1
「ルナマリア! 何故、貴様はこんな酷い事ができるのだ!!」
三年生の卒業パーティーで突然そう叫ばれたのはこのモルドール王国の王太子殿下である。
そして、私の婚約者でも……
なのにハロルド様は叫んだ直後、側にいた私の妹、アンナマリーを愛おしそうに抱きしめていて……
本来なら立場を気にしてそんなことをしてはならないはずなのに。
それと公爵家の生まれでもある妹も。
まあ、けれども妹の場合、そこにいるのは当然かとすぐに納得もしてしまうが。何しろ、今までやってきた行動を考えてしまえば。
それこそ何年ぶんも。
そのことを思い出していると妹が勝ち誇ったような表情を向けてくる。
ハロルド様が「大丈夫だよ」
そう言うなり両手で自分の顔を覆い、今度は泣き真似もしだして……
「ううう……私が全ていけないのです。ハロルド様……」
追加で下手な演技を。周りは見抜く力がないのか騙されてしまっているが。何しろ私を見る目が冷たく、中には悪口を言ってくる者さえいたので。
「意地悪な姉の話は本当だったのね」
「全く、悪女とはああいう者をいうのだな」
そう無知を晒し……
いや、見極めるような視線を向けてくる者もいたので中には対極を見て、そう発言したのかもしれないけれど。
そう考えながら私はもう後戻りできないことを悟り、扇子で口元は隠しながら唇を噛み締める。
「違うアンナマリー! 優しい君が悪いわけないだろう! 全てこの悪女がいけないのだ!!」
近くで憎悪の籠もった瞳で睨み、声を荒げるハロルド様の姿を見たらなおさら。修復は不可能であり、私の立場も最悪に近い形で終わるのだと。
それも全て強欲という言葉が相応しい妹の所為で……
そう考えながら私は小さく息を吐く。アンナマリーの子供時代を思い出しながら。昔から私のものを強請る子で駄目だと言っても全く聞かず、狂ったように欲しがり最終的に可笑しな妄想話を交えて両親に泣きつく姿を。
もちろん目の前の光景を見ればわかる通り両親は怒ることもしなかったが。特に母、システィーナはアンナマリーには甘く、何でも言う事を聞いてしまうため。
それこそ、今回の件だってきっと……
私が王妃教育に生徒会活動、そして父であるゲルモンド公爵の仕事を死ぬような思いで手伝いをしている最中、母の手も借り、アンナマリーはハロルド様に近づいてあっという間に落とすことに成功したのだろうと。
私が彼女を虐めているという嘘を、ハロルド様に吹き込むことで……
いいえ、やはり母だけではないわよね。
何しろ、タイミングよく私がアンナマリーを虐めているのを見たと嘘を言い始める者達も現れたので。
つまりはここぞとばかりに扱いやすいアンナマリーや別の令嬢を王妃にしたい派閥の後押しもあっだのだろうと。
まあ、だからといって結局は身内が一番悪いのだけれど。
そして……
バーバラ王妃様とのことを思い出す。当時の私はもう自分だけの手に負えない為、急いで相談しに行ったことを。
ただ、返ってきた言葉は将来王妃になるものとして自分で解決しなさいという言葉だけで……
おかげで無駄とわかっていてもほうほうに手を伸ばすことになってしまって。結果はわかりきっていたことだけれど無駄骨に。
更には私の悪い噂が広がるのが早すぎて結果、卒業パーティーの日である今日のこの断罪劇と。
観客の中には誰一人味方がいない……
今だって大半は姉が妹を虐めたという事を信じ、敵視する様にこちらを睨んできているので。
ただ、それでもと私は否定しておかなければ、そう考え口を開いたが。
「王太子殿下、何度も言いますが私は何もしておりません。信じて下さい」
「くどいぞ! 悪女め!!」
「……王太子殿下」
「ふん、もう良い。ルナマリア、貴様との婚約は破棄し、ここにいるアンナマリーを新たに私の婚約者とする!」
ハロルド様がそう宣言し、パーティー会場に割れんばかりの拍手がおきてもジョージア陛下とバーバラ王妃様に目を向けて。最後の望みを持って。
ただし、ジョージア陛下のなんとも言えない表情、そして、バーバラ王妃様の冷たい目にすぐ諦めがついたけれど。小さく息を吐いて。
「王都に味方もいない小娘一人で何ができるというの……。もう、沢山よ」
そう呟きながら。
それから、しばらくして覚悟を決めるとハロルド様に向かって最後になる淑女の礼を。
「婚約破棄承りました」
そして、会場中を見渡し「皆様、今回は私でしたが、次はあなた方かもしれませんよ。では失礼します」と忠告も。
こちらを睨む父、ゲルモンド公爵の存在に気づくと仕方なく向かったが。仕方なく謝罪も。
「お父様、申し訳ありませんでした」
