155話 雪恋の秘策
ティートがカルヴァンと対峙した頃、桜華達もヒュドラと終わりの見えない激戦を繰り広げていた。
あの後も何回かヒュドラの首を切断したが直ぐに再生されてしまい元通りになってしまう。
「もう何時間経ったか分からねえがこのままじゃじり貧だなあ!」
攻撃を躱しながら悪態をつく桜華。
「姫様の言う通りですね。
これまでの状況から判断するに再生回数に上限はなさそうです。
もしかしたら奴の魔力が枯渇すれば再生しないかもしれませんが…」
「その前にこっちの魔力が枯渇するゼ!
竜なんて相手するもんじゃネエナー」
ヒュドラから感じる圧力は一向に変わっていない。
その巨体からは肌に刺さると思ってしまう程の殺気が発せられ対峙していると蛇に睨まれた蛙に気持ちが分かる。
そもそも並みの竜族である飛竜などであれば今の桜華達の相手にはならない。
今回は相手が悪すぎたのだ。
古の時代に暴れまわり誰も倒せずに封印された化け物を三人で抑えているのだから、それだけでも誉められるだろう。
そんな状況でも誰も諦めずに逆転の手がないか虎視眈々と狙っている。
「動きはそれほどでもないので攻撃を躱しつつ時間を稼ぐのは問題ないですね」
そう三人は少し前から攻撃を控え無駄な体力と魔力の消費を抑えつつ機会をうかがっている。
「本当はうちらは早く終わらせて他の援軍に行きてえんだけどなあ。
獣人の軍団も悪魔の軍勢もこっちの分が悪いからな」
「アア、特にシトリーとノルンは二人で戦ってるから心配ダゼ。
セリーンは昼は役に立たねえカラナー」
「悪魔が他人の心配なんざ雨が降るぜえ」
「ウルセー、ほっとケ!
それを言うなら鬼のお前らも一緒だろウガ!」
「ははは、ちげえねえ!
よし、雪恋、倒す方法を考えろ!!」
「ええええっ!!
姫様、無茶ぶり過ぎませんか!?
それが直ぐに分かるなら、もう倒せてますよ…」
正論である。
「頭を使うのはお前の役目でうちは戦う専門だからな」
「いつも姫様はそうなんですから…。
ですが、出来る限り考えてみます!」
雪恋は今までの戦闘の記憶を辿る。
幼き頃から桜華の側付きとなり面倒を起こした際は後始末をやらされてきた。
その経験から常に状況を分析し最善の手を考え付くのが得意になっている。
今もこちらの戦力や相手の情報を総動員して勝利への道筋を見いだそうとしていた。
「はっきり言ってこちらの決め手は姫様でしょう。
これまでに首を落とせたのはお一人ですからね。
率直にお聞きしますが巫覡状態の紫電であれば連続で切断出来ますか? 」
雪恋の問いに斬った時の感覚を思い出す。
ヒュドラを斬った時の手応えと強化した後の自身の強化状態を比較する。
「おそらくだが出来ると思うぜ。
だがなあ、溜め無しで連続で繰り出したら何本目まで落とせるかねぇ。
それに斬る速度と再生とどっちが速いかも分からねえなあ。
前提として相手が動いてねえ状態の話だけどよ!」
「それって無理な話じゃネエカ!
どんだけ好条件が揃う必要があんダヨ!
しかも巫覡ってそのあと動けなくなるだろうガ!」
「いや、正直に答えただけだぜぇ」
いくら知能が低い化け物でもこちらの希望通りに動いてくれる訳じゃない。
リリスの言う通りそれだけの条件が状態を作り出すのは一見、不可能に思える。
そんな二人の愚痴は雪恋の耳には届いておらず思考の海に深く深く沈んでいた。
「…。
リリス様、貴女の毒で再生を遅らせる事が出来ませんか?」
「まじカヨ…。
確かに傷口から流し込んだ毒が効いてたが、少し位はいけるカモナー」
「それで充分です」
「でも、アイツが大人しく首を落とされるのを待ってくれネエゾ。
どうするつもりダ?」
「私めが少しだけヒュドラの動きを止めます。
姫様はその隙に巫覡で全ての首を落とすのです」
「動きを止めるってどうやってやるンダ?」
「雪恋、出来るんだな?」
「はい!」
「よし、分かったぜぇ!
