終 『悔いの残らない選択を』
広々とした緑の大地に、ピンクや黄色のコスモスが咲き誇っている。まるで、天国のような場所だと、アヤは感じた。車椅子に乗った彼女は、取手を握るサトルに声を掛けた。
「あなた。とても綺麗な場所ね」
「あぁ、そうだね」
サトルは車椅子の車輪をロックし、アヤを抱き上げて丘を歩き出した。
「ねぇ、あなた……。こんな私を愛してくれてありがとう」
彼の胸の中で、アヤがか細い声を上げる。
「それは、こっちのセリフだよ」
彼は優しげに微笑みながら、そう言った。アヤの薬指にはめられた指輪が、陽光を反射する。彼女は、左手の指輪にそっと手を添えた。
そう——。この指輪は『バレンタインデーにあなたがくれた最高の贈り物』。
そして、私を救ってくれた、なによりも大切な宝物。
私を抱き抱えながら、彼は芝生の上に腰を下ろす。
「あのね。今でも不思議なんだけど、なんで私と結婚しようと想ったの?」
「またそれか。アヤはこだわるね」
サトルは温和な表情で、アヤを見つめた。
「そりゃあ、ね。気になるよ。サトルはかっこいいし、学校にも私なんかより可愛い子とか、いっぱい居ただろうし」
「単純なことだよ」
彼はそう言って、私の耳元で囁いた。そして、とても素敵な笑顔を浮かべる。
——あぁ、そうか。彼も同じだったんだ。一年の時からずっと私のことを……。
やっぱり、彼を好きになってよかった。勇気を振り絞って、バレンタインチョコを渡してよかった。
私が〝悔いの残らない選択を〟したことで、きっとこの幸せを実現させたんだ。私は、心の中でそっと呟く。
正直、この幸せがずっと続くかは分からない。将来のことなんて誰にも予測できないのだから。その時、私は傷つき、ずっと泣いて自己憐憫に浸ってしまうかもしれない。
でも、それでも、どんな辛く苦しい境遇でも、人生が暗闇に閉ざされそうになっても、諦めさえしなければ幸せは、きっと掴めるんだ。私は、そう信じてる。
吹き抜ける風が、アヤの前髪を揺らす。
一面に咲き誇るコスモスの花たちが、心地よい秋風に吹かれて、そよそよと気持ちよさそうに揺れていた。