183話 元凶
ノルンは上空から城壁の外の様子を見て愕然とする。
帰った際も取り囲むゾンビは確認していたが城門前での戦闘はまだ始まっておらず気付かなかったのだ。
タルトは寝たまま苦しんでおりリリスが守るように戦っている。
そして、オスワルド、ティート、ティアナと獣人の部隊がゾンビ達と衝突し、同じ上空ではセリーンがそっくりな吸血鬼と激しい攻防を繰り広げていた。
更にシトリーと桜華も巨大なゴーレムらしきものへ攻撃を仕掛けているが、何処も一目で劣勢であるのが明らかである。
ひとまず、タルトの様子も気になったのでリリスの元へ降り立った。
「遅くなってすまない。
タルトは一体どうしたというのだ?」
「タイミングが良いと言うか悪いと言うカ、でも助かったゼ。
死の王の影が現れてタルトは死の呪いとかいうのに掛かってナ」
「死の王!?
それで影は何処にいる?
もしかして倒したのか?」
「イヤ…影は消えちマッタ。
もう勝った気でいやがるンダ」
「そうか…では、この中に死体を操る媒体がいるな。
術を掛けた本人がいない場合は必ず何か残してるはずだ」
「そんなのこの中からどうやって見つけるンダ?
死体がこんなにいるんダゾ!」
「少し時間をくれ。
これでも天使の端くれだ。
闇の波動を辿れば大元を見つけてみせよう」
そう言ってノルンは手を胸の前で合わせ目を閉じ集中する。
光に属する天使は闇の波動を敏感に感じることが出来、周囲のゾンビから発せられる僅かな波動を心の目で見る。
そこから細い糸のようなものが無数に伸びておりある方向へと向かっていた。
それはやがて集まり太い縄のようになり上空のある一点に集まっていく。
「見えた!!
セリーンが相手をしている死体だ!
アイツを倒せば死体は動かなくなる」
「それは上々ダゼ!
セリーンもそろそろ限界ダ、加勢してやってクレ。
ただ、あれはセリーンの実の姉だったラシイ…」
「そういうことか…。
死者を冒涜するだけでなく何て卑怯な手を用いるんだ!
さっきもリーシャの両親の死体に出会ったばっかりだ」
「何ダトッ!?
チッ、あの野郎、過去最高にムカつくゼ!!」
悪魔であるリリスでも反吐を吐きたくなるほどの嫌悪感を感じていた。
「やはりお前ら三人は悪魔とは思えないほど良い奴らだな。
では、行ってくるからもう少し頑張ってくれ」
「天使に誉められても嬉しくねえが気を付けロヨ。
セリーンと同じで恐ろしい力を秘めてイルゼ」
「ああ、承知している。
前回の戦いで思い知ったよ」
そのまま真っ直ぐにセリーンの元へと上昇する。
そこでは吸血鬼二人が高速で移動しながらお互いに攻撃をし続けていた。
驚異の再生力を備えているセリーンと傷つくのを気にしないゾンビでは防御を捨てて攻撃のみに徹している。
それでも限界を超えて身体が壊れても平気なゾンビの動きに次第にセリーンの手数が減っていた。
「あのままでは不味いな。
不意打ちを仕掛け一度引き離す必要がありそうだ」
ノルンは剣を抜き真っ直ぐ突きの構えをとり高速移動する二人のタイミング見計らう。
天使であるノルンでさえ本気の吸血鬼の攻防に割ってはいるのは困難であり不意をつき絶好の機会が訪れるのをじっと待つ。
すぐにでも助太刀したい気持ちを必死に抑え待つこと数分。
永遠にも感じる時間を乗り越え遂にその機会が訪れる。
頭の先からつま先まで溜めた魔力を解き放ち光の槍となって敵に向かって高速の突きを繰り出す。
「聖光の槍!!」
どんな攻撃を受けても気にしていなかったゾンビがノルンの一撃に脅威を感じたのか大きく身を躱した。
おそらく弱点であろう光属性を感じ取ったのであろう。
「はぁ…はぁ…ノルンさん…」
セリーンの服は激しい攻撃でボロボロになり再生力も落ちてきてるのか小さい傷が残っている。
「大丈夫か、セリーン?
