175話 クムトゥ湖
ケントで有力な情報を得たタルトは王子ヴィンセントの案内のもとクムトゥ湖向けて進んでいく。
途中で休憩を挟みつつ進むと太陽が一番高い位置に来る頃に終わりが見えない湖が見えてきた。
「うわああああああ、大きい!!
何処まで続いてるか見えない、海みたい!
琵琶湖とどっちが大きいのかな?」
「ビワコが何処なのかは存じませんが、この湖は我が国の礎でございます。
この国を育くみここまで大きくなったのもクムトゥ湖の恵みのお陰です」
王子のヴィンセントが同行している為、お供の兵士も多く通りすがる平民は何事かと驚いていた。
ほとりにて一休みをしているとカルンがじっと湖を見つめている。
「どうしたの、カルンちゃん?
景色に見とれるなんて珍しいね」
「ん?あぁ…タルト姉カ。
何だかこの湖を見たことがある気がシテナ」
「へー、昔にこの辺を襲った事があるんだね。
それがバレるとみんな怖がっちゃうなー」
「イヤ、そうじゃネエ。
アタシはバーニシアから出た事がねえンダ」
「そうなんだ、デジャブかもしれないね。
それか似た景色を見たことあるのかも」
「そんなもんかもしれネエナ」
その後も暫く湖を見つめていたカルン。
出発する頃には普段通りに戻っていた。
一行は調査の拠点として湖の周囲にいくつかある村の一つに立ち寄る。
すぐに村長とおぼしき老人が出てきて挨拶を行った。
「よくぞお出でくださいました、ヴィンセント様。
ワシがこの村の長でございます。
このような寒村にどのようなご用でございましょうか?」
「突然押し掛けてすまぬな。
実はここにいらっしゃる聖女様があるものをさがしているのだ。
この辺に古くからある遺跡について何か知っているか?」
「この方が聖女様でございましたか!!
これは恐れ多い、こんな汚い格好で申し訳ございません!」
「いえいえ、気にしないでください。
少しだけこの村にお邪魔させて貰いますね」
「それはもういつまでも好きなだけご滞在ください。
何もおもてなし出来るようなものがございませんがお手伝いできることがあればお命じください」
村長はすぐにタルト達とヴィンセントが宿泊できる場所を確保した。
兵士達の分は数が用意できなかった為、簡易テントを設営しているあいだ村の様子を見てまわる。
ここは周囲の畑で農業を行う者と湖で漁業をしている者で出来た村で特にこれといったものは見当たらない。
あっという間に村の端まで着いてしまい戻ろうした時である。
一人の老婆がじっとこちらを見て驚いているようだった。
「ヘレン…」
持っていた杖を落としゆっくりと近づこうとする老婆。
すぐに隣にいた青年が老婆を止める。
「こら婆ちゃん、あれはヴィンセント様と聖女様一行だよ。
近づくなんて駄目だって!」
「離しておくれ!
あそこにヘレンが、ヘレンがいるんだよ!」
「何いってんだ、ヘレンは数十年前に死んだだろ!
ここにいるわけないだろうが」
タルトが気になって老婆に近付いていく。
「どうしたんですか?
私はヘレンじゃなくてタルトですが…」
急にタルトが目の前に現れ驚き地面に土下座をする青年。
「こっ、これは聖女様!
お許しください、この老婆は俺の祖母ですが年のせいでボケてしまってるんです!」
「そんなにかしこまらないで良いですよー。
それでお婆ちゃん、そんなにヘレンさんに似てるんですか?」
「あんたじゃない、ヘレンは…。
ヘレンはあそこに!」
老婆の指差す先の人物を見てその場の皆が驚いた。
その先にいたのはカルンである。
「アタシ!?
