176話 湖底の神殿
神殿の前に立つと内部から水が流れ出ているのが見えた。
かつては白く美しい外観であったろうが長い間、湖底に沈んでいたことで苔などで緑に染まりみる影もない。
「ここは他の場所と違って地下じゃないんですね」
「このような湖底にあっては人間が立ち入る事があるとは思わず、これ以上隠す必要がなかったのデショウ」
「そうダナ、何千年も誰も見つけられなかったんダロ?
マア、興味を持つ奴もいなかったのかもしれネエガ」
「じゃあ、さっそく探索してみよう!」
「タルト様、いつ影と名乗る敵が現れるか分かりまセンワ。
ワタクシが先頭を行きマスワ」
「大丈夫です!
私に絶対防御は如何なる攻撃も防ぎますから」
そう言いながらすたすたと奥へと進んでいくタルト。
すぐに大きな門へと突き当たる。
「これは…精霊のいる部屋のような封印が無いですね。
これを開けると守護している魔物がいることが多いですのでゆっくり開けますよ」
そう言いながら重く錆び付いたドアをゆっくりと押し開け、何千年も開かずの暗闇へ光が射し込んでいく。
タルト達が遺跡に入り暫く経過した頃、砂浜で待機していたヴィンセントと兵士達は休憩や武器の手入れを行っていた。
「聖女様のお話では影という者が現れるという事だが、外から侵入するのであればここを通過するかもしれん。
決して気を抜かないようにな」
ヴィンセントは兵士達を注意をしながら自分にも言い聞かせていた。
果たして自分達に対抗できるような相手なのかは分からないが、預けられたリーシャだけは命を賭して守ると心に決めている。
隣を見れば心配そうに神殿を見つめる小さな少女の姿が。
ハーフなど関係なく守るべき対象なのだ。
タルトのお願いなどなくても王子として一人の剣士として弱者を守らなくてはいけない。
ふとそんな事を考えていると村の方から若者が必死な形相で走り寄ってきた。
「誰か!
誰かお助けを!」
兵士の姿を見て安心したのか膝から崩れ落ちる。
すぐにヴィンセントも駆け寄り若者に声を掛ける。
「安心しろ、もう大丈夫だから何があったかを教えてくれ」
「村が…村が魔物に襲われている!」
「魔物だと!?
どんな姿であったか言えるか?」
ケントで魔物の襲撃があるのは珍しい。
全くいないわけではないが闇の地域より離れており襲撃も稀なのだ。
「大きな鳥だった…。
人よりも大きな鳥が…急に空から降ってきて…」
「鳥…ガルーダか。
たまに大きな群れからはぐれた小さな群れがさ迷ってやってくると聞いたが。
よし、すぐ救援にいくぞ!」
ヴィンセントの行動は早かった。
兵を指揮し全速力で村へと戻るとあちこちで巨大な鳥の魔物が人々を襲っているところである。
村人は家の中へと避難しようと混乱しており幾人かの若者が農具などで対抗しようとしているが全く無意味といっても過言ではない状態だ。
「これは…なんて数だ。
三人一組で魔物に当たれ!
空に逃げるようであれば弩弓を叩き込んでやれ!」
てきぱきと兵達に指示を出すとリーシャの方へ振り返る。
「リーシャ殿はここに隠れてください。
私も彼らと共に村人の救出に向かいます」
そう言い残して去ろうとしたら服をぎゅっと掴まれた。
「リーシャもいきます!
