58話 決戦アルマール
決戦当日。
夜が明ける前から慌ただしく準備が進められている。
装備の最終点検や避難の終わっていない人が残っていないかの確認など、やることは沢山あった。
日の出と共に配置に付く事になっていたが、その前にタルトが城壁前へ防衛に参加する全員を集めた。
「いよいよ当日を迎えました。
敵の数は予想よりも多く苦戦を強いられると思います。
ですが、私たちも出来るだけの準備をしました。
この町を守る為に、住む人々を守る為に全力を尽くしましょう。
但し、自分自身も守るべき命です。
危険なときは身を守ることを優先してください。
私は勝利の女神となれるよう、皆さんが稼いでくれた大事な時間で敵本陣を落としてみせます。
そして、今日の夜には誰一人欠ける事なく、全員でお祝いをしましょう!
では、頑張りましょう!!!」
「「「「「オオオオオオオオオオオ!!!」」」」」
タルトによって士気が最高潮に高まった赤壁チームは、一番外側にある城壁に配置に付いた。
特攻チームは敵から察知されないように、大きく迂回する為、城壁から離れた位置で待機している。
後は、敵が攻めてくるのを待つばかりだ。
一方、その頃。
沢山の魔物の前に一人の男が立っている。
魔物達は今にも暴れだしそうなくらい殺気だっている。
だが、その男が睨みつけるだけで、魔物達は怯えて静かになった。
男の丈は2メートルを越え、細いが引き締まった筋肉は力強さを感じさせる。
そして、何よりも冷たい眼光に目がいってしまう。
魔物達はその男から指示が出るのを待っているのだ。
「やはり来なかったか…。
いよおおおし、貴様らあ!!
刻は来た!
全軍で薄汚い人間どもの町を破壊してこい!
そこにいる者は食べるなり、殺すなり、犯すなり好きにして良い!!
但し…妹には絶対に手を出すな!
傷付けた奴は地獄よりも恐ろしい目に会わせるからなあ!
妹以外は皆殺しにしろお!
分かったかあ!!!」
「「「グオオオオオオオオ!!」」」
「「「ガアアアアアアアア!!!」」」
大きな雄叫びは周囲の大気を震わせた。
男が片手を挙げるだけで、ピタッと静まり返った。
これだけの魔物を完全に統制しているのだ。
「全軍…突撃いぃーーーー!!!」
その掛け声と共に三万近い魔物が、一斉に町に向かって突進し始めた。
途中にあるものは木であろうが岩であろうが、全て破壊されていく。
決戦が今、始まろうとしている。
城壁では魔物の雄叫びが響き渡り、兵士達に動揺が走った。
ここには、もう聖女の姿はない。
別動隊として壁から離れて、身を潜めているのだ。
初めて聞く数の魔物の声に、兵士達は震えが止まらなかった。
だが、この状況でも変わらない男がいた。
オスワルドである。
「兵士達よ、良く聞け!!
諸君等は聖女様の懇願に呼応し、駆けつけし勇士達だ!
相手が如何に強大であろうとも、我らには勝利の女神がいるのだ!
今まではなす術もない相手でも対等に戦える力を授けて下さった!
我らはこれだけの圧倒的な差を、物ともせず勝利し歴史に名を刻むもの達だ!
大切な家族に自慢しようではないか!
勝利を我らが愛しき聖女様に捧げるのだああああ!!!」
「「「「オオオオオオオオオオオ!!!」」」」
兵士達の不安は嘘のように消えて、目には希望が宿った。
「よし、敵の進行が始まった。
戦闘開始の花火を上げろ!!」
オスワルドの指示のもと、作戦本部より開始の合図である花火が打ち上げられた。
これは離れた別動隊や救護班、避難している人々への合図となる。
続けてオスワルドは指示を出していく。
「弩弓隊は弓をセットしろ!!
なるべく大型の魔物を狙え!
足を狙えるものは、進行を遅らせるようにするのだ!
軽弩隊は十分に引き付けてから、眼などの急所を狙うように!!」
兵士達は訓練通りに弓を弩弓にセットされていく。
そのまま、敵が現れるのを待機している。
ズシン、ズンズン、ズシン
「な、何だ!この振動は!?」
城壁の上で待機している兵士でも、はっきり感じられる程の振動が近づいて来ている。
段々と大きくなる振動に緊張が走った。
その瞬間、森の木が吹き飛んで、魔物の大群が姿を現した。
「大弩隊、狙いを定めろ!!
