163話 御披露目
踵を返しマリアの前で跪き笑顔を見せる。
「全て終わりました、マリア王女。
どこも怪我はありませんか?」
「ぇ…あ…はぃ、私は大丈夫です…。
それよりもオスワルド様が…肩から血が」
「私などオスワルドと呼び捨てにしてください。
それにこれくらい大した事はございません。
王女が負った心の傷に比べれば小さなものです」
自分のために命を賭して闘う騎士の姿はマリアにとって初めて見るもので心が熱くなる。
そして、紳士的で優しく接するその態度で顔が赤く火照っていた。
恐怖もすっかり消え失せたところであることに気づく。
タルト達が駆け付ける前に恐怖で漏らしてしまっていたことだ。
慌ててスカートを押さえ、より赤面していく。
「あっ、あの…見ないでください…。
その…あの…」
本当の事が言い出せないマリアにタルトが事情を察する。
「オスワルドさんはあっちを向いててくださーい!」
バチーンと頬っぺたをビンタすると回転しながら吹っ飛んでいった。
「えっ!!?タルトちゃん!」
「いいから、いいから。
今のうちにそれっ!」
タルトがステッキを振るとマリアのドレスの汚れが浄化され純白に戻った。
旅行時に服を洗濯出来ないから重宝する魔法である。
そうしてるうちにオスワルドが這いずって戻ってきた。
「一体…何だったんですか…?今のは…?」
「それは乙女の秘密です!
それに…治癒魔法も今かけますね」
タルトはオスワルドに治癒魔法をかけ、みるみる傷が治っていき起き上がる事が出来た。
「聖女様の事ですから意味のある行為だとはおもうのですが、せめて一言おっしゃってくだされば…」
「言ったじゃないですか。
あっちを向いていてくださいって」
「それは…説明には。
ほら、マリア王女も驚かれますよ。
大丈夫ですか?立てますでしょうか?」
目の前の出来事をポカンと見ていたマリアに手を差し伸べるオスワルド。
「えっと…大丈夫だと思います…。
あれ…?
足に力が入らない…」
差し伸べられた手を掴み起き上がろうとしたが、恐怖で腰が抜けてしまったのか起き上がる事が出来ない。
「これは困りましたね。
では、失礼して」
オスワルドはマリアをヒョイッと抱き上げる。
「うわっ、お姫様抱っこだ!
いや、でも、マリアちゃんは正真正銘のお姫様だからどんな状態でもお姫様抱っこなのかな…?」
「うわわわっ!
タルトちゃん、あんまり見ないで。
恥ずかしいよ…」
「馬車までですから少しの辛抱を。
聖女様もあまり冷やかさないでください」
「えぇー、お姫様抱っこは女の子の憧れでもあるのにー」
「聖女様が良ければ何時でも抱っこ致しますよ」
「オスワルドさんですかぁ…、うぅーん、お断りしておきます」
「それはそれでショックです…」
こんな感じで馬車まで移動するとある事を思い出した。
「そういえば戴冠の儀って終わったの?」
「それは…まだ、なのかな…?」
「ええー、それじゃ女王様になれないんだよね?
」
「でも、もう誰もいないし…」
「よし、私が授けてあげよう!!」
「それで良いのかな…?」
「まあ、良いから良いから!
これでも、女神様の使いだから不足はないんじゃないかな」
無理矢理押しきられてタルトから王冠を授け、儀式は無事に完了した。
神殿の遺体も外まで運び埋葬した。
「タルトちゃん、人間も悪魔も一緒に埋葬しちゃって大丈夫?」
「死んだら偉くたって悪い人だって皆、同じでしょ?
故人はちゃんと弔ってあげないと」
「そう…だね。
タルトちゃんって不思議な人だね。
何の迷いもなくそんな事が言えちゃうんだもん」
こうして全てが解決しマリアと城へと戻ってきた。
この日は色々あって疲れたからか皆、すぐに休んだが大切な事を忘れている。
翌日の朝、朝食を食べようとしたタルトはハッと思い出した。
猛ダッシュで地下へと走っていく。
「ティアナさん、ごめんなさいっ!!」
地下牢の前に着くやいなや全力の土下座をする。
「ほう、忘れられてると思っていたぞ」
「それがついさっきまで忘れてたというか…。
でも、ちゃんと思い出した訳ですし…」
「まあ、ちゃんとやることはやってきたみたいだし怒りはせん。
とにかくここから出してくれ」
「はい、喜んで!」
説教を覚悟していたタルトはお咎め無しでほっとしているとマリアが部屋を訪ねてきた。
「タルトちゃん、ちょっといいかな?
お願いがあるんだけど…」
「何でも言って!
