幕間 シトリーの華麗なる休日
シトリーは紅茶の入ったカップを傾け一口含む。
そして、自分の手をじっと見つめていた。
白く透き通る肌であるが悪魔らしく黒く鋭利な爪が生えている。
だから、タルトに触れる時は傷付けないよう最新の注意を払っていた。
だが、ふと思う。
もし、悪魔でなかったらタルトを全力で抱き締められるのだろうか?と。
「考えても無意味なことデスワ…」
このティータイムは毎朝の日課である。
タルトを起こした後、仕事前の一休憩だ。
シトリーの仕事は街の運営から諸外国との外交など実質的な管理者とも言える。
重要なことに関しての決定はタルトが行うが他は全て任されているのだ。
悪魔としては珍しく立ち振舞いが上品で貴族階級の出身と思ってしまうほどである。
更にその美貌と知性、またかなりの戦闘力を持つことから恐れられもするし慕われもしていた。
この日はタルトの提案で珍しく休日にしたのである。
「さて、休みといって何をしたら良いんデスノ。
タルト様はお出掛けされてマスシ…」
急な休みで戸惑いつつその日の予定を考える。
ふと、かなり前だが心に引っ掛かっていたことを思い出し席を立った。
そのままベランダから東の方向へ飛び立ったのである。
そして、暫く飛行すると見えてきた大きな城の中庭へと降り立った。
すぐに警備の兵が駆け寄ってきて声をかける。
「これはシトリー様。
本日はどのようなご用件でございましょうか?」
兵士は緊張を隠し冷静を装っている。
シトリーは仕事には厳しく粗相のないよう気を付けているのだ。
「私用ですから気にせず仕事を続けナサイ。
何かあればワタクシから声をかけマスワ」
「承知しました!」
一礼した兵士はすぐに持ち場に戻っていった。
シトリーは気にも止めず目の前の光景に思いを寄せる。
ここは旧フランク王国の王城であり初めて来たときから懐かしい気持ちになったのだ。
だから、改めてゆっくりと中を観察してみようと思ったのである。
「やはり記憶には全くありまセンワネ」
コツン、コツンとヒールの音を響かせながら城内と見て回る。
至るところで兵士より挨拶をされて少しウンザリしていた。
この城はかなりの期間、悪魔に支配されていたが状態が非常によく保存されており調査が続けられている。
「来たのは失敗だったカシラ…」
収穫もないまま歩き続けてるとふと、ある部屋の前で立ち止まる。
最上階でありドアの装飾からも王族が利用していたと思われた。
ドアノブを握り回してみる。
「鍵が掛かってマスワ」
フッと指の先に魔力を込め鍵を一瞬で焼き切る。
それほどこの部屋の何かに惹かれるのだ。
「これハ…百年以上もの間、誰も立ち入った形跡がありマセンワ」
中に入ると埃が積もっている部屋から王国が滅びてから誰も立ち入っていないようだ。
大悪魔カドモスにとって城自体に興味が無かったのが窺える。
保存状態の良く誰かの自室のような部屋にはベッドや机、本棚など生活がそのまま残されていた。
「掃除が必要ソウネ」
窓を開け魔力を緻密に操作し風を起こす。
あっという間に積もっていた埃は巻き上げられ部屋の外へと飛んでいった。
そして、執務机の椅子に腰をかける。
引き出しを上から順に開けて中にある書類や本に目を通していく。
ほとんどが手紙や報告書であった。
「カドモスに滅ぼされた百年前のようデスワ」
フランク王国はカドモスによって滅ぼされている。
その最後の王女がこの部屋の主だったようだ。
最後に右下にある引き出しを開けると歴代の王女や女王といった女性の日記が仕舞われている。
その中に赤い表紙の日記を見た途端、心がざわついた。
何かに導かれるように手にとってページをめくる。
「日付を見ると…三百年くらい前デスワネ…」