さすがのお前も再生の限界があるんだな」
「それは何にだって限界がありますよ…。
それより手助けに来てくれたんですか…?
裏切り者の私なんかを…」
「お前を裁くのはこの窮地を脱してからだ。
それでも事情があり捨て身で敵を引き付けてるお前を見捨てるようなことはせん」
「ありがとう…ございます…」
「それに実の姉に対して本気で攻撃出来ないのだろう?」
「うぅ…もう死んでるのは分かってるんです…」
「安心しろ、死体を傷つけずに終わらせる方法がある。
それにはお前の協力が必要だ」
セリーンの頬に涙が流れる。
それを見て確信したノルン。
信じるに足る仲間であることに。
「時間がないから簡単に言うぞ。
数分、時間を稼ぎ最後に一瞬だけでも動きを止める事は出来るか?」
「何をするんですか?」
「光属性で奴を動かしてる闇の魔力を浄化する。
だが、お前も闇属性だ。
直前で回避を忘れるな、今の状態だと命に関わるぞ」
「…分かりました。
それでいきましょう、命に代えても動きを止めてみせます」
久しぶりの笑みをみせたセリーンは再び激戦へと身を投じていく。
それを見送り剣を胸の前に真っ直ぐに構える。
「我が主よ…全ての闇を打ち払う力を…」
天を見上げ呪文を唱えていく。
その姿は光を帯び白い翼を背に持ち神々しくさえ見えた。
それに本能的に危険を判断したのかセリーンを無視してノルンの方へ振り返るゾンビ。
「行かせない!
お姉ちゃんの体は返して貰うんだから!!
ここは死んでも通さないよ!!」
セリーンの反応も速く行く手を阻む。
それまでとは比にならないくらい激しい猛攻をノルンの邪魔をさせないように必死に堪える。
「良しいいぞ、セリーン!
何とか動きを止めてくれ!!」
ノルンの合図を待っていたがどうやって動きを止めたら良いのか分からなかった。
この猛攻を堪えながら必死に考える。
だが、その余計な思考は一瞬の隙を生んでしまった。
下から腹部を狙った鋭い一撃を無防備で喰らってしまう。
「ぐふぅ…」
その一撃はセリーンの腹部を貫き背中まで至り血を吐き出す。
「セリーン!!!!」
助けようとするノルンが動くより速く予想外の事が起こる。
やられたはずのセリーンが腹に刺さった腕を両手で抑えつける。
「掴まえた!
この手は絶対に離さないから!
ノルンさん、お願いします!!」
だが、このままではセリーンは回避できず直撃は免れないだろう。
そのせいで術の発動を躊躇してしまう。
「それではお前まで巻き込まれてしまう!
すぐに離れるんだ!」
「無理ですよ…これしか動きを止める方法が無かったんですから…」
「セリーン…お前は最初から…」
「ノルンさん…お願いです…。
タルト姉様にごめんなさいって伝えてください…」
顔だけノルンの方へ振り返ったセリーンは涙を流しながら悲しい笑顔を浮かべていた。
「くそ!
いいか、何としても生き残って自分で伝えるんだぞ!
私は伝えないからな!!」
「ずるいです、ノルンさん…。
でも、出来るだけ頑張ってみます!」
「行くぞ!
全ての闇を滅せよ、浄化の柱!!」
ノルンが剣を振り上げると空から光の柱が降りてきてセリーン達を包んでいく。
その光は夜の闇を切り裂いて街の人々にもはっきりと見えた。
再び訪れる暗闇と静寂。
光の柱があった場所には二人の人影が浮いていたが力無く落ちていき地面に激突した。
それと同時にゾンビが動きを止めただの死体へと戻っていったのであった。