248話 自責
ゆっくりと目を開ける。
そこは見慣れたいつもの天井だ。
「えっと…なにがあったんだっけ…?」
タルトはぼーっとした頭で記憶を呼び起こす。
すぐにクロノスとのやりとりを思い出し、最後に見たシトリーの優しい微笑みで記憶が途絶えていた。
「シトリーさん!
そうだ、あのあとどうなったんだろう!?」
ベッドで上半身を起こすとどこも怪我した様子もない。
部屋に誰もいないのを確認して部屋を飛び出していった。
廊下にも人の気配はなく窓の外から騒がしい声が聴こえる。
一階の広間には多くの怪我人と治療を行う者で入り乱れ、大きく開かれた扉の外にもたくさんの天幕が見えた。
タルトは恐る恐る近くにいた兵士に声を掛ける。
「あのぉ…これってあの戦いで怪我した人達ですよね?」
「これは聖女様!
お目覚めになられて安心しました!
ご認識の通り怪我の程度が重い者をここで集中的に治療していますが、とにかく多すぎて収容も出来ない状態です」
「シトリーさんはどこにいるか知ってますか…?」
「シトリー様の治療は三階の特別病室で行っていると聞いております」
「ありがとうございます。
ちょっと行ってみます」
再び階段を駆け登り廊下の突き当たりにある特別病室に飛び込んだ。
入り口はいってすぐのところに桜華を治療するリリスがいた。
「いてててて!!
もっと優しくやれよ!」
「大人しくシテロ!
全然、軽傷の方なんだからナ!」
すぐに桜華と目が合いその胸に飛び込む。
「桜華さん!!」
「おお、やっと目が覚めたか!
どうだ、身体は問題ないか?」
「私は元気ですよー。
それより桜華さんがボロボロじゃないですかー」
至るところに包帯が巻かれ血が少し滲んでいるのがみえる。
「これくらいはすぐに治るから心配するな。
うちよりシトリーの方が重傷だぜ」
「そうだ、シトリーさんもここにいるんですよね?」
桜華は奥の方を指差した。
タルトは走らず、でも最大限の速度で歩み寄る。
白い布で仕切られた一角へと入っていくとベッドに横たわるシトリーと横の椅子に座るカルンがいた。
シトリーは片方の翼と腕の先を失い、厳重に全身を包帯で巻かれている。
「生きてて良かったよぉ…」
思わず涙が込み上げる。
「シトリーは捨て身で戦って、しかもアタシを庇ってヤベエ状態になっちマッタ…」
「助かるん…だよね…?」
「リリスの見立てでは長くはもたねえラシイ。
唯一、助かるとしたら治癒魔法しかねえんダトサ」
タルトはすぐに治癒魔法をかけようと手のひらを向ける。
「あれ…?
おかしいな…」
いつもならまばゆい光が発せられるのだが、今回は何も起こらない。
必死で何回もやり直すが変化は起きなかった。
「お願い!
治ってよぉ…。
何で何も起こらないのぉ…」
おそらくだが、こうなることを理解していたタルト以外はじっと黙り、悔しそうな表情を浮かべる。
だが、もう耐えきれなくなった桜華がタルトを
の腕を握り制止した。
「もうよせ!
あの野郎が何かしたせいで力が失われてるんだろう?
お前はよくやったぜ。
誰もお前を責めたりはしねえよ。
シトリーは自分で信じた道を進んだだけで、死ぬ覚悟もしていた。
今は奇跡を祈るしかねえ。
あのクソッタレな神にじゃねえけどなあ」
誰もが言葉には出来なかったことを桜華は代わりに言ったのだ。
タルトは力なく地面に座り込む。
そんなタルトにカルンが優しく語り掛けた。
「こんな状況だが僅かだが良いこともあるんダゼ。
これを見てミナ」
カルンは引き出しから小さい光を放つ球体を取り出した。
「これは…?」
「これがクローディアが自爆した爆心地に落ちていたのをシトリーが拾ったラシイ。
ティアナの見立てではクローディアのコアだって話ダ。
もし復元方法が分かればクローディアは復活出来るかもってことらしいゼ」
「クローディアさん…」
球体を受け取ったタルトはそれをぎゅっと抱き締める。
「復元方法って分かるんですか…?」
「そんな余裕はないな」
いつの間にかノルンが入り口に立っていた。
「あの戦闘で全滅寸前だったのをガヴリエルが救援に来てくれたお陰でシトリー達は助かった。
あのベリアルっていう化け物もそれ以上も追撃をしてこなかったのも幸いしたな。
だが、猶予はない。
タルトが寝てる間に全世界に向けてクロノスからメッセージが発せられた。
一週間後に地上の生命を殲滅すると。
それまで余生を楽しむが良いと上から目線でな。
だから、今はその対応が最優先だ」
「どうするんですか…?」
「クロノスはもう一つ言っていた。
助かりたければ死の王とその配下の五本指を倒し、クロノスを止めてみろと。
まるでゲームを楽しむようにな。
だから、ここに全ての種族の長が集まり対策を決めることになっている」
「私も戦います!」
「それはやめておけ。
今は普通の人間と同じなのであろう?
タルトは人々の希望なのだから、もし死ぬことがあれば一気に戦意が失われてしまう。
ここで皆を励ましてくれるだけで良い」
「そんな…」
「もう少し休め。
味方を信じて任せておけば大丈夫だ。
雪恋、タルトを部屋に連れていってやれ」
とぼとぼと雪恋に付き添われ歩いていくタルト。
途中、倉庫から大きな袋を持った小さな子が目の前で転んだ。
すぐに駆け寄り声を掛ける。
獣人のハーフのようであり、泣くこともなく起き上がった。
「大丈夫?」
「あっ、せいじょさま。
ちょっとつまづいただけです」
「こんな大きい荷物じゃ危ないよ。
手伝うね」
タルトは袋を持ち上げようとするが全く上げられない。
子供とはいえ獣人のハーフは人間の大人並みの腕力を持っている。
非力な今のタルトでは目の前の子供に負けてしまうのだ。
「だ、だいじょうぶです!
まだつかれているんでしょうから、じぶんでやります!」
そういうと子供はてきぱきと袋を積んで持ち上げて、その場を立ち去った。
タルトは走りだす。
目的地があるわけでもなく、ただじっとしてられなかったのだ。
魔法少女の力を失い、何も出来ない自分に嫌気がさしたのである。
しかも、今回の原因を作ったのも自分だと思っている。
世界の隠された真実を暴き、神の怒りをかったのがタルトの行動の結果だと理解した。
元々、インドア派のタルトは全力疾走で走り、呼吸が荒くなっていたが気にせず走る。
気付けば屋上に来ていた。
遥か下では人々がいそいそと働いている。
先の戦いでの治療や次の戦いに備えてと理由は様々だ。
今はタルト一人で誰もいない。
ふと、ここから飛び降りたら楽になれるのかな、と思いがよぎる。
何かに誘われるように低い壁に手をかけて下を覗き込むのであった。