マリアちゃんは大変だったんだから出きることなら何でも手伝うよ」
「お願いっていうのはね…」
この日の午後、王都の大広場に民衆が集められていた。
新しい女王のお披露目らしいのだが、通常は城で限られた上級国民だけに行われるのが通例だったので話題となっている。
定刻になったが広場は民衆で溢れかえりステージなども設置されておらず何が起こるのか噂話でガヤガヤしていた。
その時、城の方面の民衆が急に静になり何かを見上げている。
王城の方から二人の少女が歩いてきているのだが、何と空中を歩いているのだ。
その様子が全体に伝わり先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
やがて、二人の少女は手を繋ぎながら広場上空で歩みを止めた。
「私の名はマリア・アングリア。
愛すべきウェスト・アングリア王国の国民よ、私の声が聞こえますか?」
遥か上空にいる少女の声が不思議な事にどれだけ離れていても耳元で話すかのように聞こえる。
これはタルトが魔法で声を風に乗せ増幅しながら遠くまで届かせており、単純に音量を上げるより全ての人に平等に聞こえやすいようにしていた。
そんな事を知るよしもない民衆は固唾を飲んで不思議な体験に感動している。
「先日の戴冠の儀では不幸にも魔物の襲撃により公爵や多くの兵士の尊い命が奪われました…」
先日の真実は公開されず不幸な事故として記録されている。
「更に王国内では過去の隆盛を極めた時代の影はなく荒廃した土地や腐敗した政治が蔓延っています。
こんな時にこんな年端もいかない少女が女王の座に就いて心配しているでしょう。
実際、数年前に前王である両親を亡くし頼れる者もない私は長く暗い迷路をさ迷い希望を見出だすことは出来ませんでした…」
マリアは静かでありながらはっきりと聞こえる穏やかな口調で語りかける。
人々の心に語り掛けるような声は感情に直接訴えかけた。
「ですが、ここに約束しましょう!
数年のうちに畑には豊かな実りを、腐敗した政治を改革、人々が安心し笑顔で暮らせる日々を実現させてみせます!
これは少女が見る夢ではありません。
私には心から信頼できる友人が出来たのです。
それはこちらにいらっしゃる聖女タルトです!」
マリアの横にいたもう一人の少女が丁寧にお辞儀する。
「皆様、初めまして。
私は七国王国で聖女と呼ばれているタルトといいます。
まずはこちらをご覧ください」
タルトが手から何か小さい粒状のモノを空中に撒くと葉が開き急激な成長し花が咲き乱れる。
これは植物の種を魔法により成長を促し花を咲かせたのだが、空中に現れた小さな花畑にマリアとタルトは降り立った。
「このように私は様々な奇跡が起こせます。
そして、時には最前線で闘い人々を守るため大悪魔カドモスをも倒したのです。
これからは新しい女王マリアと協力し皆さんの素晴らしい未来を創るのをお約束します!」
「皆さんが見た通り聖女タルトは人智を超えた力を持っており、我が国の再興に協力してくれる約定を得ました。
実際にバーニシア王国は聖女の叡知により1年も掛からず平和で豊かな国に生まれ変わっています。
これでこの国にも輝かしい未来が来ることはこの命を懸けて約束します!!」
何処からともなくパチパチと聞こえたと思ったら一気に拍手喝采に包まれる。
タルトが見せた魔法の効果もあるが、女王自らが民衆の前に現れ演説する姿は前代未聞だが身近に感じられたのだ。
更にまだ子供と呼べるほど幼いのに命を懸けると宣言し国に尽くそうとする姿勢に心が動かされ、幼き女王に忠誠を尽くそうと皆の心がひとつになる。
こうして新女王の挨拶が成功に終わり城へと戻る二人をオスワルドが出迎えた。
「お二人ともお疲れ様です。
マリア様のお気持ちが民衆にしっかり伝わったと思います」
「ありがとうございます。
これも全てタルトちゃんのお陰です。
それと命懸けで守ってくれた貴方のお陰でも…」
「そろそろアルマールに帰らないといけないけど何かあればすぐに連絡してね。
マリアちゃんのお願いならすぐに飛んでくるから!」
「あの…オスワルドも一緒に戻られるのですか?」
「私は聖女様の騎士ですから傍でお守りするのが使命です」
「そうですか…出来ればここに残って手伝って頂けると…」
マリアは顔を赤く染めモジモジしている。
「これはオスワルドに恋をしてるな」
ヒョイッとタルトの背後からこっそり耳打ちするティアナ。
「えっ!?そうなんですか?」
「何で気付かないんだ、お前は…?
まあ、タルトも鈍感だからしょうがないか」
「オスワルドさんにはアリスちゃんという婚約者が…」
「さてな…マリアが本気なら権力で無理矢理通すことも可能だろう。
しかも、アリスを側室として迎えるのも問題ないしな」
戦いの絶えないこの世界ではある程度以上の貴族は子孫を残すため側室が複数いるのも普通なのだ。
「えぇー、そういうのはやだなぁ」
「政略結婚など人間の貴族階級では普通だろ?
その家に生まれた以上は覚悟はしている。
それにオスワルドは今や人間としては上位の強さをえているし、身分も申し分ないのだ。
この国の王となっても問題ないだろう」
返答に困っているオスワルドを遠くから眺めながら、タルトはこの世界の恋愛事情に頭を悩ましていた。