142話 アン
タルト達はウェスト・アングリア王国の王都まであと少しの所まで辿り着いていた。
街道も広くなり前日は多くの人が行き交っていたが、今は早朝だからか誰もいない。
馬車の中には眠そうなタルトがポケーっと外を眺めていた。
ティアナも座ったまま目を閉じて仮眠していたが、その鋭い聴覚が遠くの物音を捉える。
「起きろタルト。
遠くだが人の走る足音と悲鳴が聞こえた」
「ふえっ!?
悲鳴ですか?どっちの方角ですか?」
「こっちだ!」
ティアナが飛び出し続いたタルトはふフラフラと蛇行しながら飛んでいる。
「ふべっ!?」
そのまま木に衝突し落下する。
「おい、何やってるんだ?
いつまでも寝ぼけてないでしっかりしろ!」
呆れるティアナにガバッと起き上がるタルト。
「ふにゃあああああ!
もうこんな朝早くから起こすなんて絶対に許しませんから!!」
すっかり痛みで目が覚めたタルトは悲鳴の方向へ物凄い速さで飛んでいった。
「はぁ…はぁ…はぁ…もぅ駄目…」
森の中を必死に走る少女。
整地されてない原生林はその小さな体では非常に走りづらく何度も草や木の根に足をとられる。
その背後を数頭の狼型の魔物が追い掛けていた。
狩りを楽しむように魔物はわざと捕らえず追い回しているのだ。
「うわぁ!」
遂に大きな石に躓き地面に倒れ込む。
その回りには既に取り囲まれていた。
「こ…来ないで!」
足をくじき激痛が走るなか上半身だけ何とか起こし、震える手で小石を投げる。
小石など当たっても何でもないが身軽に避けて一歩ずつゆっくりと近づいていく。
「やめてぇ…来ないで…誰か…お願ぃ…助けてよぉ」
恐怖は限界まで達し逃げることも抵抗することも出来ず動けなくなっていた。
ただ泣きじゃくり助けが来るのをひたすらに祈る。
小さく戦う術のない少女にはどうしようも出来ない状況なのだ。
その小さな身体を狙い一匹の魔物が飛び掛かろうと跳躍する。
「止ーまーらーなあああああい!!! 」
まさに少女へとその鋭い牙が届こうかという刹那に高速で飛んできた何かがぶつかり、その勢いのまま近くにあった巨木へと衝突した。
その衝撃で枝や葉がパラパラと落ちてきて衝突したナニかを隠していく。
あまりにも急な出来事に少女も魔物も意識を奪われていたが、我に返り緊張感が再び戻った。
「疾風の矢!」
今度は何処からともなく矢が飛んできて魔物を穿つ。
そして、ティアナが少女の前で止まり弓を構える。
「大丈夫か?」
「ぇ…?
ぁ…は…はぃ…でも、魔物がまだ沢山…」
「それなら問題ない、そろそろ起きる頃だろう」
「??」
エルフの言葉が理解できない少女。
ただ余裕の表情を見ているとさっきまでの絶望感が和らいでいた。
そんな時、ガサガサとさきほど落ちて山になった落ち葉が動き出す。
「ふにゃあああああああああああ!!
もう、今日は厄日ですよーーーー!
いたいけな女の子をいじめる魔物さんはお仕置きです!」
落ち葉を吹き飛ばして復活したタルト。
その頭上にはおびただしい数の魔力弾が浮かんでいる。
「ふっ…君達はもう…死んでいる」
その言葉と共に魔物達は嵐のように降り注ぐ弾を避けられず次々と倒されていく。
「さあーてとっ!
大丈夫?どこか怪我してない?」
気付くと少女の顔を覗き込むタルト。
その格好は魔法少女のままで太ももとヘソ、肩が丸出しである。
下着のような姿に少女の顔が真っ赤になっていく。
「その…貴女の格好よりかは…大丈夫です…」
「えっ!?
これは…その…戦闘時の装束みたいなもので…えい!
これでもう大丈夫」
光に包まれ元の服装に戻った。
「起きられる?」
差し伸べられた手を掴み起き上がろうとすると足首に激痛が走る。
「痛っ!!」
「うわっ!
足を捻ったんだね、真っ赤に腫れてるじゃない」
「大丈夫です…少しすれば」
「ちょーっと、じっとしててねー。
ほれぇーーー!」
タルトが手をかざすと一瞬の光ったと思ったら痛みが消えていく。
「うそ…痛みが…」
「ほら、これで起き上がっても大丈夫だよ。
私はタルト、あなたは?」
「わ、私はマ…アンです」
「アンちゃんていうんだ、宜しくね!
こっちのエルフはティアナさんね。
さあ、街まで一緒に行こう」
「は、はい」
タルトに引っ張られて森を出て街道へと戻った一行。
街道で馬車に乗って待っていたオスワルドと合流した。
「間に合ったようですね、タルト様。
ご無事で何よりです」
「お待たせしました、オスワルドさん。
この娘も一緒に行くことになりましたので」
少女の姿を見て一瞬の間があったあと馬車のドアを開けるオスワルド。
こうして一人加わって目前に迫ったウェスト・アングリア王国の王都へ再び歩を進めた。