「お前はなんて事をしたのだ……。なぜ、アンナマリーに酷い事をした」
「していませんと何度も言いましたよ。それに、このままですとこの国は大変な事に……」
「もう黙れ。お前の顔は二度と見たくない」
「……そうですか。わかりました。では、失礼します」と、これで全てが終わったことに不安より安堵をしながら。
そして、足早に会場を出るなり盛大に溜め息を吐いて。「はあっ、覚悟はしていたけれど、これからが大変ね……」と。
空に広がる晴れ渡った青空と同じ気持ちで呟きながら。
◇
ゲルモンドside
パーティー会場の帰り道に馬車が襲われ、乗っていたルナマリアが攫われてから数ヶ月経った。
ただ、私の中ではもうこの問題は終わったと思っていて。
何しろ、あんなことをしたルナマリアに将来はもうないに等しいので。
つまり、この国に貢献できないルナマリアは私の中では既に死んだものと。
ただし、その考えも今日、捜索に加わっていた騎士団が一枚の紙を出してくるまではだったが……
「ゲルモンド公爵、残念ながら森の奥にて発見されました」
「……そうか。それで遺体は?」
「野犬が食べたのか、かなり損傷しており、半分も残っていませんでした」
そう言って騎士団長は布に包まれた一枚のハンカチとドレスの切れ端を出してくる。汚れていたが、我が公爵家の家紋が丁寧に刺繍されたハンカチとあの日にルナマリアが着ていたドレスの切れ端を。
「つまりは最後に公爵家の顔に泥まで塗ったということか。全く恥晒しめ」
私はそう言うなり溜め息を吐いてしまって。
ただし、一人の騎士がぼそっと「恥晒しね……」
そう呟いてきた直後、顔を顰めてしまうが。
こちらを明らかに馬鹿にしているような雰囲気だったので。
しかも、よくよく見れば騎士団全員。
騎士団長が「では、私達はこれで」
そう言いうないなや侮蔑の視線をまじえ、挨拶もせずに部下を連れ、出て行ってしまえば間違いなく。
なので、「国を一番に支えるこの公爵家に向かってふざけた態度を……」
そう呟いて私は苛立ちを机にぶつけてしまうが。
すぐ今はそれどころじゃない事を思いだし執事を呼び出しも。
「旦那様、お呼びですか?」
最近、提出された報告書を出しながら。
「ああ、聞きたい事がある。この報告書に書かれている内容は本当なのか?」
「……はい。商人が領地からぞくぞくと撤退し、また、流通も止まってしまっています」
「くっ、それでは我が領地の売上が全くなくなるではないか! 何を考えているのだ!?」
「そ、それが商人達の言い分は信用がないところと取り引きできないと……」
「信用がないだと? はっ、そういえば私が王宮で仕事をしてる間、この仕事を任せていたのはルナマリアだったな。まさか、商人達はあいつの肩を持ったのか!?」
ただ、執事は納得できる答えをすぐ返してくることはなかったが。
何しろ答える前にノックもせず、侍女頭が飛び込んできたので。
「旦那様! アンナマリー様がお妃教育をまた投げ出して!」
そう悲鳴に近い言葉を言いながら。
そして「私達を叩くんです」と、最近は何度も聞く内容を。
だから、こんな大変な時だというのについ思ってしまったのだが。元々、軽い妄想癖に癇癪持ちだったが、それでも立派な王妃になれると信じていたアンナマリーが今では私の知っている人物とは別人になっていると。それこそ、まるで数ヶ月前に皆が言っていたルナマリアそのものみたいに。
意地悪な公爵令嬢。
侍女を虐める悪女と。
だが、それでも……と、私はアンナマリーがルナマリアに虐められていたという使用人達の証言、そして、何よりもこの目で見た痣に破かれたドレスを思いだし、ある考えを否定しようとしたが。
最近のアンナマリーの姿がちらつかなければ。
そして、ルナマリアの言葉も。
何しろ、否定しようとすればするほど、頭の中でルナマリアの言葉とアンナマリーの言動が重なっていき辻褄が合ってしまったので。全身から汗が吹き出すほどに。
そして……
「ルナマリア、まさか、お前は……」
そう呟き、執事と侍女頭を見て、すぐに私の考えが正しいことも。二人が真っ青な顔をするだけで何も言ってこなかったので。
つまりはそれで十分であると。
「……屋敷にいる使用人を全員呼べ。今すぐにだ」
私の考えを答え合わせするには。
ただ、それでも屋敷内にいる全ての使用人の証言が嘘だとわかるなり呆然としてしまったが。
「……何故だ?」
「そうするようにと奥様のシスティーナ様から命令を。私達はあくまで使用人ですから……」
「はっ? 何故、システィーナが……」
「おそらくルナマリア様が邪魔だったのでしょう」
