165話 乱入
ガブリエルの攻撃速度にリーシャが反応できる訳もなく目を閉じるのが精一杯であった。
(なにもおこらない…?
それともいたみをかんじずにしんじゃったの?)
何も変化が起こらない事に不安を感じながらゆっくりと目を開ける。
そこには見たことのない男が立っていた。
「おいおい、こんな小さな子に対して危ねえな。
将来、美人になるかもしれねえだろ?」
「お前は…以前、モニカの店にいた破廉恥な男だな?」
ノルンはこの男の事を覚えていた。
エグバートの店でセクハラをしていたチョイ悪風の色黒な男である。
それよりも今はこの男がガブリエルの攻撃を造作もなく受け流した事に全員が衝撃を受けていた。
桜華でさえやっと回避出来た速度の攻撃を涼しい顔で捌いたのだから異常なのは明らかである。
「おいおい、敵意を向けるのはこっちじゃねえだろ?
助けてやったんだから俺は味方だぜ」
無意識の内に全員が男の方を向いて攻撃態勢をしていた。
「むっ、確かにこれは失礼した。
リーシャを助けてくれて感謝する。
手助けしてくれるのは嬉しいが相手は大天使だぞ。
かなりの力量だと思うが嫌なら今からでも逃げてくれても良いぞ…」
ノルンの謝意と申し出に男は意に介さないといった感じである。
「ああ、知ってるぜ。
ガブリエルだろ、久しぶりだなあ」
無視されて怒ってるかと思われたガブリエルだが、男をじっと見据えて驚いているようだった。
「何故、貴方がここにいるのかしらぁ?
それに庇うなんてどういうつもりなのぉ?」
「別に。
良い女を守るのは男として当然だろう?」
「そういうところがムカつくのよぉ」
どうやら男とガブリエルは旧知の仲のようだが、とても割って入れる雰囲気ではなく二人の会話を固唾を飲んで見守る。
「お前も良い女だから気が引けるんだが…。
でも、ここに被害が出ないよう一瞬で終わらせるにはなまくらな剣じゃ駄目だな」
男は持っていた剣を鞘に納め空中に手をかざす。
そこに真っ黒な円が出現し一本の剣が暗闇から現れた。
それは黒いという一言では表せず全ての光を吸収しそこに黒い剣状の物体が存在しているという表現が正しい。
「あれハ…。
あの漆黒の剣ハ…まさか、この男の正体トハ…」
「シトリー、知っているのか?
おい、大丈夫か!?」
ノルンはシトリーの方を振り返ると冷や汗を流し恐怖でなのか震えている姿があった。
常に冷静沈着で慌てることもなく、どんな相手でも強気な彼女らしくない状態にノルンは驚く。
「あの名も無き漆黒の剣を所有しているのは只一人…。
第一階級最強の大悪魔、魔王と呼ばれる男デスワ…」
「魔王だとっ!?
魔王ルシファーか!?
だが、奴には悪魔の象徴である羽や尻尾がなく、目の色も違うぞ?」
「エェ…魔王様…いえルシファーは数百年の間、行方不明で死んだとさえ噂されてマシタワ。
ワタクシもお会いした事もなく気付きませんでしたが、あの剣といいガブリエルの攻撃を難なく受け流したのも納得出来マスワ」
二人の会話にルシファーと呼ばれる男が呆れたように溜め息をつく。
「まあ、ばれちまうよな。
見た目はほれ…これでドウダ?」
みるみるうちに見た目が変化し魔王に相応しい羽や尻尾が生えてくる。
「それにしても様はつけてくれねえノカ、シトリー?」
「ワタクシは貴方の僕ではナイワ…。
今はタルト様を主と決めてマスノ」
「ハア…どうして気に入った奴は去っていくのかネエ」
「それよりも魔王である貴方がどうして人間を守るのカシラ…?」
「さっき言ったダロ。
ここの女は綺麗だからナ。
さて、それよりもこっちを片付けるカ」
ルシファーは再びガブリエルの方を向き直す。
「私をそんなに簡単に倒せると思ってるのかしらぁ?