……撃てえええぇーーーー!!!」
「グオオッ!?」
「ガアア!」
大弩の弓矢に足を貫かれて、ギガンテスやサイクロプスが派手に転んだ。
その巨体が倒れた事で、近くにいたゴブリンなどが押し潰される。
「よおーし、効いているぞ!!
どんどん弓を放てええ!!」
自分が放った弓矢にて、敵うはずもない魔物に手傷を負わせた事により活気付いた。
今までの緊張や震えが止まり、訓練通りの動きが出来るようになっていく。
その時に、ドオオーンと城壁全体が揺れるかのような振動と大きな音が響く。
素早い動きにて牛鬼の群れが、恐ろしいほどの威力を秘めた頭突きをするべく、城壁に突進している。
「軽弩隊、壁に張り付いている魔物を狙え!!」
城壁下の魔物に向けて、雨のように弓矢が放たれる。
次々と矢に撃たれて魔物が倒れていく。
しかし、倒れた魔物が見えなくなるくらいの数の魔物が城壁へ押し寄せてくる。
「よし、敵を十分に引き付けた!
赤壁作戦を開始するぞ!
聖女様より託されし、瓶を魔物達に投げつけろ!」
兵士達は一斉に足元にある瓶を城壁の上から魔物達に投げつけた。
瓶が砕けて、中からは透明な液体が飛び出てきた。
城壁の前も魔物もびしょびしょに濡れている。
「準備は整った!
火矢隊、放てえええーー!!!」
城壁から放たれた火矢が当たるや否や、猛烈な炎が立ち上がり、魔物達を飲んでいく。
瓶に入っていたのはタルト特製のアルコールだった。
桜華が丹精込めて作った日本酒を原料に、爆発的な火炎が出るよう調整して作ったものだった。
あっという間に城壁前は火炎に包まれ、魔物達の進行が止まった。
火に包まれた魔物は、あまりの熱さに暴れて周囲の魔物と同士討ちを始めた。
これがタルトが授けた弩弓に次ぐ、もう一つの秘策である火計だった。
三国志の赤壁の戦いを彷彿とさせるくらい城壁が炎で赤く染まっている。
「では、遊撃隊、お願いします!」
「ヤレヤレ、やっと出番デスワネ」
「待ちくたびれタゼ!」
「タルト姉の為に時間を稼ぐカ!」
「天使として魔物の群れは殲滅せねばな」
「我等、獣人を受け入れてくれたタルト様に恩返しをする時だ!」
遊撃隊は城壁から飛び降りた。
火計により勢いが弱まるのを待っていたのだ。
戦場を動き回り敵を撃破し、撹乱させるのが目的だった。
「タルト様に仇なすモノは皆殺しデスワ。
死にナサイ、煉獄の爆炎!!」
シトリーの周囲に無数の火球が生じ、魔物へ高速で放たれる。
次々と魔物を貫き、絶命させていく。
「ヤルナー、シトリー」
「アタシ等も負けてられねえゾ」
「そうダナ、猛毒の濃霧。
カルン、頼んだゼ!」
「任せナ、巻き起これ風ヨ!
猛毒の暴風!!」
リリスが猛毒の霧を出現させ、カルンが嵐を起こし猛毒の暴風が吹き荒れる。
巻き込まれた魔物達は毒に侵され、暴れ回ったり、すぐに絶命した。
「悪魔には負けてられんな。
天使の羽!!」
ノルンの翼より光の羽が降り注ぎ、敵を貫く。
飛びながら放つことにより、広範囲に被害を与えた。
「良いか、我らは地味でも身の丈にあう仕事をするのだ!
天使や悪魔の皆様を援護するよう、雑魚を露払いするぞ!」
ティート率いる獣人隊は矢や炎で手傷を負った魔物やゴブリンキングなどの弱い魔物を確実に仕留めていった。
決戦は始まったばかりで、初戦はタルト軍が優勢だが敵本体の一角を落としたに過ぎないのだった。
オスワルドだ。
聖女様の作戦通り、我らでも対等に戦えている。
次回も敵本陣を落とすまでの時間稼ぎを見事、達成して見せよう。




