3
部室に到着すると、ドア越しから女子達の笑い声が聞こえてきた。ドアを開けると、机を教室の端に寄せ、出来たスペースに、二人の女子が立っているのが見えた。
「喰らえ。カメカメ波ーッ!」
ツンデレちゃんこと、ミサキが両手を突き出し、何かしらの技的なものを撃つ。
「うぅ……やられた」
ミサキの正面にいた海原アヤが、オーバーリアクションに胸を押さえ、その場に倒れ込む。
「なにやってんの?」
ケンイチの声に、ミサキが振り向いた。
「え!?な、なにって、こ、今度の文化祭の……れ、練習に決まってるじゃん」
ミサキは頬を赤らめながら、まくし立てる。
「漫画、好きだもんな。ツンデレちゃんは……」
サトルの言葉に、ミサキはさらに激昂した。
「うるさーいっ!それとツンデレって言うなあぁぁ!!」
茹でダコのように蒸気を放つミサキに、海原アヤが立ち上がり、肩に手をかけた。
「ウサみん、落ち着いて」
アヤの穏やかな声が、ヒーリング効果をもたらしたかのように、ミサキの感情を鎮めていく。そもそも、ミサキが「ツンデレちゃん」というあだ名を拝命したのは、一年の時。
演劇部に入部した初日の自己紹介で、アヤが「ウサみんとは、小学生からずっと一緒で仲良しです」という発言に端を発する。
「ウサみんだってー!可愛い名前じゃん。よろしくねー」
そう言った先輩に、ウサみんこと、卯月ミサキが叫んだ。
「ウサみんって呼ばないでくださいっ!ミサキでお願いします!!」
先輩はもとより、サトルやケンイチも、彼女の反応に驚きを隠せなかった。だが、先輩は気を使い「ごめんね。じゃあミサキちゃんってことで〜」と軽く流したのだった。
問題はここからだ。ケンイチが放った、何気ない一言。
「じゃあ、なんで海原さんは、ウサみんって呼んでいいの?」
その瞬間、ミサキの華麗なミドルキックが、ケンイチの脇腹をとらえる。
「あっふおぅ!!」
ケンイチが変な叫び声を上げて、倒れた。
「だから、ウサみんって言うなぁ!!」
興奮するミサキの肩を、アヤが慌てて抑える。
「落ち着いて。ウサみん。——あれ?でも確かに、なんで私だけには、怒らないの」
おっとりした口調で諭しながら、アヤが不思議そうに彼女を見つめた。
「そ、それは……。あんたは、特別っていうか……なんていうか」
まごつきながら、ミサキは髪をくるくる指で弄ぶ。その時、その場に居た者たちは、心から思った。〝こいつ。見た目、パリピ女子だけど、ベッタベタなツンデレちゃんだ〟と。
ついでに、床に倒れていたケンイチが、悶えながら問題発言する。
「ミサキ様、もっと!もっと強く蹴ってください!!」
こいつはこいつで、そっち系かと、一同は別のショックを受けた。それからというもの、ミサキとケンイチは先輩達から、『ツンデレちゃん』と『S M君』というあだ名で可愛がられることとなった。だが、その先輩方も、今はもう居ない。
サトルが二年に進級した時、新しく入部してきた一年に対して、三年の先輩が暴力事件を起こしたのだ。暴力を受けた一年にも非はあった。態度がデカいうえに敬語も使わない。おまけに部活をしょっちゅうサボった為、三年が素行を注意した際、喧嘩となってしまったのだ。
お陰で部長を始め、三年の先輩達は停学および、演劇部を退部することとなった。険悪な空気に嫌気がさした一年生も次々と辞めていき、残った部員は、サトル達だけになった。一時は廃部も危ぶまれる状況下において、部が存続できたのは、一重に新部長となった海原アヤの功績だ。




