156話 悪夢
時は少し戻り悪魔の軍勢と交戦中のシトリーとノルン。
その最中にシトリーを庇い、無数の剣に貫かれ地面へと落ちていったセリーンであった。
「セリィーーーーーン!!!」
何時でも冷静で声を荒げることのないシトリーが感情露に声の限りに叫ぶ。
だが、セリーンはピクリとも動かずに沈黙したままだ。
「貴様ら許しマセンワ…煉獄の爆炎!!」
周囲の悪魔を巻き込み大爆発が発生する。
「ハァ…ハァ…」
「おい、冷静になれ!
まだ敵は大勢いるんだから無駄に大規模魔法で魔力を消費するな!
お前らしくないぞ」
「分かってマスワ…。
ですが、感情が抑えられマセンノ…こんな事は初めてデスノ…」
「シトリー…」
ノルンもシトリーの気持ちが痛いほど分かっていた。
もし、シトリーではなく自分を庇っていたら同じようにしていたと思う。
「気持ちは分かるが落ち着け。
セリーンが命を懸けて救ってくれたのだ。
何としても生き残るぞ」
「そう…デスワネ…。
相手は半分に減ったとはいえ、まだ数百は残ってイマスガ、こちらは魔力がかなり減ってマスワネ。
何か良い策はありマセンノ?」
「ないな…。
これまで通り大技は使わず低コストで確実に減らすくらいしかな」
「フッ…出来るだけ減らしマショウ。
もし突破されても負担を減らさないと行けませんワネ」
「よし、行くぞ!」
二人は別々の悪魔の群れに突っ込み激戦を繰り広げる。
再び離脱して背中合わせになったときには身体中が傷だらけでボロボロであった。
「ずいぶん無様な格好だな」
「貴女も同じデショウ。
残りの魔力はどうデスノ?」
「もう少ないな…次が最後かもしれん…」
「ワタクシも同じようなものデスワ。
もしタルト様にあの世で会ったら一緒に謝ってクダサル?」
「そうだな…一緒に怒られるのも一興だな。
助けも期待できんし覚悟を決めるか」
「エエ、貴女との生活も楽しかったデスワ」
「ああ、私もだ。
一人でも良いから道ずれにしてやるぞ!」
ノルンとシトリーが再び敵に飛び込もうとしている時、日が完全に落ち夜がやってきた。
何処からともなく不気味な笑い声が聞こえ、その場の全員が何とも言えない恐怖を感じる。
「ふふ…ふふふふふふ…」
それは地の底から聞こえてくるようで直接、脳に響いてくる。
「何だ、これは?」
「新たな敵デスノ?
こんな時に増援なんて完全に詰みデスワネ」
「妙だ…敵も動揺してるようだ。
ん…あれは?」
ノルンの視線の先は遥か下の地面の方だった。
そこに黒い霧で出来た球体のようなものがあった。
それはゆっくりと上昇し近づいてくる。
「ああ、危なかった…夕暮れでなければ死んでいたわ…」
やがて霧が消えると一人の人物が現れた。
「貴女…生きてタノ…?」
「お心配お掛けしました…もう大丈夫です。
今は私の時間です」
今だ無数の剣が突き刺さったままだが夜の姿になったセリーンがそこにいた。
「それよりセリーン、刺さったままで大丈夫なのか?」
「ああ、これですね。
邪魔だから抜いてお返ししましょうか」
一本ずつゆっくりと身体から抜いていく。
その異様な様に悪魔達は魅入られて動けないでいた。
だが、剛の者が勇気を振り絞り呪縛を解くように動き出す。
「何だテメエ?
死に損なったようだから、もういっぺん殺してヤルゼ!!」
「あら、煩いわね、黙ってて下さる?」
セリーンは抜いた剣を悪魔に向けて投げると捉えきれぬ速度で消えてしまった。
「クッ…剣は何処行ッタ…?」
「何処ってお前、その腹…」
「腹…?何ダ…大きな穴ガ…グハッ!」
自分が貫かれた事さえ気付けず、かなり後方にいたが直線上にいた悪魔も同じように貫通し絶叫し落ちていった。
「貴方達も静かにじっとしててくださいね。
動いた方から順に殺しますよ」
脅しというより命令のように悪魔の動きが止まる。
それほどまでにセリーンから底知れぬ何かを感じているのだ。
「お姉さま方、そんなに傷ついてお痛わしい…。
あぁ…私が舐めて癒してあげましょうか?」
セリーンは傷口をみて恋する少女のようなうっとりした表情をしている。
シトリーとノルンは背筋に冷たいものを感じ本能が絶対に肯定してはいけないと訴えている。
「いや結構だ!これくらい直ぐに完治する!」
「そうデスワ!
それよりも今は悪魔をどうにかするのが先決デショウ!」
セリーンは周囲を見渡し何か思い付いたように笑みを浮かべた。
「そうですね、このゴミを早く片付けて治療をしましょうね」
「待てセリーン!
まだ数百もいる悪魔を一人で相手するつもりか?」
「ええ、夜の吸血鬼に敵はいませんもの。
ゆっくりと休んでいてください」
そう言い残し振り返って悪魔と対峙するセリーン。
「お待たせしました。
ですが、直ぐにお別れですね…。
お姉様達を治療するのに貴方達が邪魔ですから死んでくれますか?」
物凄い笑顔で死んでくれとお願いするセリーン。
さすがの悪魔も我に返り悪態を付き始める。
「死ねダト!?
ふざけんじゃネエ!!」
「これだけの人数差に一人で何が出来るッテンダ!」
「少し不死身くれえで調子に乗りヤガッテ!
バラバラにして殺してヤル!!」
それに対し呆れ顔のセリーン。
「品がないですねぇ。
見てるのも不愉快ですからさっさとはじめましょうか」
セリーンの身体から黒い霧が湧き出てきて辺り一面を覆っていく。
「さあ、楽しんでください…終わり無き悪夢」
先程まで月明かりに照らされていたが、今は何も見えない。
どんなに暗い森でも僅かな星の明かりがあるものだが、真の暗闇は僅かな光も許されず自分の手さえ見えないほどだ。
視界が奪われると同時に五感まで狂ってしまう感覚に陥る。
「一体、何が起きたのだ…?」
「何も見えまセンワ…ノルン、聞こえマスノ?」
悪魔と同様にノルンとシトリーも暗闇に包まれていた。