186話 ティル・ナ・ノーグ
来賓室で待つシトリーとティアナであったが王の入室に合わせて席を立ち挨拶を行う。
「急な訪問申し訳ございません。
時間が限られている状況でお許しください」
「ティアナにそこまで謝れるのは初めてだな。
聖女様に関わることのなのだろう?
事情を教えて貰えれば出来る限り協力しよう」
「お初にお目に掛かりマスワ。
シトリーといいますので以後、お見知りオキヲ」
「これはご丁寧な挨拶痛み入る。
悪魔とこう会話をするのは初めてだから無礼があれば許して頂きたい」
「お気になさらずに普通に接して下されば大丈夫デスワ。
それではワタクシから簡潔に説明シマスワ」
シトリーはアルマールで起きた事件とポーウィスに来た理由を簡単に説明した。
「死者を弄ぶとは何と恐ろしい…。
私は呪いには詳しくないがエルフの叡知の中には残っているのかもしれないな。
それに聖女様は人類の希望だ、直ぐにでも出発しなさい。
何が起ころうと全力で協力しよう」
「感謝します。
外に馬車を待たせたままですのでこれで失礼させて頂きます」
「ああ、分かっている。
時間がない、早く行きなさい」
ポーウィス王は清々しい態度で送り出してくれた。
一行は丁寧にお礼を言って城を後にする。
王都を出て数時間進むと森が更に深くなってきた。
「ここから先はエルフが一緒でないと出ることも敵わない迷いのもりだ。
目印もなく道が複数に何回も分かれて方向感覚も狂わされる。
木々も数百メートルの高さがあり里を覆い隠しているんだ」
「それで貴女自らが同行するのを名乗り出たわけデスワネ」
「それもあるがエルフは警戒心が強いからな。
突然、誰とも知らぬ奴が来ても協力はしてくれまい。
それが悪魔や鬼ともなれば戦闘になりかねんな」
「これだから引きこもりの種族は嫌になってしまいマスワ。
もっと社交的になるべきデスワ」
「昔よりマシにはなったんだがな。
まあ、そう責めないでくれ。
大昔から何度も騙されて欲深い人間を嫌悪感を抱くものも多いんだ」
「つまらない種族デスワネ」
悪魔は欲望に忠実な者が多いのに反して物欲の少ないエルフは理解が出来ないのだ。
あえて言うなら唯一、知識欲だけは旺盛である。
他愛ない会話をしながらティアナの案内により迷路のような森の中をどんどん進んでいく。
ところが急にシトリーが馬車を停止させた。
「先程から見ていますワネ。
正々堂々と姿を現したらどうカシラ?」
シトリーが馬車から降り周囲に聞こえるように問いただした。
すると音もなく木の影から数人のエルフが現れる。
「何者だ?
悪魔が人間の馬車に乗ってるとは強奪でもしたのか?
返答によっては只では済まさんぞ」
「アラ、面白いデスワネ。
ワタクシ相手に勝てるつもりでいらっしゃいマスノ?」
一発触発の雰囲気に慌ててティアナが馬車から飛び降りる。
「待て待てっ!!
お互いに落ち着け!」
「ん?お前はティアナか!