おいおい、アタシは悪魔ダゾ?」
「いいえ、母親である私が間違うはずがない…。
お前は娘のヘレンだよ…」
老婆はカルンに近寄りぎゅっと抱き締める。
カルンはどうしていいか分からずタルトに助けを求めた。
「オイ、タルト姉、助けてクレ!」
「良かったねぇ、カルンちゃん。
生き別れた親子の再会だよ…ぐすん」
「そんなわけアルカー!!」
そんな騒ぎの後、タルト達は宿に戻り今後の方針を決めることにした。
老婆は青年に連れられ無理矢理家に戻されたのである。
「カルンちゃん、あのお婆ちゃんのところに行ってあげれば?
たぶん、亡くなった子供にそっくりだったんだよ」
「もうその話はやめてクレ…。
でもまあ、抱き締められたあの感じナ…何か懐かしい気モ…。
そんなわけねえんだけドナ」
「そもそも悪魔は家族がいないの?」
「アア、いねえゼ。
目が覚めたときは王の城だったナ。
その後、シトリーやリリスと出会って一緒に行動するようになったンダ」
「へー、不思議だね!
闇から自然発生でもするのかな?」
「ワタクシにも分かりませんが神が造られたものと思ってマスワ」
そこへ周辺の地図を持ったヴィンセントがやって来た。
「聖女様、兵の準備も整いました。
ご覧いただいた通りクムトゥ湖は広大で深さもあり、その底に何があるかが全く分かっておりません。
船でも手配して怪しいところを兵に潜水させて調査させますか?」
「それだと凄い時間が掛かりそうだし潜水するには深すぎるんじゃないかな…。
私に少し考えがあるので行ってみましょう」
村のすぐ横には砂浜があり一行は簡易的な陣を引いた。
タルトは魔法少女へと変身しふわっと浮かび上がる。
「ちょっと空から調査してみますので、そこで待っててください!」
兵達は一瞬で変身し飛行するタルトの姿に驚きを隠せないでいた。
ヴィンセントも普段のタルトを見てるだけでは噂に聞いた聖女とは思えないでいたのだが、ここで実感し初めている。
「あれが聖女様の本当のお姿か… 」
タルトはそのまま湖の上を飛びながら地形を確認していく。
「どうウル、調べられそう?」
『マスターの魔力量なら一気にいけると思われます』
「よーし、じゃあやってみよう!
いっけえーーーー!!」
この時、タルトを中心に湖の周辺に衝撃波が円形に広がっていく。
ヴィンセントはタルトから放たれた魔力波の奔流を感じ感動していた。
大昔より反乱すれば大きな被害を出していた母なる湖であり、人間がどうにも太刀打ち出来る大きさではないはずなのにそれを遥かに上回る力を見せつけられたのである。
「どうかな?
位置は特定出来そう?」
『魔力波によるエコーロケーションのよると中心の湖底に何か建造物があるようです』
「それだね、次の作戦に移るよー」
湖面ギリギリまで降下しステッキに魔力を込めていく。
それからの出来事を目撃した村人は語り継いだという。
湖面に降り立った聖女の真下から湖の水が割れ湖底が露になり凍りつく事により道が出来たと。
タルトはそれが終わると砂浜に戻ったがヴィンセントを含め兵士達が膝をつき頭を下げていた。
「我らが聖女様。
女神のごとき御技を拝見し確信致しました。
これからも我らをお導きください」
「ちょっ、何してるんですか!?
みなさん頭をあげてください。
私はそんなに偉くないですよ!」
顔を真っ赤に恥ずかしそうなタルトは必死に懇願したことでやっと次の話に進むことが出来た。
「今までの経験上、遺跡の中には恐ろしい敵がいる可能性があります。
行くのは私とシトリーさん、カルンちゃん三人でヴィンセントさん、リーシャちゃんをお願いします」
「この命に代えましてもお守り致しましょう。
聖女様もお気を付けて」
こうしてタルト達は氷壁に囲まれた湖底の道を進み遺跡へと真っ直ぐ進んでいった。