243話 広がる戦火
目の前にいるのは紛れもない龍。
対峙するだけで震えが止まらない程の圧力を感じる。
懸命に勇気を振り絞り魔法少女へと変身しステッキを構えた。
だが、震えからステッキが小刻みに震えている。
「幼いながらに中々の胆力よ。
並みの人間であれば対峙するだけで正気ではいられぬ」
「うぅ…本当は今すぐにでも逃げ出したいですよぉ。
でも、それだと今の悲劇が止められないですもん!」
「他者の為に見上げたものよ。
聖女と呼ばれる訳だ。
準備は出来ておるか?」
「気持ちの整理は追い付きませんが、いつでも大丈夫です!
もうやれることをやるだけですから!」
「良い返事だ。
では、いくぞ」
ヴリトラから発せられる魔力量が一気に膨れ上がる。
それが集約されるように口の辺りに光の輝きが増していく。
「精霊のみんな…お願い、力を貸して…。
ウル、全力でいくよ!」
タルトの身体も光輝き始め、放出された巨大な魔力が渦を巻き周囲の大気を震わせる。
お互いの魔力の奔流が既に衝突しあい衝撃波を発生させていた。
「どちらも次元が違いマスワネ…。
龍人と渡り合えるとは流石、タルト様デスワ」
「さて、聖女殿の実力なら乗り越えられると思ったのがのう。
お二人もここは危ないから少し下がった方が良いぞ」
衝撃波を耐えているシトリーとカルンに対し、平然と立っているジルニトラが心配をしている。
「ここで問題ありマセンワ。
タルト様が最前線で奮戦されているのですから、これ以上は下がれまセンモノ」
「では、油断されぬことだ。
聖女殿が押し負ければここら一帯は吹き飛ぶから逃げ場はないのですじゃ」
「タルト様は絶対に負けマセンワ」
シトリーの瞳には強い意思が感じられる。
強固な信頼関係によりタルトの事を微塵も疑っていないのだ。
その間にもヴリトラの前には今にも臨界点に達しそうな鈍く輝く球体が浮かんでいる。
「我が一撃を受け止め、世界の秘密を知り挑む器があるか示すがよい。
白銀の息吹」
まず閃光が走り遅れて甲高い金属音のようなものが聞こえた。
純粋で凶悪な巨大な力の一撃がタルトを襲う。
それに反応するようにタルトも迎撃を行う。
「全力で防いでみせます!
星砕く聖砲!!!」
五精霊の力も借りて全てを破壊しうる威力を秘めた6色の輝きがステッキから放たれる。
両者が放った技は空中で激しくぶつかり合う。
次の瞬間、轟音と衝撃波が荒れ狂ったように襲い掛かった。
シトリーが炎、カルンが真空の壁を作り出し二重としているが吹き飛ばされないように必死に耐えている。
「こんな桁外れな威力はもう災害ダゼ!
タルト姉は無事ナノカ!?」
「今は防御に集中シナサイ!
タルト様の無事は信じるだけデスワ!
それに比べ気を抜いたらワタクシ達が吹き飛ばされマスワヨ!」
「チッ、やってるテーノ!」
激しい力の奔流の中心にタルトはいた。
全力を出して何とか五分五分の状態を保っている。
同時に衝撃波から身を守るように魔法障壁を張り、余裕など全くない。
「むむむ…。
何とか耐えてるけどもう限界だよぉ…」
これ以上、耐えきれないと思った瞬間、ふっと軽くなった。
相手の攻撃が弱くなり終わりが見えてきたのだ。
周囲に広がっていた轟音と衝撃波も縮小していき砂煙だけが残っていく。
「オイ、終わったノカ?
タルト姉はどうナッタ?」
風によって砂煙は飛ばされると肩を上下に揺らすタルトの姿があった。
そして、既に人間も姿に戻っているヴリトラが立っている。
「よくぞ耐え抜いた。
この試練に挑むもの自体も久しいのだが、乗り越えた者は過去におらなかった。
その勇気と強さを称え望みを叶えよう」
タルトはその場にぺたんと座り込む。
「はぁ…怖かったよぉ…。
本当にもう駄目だと思ったんだからぁ」
今にも泣き出しそうな声である。
「ヴリトラよ。
少し落ち着いて休む場所に案内を頼む。
見ての通りまだ幼きゆえ緊張から解放され年相応の感情がでておる」
「そのようだな。
まさか、この試練を幼き少女が突破するなど誰も予測しなかっただろう。
暫し休憩の後、例の場所へ案内しよう。
さあ、付いて来るが良い」
ヴリトラに案内され身体を休められる暖かい部屋へと移動したのである。
その頃、ノルン達は無数の種族が入り乱れ殺しあいをしている戦場を駆けていた。
まだ、小規模な戦闘とはいえ多数の死傷者が出ている。
魔物の駆逐もしながら手近な者を殺さないよう行動不能にしていく。
これは相手と大きな実力差があるから成せる業だ。
だが、それも両勢力の本隊が到着したら、この程度の人数で対応できる範囲は微々たるものであろう。
寧ろ、油断や長時間に及ぶ戦闘で体力が低下した場合は全滅させられる可能性だってある。
それでも、手が届く範囲だけだが全力を尽くすのだ。
そう、タルトのように。
「ちっ、この人数じゃこの規模で手一杯だぜ!
これ以上、戦火が拡がったら手のつけようがねえなあ!」
桜華が流れるように技を繰り出しながら愚痴を叫ぶ。
それを上空から聞いているノルンも口には出さないが同じことを考えていた。
「戦場を上から見下ろせるからか状況が良く分かる。
皆、良くやってくれているがこれが限界だろう」
ふと視界の端にオスワルドの姿を捉える。
すぐに方向を転換し結果を確認しにいく。
「戻ったか、オスワルド。
簡潔に報告を頼む!」
「状況は芳しくありません!
聞く耳をもっておらず、何かに取り憑かれたようにここへ進軍しています!
我が兵達が抑えてますが人数差が大きく止められません。
間もなくここへ到着すると思われます」
「やはりそうか…。
では、説得は諦めお前もここを頼む!
おそらくティート側も駄目だろうから少しでも人数を減らして被害を抑えるのに努めるのだ」
「承知しました!
ノルン様もお気をつけを!」
オスワルドは馬上のまま周囲の者を器用に行動不能にするよう攻撃している。
タルトの眷属である恩恵か日々の鍛練のお陰か並みの兵士では相手にならない強さを身に付けているのだ。
しかし、人間である以上、体力の限界がくる。
それが分かっているノルンだが、辛い命令を出さざるを得ず、やりきれない想いだ。
その気持ちを圧し殺し、上空へと舞い戻る。
「あれは…やはり駄目だったようだな」
遥か遠いがゆっくりと近づく黒いうねりが見える。
それが闇の勢力の大群だというのがすぐに分かった。
ティートも予想通り足止めに失敗したのだろう。
間もなくここは地獄が地上に現れたかのような死地となる。
「まだか、タルト」
頼りはタルトだけであり、戻るまで死力を尽くすしかない。
もう衝突は止められないのを悟り、再び戦場へと戻るのであった。