「……邪魔だと?」
「これは、あくまで私が思っているだけですので本当かわかりませんが、アンナマリー様はもしかしたら、旦那様のお子では……」
その言葉を聞くなり「くっ、あれとまだ通じていたというのか……」と、机を叩いてしまって。
『アンナマリーの目の色は亡くなった祖母と同じよ』
そう言って笑う妻の言葉を疑わなかった自分を恥じながら。
「つまりは私が間違えていてルナマリアが全て正しかったと……」
私はそう呟いた後、力なく椅子に座り、顔を手で覆う。ルナマリアが言っていた事が近いうちにくるであろうことを想像しながら。
◇
システィーナside
ある日、侍女に「旦那様がお呼びです」
そう言われて私は夫であるゲルモンドの書斎に向かった。
「どうせ、いつものくだらない話でしょう」
そう呟きながら。
だから、話もすぐに済むだろうと。いつもの様に。
ただ、書斎に入った直後にゲルモンドが私の足元に紙の束を投げてきたことで、今日は様子が違うことを理解したが。
「ルズベルドに会っていたようだな?」
その質問で大量に冷や汗も出てしまって……
いや、それでも私は平静を装って微笑んでもみせたが。
何しろ、アンナマリーさえ王妃になれば、この男をすぐにでも消して、ルズベルドを公爵にしてあげられるのだから。
そして、本当の夫婦になることさえ。
なので、そのためには今はどんな苦難や痛みだって耐えてみせる、そう考え私は「何をお調べになったかわかりませんが、私とルズベルドはそういう関係ではありませんよ。何かの間違いでは?」
虫唾が走るが、しおらしくゲルモンドの方にゆっくりと歩み寄っていったが。
愛するルズベルド、そして二人の愛の結晶、アンナマリーのためと苦渋を飲んで。
ただし、その想いもゲルモンドが床に落ちた紙束に視線を向けながら「奴が吐いた。若い女を紹介して少し金を持たせたらな。正直、もう縁を切りたくて仕方なかったらしいぞ」
そう言ってきたことで揺らいでしまったが。
更には落ちていた紙束の筆跡を見ることで完全に崩れさりも。
そんなの……
嘘……
嘘……
「嘘よ! 私を一生愛するって誓ったのよ!!」
そう叫んでしまって……と、慌てて我に返り私は口を閉じる。
そっと、ゲルモンドに視線も。
なのに、ゲルモンドはというと左手の薬指に嵌めていた指輪を取るなり、淡々とした口調で呟いてくるだけだったが。
「二人の間にアンナマリーという子もいるしな」
まるで、興味がない話をするかのような口ぶりで。
しかも、「全部わかっている。周りから証言も揃えたから逃げられんぞ。今まで奴に貢いだ金品はお前の実家に請求する」
そう言ってさっさと話を終わらせようとも。私との結婚生活が終わることに清々するという雰囲気で。
「……アンナマリーは王妃になるのですよ。良いのですか?」
その言葉にも興味なさそうに。
「ふん、あれには無理だろう。王太子の取り巻きとも遊んでいるんだからな」
「えっ、それじゃあ……」
「既に王妃様もご存知だ。つまり王妃を育てた立派な両親にはなれないということだ。まあ、もしアンナマリーがなれたとしても私はなる気もないがな」
更にはそう言って私の考えを吐き捨ててきながら。
ただ、ゲルモンドの話はそこで終わりではなかったが。
「学生の事には関与すべきではないと思っていたが、もっと早く調べるべきだった。王族側もこれから動きだすらしい。我が公爵家もお前の実家もただでは済まんだろう。もちろんお前の周りの連中もな」
そう言って本当の終わりを告げてきたので……
私だけでなく後ろで真っ青になり震えて座り込む執事と侍女頭、おそらくこの屋敷にいる全員の終わりを。
◇
ハロルドside
私が執務室で王太子教育の復習をしていると、ノックもせず泣き顔のアンナマリーが飛び込んでくる。
更に開口一番に……
「ハロルド様ーー!」
なので、私はすぐに立ち上がって彼女を迎えることにしたが。
「アンナマリー、またお妃教育から逃げてきたのか?」
内心、うんざりしながら。
「違います! 私の所為ではありません! ハロルド様、あの人達酷いんです! 私をお姉様よりできないって言って虐めるんですよ!」
そう言ってきても、適当に「……そうか」と、頷いて。
それこそ、「もうっ! そうかじゃないですよ!」と、頬をリスの様に膨らまし、男ならいちころになる表情で言ってきても。
何しろ、前なら私でさえもいちころだったが、今は全くそうはならないからだ。苛々するだけであって……
私はそれでも顔に出ないように口を開いたが。王太子教育の復習でやったアンナマリーのような者への対応を思い出しながら。
