77話 闇に潜むモノ
ディアラへ向けて出発した一行は、一週間ほど経過し国境を越えた。
国境といっても同盟国でもあるため、街道沿いに簡易の関所があるだけだった。
バーニシアでは街道沿いは森林ばかりだったが、国境を越えてからは湖、湿地帯、草原をよく見かける。
遠くの山々も含めて心が和やかになる景色なのだ。
特に夕暮れに夕日が湖の水面に反射し、世界が朱に染まった光景は綺麗だった。
この日も日暮れ前に夜営地を見つけ、手慣れた手順でテントを組み立てていく。
王やタルト達には立派なテントが割り当てられ、兵士らは簡易なものを利用している。
見てるだけだと暇なので食事を作るのを買ってでた。
最初はタルトも手伝おうとしたが、ノルンに止められた為、盛り付けだけ手伝っている。
兵士達も交代で作っていた時より、女性陣に作って貰えて士気が高かった。
特にティアナはハーブの使い方が上手で、毎日、バリエーションの多い料理が並んでいる。
「おかわりはいっぱいありますから、どんどん来てくださいねー!」
「聖女様自ら給仕頂けるとは光栄ですな。
お陰で兵達の士気も高まっております」
「何もしないのも暇なんですよねー。
移動中も馬車に乗ってるだけだと、さすがに。
ずっと馬に乗っててハーディさんは疲れないんですか?」
「日々、鍛練しておりますので、これくらい何でもありません。
それに食事がとても美味しいので、元気も出ますよ」
「それはティアナさんのお陰ですね。
エルフはハーブの取り扱いに詳しくて、味付けが絶妙なんですよー」
「今度、食事係りに覚えるように命じておきますか。
戦場での楽しみは食事くらいですからな」
「私からもお願いしておきますねー。
それにしても、今回の旅は順調に進んでますよね」
「この人数相手に盗賊は襲ってくることはありません。
危ないとすれば町から離れている国境付近のこの辺で魔物の襲撃があるかもしれません」
「辺りは真っ暗ですもんねー。
これじゃあ、火を起こしたら目立つからしょうがないか」
食事の片付けをして、各自のテントに戻っていく。
タルトはリーシャたちとテントで寝巻きに着替えようとした所…。
『マスター、夜営地周辺に多数の生物の反応を探知しました。
すでに囲まれおり、ゆっくりと近づいています』
ウルからの警告に従い、外に飛び出た。
「リーシャちゃん、ミミちゃん、ノルンさんとティアナさん、オスワルドさんに襲撃を伝えて!
リリーちゃんは二人を守ってね」
そこにハーディが近づいてきた。
「聖女様もお気付きでしたか。
殺意を感じますので、魔物の群れに囲まれている模様です 」
「ハーディさん、円陣を組んで防衛に徹してください。
攻撃は私に任せてください」
「こう暗くては夜目のきく奴等が優位です。
聖女様には要らぬ心配とは思いますが、お気をつけください」
ハーディは走り出し、兵達に命令を出していく。
訓練されてるだけあり、直ぐに王を中心に円形の陣形を形作る。
ノルンとティアナ、オスワルドも駆けつけ、戦闘準備は整った。
「タルト殿、敵襲と聞いたが」
「確かに忍び足で近寄る複数の気配を感じる。
エルフの耳を侮ってもらっては困るな」
「明かりをつけるので一気に片付けましょう!
ファイアーーーーー!!!」
タルトのステッキから沢山の火球が飛び出し、辺りを一気に照らす。
夜営地一帯だけが昼間のように明るくなり、闇に潜んでいたモノが姿を現した。
「リザードマンとハイオークだな。
それにしても数が多いぞ!」
「オスワルドさん、ハーディさんと防衛に徹してください。
ノルンさん、ティアナさん、少し時間を稼いでください!
一気に魔法で片付けます」
「了解です、聖女様!」
「承知した、此処には近寄らせぬ」
「タルト、早めに頼んだぞ」
ノルンは抜刀し、ティアナは弓を構える。
リーシャ達も三人で陣形を組んでおり、参加する気が満々のようだ。
明るくなった事で忍び足をする必要が無くなり、魔物達は一気に襲いかかってきた。
ノルンは攻撃を捌きながら、次々と魔物を屠っていく。
ティアナも羽毛のように舞いながら矢を射出していく。
突破した魔物は兵の大楯に阻まれ、槍によって撃退される。
だが、魔物の数は多く勢いが衰える気配がない。
タルトは上空で目を閉じ集中している。
「お願いウンディーネさん、力を貸して!」
頭上に大きな水球が出現した。
タルトは敵全員の位置を把握し、捕捉した。
「いっけぇーーー!!!
氷柱の大嵐!!」
水球から矢継ぎ早に氷柱が放たれ、魔物を貫いていく。
必死に避けようとするが、誘導性能が高く躱す事は不可能であった。
氷の嵐が吹き荒れ、暫くして静寂が訪れた。
辺り一帯に魔物の死骸だけが横たわり、動くものは無い。
ハーディは兵達の命令を出しながら、自らも剣を振るっていたが、強さは大したことないが数の多さに動けずにいた。
その時、タルトの魔法により一瞬で多数の魔物が倒されるのを目撃した。
噂では聞いていた人間業とは思えない神の所業を。
「これが聖女様の御技か…。
夜の闇を消し去り、あれだけの魔物を一瞬で倒されるとは…」
タルトは敵がいないことを確認して、地上に降りてきた。
「怪我した人はいますかー?
言ってもらえれば直ぐに治療しますよー」
何人かの軽傷を負った兵士が名乗り出て、治療が行われた。
治療が落ち着いた時、王とゼノン、ハーディがタルトの元にやってくる。
「どうしたんですか?
どこか怪我でもされましたか?」
「いや、そういう訳ではないのじゃ。
聖女様の闘いを間近で見れて感動しましてのう」
「陛下のおっしゃる通りです。
噂や報告で聞くのとは大違いですね。
ハーディ将軍も子供のように夢中で見ておられましたな」
「ははは…これはお恥ずかしいところを。
ですが、あのような戦いかたなど見たことがありませんから、つい興奮してしまいました」
そこにノルンとティアナも合流する。
「タルト殿、あの魔法は何だ?
氷魔法なんて聞いたことがないぞ」
「ワタシも水魔法かと思ったな。
リザードマン相手に水とは、どうかと思ったが、まさか氷に変化させるとは」
「えへへー、水と風の魔法の会わせ技なんですー。
水を風で冷やしながら形を成形して敵を放つんですよー」
「簡単に言うが両属性を使えるのもそうだが制御が難しいと思うぞ」
ティアナの言うとおり魔法で複数の工程を同時にこなしながら目標へ誘導するなど非常に困難な事だった。
タルトの場合、イメージだけ伝えてあとはウルが頑張っているのだが。
「それも聖女様たる所以なのでしょう。
我ら普通の人間では起こせぬ奇跡を簡単に使いこなしておりますしの」
「陛下もすっかり興奮されてますな。
かくいう私も治療魔法を間近で見て驚愕しました、あのような魔法が誰でも使えたら常識が崩れますよ」
「ゼノン様が言うとおり聖女様だから出来ることなのでしょう。
長い間、いくつもの戦場に行きましたがあのような芸当は見たことがありません」
エルフは人間より魔力の操作には長けているが、凍らせるくらいなら直ぐに出来るようになるだろう。
それを尖った形状にし、敵へ誘導させるのだ。
しかも、あれだけの数を。
結局、タルトは特別製だということで話が終わった。
戦闘で疲れたので、その日はもう休むことにした。




