132話 不満
ディアラとゴドディンの国境近くにある森で夜営をすることにしたタルト一行。
即席の風呂を作った際にはアンも老人もビックリしていたが、お湯に浸かり寛ぐと驚くのも忘れていた。
食事も終えた頃には旅の疲れがかなり癒されていた。
就寝するのにオスワルドが見張りを行い、タルトとティアナ、アンは同じ馬車で休んでいる。
ティアナは腰掛けたまま休んでおり、アンがタルトに添い寝していた。
「タルトちゃんは甘えん坊ね。
こんな妹が欲しかったなぁ」
「いつもはお姉さんとして頑張ってるので、たまには甘えたいんですよー」
「あら、妹がいるの?」
「ええ、三人いますよ」
「そんなに?大変だね」
この時、ティアナの鋭い聴力が何かを捉えた。
「タルト。
囲まれている…数十人はいるぞ」
「えっ?何の事…?」
アンは事態が分からず不安そうな顔をしながら、タルトを安心させようと抱き締めている。
「おいおい、こりゃ貴族様の馬車だぜ!!
大人しく抵抗しなければ命だけは助けてやるから出てこい!!」
既に夜営地は多くの盗賊に囲まれており、オスワルドが中央で牽制していた。
最初にティアナが馬車から飛び出し、恐る恐るアンとタルトも出ていく。
「おおお!
べっぴんさんの登場だぜ!!
しかもエルフもいやがる、これは大当たりだな」
「女が三人か、売れば高くつきそうな上玉ばかりだぜ!」
「下朗が、剣の錆びにしてくれよう」
オスワルドが怒りを込めて威嚇する。
「貴族様は数も数えられないみたいだな!
この人数差を見て勝てると思ってのか?」
「おい、早く終わらせて女で楽しもうぜ!」
アンの顔は青ざめ震えが止まらないがタルトを守ろうと抱き締める腕に力が入っていく。
「お願いします!
私はどうなっても良いですから、この子は助けてあげてください!!」
「アンさん…」
怯えるアンが勇気を振り絞って声を震わせながら懇願する。
「いいねー、綺麗なお姉ちゃんが相手してくれるってよ!
でもな、ちっこいのも育てば上玉になりそうだがら駄目だな」
恐怖が絶頂に達したのか力なく膝をつくアン。
タルトは優しくその腕から抜け出て前へと歩き出す。
「タルトちゃん、駄目よ!!
危ないから戻ってぇええ!」
「アンさん、大丈夫ですよ。
少しだけそこでティアナさんと待っていてください」
タルトはオスワルドに目配せし、老人達の護衛につかせた。
「こりゃびっくりだ!
お嬢ちゃんが俺達の相手してくれるのかい?」
「へっへっへっ、俺は小さい娘の方が好きだから楽しませてくれよ」
タルトの倍以上はあろう巨体の男が近づいていく。
ゆっくりと大きな手をタルトの頭に伸ばそうとした瞬間、その巨体が凄い勢いでぶっ飛んでいく。
その出来事に威勢の良かった盗賊の顔から笑顔が消えた。
「あれっ?手加減したのにおかしいなー」
目にも止まらぬ速さでぶん殴っていたのだ。
「おい…なんかコイツやばくねえか…?」
「ビビるんじゃねえ!!
全員でやっちまえ」
武器を取り出し一斉に襲いかかる。
タルトは軽くジャンプをして光に包まれると魔法少女へと変身し宙に浮かんだまま停止した。
「威力のセーブが難しくて接近戦は危ないから魔法で無力化しちゃおう!
いっけええぇぇ!!」
ステッキから小さい無数の光の球が雨のように降り注ぐ。
盗賊の悲鳴と共に次々と倒れていく。
「もう終わりかなー?
おや、逃がしませんよ!」
「ふべっ!」
仲間を壁にして軽傷だった盗賊が逃げようとしていたのを魔力弾で撃ち抜いた。
そして、アンの元へと静かに降りてくる。
「タルトちゃん…その姿…?」
「えへへ…これは、そのぉ…」
そこにオスワルドも駆け付ける。
「聖女様、お疲れ、ぐはぁ!!!」
駆け寄るオスワルドをステッキで思い切り殴った。
「言っちゃだめですよ、オスワルドさん!」
「聖女…様…嘘…そんな…タルトちゃんが…。
それじゃ…私…なんて失礼な事を…」
「せ、聖女様!
孫娘の失礼をお許しください!