「ああ、すまない。今度、こちらから注意しておこう」
「ハロルド様ーー! 大好きです!」
じゃなければヒステリックに部屋中で怒鳴り散らすからだ。
気が済むまでやめずにな……
そう心の中で呟き、私はやっと綺麗になった部屋に視線を向ける。ここ最近、アンナマリーに抱きつかれるより物にあたり散らかされている方がマシになっている、そう感じながら。
何しろ、この国でもっとも大切な存在であり、繊細な私の心と違って壊れた物は捨てて、新しい物を買えばいいのだから。
例えどんなに高価なものであっても。
そう思いながら私の胸に顔を埋めるアンナマリーを見る。
何故だろうと首を傾げ。前はあんなに恋焦がれていたのに今では少しずつだが憎くなりつつまであるので。それこそあの日のルナマリアに対してそう感じていた時のように。
ただ、今はその気持ちは一旦抑え、私は口を開いたが。
「お妃教育を受けないと私と結婚ができなくなってしまう。私も最近、王位を継ぐためにもう一度勉強をやり始めているんだ。だから、アンナマリーも頑張ろうよ」
更に作り笑顔も見せ、完璧だと自画自賛しながら。
ただし、「……わかりました。では、明日から頑張ります。なので、今日は外に出て買い物をしませんか? 私欲しいドレスやネックレスがあるんです」と、彼女が言ってきたことで笑顔は一瞬で消えてしまうが。
「おいおい、もう十分に両方とも持っているだろう?」
「何を言ってるのですか! もう、あのパーティーから数ヶ月も経ってるんですよ。今持っているものはもう古いんです!」
そう眉間に皺を寄せて睨んでくる彼女に思わず、小さく舌打ちし、心の中で「前はこんな顔なんか一度もしなかったよな?」と、首を傾げて……
いや、すぐに彼女に嫉妬する連中からの嫌がらせが消えたので、今は反動でこうなっているのだろうと、考えにも至ったが。つまり、少し経てば前みたいに戻ると結論も。
そして、あの頃の私が恋焦がれたアンナマリーに戻り、しっかりとやってくれるだろうと。
私の婚約者として恥じない様に。
しばらくしてその考えは頭から消え去ってしまったが。執務室がノックされ、アンナマリーがあっという間に机の下に潜り込んでしまったから。
しかも、私はいないと言って下さいという表情をしながら。
ただし……
「王太子殿下、国王陛下がお呼びです。至急おこし下さい」
そう扉の向こうから、声がすると、すぐ飛び出しもてきたが。
「私はハロルド様が戻ってくるまでここで待っていますね」
そう言って私が内心で安堵することを。
何しろ、やっと解放されるからだ。今は全く好きになれないアンナマリーから。
ただ、それでも一応礼儀としてアンナマリーの髪を一房掴み、唇を付けるが。
「そうか、では、行ってくるよ」
姿見に映る自分自身を見つめ、完璧な振る舞いだ、そう思いながら。
それと、こういう礼儀作法を両親にも見て褒めてもらおうと考えも。
こういう小さなことを繰り返していけば、早めに父が玉座を代わってくれるはずだと私にはわかっているので。それこそ後は結婚さえすればもう私は完璧だと。
「お待たせしました」
ただし、応接室に到着するなり今日は礼儀作法を見せることは無理だと判断したが。
中では父のジョージアに母のバーバラ、そしてアンナマリーの父、ゲルモンド公爵が既に座っており、何やら難しい顔をしていたので。
重い空気を漂わせて。特にゲルモンド公爵辺りは私に何か言いたそうにして。
「ハロルド、さっさと座れ」
だから、すぐアンナマリーのサボりが大問題に発展したのでは? そう考えしてもしまったが。
それこそ真面目に王太子教育の復習をしているこちらにもペナルティがくるような……と、私は苛ついてしまう。
ただし……
「ルナマリアが見つかったわ」
母上がそう言ってくるまでだったが。
何しろ、その言葉が聞こえた直後、私は先ほどのことなんて忘れ、前のめりになってしまったので。
「本当ですか? それで今は何処にいるのです?」
つい口元が緩ませて。
あの聡明で美しい立ち姿にまた会えるかもしれないので。
そして、ルナマリアはアンナマリーにしてきたことを後悔し、反省しながら私のことを想っているだろうとも。
そう思った直後、次に母上が口にした言葉に絶望に突き落とされてしまうが。
「森で見つかったわ。もちろん亡くなった状態でね」
「そんな……」と、絶望感に包まれながら。
だって、アンナマリーに酷いことをしたとしても死ぬ必要なんてないと思っていたから。
それこそ、反省してもらえればと。
だから……
どうしてこんな事に……なぜ、ルナマリアがそんな目にあわなければならないんだ!
