68話 宴の後
叙勲パーティ後、精神的に疲れたオスワルドはゼノンが用意してくれた部屋で休んでいた。
ベッドに入って暫くたった真夜中に、ドアの方から聞こえる微かな音で目を覚ました。
ドアが空き閉まる音。
ヒタッヒタッと、ゆっくり自分が寝ているベッドに近づいてくる足音。
その緊張感から完全に目が覚め、謎の侵入者からの襲撃に備えて警戒する。
その足音はベッドの横まで来たので、その人物を見上げて驚くオスワルド。
「…聖女様…?」
そう、謎の侵入者とはタルトであった。
目がほとんど開いておらず寝ぼけているのは一目で分かる。
そんなことを考えているとタルトはベッドに潜り込んできて、オスワルドの頭をぎゅっと抱き締めた。
突然の事で頭が真っ白になるオスワルド。
(…!
何故、聖女様がっ!?
シトリー様と隣の部屋でお休みしてるはずでは?)
「…ぅ…ん…リーシャ…ちゃん…」
(もしかしてトイレの帰りに部屋を間違われたのか…?
そして、いつものようにリーシャを抱き締めようと…)
オスワルドの思考はそこで一旦、停止した。
何とも言えない良い匂いと温もりを感じたのだ。
スースーと静かな寝息も聞こえる。
(これは…聖女様と密着してしまっている!
それにしても良い香りがする…頭のなかが真っ白になりそうだ。
リーシャはいつもこんな天国のような状態で寝ているのか…)
オスワルドは顔に当たるふよふよとした感触に、ふと気付いた。
(聖女様の顔が上にあって、抱き締められているということは…。
この顔に当たる柔らかい感触は…!?)
頭を少しだけ動かして感触を確かめる。
布越しだが、ふよんとした柔らかいモノを感じた。
(間違いないっ!
これは聖女様の控えめな胸の感触だ!
寝ていて気付かれてはいないようだが…。
それにしても、何と柔らかいことか…大きさはとても控えめだが…。
薄い布一枚だけだから、ちゃんと伝わってくる。
それにこれは…少しだけ突起物がある!
これ以上は如何というのに…)
顔を少しだけ動かしながら、感触を堪能する。
もう少し近づこうと体を寄せようとしたら、手にスベスベ、フニッとしたものが感じた。
(これはお腹か…?
布団に入った時に上着がめくれたのだろう。
うぅーん、肌触りが赤ちゃんのようだ…。
んっ?このままもう少し上の方へ行けば…生で触れるのでは…?)
オスワルドの中にモワモワと欲望が涌き出てくる。
(いかんっいかんっ!
何を考えているのだ!
寝ていることをいいことに好き放題するなど…)
この時、脳内に何処かから声が聞こえる。
『どうせ、バレないから触っとけよ!
もう二度とこんな機会はないぞ!』
(くっ、悪魔め!そんな誘惑に引っ掛かるか!)
別の方向から違う声が聞こえる。
『そうだ、そうだ!
服もこっそり脱がしてヤれるとこまでいこうぜ!』
(なっ!?私の心の中には悪魔しかいないのか?
落ち着け…心を静めろ…良心に働きかけるのだ…)
そうすると、また別の声が聞こえた。
『そんなことをして、バレないと思っているのですか?
今まで築き上げた信頼を失いますよ』
(おおぉ!天使が降臨したか!)
『だから、バレないように偶然を装うのです。
抱き付いてきたのは事故ですから、たまたま手がそこにあったかのように…』
(お前も悪魔かあぁーーーーーー!!!)
オスワルドは自分の欲望に負けて、ゆっくりと右手を上に上げていく。
心臓の音がバクバクと頭の中に響き渡る。
他の音が一切、聞こえなく指先だけに集中する。
もう少しで届くかと思った瞬間、背中に凍りつくような殺気を感じた。
周囲の温度が急激に下がったような寒気を感じ、全身から嫌な汗が出ている。
「何をしているのカシラ?
よほど消し炭になりたいようデスワネ…」
嫌な予感しかしないが、ギギギッとゆっくり後ろを振り返った。
そこにはうっすらと笑みを浮かべたシトリーが立っていた。
その右の掌の上には圧縮された業火が渦巻いている。
オスワルドはタルトを起こさないように、静かにただ大急ぎでベッドを降り土下座をした。
「これはっ!
事故というか…偶然というか…聖女様が寝ぼけていたようで…」
しどろもどろな説明にゴミを見るようなシトリー。
溜め息をしながら、パチンッと指を鳴らし炎を消した。
「タルト様の戻りが遅いと心配になって見に来てミレバ…油断も隙もありまセンワ」
シトリーはゆっくりタルトを持ち上げ、自室に戻ろうとする。
ドアの前でピタリと足を止めてオスワルドを見下ろす。
「次は容赦しまセンワヨ。
これで朝までタルト様の愛らしい寝顔を眺められマスワ。
気分が良いから今回だけは許して差し上げマショウ」
そう言い残すと部屋を去っていった。
天国から一気に地獄に落ちたオスワルド。
心の悪魔だけではなく、本当の悪魔まで出てきて生きた心地がしなかったのである。
朝になりゼノンに案内され朝食に席についた三人。
ぐっすり寝て、清々しい顔のタルト。
タルトの寝顔を堪能し嬉しそうなシトリー。
この世の終わりのようなオスワルド。
ゼノンも対照的な三名に違和感を覚えた。
「オスワルド殿、死にそうな顔をしているが昨晩、何かあったのですかな?」
「…いえ…どうも飲みすぎただけかと…」
「そ、そうですか。
まあお祝いでしたからな…たまには羽目を外されるのも良いかと」
「大丈夫ですか、オスワルドさん?
治癒魔法掛けてみます?」
心配そうに覗き込むタルト。
近くによった事で良い匂いが届いた。
それと共に昨日の柔らかい感触とその後の恐怖も呼び出される。
「だ、大丈夫です、聖女様!
少し外の空気を吸って参ります!」
逃げるように部屋を飛び出していったオスワルド。
何も知らずに普通に心配したタルトはポカンとしている。
「変なオスワルドさん…」
それを見ながら小さく微笑むシトリー。
朝食後に大量のお土産を購入し、家路についた。
こうして、王都への短い旅路を終えたのである。




