263話 無限の闇
ミカエルの奥義に期待していたが無意味であるのを理解し、絶望の足音が聞こえてくるようだ。
「そろそろ切り札をぉ、出しなさいよぉ」
「そんなのネエゼ。
さっきのミカエルの一撃が全く効かないんジャア、俺様の攻撃も無意味だろうシナ」
ミカエルとルシファーは光と闇の違いはあれど実力は拮抗しているのだ。
「おそらく奴の闇の魔力は俺様を上回ってるように思うぜ。
単純な力をぶつけ合っても負けてしまうだろうシナ」
ルシファーの見立ては正しかった。
無意味に魔力を消費しても仕方がない。
ミカエルが取っ掛かりでも見つけてくれるなら、次は自分が温存していた力で仕掛けるつもりなのだ。
「さあ、諦めて死を受け入れ楽になるがいい」
死の王から無数の影が分裂していき人型へと変化していく。
それは見たことのある姿だった。
「あれは…ピンキーだ。
あの時、確かに消滅させたはずだ」
ラファエルは因縁の相手である姿を見間違う訳がない。
だが、目の前に百体以上のピンキーがいるのだ。
唯一、違うのは一切感情のようなものは感じられず人形のような表情だった。
「全ての影は元は一つである。
主の命を速やかに実行するために作り出したものに過ぎない。
さあ、影達よ。
邪魔者を排除するが良い」
一斉に襲いかかってくるピンキーもどきの影。
いくら倒しても次から次へと湧いてくる。
「これはぁ不味いわねぇ。
聞いた話ではぁいくら倒してもぉ意味ないわぁ。
本体を倒すぅ必要があるのだけどぉ」
「本体ってアレの事カア?
それは無理ダロ。
どっちも倒せねえとか不可能ダロ!」
忌々しそうに死の王を見るルシファー。
以前にラファエルがピンキーを倒せたのは、ピンキー本体を見極め攻撃が通じたからである。
今回は本体は明らかであるが、一切の攻撃が通じず倒す道筋が全く分からないのだから状況は以前より悪いのだ。
「オイ、聖女様!
どうにかならねえノカ?」
ルシファーはタルトに視線を移すが何か考え込むように真剣な顔で一点を見つめたままだ。
「あっ!?
ごめんなさい!
ちょっと自分会議をしてました」
「随分、余裕ダナ!
なら、この状況を打破する良い案があるんダロウナ?」
「ちょっとやってみたいことがあるので行ってきますね!」
そう言い残すとタルトは死の王に向けて真っ直ぐ飛んでいった。
「行くってどこに行かれるのですか!?」
突然の行動に護衛のオスワルドはあわてふためく。
そんな心配もどこ吹く風のタルトは笑顔で手を振っている。
「すぐに戻ってきますねー!
それまで頑張ってくださーい!」
そして、次の行動はその場にいる全ての者を驚かせた。
何と勢いよく飛んでいったタルトは死の王に真っ直ぐ突っ込んでいき闇の中へと消えていったのである。
タルトの強大な魔力の気配が一切、感じられなくなった。
「聖女は血迷ったようだ。
自ら飛び込んでくるとは手間が省けたというもの。
我が無限の闇から抜け出す手段は皆無。
これで聖女は死んだも同然だ」
これには戦場に走った衝撃はとてつもないものであった。
最高戦力を集めているなかでタルトは一人だけレベルが違ったのである。
五精霊によって強化された今のタルトであれば他の全員を相手に楽勝な程に至っていた。
その本人がいきなり戦線離脱したのだから驚くのも無理はない。
「本当にぃ何を考えているかぁ分からないわぁ…」
ガヴリエルも呆れてしまっている。
その中でオスワルドだけは強い意志を秘めた瞳のまま戦いを続けていた。
「私は聖女様の御言葉を信じて己に出来ることに全力を尽くすのみです!」
「単純な馬鹿は嫌いじゃネエゼ。
あの嬢ちゃんに賭けた以上はどんだけ手札が悪くても降りれねえシナ!」
そんなオスワルドにルシファーも共感したように同調を見せる。
タルトが戻ることを信じて何とか現状維持するよう各自、全力を尽くすのであった。
その頃、タルトは真の暗闇の中にいた。
目を閉じても開けても差が分からないほど一切の光もない空間なのだ。
その為、上下左右も分からず常人なら発狂してしまうであろう。
その中でタルトは目を閉じ全身の力を抜いて漂っていた。
「不思議な空間…」
真っ暗な深海漂っているような感覚だ。
何故、こんな突拍子もないことをしたかというと少し時間を遡ってみる。
ミカエルの奥義によって消滅したかと思われた死の王が元通り復活した頃である。
「うそー。
完全に消滅してたのにチートだよー」
どう攻めようか様子を見ていたら突然、頭の中で話し掛けられた。
『マスター。
ちょっと気になることがあるんです』
(気になること?)
ウルから声をかけられピンキーもどきに注意しつつ脳内会議に集中する。
『今、気付いたのですが死の王の圧倒的な存在感に隠れて僅かに精霊の気配を感じます』
(えっ?
どこから?)
『死の王自身という表現が正しいかは分かりませんが、あの者から感じます』
(精霊が死の王ってこと?)
『死の王と精霊の気配は別と思われます。
想定されるのは精霊があの者に囚われている可能性です』
(助け出せれば弱体化するかもしれないかな?)
『可能性としてあり得ますね。
精霊から力を得ているのであれば、解放することで元を断つ事が出来ます』
(よーし!
すぐに助け出そう!)
『一つ問題があります。
外からは一切の影響を与える事が出来ないのは今までの攻撃で証明されています。
可能性があるとすれば内部に飛び込んでみるしかないのですが…』
(あの胴体の部分に飛び込むってこと?)
『確実とは言えませんが可能性があるとすればです。
ですが、内部がどのような空間かは分かりませんので危険度は不明です』
タルトは死の王を観察する。
胴体は衣に覆われ黒い靄しか見えず、攻撃が吸い込まれるので、どこかの空間に消えていってると思われる。
それがどのようなところかは全く不明だが。
(うん、行こう!
行ってみないと分からないし、このままじゃ何も変わらないもん)
『そう言うと思いました。
不足の事態には可能な限り即時対応しますので』
(宜しくね!
そうと決まればすぐに実行だ!)
この後、皆に一言残すと死の王の内部へ飛び込んだのであった。