これはどういうことだ?」
「詳細は里に着いてから説明するがアルマールの聖女タルトに関する事でここに来た。
この者達はタルトの仲間で悪魔や鬼だが害はない」
「お前がそういうのであれば信じよう。
聖女の噂はここまで届いている。
案内をするから付いてくるがいい」
エルフ達は警戒を解き一人を残し姿を消していった。
残ったリーダーと思われる男の後をゆっくりと付いていく。
やがて薄暗い深い森の中でもぼんやりと白く光る石材で造られた家や神殿のような建物が多数見えてきた。
それは厳かな雰囲気を放ち神々しささえ感じられる。
「あれがエルフの里、ティル・ナ・ノーグだ。
古の技法で造られた街で世界でもここにしか残っていない」
「コレハ…ぜひタルト様の神殿にも応用したいデスワ」
「ははは、だが技術者が減ってきて修繕だけでこれだけ大規模な建築はもう不可能だろう」
そのまま一番奥にある大きな建物へと案内され入るよう指示される。
寝ているタルトは桜華が優しく抱き上げて運ぶことにした。
「ここで待つがいい。
すぐに長がお会いになるそうだ」
建物と同じ材質で出来た机と椅子のある広い部屋へと通される。
タルトは長椅子に敷物を引いて寝かせ各々も席につく。
やがて、不思議だが良い香りのするお茶が出される。
「これは久々に飲むエルフ伝統のハーブティーだ。
この辺にしかない植物を使っているから他では飲めないんだよ」
「本当に良い匂いデスワネ」
「うちは茶より酒が飲みてえなあ」
「姫様…」
「このハーブは滋養強壮もそうだが治癒力の向上もあるんだ。
お前たちの怪我にも効果があるだろう」
「おっ、そうなのか。
ほぼ元にも戻ってきたが治るならいっぱい飲んどくか」
待つ間に各々お茶を楽しんでいる。
ここに来るまでゆっくりと休めることなどなかったのだから気が緩むのも仕方のないことだった。
「おもてなしは喜んで貰えてるようじゃの」
音も気配もなくその人はすぐ側に立っていた。
ティアナより幼く見えるエルフの少女が杖を持ち誰にも気付かれる事なく立っていたのだから全員が驚愕する。
それもつかの間でシトリーや桜華が戦闘体勢を取った。
「これ、戦う意思はないぞ。
武器を納め席につきなさい」
「待て、お前達!
この方がエルフの長であるトゥアハ・デ・ダナーン様だ」
「久しぶりじゃのう、ティアナ。
息災で何よりじゃ」
警戒は解きつつもトゥアハの事を品定めするように見つめるシトリー。
「この少女が長デスノ?
失礼ながらティアナの方が知識には長けているのではナクテ?」
「見た目は幼く見えるがエルフの中で最高齢なんだ。
ワタシよりも遥かに多くの事を知ってらっしゃるぞ」
「ふぅーん、このちんまい奴がねー。
うちはそれよりも気配を気づかせずに近づく実力に興味があるねえ。
ひとつ事が済んだら手合わせ願いたいもんだ」
「姫様、無礼ですよ!」
桜華を叱る雪恋をみて楽しそうに笑みを浮かべるトゥアハ。
「気にするでない、若いとはそういうものじゃ。
じゃが、ワタシも高齢ゆえ手合わせは勘弁してもらおうかの」
何気ない会話で良い雰囲気であったがもう待てないとばかりにシトリーが切り出す。
「いきなりでぶしつけですが憎悪の紋をご存知デスノ?
ワタクシ達はその為にここに来まシタノ」
「ほう…聞いたことがないのう」
トゥアハの返答に悲壮感が漂う。
一縷の望みを期待に来ており次に行くべき場所も見当が付いていないのだ。
「オイオイ、ここまで来てそれはネエダロ」
「リリスの言う通りデスワ。
とんだ無駄足でしたワネ」
切り替えの早いシトリーは席を立とうとする。
残された時間は少なく当てがなくともじっとなどしてられないのだ。
「まあ、待つのじゃ。
若いと落ち着きがないのう」
「何ですッテ?」
「その名前は聞き覚えがないが詳しく聞かせて貰えれば役にたてることもあろう。
少しくらい話しても損はないじゃろう?」
「シトリーも少し待て。
現状、次の当てがないのは事実だ。
今後の方針を決めるためにも知恵を借りるのは良い手だと思うぞ」
「やはりティアナは良い子じゃのう。
赤子の頃からすました子じゃったわ」
「なっ!?
その話は今、関係ないでしょう!」
「その話にも興味がありマスワ。
いいでショウ、皆で考えるとシマショウ」
シトリーは席に座り直し経緯を説明するのであった。