208話 温泉
桜華の里に来てすっかり寛いでいるタルト一行。
日も暮れると机の上にはところ狭しと豪華な食事が並んでいる。
「あのぉ…私達はここに闘いに来たんですよね…?」
「驚かれるのは無理もありません。
通常はここまではしないでしょうが、姫様が同行しているのが大きいでしょう」
「そうだぜ、タルト。
気にしないでいつも通りいっぱい食えば良いんだよ。
無理矢理呼んでんだから当然だろ」
「ちょっ!?
私が大食いみたいに言わないでくださいよ!
そりゃぁ、ちょっと人より多いかもしれないですけど…」
魔力を大量に保持し消費するタルトの食事量はとても多く初見の人々は驚くのが常であった。
なので、何処かに訪問した際は恥ずかしいのでセーブするようにしている。
だが、既に広く知れ渡っているためか行く先々でおもてなしの料理が次々と出されるようになっていた。
「まぁ、食べますけどね…」
そう言いながら箸で料理を口いっぱいに頬張っていく。
「料理に何も盛られてなさそうですね。
ここまで襲われる気配もなさそうですし、やはり正々堂々と闘うつもりなのでしょうか?」
オスワルドはいかなるときも警戒を怠らず何かあればタルトの盾になるつもりでいた。
ここが如何に快適で相手にその気がなくても敵地であることに変わりがない。
シトリーも同様に常に周囲に気を配っているようだった。
「心配は要らねえよ。
小細工なんて不要だからな。
親父が負けるなんて誰も考えてねえからなあ」
自宅でもある為かすっかり警戒を解いている桜華。
酒を片手に珍味を肴にしている。
「羅刹様は常に正々堂々と相手を屠ってきておりますのでご安心ください。
それほどまでにご自身の武に誇りを持っておられるのです」
「屠られるかもしれないのに安心なんか出来ないですよ…。
はぁ…もうこのまま帰りたいよぉ…」
雪恋の説明に更に凹むタルトであったが、その箸は止まらず次々と皿を空にしていく。
「このままこっそり帰っちゃいましょうか?」
「そしたら元通りで大勢の鬼族がアルマール向けて侵攻を開始するぜえ」
「ですよねぇ…」
落ち込むタルトをみかねて雪恋がある提案をする。
「この食事が終わりましたら温泉へ行きましょう。
ここの露天風呂は大きく気に入られると思いますよ」
「おお!露天風呂もあるんですね!
そうですね、みんなで行きましょう!」
大量に出されたはずの料理は綺麗さっぱりなくなっていた。
お腹いっぱいで満足したタルトは雪恋に案内されて温泉へと移動する。
オスワルドは入浴中は無防備になるからといって入り口で待機することになった。
脱衣所を見ると誰も入っていないようである。
「わわ、貸しきり状態かな?」
「この女湯は姫様が出ていかれてからは誰も利用しておりません。
侍女は別に用意されてますので」
「へー、ところどころお姫様だって思い知らされる場所があるんですね」
さっと脱ぎ終わったタルトがドアを開けると驚嘆の声をあげた。
そこには脱衣所の大きさとは比例しないほど大きい露天風呂の光景が広がっている。
周囲は庭園のような造りになっており風情を感じられ故郷を思い出し見とれてしまった。
「おい、タルト。
なに突っ立ってんだ?
裸なんだから風邪引くぞ!」
「あっ、はい!
今行きます!」
まずは湯船に浸かる前に体を洗う。
桜華の背中を雪恋が流しているのを見てタルトはリリスに声を掛ける。
「リリスちゃん、背中を流してあげるよー」
「オオ、たまにはお願いするカ…ナ…。
イヤ…やっぱり自分で洗うゼ」
どこからともなく殺気を感じたリリスは瞬時に感じとりタルトの申し出を断る。
すかさずシトリーがタルトに近づいた。
「サア、タルト様。
ワタクシがお背中を流しマスワ」
「えっ?
なんか申し訳ないですけど…じゃあ、お願いしようかな」
タルトは普段、リーシャ達と洗いあってるのでこのチャンスをシトリーは狙っていたのであった。
それをリリスに奪われそうになった時は一睨みで阻止したのである。
「手で洗う方が肌に良いと聞きましたので失礼シマスワ」
「ふぅ…ちょっとくすぐったいですよぉ。
ぁ…胸を揉んじゃ駄目ですってぇ」
「大丈夫デスワ。
力を抜いて全てをお任せクダサイ」
「ふぁ!