そう私は唇を噛み締めてしまうが。
「殿下、何故ルナマリアはこんな酷い目にあったのでしょうね?」
そう言ってゲルモンドが尋ねてくるまで。
何しろ、その質問で私は拳を振り上げながら、怒りをぶつける言葉が出てきて口を開けたからだ。
「それは、馬車に乗っている最中に賊に攫われたのだろう。全く酷い連中だ! 許せん!」
ただ、そう言って同調してもらおうとゲルモンドに顔を向けるとなぜか睨まれてしまったが。
まあ、すぐに理解することも。おそらく怒りのあまりテーブルを叩こうとした行為がマナー的に悪かったのであろうと。
なので、ここはおとなしく振り上げた拳を下ろす事にしたが。
これで良いだろうと胸を張りながらゲルモンド、そして父上の方へ将来の国王として素晴らしい発言をしたでしょうと頷いて。
ただし、母上の方へ顔を向けて頷こうとした直前、「……本気で言っているのですか?」
そう言って再びゲルモンドが質問してきたことで思わず首を傾げることになってしまったが。
「何が言いたいんだ、ゲルモンド公爵?」
言いたい事があるならはっきり言えばいい、そう思いながら。
「ねえ、あの日には何があったかしら?」
それこそ、母が溜め息を吐きながらそう質問してきても。
「あの日は……確か卒業パーティーがありましたね?」
何しろ、報告書の様に丁寧に言ってくれなければ誰だってわからないからだ。
ただし、「それだけ? あなたルナマリアにした事を忘れたの?」
そう母に再び質問を受けたことで、あの日にあった事を一瞬で思い出すことができたが。あの英雄的行為が再び頭の中ではっきりと映し出されるほどに。
まあ、ただ、三人には違う風に映ってしまったのかもと、私は自信を持って答えることにしたが。
「あれは、ルナマリアがアンナマリーを虐めていたのが悪いのです。婚約破棄はやり過ぎましたが、あれは私なりにルナマリアを思ってやった事です。それに途中で退席したのはルナマリアでしょう? 何故、私の所為になるのです?」
完璧な答えを言うだけでなく、こちらからも質問をし返し、王太子教育で習った強気な態度も見せて。
なのに、三人は謝ってくるどころか睨んでくるだけだったが。
「何が思ってやった事ですよ……ですか? あなたがした事はルナマリアの公爵令嬢という役割を終わらせる断罪をしたの。つまりルナマリアの将来を潰したのよ」
しかも、母がそう言ってきたことで私はハンマーで頭を叩かれた気分になってしまって。
まあ、ただし、すぐに心外だとも思ったが。
そもそも、私は何度もアンナマリーに酷い事をするので皆の前で注意してやればもう二度とやらないはず、そう思ってやっただけなので。
つまり善意でやったことなだけであって……
なので、私ではなくアンナマリーを虐めていたルナマリアが悪いのだと信念を持ちながら三人を睨むが。
ただし……
「ルナマリアは虐めも何もしてないですよ……」
そうゲルモンドが呟いてくるまでだったが。
「はっ、何を言ってるのだ?」
「全部、嘘でしたよ。仕組んだのはシスティーナとアンナマリー、そして、他の令嬢を推したい派閥連中でした」
「な、なんだと……」
「ルナマリアは清廉潔白です。王太子殿下、あなたは学校で生徒会長をしていたはずです。しっかりと生徒達の動きを見てましたか?」
更にはそう言ってこちらを射殺さんばかりに睨みも。
当時、生徒会長だけでなく将来のためにと交友関係を増やすことに精を出していた私に。
つまりは非がない私に……
「わ、私は生徒会長だけが仕事ではなかった。とても忙しかったのだ」
だから、素直にそう言葉が出てしまって……
「でしょうね。生徒会の仕事はほとんどルナマリアにやらせてたみたいですからね……」と、すぐにゲルモンドが頷いたことで弁明が成功し、私は安堵することも。
ただし、それも一瞬だけだったが。
すぐにゲルモンドが大量の報告書……私がいつ何をしていたのかが調べてあり、最後の報告の部分には散財して遊び歩いていたと書かれていたものをテーブルに置いてきたことで空気が変わってしまったので。
「国庫のお金を持ち出してまで忙しいこととはいったい何なのでしょうね……」
その言葉で更に悪い方に。両親が向けてくる視線はあきらかに重罪を犯した者を見る目だったので。それこそ私が大切な息子であり、王太子であるはずなのに。
ただ、睨み返すことはできずに私は俯いてしまうが。
もちろん怒りは感じていたが。
くそっ!
