガリガリガリ! と速度を落としながら、左手が柄から離れ転がった。
だが、その落ちた速度分エルンストは短い距離で立ち止まれた。そこに、ヨトゥンの踵が、豪快に落とされた。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
再び、破壊音。地面が砕け、土砂が巻き起こる。ヨトゥンは踵から伝わった感触に、敵が紙一重で躱したことを察知し、耳をすませ――。
† † †
「――終わりだ」
† † †
すぐ左の耳元に、なにかが降り立つ感触とともに呟きが聞こえた。ヨトゥンは咄嗟に左肩を見ると、そこには肩に突き刺さった銀剣の柄を逆手で握る敵、エルンストの姿がある。
『――――!?』
音は、しなかった。地面を蹴る音など、一切しなかったと言うのに! なぜ!? その動揺が、コンマ秒の遅れをヨトゥンに生んだ。
答えは、単純だ。地面に突き刺したナイフ、あれを足場に跳んだのだ。だから、急にその跳躍のときだけ足音が“消えた”のだ――あの時、ナイフを手放した時から見ていた、エルンストの勝利の図。それが、目の前にあった。
「が、ああああああああああああああああああああああああああああ!!」
獣のように吠えて、エルンストがヨトゥンの肩から飛び降りる。深く突き刺さり、抜けなかった銀剣が鎖骨を断ち切り、胸骨を断って肉と皮ごと内蔵を切り裂いていく! そのまま腰まで切り裂いたエルンストは、そこで半ばに折れた銀剣と自らの順手に構える魔剣で足の太もも、その内側を突き刺し切り刻んだ。
『ガ、ハア、ア――!?』
ズン……! とヨトゥンがついに片膝を着く。まるで水のいっぱい詰まった革袋を切り裂いたように、青い血がヨトゥンの傷口から溢れ出す。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その瞬間、エルンストは片膝立ちとなったヨトゥンの脛を駆け上がり、膝を足場に跳ぶ。エルンストの視線と、ヨトゥンの右目の視線が合う――その刹那、迷いなくエルンストはヨトゥンの首に折れた銀剣を突き刺した。
† † †
このヨトゥンさん、強いんです、環境もあって。
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