そこは…自分で…指が…だめぇ…」
「アァ…可愛らしいデスワ」
大満足のシトリーから逃れ何とか湯船へと逃げてきたタルトであった。
そこには既にお盆に酒を載せてのんびり楽しんでいる桜華の姿を見つけ近づいていく。
「一緒に飲むかあ?」
「お酒は嫌ですよー、何が美味しいか分からないですもん」
「相変わらず子供だねえ」
「これから大人になるんですー」
「ははは、お前はずっと変わんなそうだなあ。
タルトよぉ…」
「どうしたんですか?
そんな真面目な顔してー」
「明日、勝てないと思ったら全力で逃げろよ」
「えっ!?
何を言って…」
虚空を見つめながら桜華は続ける。
「うちはお前に死んで欲しくねえんだよ。
親父の強さは身に染みて分かってる…。
自分より弱いと分かれば興味がなくなるはずだ、そしたらとにかく逃げろ」
「そしたら残ったみんなが…」
「何とかうちが止めてみせるぜ、心配すんな」
「そうです、姫様は実の娘ですから命まではとられないと思います」
納得は出来ないまま部屋へと戻ったタルトは並べられた布団にダイブする。
そのまま考えてるうちに夢へと落ちていった。
気付けば日が昇るところであり、窓辺には支度を済ませた桜華が日の出を見つめている。
「おはよぉ…ございますぅ…むにゃむにゃ」
「おう、起きたか。
どうみ気持ちが昂って寝れねえわ」
「もしかして緊張してます?
珍しいですね」
「以前に一度だけ親父と立ち合おうとしたが、身体が動かなかった…。
だが、今ならまともびやりあえる気がするんだよ」
「今日はみんなも一緒です、頑張りましょう!」
「ああ…そうだなあ」
タルトも朝食を終え支度を終えた。
基本的に変身するだけなので準備というものはほとんどないのだが。
ただ気持ちだけは普段と違い気合いを入れた。
「よし、行きましょうか!」
屋敷の裏には石の階段があり暫く進んでいくと開けた場所に出た。
そこは地面が硬い石で見渡す限り平らな地面が続いている。
階段を登りきった所には様々な武器が乱雑に置かれていた。
「あっちに誰か立ってます」
駆け寄っていくと巨体を持つ男が立っていた。
巨大。
まさしく、その言葉が似合っている。
身長は3mを超え鍛え抜かれた筋肉は巨大ながら俊敏さを感じさせた。
タルトは心の中で世紀末覇者のほうだったか、と呟く。
「うぬが聖女か?
全力で我輩を楽しませるがいい。
何人でも構わぬ。
あそこあるものでも好きな武器を使うが良い。
どんな手を使っても構わぬから精々努力するのがうぬらの使命だ」
「よお、クソ親父!
今日は引導を渡してやらあ!」
「桜華か。
前に動けず終わって以来だな。
少しはまともに動けるようになったのか?」
「ちっ、ほざいてろ!」
「まずは私が一撃を入れますね!」
「さあ、来るがいい!!」
タルトを中心に左右に広がっていく。
変身しステッキに魔力を集約していき光輝いていた。
「怪我しても知りませんからねー!
いっきまーす!!」
放たれた光の球が羅刹へと迫るが腕を組んだまま微動だにしない。
そのまま直撃し爆音が静寂を破った。
「うそ…全然避けてなかった…」
砂煙が収まってくると何事もなかったかのように立ったままである。
ただ、皮膚が赤黒い色へと変化していた。
「これぞ、金剛。
魔力による攻撃を無効にし如何なる防御をも撃ち破る無敵の闘法よ。
では、こちらからいくぞ」
その巨体から想像出来ない速度で間合いを詰め一気にタルトの目の前へ迫る。
(くっ、速い!)
回避不能と判断したタルトは前面に全力で魔法障壁を展開した。
だが、そんな障壁などなかったかのように崩れ去り全身に衝撃が走る。
ボギボギッと骨が砕ける鈍い音が響き渡りボロ雑巾のように吹き飛び地面に叩きつけられた。
既に変身は解け生死も分からない状態である。
そのままピクリとも動かず沈黙したままであった。