何で私がこんな目にあわなければいけないのだ。
元はといえば嘘を吐いたアンナマリーが悪いのではないか。
そして、何より……
私は、その加害者の父親を睨む。「私はアンナマリーに騙されていたんだ。私は被害者じゃないか! 違うか!?」と訴え。
つまり、ゲルモンドに親として責任はどう取るのだと。
それこそルナマリアが亡くなった責任、そしてこの国の王太子である私の心を傷つけたことに対しての責任も。
まあ、もちろん私は寛大な心を持ち合わせているから、しっかりと謝罪をすれば許してやらないわけではないが。
そう思っていると私の王太子としての威厳は効果抜群だったらしく、ゲルモンドはすぐに認めたとばかりに肩を落としてくる。
「……確かに王太子殿下はアンナマリーに騙されていました」
しかも、私が、聞きたかった言葉を言ってきて。
「そ、そうであろう。国庫の金もアンナマリーのドレスや貴金属にいっているんだぞ。生徒会の仕事だってアンナマリーが私を無理矢理に外に連れ出したんだから、私は悪くないだろう!」
つまりは、これで安心だと。
ただ、そう思った直後になぜか三人は蔑むような瞳を向けてきたが。
父はぼそっと一言も。
「巷での噂は本当であったのだな……」
更には何を言っているのかわからず首を傾げる私に向かって続けて「国民の金を湯水の様に使う馬鹿王子、阿呆、無能とな」と、誰よりも温厚な私でさえ怒る言葉を。
なので「なっ、だ、誰がそんな酷い事を言っているのですか!?」と、怒りのあまり思わず立ち上がってしまったが。
「国民の大半よ」
母の言葉に驚き、力が抜けてしまうまで……と、私は思わず座り込む。
「……そ、そんな」
「あなたの馬鹿さ加減に皆嫌気がさしてるの。だから国民の気持ちを汲んであなたを廃嫡し、第二王子のジェラルドに王太子位を譲る事にします」
「な、何を言ってるのですか母上? ち、父上、どうにかしてくださいよ」
しかし、二人は答えてくることはなかった。更には三人して無言で去っていこうとも。
なので私は慌てて弁明のために後を追いかけようとするが。
「駄目ですよ」と、すぐさま衛兵達に取り押さえられてしまって……
「な、何をする!? 離せ、私はこの国の王太子だぞ!」
「陛下の命令ですので、しばらくはここで生活して頂きます」
しかも、私を力任せに抱えるなり応接室に雑に放り投げこんで。「静かにしないと手荒なこともします」と、余計な一言まで。
「王太子である私に対して!」
だから、続けて「後で覚えていろよ。誤解が解けたらお前達は必ず罰してやる」
そう心に誓ったが。
閉じられた応接室の扉を睨みながら。
◇
アンナマリーside
ハロルドが執務室を去って暇になったので私は何か良いものがないか物色していた。もちろん高く売れるものを。
特に宝石なんかを。
だって、何を取ったってハロルドは気づいていないのだから。
まあ、ただ、取りすぎたのかこの部屋からはもう本や紙束ぐらいしかなく、ハロルドは私の中でもっとも価値ある男から全く使えない男にまで成り下がっていったが。
「立場ぐらいしか意味がない」
ただ、そう呟いた直後に側の壁に飾られた絵に気づき「いいえ、少しだけ意味はあったかしら」と、訂正もしておいてあげたが。
何しろ将来、この国の王妃になる私の肖像画を執務室に飾ってくれているのだから。
「大嫌いな姉ではなくてね。くふふふっ……。てか、もう数ヶ月経ったのよねえ。まあ、おそらくもう死んでるか、娼婦として売られているかのどっちかだろうけど……くふふふっ。しかし、なんて可哀想なお姉様なのかしら」
そう言って私は良い気分で執務室をくるくると回る。
だって、目障りな存在がやっと消えたのだから。後一人を残して……と、ハロルドの母親の顔を思い出そうとする。
残念ながらできなかったので別のことを想像することにしたが。モルドール王国の王妃になり、今よりも良いドレスや宝石に囲まれている自分自身の姿を。
そして、その隣には毎回良い男が……
そう思った直後、思わず姿見の前に移動してしまったが。
もし、ハロルドよりも格好良く、財力と権力がある男が現れたらどうしようと考えながら。
だって、私みたいな美貌を持っていたら誰だって放っておかないはずなので。
「絶対にね」と、私はそう呟くなり急いでハロルドの執務室を漁りだす。地図を探すために。
何しろ、ハロルドが戻る前に大きい国を把握しなければならないので。それと、早めにパーティーを開催する日も。
結婚する前に、見定めておかなければならないので。
もちろん、一番は財力だけど良い男かどうかもね。
そう思いながら地図を見つけると私は目を輝かせながら広げる。沢山の大きな国があることを期待して。