こいつが出来ると言うなら出来るんだろう。
昔から嘘は言わねえ」
「そうカイ、で、ワタシは何をすればイイ?」
「最凶の毒を精製し姫様の刀にお願いします。
切断面に毒が蔓延し再生が遅れるでしょう」
「ヤるしかネエカ!」
「首を全て落としたらヒュドラの心臓を一突きにして終わりです」
「よっしゃああ、リリス、うちらは準備するぜ!」
雪恋が前衛に立ちヒュドラを引き付ける。
その間に桜華は集中をしリリスは体内で毒の精製を始めた。
今、持ち得る毒を混ぜ合わせる事で、毒同士が攻撃しあいより強固な毒性を勝ち得る。
最後まで残った最凶の毒を慎重に手へと移動させる。
「イイゼ、準備は出来タ!!」
桜華の気力も充分に溜まっており鬼気迫る気を放っている。
それを確認し雪恋は刀へと魔力を込めていく。
「では、参ります!!
雪乃華、乱れ咲き」
その刀身は白く輝き周囲との温度差で湯気を纏い、剣閃の後が白い線となって残っている。
雪恋が斬り付けた場所は傷が付いていないが凍りつき氷の花が咲いているようだった。
そして、止まることのない連撃により透明な花が乱れ咲いていく。
それと同時にヒュドラの動きが少しずつ鈍くなり、やがて完全に停止した。
「姫様、長くは持ちません!
後はお願いします!!」
「よくやったな…後は任せておけ。
リリス、頼む!」
「アア、いくゼ、蠱毒」
リリスによって桜華の刀に毒が付与されると黒とも紫とも言えぬ禍々しい色を帯びている。
「間違えても手を斬るんじゃネエゾ。
一瞬であの世行きダゼ」
「へっ、そんなヘマはしねえよ。
さあ、終わらせるか…巫覡」
解き放たれ内に秘めていた力が桜華の身体を駆け巡る。
限界が外れ身体能力が数倍にも跳ね上がり、まさに鬼神をその身に宿したかのようだった。
「死にやがれぇええ!
紫電、壱…弐…参!!!」
まさに刹那と呼ぶに相応しい速度で繰り出された三連撃を合計三回、間を開けずに発動させる。
「やったか…?」
限界を越えた技の連続発動により桜華の身体が言うことを聞かず硬直していた。
だが、想像していた通り後半になるほど威力が落ちていったようで最後の一本が半分程しか斬れていなかった。
「くそっ、再生する前に斬り落とさねえと!」
桜華が指に力を入れようとしても硬直が解けていなく思うように動かせない。
「姫様はとどめの準備を!
これは私めにお任せを!!」
「そうダゼ、ゆっくり最後の一撃のために温存しとキナ」
雪恋とリリスが飛び出しヒュドラへ向かっていく。
狙いは残された一本の傷口だ。
そこへ思いきり刀を突き立てる。
「内側なら芯まで凍らせてやります!
いっけえええええええええええええええ!!!」
残された魔力を刀を通してヒュドラへと流し込んでいく。
周囲の気温まで下がるほどの威力により残された首が完全に凍結した。
「ジャアナ、凍ったのを破壊するのは訳ネエゼ」
自らの身体を回転させドリルのように手刀の威力を爆発的に上昇させ凍結した首を穿つ。
全身の凍結が溶けていたヒュドラだったが最後の首も今まさに切断され断末魔をあげて地面に落ちた。
全ての首を失い胴体だけがゆっくりと前進し続けようとしている。
「これでも時間がたてば元通りになるんだから心底、恐ろしい奴だぜ。
だけど、そんな時間をやるほど優しかねえからきっちり終わらせてやる」
二人に任せ残りの力全てを刀に込めて待っていた桜華。
普段は見られない突きの構えだ。
「影桜一閃、弐式…」
防御も捨てて全てをその剣先に込めて放たれた突きは目にも止まらぬ速さでヒュドラの堅い皮膚を貫き心臓へと到達する。
突き刺した傷口から血が吹き出し完全に沈黙した。
「終わった…のか?」
「みたいですね…」
「もう、動けネエヨ…」
その場で倒れ込む三人。
仰向けに空を見上げその勝利の余韻に浸るのであった。