罪は全てワシにありますのじゃ!」
「はぁ…」
ため息をつきオスワルドを恨めしそうに睨むタルト。
そして、変身を解きアンの胸へと飛び込む。
「もう気にしないでください。
私も全然気にしてませんし、今まで通り接してくれた方が嬉しいです。
聖女様、聖女様ってみんなかしこまっちゃうのが不満なんですぅ。
アンさん、お願いしますよぉー」
小さい子供のように顔をスリスリとして甘えるタルト。
「聖女様…いえ、タルト…ちゃんでいいのかな?」
「はい、アンさん。
それに秘密にして旅をしてるので、誰にも言わないでくださいね」
「分かりました、じゃなくて、分かったわ。
本当に聖女様…なのね?」
「あはは…みんなはそう呼びますが、ただの女の子ですよ。
手の届く限りみんなを守ってきただけなんですけどね」
盗賊達はタルトが即席の牢屋を作って閉じ込めてから、再び休むことにした。
アンは目の前で寝息をたてて寝ている少女の顔を見つめている。
(こうやって見てると普通の女の子なのね。
噂で聞いた聖女様のイメージと違ったかな…。
でも、タルトちゃんが頑張ってくれてるから私達が平和に暮らせてるのよね。
さっきの戦ってる姿は格好良かったし…ちょっと露出が多かったような…)
そのままタルトの頭を撫でながら夢の中へと落ちていった。
翌朝は盗賊を近くの街で引き渡しゴドディンの王都へと辿り着いた。
そこでアンと老人と別れて加治屋の情報を集め始めたのだった。
一方、その頃のアルマール。
執務室にて工事報告をシトリーが聞いていた。
「今の報告は何デスノ?
何故、予定より遅れているのに相談が今頃なのカシラ?
よほどお仕置きを受けたいようネエ」
「しっ、失礼しましたあああ!
次からは気を付けますうううう!!!」
タルトに置いてけぼりされたシトリーは不機嫌で睨まれた報告に来た兵士は恐怖で飛び出ていった。
その様子を隠れて見ているリリスとカルン。
「益々、不機嫌になっていくナ…」
「アア…アタシもこの前、殺されるかと思ったゼ。
尻尾の先が焦げたんダゼ…」
「何してるんですか、二人して?」
ビクッと驚く二人の背後にふさふさした毛並みの虎の獣人が立っていた。
「驚かせるナ、ティート。何か用カ?」
「シトリー様に少し報告がありまして」
すっと二人の横を通りすぎて執務室に入っていく。
「今はヤベエんだがナ…」
「アイツの勇気を誉めたいゼ…」
気配に気付いたシトリーは顔をあげ入ってきたティートを睨み付ける。
蛇に睨まれた蛙のように生きた心地がしないティートは背中に冷たいものを感じつつ、勇気を振り絞って声をかけた。
「あのっ…少し報告したい事がありまして…」
「ホゥ…何カシラ?」
「いぇ…あの…新しくこの街に避難してきた獣人から聞いた話なんですが。
どうも獣人の一部が戦準備をしているらしく噂では標的がここらしく…ひっ!」
言葉を終える前にシトリーの変化に恐怖する。
いつの間にか笑みを浮かべているが、その気迫が形あるようにも見えた。
「エエ、エエ、いいじゃないデスカ。
丁度、憂さ晴らしをしたいと思っていた所デスノ。
それがノコノコと来てくださるナンテ!」
「邪魔するぞ」
そこにノルンが入ってくる。
「何かご用デスノ?」
「まだご機嫌斜めなのか…全く仕事に私情を持ち込むとは情けないな」
「何ですかッテ…?」
ヒイィイとこれ以上煽らないでと心から願うティート。
「貴女とは一度、ゆっくりと語り合いと思ってイマシタノ」
「そうだな、良い天気だし外に散歩しながら語り合おうか」
「ちょっ、お二人ともお待ちください!!
拳での語り合いはタルト様が固く禁じたじゃないですかっ!
どちらかが怪我されたらタルト様も悲しみますよ!!」
「ティートのくせに正論デスワネ…」
「むぅ…確かに大人げなかったか…。
気を取り直して用件を話そうか。
先程、街の近くで悪魔を見つけて尋問したら大規模な襲撃を計画してるそうだ。
その悪魔は斥候で様子を伺っていたようだ」
「フフフ…どいつもコイツも良い度胸デスワ…地獄以上の恐怖を味あわせてあげマスワヨ。
リリス!!
カルン!
いるのは分かってイマス、皆を集めナサイ!
迎え撃つ作戦会議を行いマスワ!」
「ヤベエ、バレてるじゃネエカ!!」
「チッ、ここにいるくらいなら皆を探しにいこうゼ!」
タルト不在の中、風雲急を告げるアルマールであった。