そして、良い男が見つかり次第、そっちに乗り換えようとも。
しばらくすると顔を顰めてしまったが。この国の周りは山と森に囲まれて三国しか隣になかったので。
しかも、青く塗られた隣の二国なんてうちよりも小さいし。
つまりはこんなじゃ私を幸せにはできないじゃないと。
まあ、ただし……
すぐに逆側のモルドール王国より、倍くらい大きい赤く塗られた隣国を見るなり私は笑みを浮かべたが。
私の卒業パーティーにこの国の王太子を呼んで、そのまま連れていってもらおうという名案を思いついたので。
「もちろん婚約者としてね。くふふふっ……あっ、でも、この国の名前って、ぶり……ぶら、ぶらく? 何て読むの? まあ、私の美貌があれば文字なんて読めなくても大丈夫よね。きっと、私の美しさに皆参ってしまってすぐに王妃にしたくなるし」
そう言いながら私は隣の大きな国で華やかに過ごす自分を想像する。
それから、急いで地図を戻し、窓際へ移動を。執務室にハロルドの側近であり、将来、宰相になるダレンが駆け込んできたので。
まあ、つまりは少しの間だけ私は立場を忘れることに……
「あら、ダレンじゃない。なんでそんなに急いでるの? あっ、もしかして私に早く会いたくて急いじゃったの? もう、仕方ないわねえ」
将来、王妃になる私に恋するなんて悪い男よね、そう思いながら。
そして、今日の私は機嫌が良い。なので仕方なく相手してあげようと。将来、騎士団長になるサージハルも後で。
だって、私は皆の天使なのだから。
しかも全ての男から好かれてしまう罪作りな。
そう思いながら私はダレンの服に手をかける。ただ、いつもと違いその手は払い除けられてしまったが。
手荒にと、私はダレンを睨む。
「痛っ、何するのよ!?」
「うるさい……」
「痣が絶対できたじゃない!」
「うるさい……」
「絹の様だって言われてた手に傷ができたらどうしてくれるのよ!」
「うるさい! 君の所為で全て終わりだ!」
「知らないしうるさいのはあんたよ!」
私は思い切り睨んでやるとダレンは驚いた顔を向けてくる。
もちろん驚いた顔じゃなくて謝罪の言葉でしょうと、近くにあった文鎮を掴みダレンの頭目掛けて振り下ろすが。
何度も何度も。
そして頭から血を流して倒れるダレンに持っていた文鎮を投げつけも。
「汚いわね! 手とドレスが汚れたじゃない!」
それでもすっきりすることはできなかったが。将来、王妃になる私に暴力を振るい、挙句にうるさいと言ってきたのだから。
「たかが金魚の糞が!」と、怒りが収まらない私はストレス発散を探さねばと執務室を飛び出す。目の前にサージハルが立っていたのですぐ目的を変えることにしたが。
「今、ダレンに殺されそうになったの! 怖かったわ……」
サージハルが好きな、か弱い女を演じながら。
これでもう安心とも。
ただし……
「どうせ、嘘だろう。全て聞かされたからな。廃嫡された時に……」
そうサージハルが言って衛兵達が私達を取り囲んでくるまでだったが。
しかも敵意の籠った瞳で私だけを睨み……
「何、なんなの? 私は将来王妃になるのよ! 離れなさいよ!」
そう言うと衛兵達は返事もせず無言で私とサージハルをあっという間に紐で縛りあげてくる。
理由も言わずに。
まあ、ただ、この時、聡明で美しい私はすぐに気づいてしまったけど。この状況は巷で流行ってる物語と酷似しているので。隣国の王太子が助けに来てくれる展開で……
タイトルは『真実の愛』
つまりは助けに来てくれた王太子が真実の愛を見つけたって言う物語が始まることを。
「なんだ、それなら待ってるだけじゃない。くふふふっ、私だけの王太子様を」
地図で赤く塗りつぶされた国からくる。
なので私は少しの間だけこの劇に付き合う事にしたが。理想的な男を想像しながら。
◇
バーバラside
今の状況は非常にまずすぎる。
まさか、あの日の騒動からここまで大きくなるなんて。
くっ、これも全部、卒業パーティーで馬鹿な行動をしたハロルド……それと、ルナマリアの所為よ。
何しろ、あの日はハロルドの馬鹿さ加減にも苛々したが、それを止められなかったルナマリアの能力の低さにも怒りが沸いてしまったので。
ただ、その怒りを飲み込み、すぐに介入すれば良かったと今更ながら反省もするが。
ルナマリアは卒業パーティーを途中で退席した後、何者かに攫われてしまったのだから。
最近は死の知らせまできてしまって……
せっかく王妃教育もほぼ終わり、一番私に近い存在だったのに……
つまりは惜しい人材を失ったと。
攫われたとなれば王妃にはもうなれないが、戻ってきさいすれば、この国のためにやれることは沢山あるのだから。
それこそ、あの勉強のべの字すら知らない無知なアンナマリーがした後始末とか、次期王妃候補の育成とか……
