147話 開戦
そして、場所を移してアルマールの会議室。
シトリーが全員を集めて最終確認を行っている。
「さて、各々、準備を間に合わせてくれて感謝シマスワ。
これから、いつ襲撃があってもいいように各自の持ち場で待機デスワ。
その前に全員に伝えたい事がありマスノ」
ここで改めて全員をゆっくりと見渡す。
「今回は今までと違いタルト様はおりマセンワ。
つまり、重傷を負った場合は死に繋がりマス。
ですが、戦況はこちら側が圧倒的に不利デスノ」
それは全員、よく理解している。
数的にも質的にも不利な状況なのだ。
「皆、死地に赴く覚悟はあるのでしょうけど死ぬのだけは許されマセンワ。
優しいタルト様の意思に反しますが相手には情け容赦を掛けず殺してでも生き残りナサイ!
責任はワタクシが負いマスワ」
「おいおい、何言ってるんだあ?
タルトに怒られる覚悟もうちらも出来てるぜ!
一人で背負おうとしてんじゃねえよ」
桜華が笑い飛ばす。
「全くアナタ達は…良いデショウ。
皆、気持ちは一緒デスワネ。
全員、死力を尽くして生き残って帰ってきナサイ!!
先に戻って余力があれば他のフォローをすること、宜しいデスワネ?」
「「「「「おおおおおおおおおおおおぉぉ!!」」」」」
こうして各自、任された場所へと移動を始めた。
ティート、ミミ、リーシャ、カルンは獣人軍団を迎え撃つべく急造だが堅牢な出城で待機している兵と合流した。
到着早々に現在の状況を確認するティート。
「カルヴァン率いる大軍団は数時間後にはここに到着する模様です。
特に策を労する気配もなく全軍でこちらに向かってるとのことです」
「人数も質も上回ってるから正攻法で正面から来たか…。
皆、聞けええい!!!
知るものも多いと思うが俺がこの部隊の隊長を任されたティートだ。
ここには何かしらの理由で故郷を追われ避難してきた者が多いだろう。
今、再びカルヴァン率いる軍勢が我らの大切な場所を奪おうと向かってきている。
相手は強大だ…だが、これ以上どこに逃げる場所があるというのだ?
我らには聖女タルト様のご加護があり戦う力も与えてくれた!
今、戦わずしていつ戦うというのだ?
未来の子供にまで辛い思いをさせる気か?
ここで勝利してタルト様の目指す幸せな未来を勝ち取るのだ!!!
ここに約束しよう!
栄光の勝利を!
さあ、勇気ある者達よ、出陣するぞ!!!」
「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!!」」」」」」
ティートの兵士の間に漂っていた悲壮感を一喝で消してみせた。
「あにさま…」
「ティートも少しは隊長らしくなってキタゼ」
ミミとカルンが後方で満足そうに眺めている。
ティートは壇上より降りてきて深い溜め息をした。
「まだ、俺にはこれだけの部隊を率いるのが時期尚早な気がします。
もっと上手に立ち回り士気を上げれれば良いのですが」
「充分に士気は高まってるゼ。
後は先陣をきって強さを見せつけてコイ!」
「そうですね…俺にはそっちの方が向いてそうです!
まずは一戦交えて相手の力量を見極めてきます。
ミミとリーシャはここで待機、カルン様はすいませんがお付き合い願います」
「アア、アタシもそっちが好みダゼ!」
二人は急ぎ戦闘準備を整え中央の広場に集合している部隊と合流する。
「さあ、門を開けーーー!!
こちらから攻撃を仕掛け我らの力を見せつけるぞ!!!」
「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!」」」」」」
城内に鬨が響き渡る。
それと同時に正面の門が開き、ティートを先頭に敵に向かって進行を開始する。
獣人の走る速度は常人の人間より遥かに速く一気に相手との距離を詰めていく。
森を一気に駆け抜け少し高台となっている小山の頂上へと辿り着くと下に広がる平原をゆっくりと進軍している一団が確認できた。
「よし、まだこちらには気付いていないようだ。
一気に駆け降りて相手の横から奇襲を仕掛けるぞ!」
極力、音を立てずに全力で坂を降っていく。
しかし、身を隠すもののない原っぱの坂ではすぐに相手に気付かれてしまう。
並の相手であれば突然の奇襲に戸惑いや動揺が見られるが、鍛え上げられた精鋭はすぐに迎撃の陣を形作る。
遂にタルト不在のなか戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
両軍は激しくぶつかり合い甲高い金属音がアチコチで響く。
ティート軍も善戦しているが徐々に旗色が悪くなってきて、坂の方へ押し返されていく。
その状況を戦いながら常に把握しているティート。
「やはり力量の差は歴然か…短期の鍛練でここまで強くはなったが分が悪い。
それだけ分かれば充分だ、撤退の合図を出せ!」
後方で待機していた兵士が銅鑼のような金属を叩き大きな音が戦場に鳴り響くと、一斉に撤退を始めるティート軍。
撤退するティート軍を追撃しようとカルヴァン軍に対して矢の雨が降り注ぐ。
後方で戦いの様子を眺めていたカルヴァンが激を飛ばす。
「テメエら、あんな雑魚に苦戦してんじゃねえ!!
弓矢なんて無視して追撃しろお!!!」
カルヴァンの威圧に獣人達が怒濤の追撃を見せる。
だが、ティート軍の撤退速度は速く、既に森の中へと姿を消していく。
それと同時に森の中から銅鑼の大合唱が聞こえ始めた。
経過した獣人の小隊長が合図を送り前進を止める。
「この音は何だ?
…問題ないとは思うが、森の中に多数の伏兵をしている可能性があるな。
よし、斥候を出せ!!」
訓練された兵は命令が発せられると迷いなく即時に行動を起こし、斥候が森の中へと消えていく。
暫くすると再び森から現れて報告を行った。
「森に敵兵の姿が見えません!!
偽兵の計と思われます!」
「小癪な…よし、全軍追撃を再開だ!
必ず追い付くぞ!」
森の中を大きく横に部隊を広げ隠れてる敵を見つけやすく、固まっていて包囲されるのを防ぐ陣形で進む。
だが、どこまで行っても敵兵一人も見当たらない。
森を一気に駆け抜けると再び平原に出た。
その先で予想外のモノを発見し軍を停止させる。
「あんな場所に拠点があるとは聞いていないぞ…。
カルヴァン様を待って指示を仰ぐぞ!」
その先にあったのはティートが突貫ながら堅牢に造り上げた出城である。
要害の地に建てられる戦略的な建物でカルヴァン軍を迎え撃つべく進軍すると想定された途中に築き攻撃と防衛の拠点としたのだ。
やがて、カルヴァンも到着し報告を受ける。
「あれか…戦力的に劣るから小細工に頼ったか。
所詮、烏合の集だ。
一気にあの城も落としてやるか」
この時、ある違和感に気づく。
「おかしい…あそこには気配が全くない。
壁を乗り越え中を調べさせろ!」
命令通りに斥候が城内に侵入し調べたが誰もいなかった。
城門が開かれ易々とカルヴァンは入場した。
「さっきの一戦で歯が立たぬと気付き、全てを投げ出して更に後方まで下がったか。
ほぅ…酒もある…ここをアルマール攻略の拠点にするぞ!
今日は英気を養って明日、本拠地を叩く。
ここにある酒を出せ、前祝いだ!!」
初戦を圧勝したカルヴァン軍の兵士の士気は高く既に勝利したかのような雰囲気であった。