66話 アリス
客間にてお茶を飲みながら王の公務を待っているタルト一行。
その時、ドアが開いて赤毛の女の子が入ってきた。
タルトより少し年上に見え、着ている清楚な服や仕草から気品が感じられ、貴族の令嬢と分かる。
その赤毛は目を惹き付け、整った可愛らしい顔立ちに良く合っていた。
オスワルドは一目見るなり、びっくりして立ち上がった。
「オスワルド様っ!!」
少女はオスワルドを見つけるなり、小走りで駆け寄って抱き付いたのだった。
その突然の行動にタルトとシトリーはポカンと眺めるしか出来なかったのである。
当の本人であるオスワルドも、突然の出来事にあわてふためいている。
少女だけが幸せそうに抱き付いたままでいる。
「誰デスノ、その小娘ハ?」
時間が停止していた空間でシトリーが質問することで時間が動き出す。
少女も我に返ったのか、周りを見渡し状況を確認する。
オスワルドから離れて、如何にも令嬢っぽくスカートの端を持ちながら挨拶をした。
「これはお恥ずかしい所をお見せしました。
私はアリス・リコレッティと申しまして、オスワルド様の婚約者でございます。
以後、宜しくお願い致します」
まともやタルトの思考は停止した。
その視線は遠くを見つめていた。
「…フィアンティーヌってお菓子の生地でしたっけ…?」
「タルト様、しっかりしてクダサイ!」
「驚かせてすいません…。
この方は正真正銘、私の婚約者であるアリス嬢になります」
「えっ!?えええええぇぇーーー!
オスワルドさん、婚約者がいたんですか?
しかも、こんな可愛い子が婚約者なんて!
私より少し年が上くらいですよね?
犯罪じゃないですか!
ロリコンですよ!」
「落ち着いてクダサイ、タルト様。
オスワルドも貴族ですから婚約者がいるのは普通デスワ」
「そ、そういうものなんですか?」
「その金色の髪に悪魔を従えているということは、貴女が噂の聖女様ですね?」
「えっ?あ、そうです。
タルトといいます…まだ、びっくりしてて…」
「私とオスワルド様は小さい頃に、お互いの両親が決めたのでございます。
貴族では一般的で私も十五歳を越えておりますので、いつでも嫁ぐことが出来ます」
貴族では世襲制であるので、後継ぎを残すのはとても重要である。
特にこの世界では死亡率が高く、魔物に襲われたり大した病気じゃなくても亡くなる事があるのだ。
また、女性の場合は嫁入り先の家柄も重要視され、所謂、政略結婚も多い。
爵位が高くなると多妻もあり、第二夫人がいる場合もあるのだ。
「そうなんですね…。
両親が決めて好きじゃない相手だったら嫌だなぁ…」
「私はその心配はありませんわ。
聖女様、少しお時間を頂けますでしょうか?
お二人だけで話したいことがありますの」
「えぇっと、まだ時間はあると思うので大丈夫ですよ」
タルトはアリスに付いて中庭に出た。
何も言わないまま歩くアリスに不安を覚えながら付いていくと池の前で足を止めた。
振り返り品定めをするように全身を見ながら溜め息をつくアリス。
「はぁ…確かにお美しい方ですわ。
まだ、幼いですけど将来はさぞ、綺麗に成長されるのでしょう…。
唯一、勝ってるのは胸の大きさでしょうか…それも、大した差もありません…」
「えぇーと、何のことでしょうか…?
アリスさんもとても綺麗だと思いますけど…」
「お世辞は結構です。
単刀直入に聞きますわ、オスワルド様の事をどのように思っていらっしゃいますか?」
「オスワルドさんですか?
うぅ…んと、頼りになる仲間とか?」
「そうではありません。
異性として、どう想われていますか?」
「異性って…特にそういう風には考えた事無いですね。
まだ、恋愛とかよく分からないんですよね」
「本当でございますかっ?
恋愛感情は無いのでしょうか??」
「無いと思いますが…」
「そう、そうでございますか!
はぁ…良かったです…」
「オスワルドさんの事が本当に好きなんですね」
「えぇ…両親が決めた縁談でございますが、私はその運命を全力で全うするつもりでした。
オスワルド様が両親を亡くされた時に、一度だけお会いしましたが寂しい目をされていました。
それから、あまり良くない噂を聞きましたが私が良い方向へ導こうと決心したのでございます。
それが…」
じっとタルトを見つめるアリス。
「急に聖女と名乗る少女が現れたと思ったら、オスワルド様をあっという間に改心させてしまいました…。
一体どのような魔法を使われたのでしょうか?」
タルトにとって思い出したくない黒歴史の一つである。
「確かぁ…拳で語り合う的な…?」
「何ですか、それは!
どうして殴りあいで、あそこまで生き方が変わると言うのですか?」
「ですよねー…」
「正直に申しますとあの時は聖女様の事をお怨みました…。
私ではなく他の女性があの方に影響力があるなんて…只の嫉妬でございます…」
「アリスさん…」
「今のオスワルド様は理想の夫でございます。
領民の為に一生懸命で日々、鍛練もされています。
この度は聖女様の助力を得て、圧倒的な戦力差を覆す見事な指揮をされたとのこと。
私は少しでもその支えになりたいのです」
「…すばらじいでず…!
アリスざん…どでも素敵でず…」
感動したタルトは滝のような涙を流す。
アリスの純粋な気持ちに心を打たれたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?
聖女様、落ち着いてください!」
「ちーん…もう大丈夫です…。
私がアリスさんの恋を応援しますね!」
「そんな…個人的な事で聖女様を煩わせるなんて…」
「良いんです!
私がぜひやりたいんです!
オスワルドさんの事が大好きなんですよね?」
「はい、お慕いしています…。
いえ、誰よりも愛しております!」
「じゃあ、二人でその恋が成就するように頑張りましょう!」
「宜しくお願い致します、聖女様!」
オスワルドの知らないところで事態は進展していく。
想いをタルトに告げる前にフラグが折れたようだった。
「それにしてもどうして此処にいるんですか?
貴族の人って自分の領地にいるんじゃないんですか?」
「丁度、花嫁修行も兼ねて王都にある貴族向けの学舎に通っているのです。
そうしたらオスワルド様が訪問された話を聞きまして、気付いた時には走り出していました」
「そうなんですか。
では、何時でもアルマールへ遊びに来てくださいね」
「それは…結婚前に泊まりで伺うのは…」
「うぅん…私の神殿に泊まればどうですか?」
「…それなら、大丈夫かもしれません!
聖女様にお誘いを受けたと説明すれば許して貰えるかもしれません!」
「何時でも大歓迎です!
良ければ高速の移動で日帰りも可能ですよ」
「そんな事まで…流石、女神様の御使いでございますね」
「アリスさんの恋はフルサポートです 」
その後もしばらく語り合い、王の準備が整ったとゼノンが呼びに来たので戻ることにした。
アリスは御礼の言葉を残して部屋を後にしたのだった。
「聖女様、アリス嬢とどのような話をされたのですか?」
「それは乙女の秘密です!」
「そ、そうですか…」
「オスワルドさん、アリスさんの事を大切にしてくださいね!
もし、泣かせるような事があれば怒りますよ」
「はぁ…肝に命じます…」
釈然としないオスワルド。
何か大切なものを失った気がするのであった。
それもつかの間。
客間にて王が現れたのである。