いくら貴方でもそれは難しいのではなくてぇ?」
「大昔に散々、負けた記憶が失くなったノカ?
しょうがねえ、思い出させてやるカ。
斬り刻め…無明剣」
ルシファーは軽く剣を薙ぎ払っただけだった。
それと同時にガブリエルの全身から血が噴き出す。
「うぐぅ…一体何をしたのぉ…?」
ガブリエルは地面に膝を着いたが、顔を上げルシファーを睨み付ける。
だが、そこで驚愕した。
ルシファーを右手の先に漆黒の炎が鳥の姿をして羽を休ませている。
「終わりだ、闇の不死鳥」
放たれた炎の不死鳥がガブリエルへと襲いかかり火柱へと変化し、そこに存在する全てのモノを燃え尽くす。
炎が収まると何も残らっておらず辺りも静寂に包まれていた。
「馬鹿な…ガブリエル様がこうもあっさりと…」
「奴は本当に魔王ルシファーなのか…?」
この出来事に空から様子を見ていた天使の軍団は将を失い動けずにいた。
「おい、お前らは殺さないでやるから伝言を伝エナ!
この街は俺の庇護下にあるから手を出すなトナ」
この一言を切っ掛けに散り散りに一目散に逃げていく天使達。
「いよぉーし、終わったぜ」
ルシファーは元の人間の姿に戻り、本人は爽やかな笑顔のつもりであるが何か企んでいる悪そうな笑みを浮かべ振り返る。
だが、シトリーはじめ全員が警戒態勢を解いていなかった。
「よお、あんな悪魔じゃ最強なんだってなあ?」
「あん…?
まあ、魔王様だからな、一番強えんじゃねえか」
「そうか…巫覡…」
「姫様、これ以上の身体の酷使はっ!!」
「うるせえ!
出し惜しみ出来る相手じゃねえだろ」
「へぇ…飛躍的に身体能力を上げる技か…」
「いくぜ、四の太刀…影桜一閃」
桜華が繰り出せる最速の抜刀術で常人ではその太刀筋も身のこなしも見えないまま一刀両断されてしまう程だ。
ヒュドラとの戦いで既に満身創痍であったが、限界を超え過去最高の一撃をルシファーへと繰り出す。
その切っ先が届くと思われた刹那、ルシファーの姿が消え背後から声が聞こえた。
「良い一撃だ。
それに別嬪で良い女だが少しじゃじゃ馬のようだから寝てな」
その声と共に首筋に痛みを感じ意識が深い暗闇へと落ちていく。
「安心しな、気絶させただけだぜ。
それにしても敵じゃないって説明しただろ?」
「そう易々と大悪魔である貴方を信じられると思いマシテ?
ワタクシ達を助ける意図が全く分かりマセンワ…」
「信用度ねえなあ。
まあ、悪魔を信用しろっていうのが無理かー。
そうだな…一つだけ言えるとすれば真実を見つけな。
そうすれば俺の目的も分かるぜ」
「真実…?
真実とは何デスノ?」
「さあて、歓迎されてねえみたいだし俺は消えるとするか。
じゃあ、元気でな」
「待ちナサイ!
話はまだ終わってナイワ!」
「待てシトリー!
深追いはするな!
今は敵対してないようだが、下手に刺激的して機嫌を悪くしたらこちらは全滅だぞ」
ノルンに制止され足を止めたシトリー。
「何なのデスノ…あの男ハ…」
「会ったことはないのか?」
「ワタクシが悪魔として目を覚ました時には既に行方不明デシタノ…。
だから、統率する者もいない悪魔は自由に行動してるのデスワ」
「掴み所のない男だったが全滅の危機を救ってくれたのは確かだ。
あの男の真意が何処にあるか不明だがこれ以上の戦いは無用だし戦力も残されていない」
「そうデスワネ…。
周囲への警戒は怠らず治療を早く進めナサイ!
それに休める者は休んで何時襲撃があってもいいように備えも忘れズニ!」
少し前までの戦勝ムードは消え重苦しい雰囲気に包まれるアルマールの街。
聖女でありこの街の心の支えであるタルトがいないのもあり人々は可愛らしい聖女の帰還を祈るのであった。