そう思いながら「くうっ……」と、私は痛む頭を押さえる。
何しろ、あの卒業パーティーの日から悩みがどんどん増えていくので。
それこそ日に日に重く大変なものになっていって。
「特に今さっき報告された内容なんて……」
そう呟きながら私は唇を噛み締める。
最近、民の間で噂になっていることを思い出しながら。
ルナマリアは色々知りすぎてしまったため都合が悪くなった王家が消したという噂、そして、王家や貴族が民から税を沢山取り甘い汁を吸おうとしてるという噂を。
しかも、最悪なことに民がその根も葉もない話を信じ始めていると……
馬鹿な貴族生徒、特にハロルド達がかなり前から散財していたことが民にも把握されてしまったので。
私が知る前に。
つまりは致命的にこちらに報告が来るのが遅かったと。
「それこそ、あの卒業パーティーの断罪劇があった日並みに……」
そう呟きながら、いったい私はあれでどれだけ貴重な時間を無駄にしたのだろうかと、今さらながらについ考えてしまう。
何しろ、あそこですぐにルナマリアを引き止め、保険として手元に置いておけば今頃は王妃問題は解決できたのだから。
しかも、彼女に仕事も手伝わせればこんな思いも……
そう思いながら私は必死に王妃候補を探し続ける。
ただし、真っ青な表情を浮かべた夫のジョージアが私の執務室に入ってきたことで手を止めたが。無能なジョージアがこんな表情をしている時、私かゲルモンドでしか対応できない問題が起きているので。
それこそ、面倒なやつが……
「貴族がブラクルー帝国に逃げ出してる! しかも、貴重品も根こそぎ持って出ていってるらしいぞ!」
ただ、今回は「ほらね」とはすぐ言えずに勢いよく立ち上がってしまったが。
「何ですって!?」
更にはすぐ頭の中である考えが嫌でも思い浮かんでしまって。貴族の方が民よりも噂を本気にしてしまったと……
その考えは間違いだとすぐにも気づいたが。執務室の扉が勢いよく叩かれ、衛兵の切羽詰まった声が聞こえてきたことで。
「王宮の前に沢山の平民が集まって金や食料を返せと騒いでます!」
何しろ、そう叫んできたので。続けて貴族が自分の領地の平民に与える資金や食料なども根こそぎ持ち出していると報告してきながら。
もちろんブラクルー帝国に。
ただ、動いているのは貴族だけでないことを執務室に入ってきたゲルモンドの言葉で知ることにもなるが。
「商人や職人もホワイト共和国に一斉に移動しだしてます。これはどちらかが仕掛けてくるかもしれませんね」
「まさか!? だってホワイト共和国はうちと友好関係を結んでいるし、ブラクルー帝国は私の親戚が治めてるのよ?」
「それは……ホワイト共和国との友好関係を結んだのは娘のルナマリア、そしてブラクルー帝国を押さえ込んでいたのはルナマリアの後ろ盾にいたラングモンド辺境伯ですので」
「よ、要は噂が双方に流れたと……。じゃあ、ホワイト共和国はルナマリアを王家が消したという噂を鵜呑みにしてこの国を攻めてくるというの?」
「実際、婚約破棄に散財、そして攫われた件を繋げてしまうと」
「……もしかして、ルナマリアがハロルド達の散財を注意していたみたいな噂が流れている?」
私が恐る恐る聞くと、ゲルモンドは感情のない瞳で頷く。
「ルナマリアが王家や貴族の生徒に色々と注意をしていた噂はかなり入ってきています」
「そんな……」と、私は愕然としてしまう。噂が信憑性を持ち出し、こちらを攻める口実ができていると。
ただ、それでも私は希望を捨てずにどうすればこの最悪な状況を回避できる? と、すぐ頭を働かせたが。周りを見ながら。
ジョージアは役に立たない。内政じゃないから宰相や他の連中も無理。ゲルモンド……ゲルモンドがいるじゃない!
外との交流も行うゲルモンド公爵家ならいけると。
「ゲルモンド公爵、この問題を解決する為に力を貸しなさい」
つまりはこれで大丈夫であると。
このモルドール王国は。
ただし、ゲルモンドが「……残念ながら、無理です。私の頭の中はルナマリアへの贖罪でいっぱいですので、今は何も思い浮かびません。それに今日、ここに来たのも公爵位をお返しするために来ているだけなので」
そう言って首を横に振ってきたことで望みは消え……いや、もちろん、そんな事は許さないと私は追いかける。
「じゃあ、いったい誰に相談すれば良いのよ!?」そう叫びながら。
それこそ、ゲルモンドが突然振り返ってきて死人の様に濁った瞳で私を見つめてきても。
何しろ、全てが終わってしまうからだ。
「全て! 全てが!」
それでもゲルモンドは無言で一礼して去っていってしまったが。
私の問いに答えられない者達を残していきながら。