まほうもつかえるしたたかえます」
「まだ君は幼い。
それに怪我をしたら聖女様が悲しむだろう」
「タルトさまのようにみんなをまもりたいんです!」
真剣な眼差しの奥に燃えるような強い意志を感じたヴィンセントは、これ以上言っても想いは変えられないと思った。
「分かりました。
私から離れないように。
そして、無理はしないと約束できるなら一緒に行きましょう」
「はい、ありがとうございます!」
「君は強い子だ。
同じ年頃の人間で他人の為にそこまで出来る子はそうはいないだろう。
聖女様の仰る通り人種などさしたる問題ではなく、その心の持ちようなのだと改めて学ばされた」
ヴィンセントは鞘から剣を抜き握りしめた。
そして、リーシャを連れて激戦の中へと身を投じていく。
時を同じくしてタルト達は開けた扉の前で立ち尽くしていた。
「何もいないね…」
「そうダナ、魔物の気配もないし姿が見当たらネエ」
警戒しながら中へと進むが静まり返った部屋に変化は見られない。
そして、その奥に一際大きく立派な門が見えた。
「あの扉からは強い魔力を感じマスワ。
ワタクシは初めて見ますがあれが封印された扉なのデショウ」
「あれ?
じゃあ、ここは守っている魔物はいないんですね。
あの先は精霊の部屋になってると思いますから」
タルトはそのまま扉の前までいきそっと手で触れる。
その瞬間、扉から光が放たれ封印が解かれていく。
ふと、タルトはあることに気付いた。
「そういえば開けゴマって言ってないや…。
じゃあ、関係ないってこと!?
いつも言うのが恥ずかしかったのに何なのもう!」
顔を真っ赤にしながら一人でツッコミをいれるタルト。
何の事か分からないシトリーとカルンはそんなことより奥の部屋の光景に魅入っていた。
この世のものとは思えない美しい光景。
色とりどりの宝石が壁を埋め尽くし輝きを放っている。
タルトもようやくその光景に気付いた。
「これだけの宝石があればタルト様の神殿がもっと飾れマスワ!」
「えー…こんなキラキラしたの落ち着かないんですけど…」
うっとりとするシトリーにザ・庶民のタルトは宝石に興味を示さない。
周囲の光景に見とれながら中央の祭壇へと進んでいく。
祭壇の中央まで来ると床が盛り上がって人の形になってゆき、どこかドワーフを連想させるようなおじさんへと変化した。
「うおお、もう何千年か忘れてしもうたが湖
底に封印されて遂に解く者が現れたか!
どれ、どんな別嬪さんが封印を解いてくれたのじゃ?」
精霊とおぼしきモノはタルトを舐め回すように見て胸のところでがっくりと肩を落とした。
「今、絶対胸を見てがっかりしましたよねっ!?
どうせ幼児体型ですよ!」
「なんじゃこのちんちくりんは?」
ゴゴゴゴゴゴゴ…
タルトの拳に魔力が込められ今にも殴り掛かりそうである。
「お待ちくだサイ!
せっかく見つけた精霊ですから力になって貰うノデハ?」
シトリーが仲裁に入ろうと間に割り込むと精霊は嬉しそうな顔に変わる。
「何だ別嬪さんがおるではないか!
これワシとハネムーンといこうじゃないか!」
ピキッと音と共にシトリーがゴミを見るような目と殺気を精霊に向ける。
「イエ、やはり殺しマショウ…。
ここに精霊はいませんデシタワ」
「待て待て待てっ!!
ワシは精霊じゃ!
土の精霊ノームじゃ!
精霊に用があるのであろう?」
「オイオイ、二人とも大人げないゾ。
さっさと味方にして帰ろうゼ」
「おお!そこのまな板娘、良いことを言う!」
「アア?
誰の胸がまな板ダッテ?」
「ああ、くそ!
また口が滑った!」
殺気をメラメラと燃やす三人に囲まれ四面楚歌のノームは必死に言い訳をするが余計に火に油を注ぐのであった。
その時、タルトから青い美しい光が飛び出し綺麗な女性へと変化する。
「お待ちください、皆様。
ノームは悪気はありませんが口が悪いのです。
ここは私に免じてお許し願いませんでしょうか?」
「何とウンディーネか!?
相変わらず美しいのお!」
ウンディーネに諭され怒りも消えていく三人。
「はあ、しょうがありませんねー。
ウンディーネさんに免じて許してあげます」
こうして落ち着いて話す雰囲気が出来たのであった。