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山代サトルが、教室を出て廊下を歩いていると、正面玄関の下駄箱が視界に入った。何気なく通り過ぎようとした時、妙な違和感を感じたサトルは、立ち止まり下駄箱の方に目を向けた。
悪友のケンイチが、ハンカチで自分のスペースを、拭いている。ご丁寧に息まで吹きかけて、ワックス代わりにしている友人のもとへ、サトルは近づいていく。
「さっきから、何やってんだ。お前……」
背後から、サトルが声をかけると、ケンイチが、小さな悲鳴をあげた。
「なんだ。サトルじゃねぇか。ビックリさせんなよ」
「いや、ビックリしてるのは、こっちのセリフなんだけど」
あきれた表情を浮かべるサトルに対し、ケンイチは、神妙な顔つきで返してくる。
「なあ、サトル。お前、今日が、何月何日か知ってるか」
ケンイチの急な質問に、サトルは訝しむ。
「一月三十日だけど、それがどうしたんだよ」
「そう。そして二週間後は何の日だ」
顔を近づけてくる悪友を、鬱陶しげにサトルは払いのける。
「近い!近いって」
ケンイチを遠ざけ、先ほどの問いに思考を巡らす。約二週間後——そうか。二月十四日といえばバレンタインディだったなと、サトルはようやく気づいた。ならば、彼の行動にも、合点がいく。しかし——。
「お前さ、もしかしてバレンタインに、チョコ貰う気マンマンだったりするわけ?」
「当たり前だろーが!去年は、一年だったし、高校生活にも慣れてなかったし、俺を陰で好いてるファンの子も、そこんとこ空気読んだんだろ」
なんの空気だよ、と突っ込みたくなる気持ちを、サトルは必死におさえた。ケンイチという男が、一度言いだしたら聞かない性格だということを一年の時、学んだからだ。だが、今から思えば、ケンイチの行動はここ数日、明らかに変だった。女子の前で、無駄にソワソワしたり、急に大きな声で「俺って、チョコとか大好きだからさー」と奇声を発したりしていた。
そこから導き出される答えは、彼が今年のバレンタインを、猛烈に意識している事実。
「ところで。サトル君。君はさっき僕に対して嘘をつきましたね」
考え込んでいるサトルに向かって、ケンイチが変な口調を使いだした。
「……嘘?」
「そうだ。俺がバレンタインの話題を振ったとき、お前、わざと惚けただろ」
「惚けてなんかないって」
「嘘つくんじゃねーよおぉぉぉ!俺は知ってるんだ。この前、ネットで検索したら、バレンタインのことを忘れたフリしてる男子は、がっついていないですよアピールしてるだけで、本当は貰う気満々だってよおー!!」
またもケンイチがは、周囲の生徒もビックリする奇声を発する。
サトルが、心底思ったことは「こいつ、マジうざい」だった。大体、ネットの情報には、多分に嘘やいい加減な知識が混じっているものだ。サトルはそれを経験上、知っていた。
サトルは、ケンイチを無視するように踵を返し、廊下を歩きだした。
「ちょっ。どこ行くんだよ。話はまだ終わってねーぞ」
「部室だよ。お前も早く来ないと、また海原さんとツンデレちゃんに怒られるぞ」
二人の女子の名前を出した途端、ケンイチは急に大人しくなった。
「待って。俺も行くから……。置いて行くなよー」と情けない声を上げる。
やれやれ、とサトルはため息をつき、演劇部の部室へ向かった。