日記の最初のページには王女の想いが綴られていた。
(父上の症状が日増しに悪化しているわ。
男系の子供が出来ず私とまだ幼い妹だけしか跡継ぎがいない事が心配の種でしょう。
他国から婿を受け入れ私が子を授かれば安心させられるだろうが、この不安定な情勢ではとてもそんな余裕がないの。
ここ数年は悪魔の動きが活発で病弱な父に代わり王族として前線で戦い兵の指揮を高めてきた。
妹にはこの責務を負わせる訳にはいかないわ。
でも、最近の報告で大規模な悪魔の侵攻があるという情報が入ってきて城の中は大慌てだわ。
悪魔が数体でも王国の軍隊で死闘となるほど厄介なのだから。
それが二十を超える数が攻めてくるという。
何としても妹だけは守らなくては。
最後の希望は天使様の部隊が援軍として間に合うのを祈るばかりだわ。
隊を率いるのはノルン様という天使様らしいわ)
思わぬ名前が出てきて驚くシトリー。
確かにこの辺りはノルンの担当エリアが近く戦闘で負った傷が元でタルトの村に辿り着いたのだ。
長命な種族なのだから三百年で名前が出てきても不思議はないのである。
「それにしてもノルンに様を付けるなんて馬鹿なお姫様デスワネ」
その後の数ページは悪魔の侵攻に備えた数日間が綴られていた。
そして、その後には決戦前夜に書かれたものである。
(おそらく天使様の援軍は間に合わない。
それでも、私達が時間を稼ぎ城には何としても到達させてはいけないの。
おそらく私は生きては戻れない。
それでも、王国存続のため、幼い妹のために戦うのが王女としての私の責務。
神よ。
どうかご加護を。
私の命と引き換えにこの国をお守り下さい)
日記はここで途切れていた。
おそらく戦で命を落とし戻ることが出来なかったのだろう。
だが、そのお陰で王国は存続しその後、二百年は栄えたのだから。
「気高く勇敢な王女でしたノネ。
でも、守るべきものが無事で良かったデスワ。
あの天使もたまには良いことをしたようデスワネ」
そのまま空白のページをめくっていくとまだ続きがあるのに気付く。
(親愛なる姉様が亡くなられて数年になります。
当時、私はまだ幼く理解できませんでしたが、この日記を読んで姉様の想いを知ることが出来ました。
あの戦いの後、天使様の加護により平和な日々が続いています。
それも命懸けで戦ってくれた姉様を始め多くの兵士達のお陰です。
父様はあれからすぐに病気で亡くなりましたが、私には大切な家族が出来、小さな命を宿すことが出来ました。
不思議な事に姉様の亡骸は見つからなかったと聞きますので何処かで生きていると考えてしまう時があります。
いつでも帰って来れるよういつまでもここでお待ちしています。
最後に大好きな姉様の肖像画が私の宝物です)
日記がここで終わっており一枚の絵が挟まっていた。
それを見たシトリーは今までにないくらい驚愕する。
そこには椅子に座り慈愛に満ちた微笑みを浮かべる気品に満ち溢れ美しい王女が描かれていた。
おそらく勇敢に戦って亡くなった王女だと思われるが、その顔はシトリーそのものである。
唯一の違いは慈愛か冷酷な笑みかだけであった。
そこで思い浮かべたのはカルンの母親を名乗る老女と故郷と思われる村の話である。
「ワタクシが王女…?
馬鹿馬鹿しい冗談デスワ」
そういってその日記を引き出しに納め部屋を出た。
そして、近くにいた兵士に声をかける。
「この部屋にある物を全て神殿に運びナサイ。
ひとつも残さずワタクシの部屋にデスワ」
それだけ命じると夕方まで城に滞在しアルマールへ戻ったのである。
「絶対にあの天使にだけは知られたくない事実デスワネ」
今日の出来事を思い浮かべそう呟く。
城の地下にある王家の墓所には生き残った妹の石碑がある。
その前に一輪の花が供えられていたのであった。




