123話 教義
タルトはパーシィの剣による多段攻撃に集中しており、後ろから放たれた氷柱に気付いていないようだ。
(これで決まったかなー?)
パーシィの読み通り氷柱はタルトのすぐ後ろまで迫っていたが予想外の事が起きる。
なんと一回も氷柱を見ることなく迫ってきたそれを正確に躱したのだ。
「うっそ!?」
残る氷柱も剣に合わせて死角から攻撃するが最小限の動きで避けられていく。
「どういう手品かなー?
あれだけの氷柱を見ずに躱すなんて」
「ふっふっふっ、修行して気を感じることだよパーシィ君!
例えば後ろの天津…ぐふんっ、ぐふんっ…えー、後方に新しく五本の氷柱が生成されたみたいですね」
「気って何なの!?
そんなものが存在するの?」
何て事はない。
タルトは氷柱の魔力を感知しただけであった。
だが、そんな技術はこの世界にはないので簡単な嘘に騙されてしまうのだ。
「これも効かないのかー。
さあてどうしたものかなー」
パーシィが細剣を円を描くように回転させると氷で出来た剣が合計で7本現れた。
「これで両手を合わせて9本での攻撃が躱せるかなー?」
「何本でも受けきってみせます!」
次から次へと全方向から襲撃する剣を完全に見切って躱すかステッキで受け止めているタルト。
常人を超えた剣技の持ち主であるパーシィの二刀流を見切る人間は少ないだろう。
並の天使や悪魔でも困難であろうが、それが9本襲い掛かってくるのだ。
どれ程の数の剣を精密に操るパーシィは魔法面でも優れているのだが、難なく受け流してるタルトが異常である。
そんな状況だが慌てる事なく落ち着いた様子で観察を続けるパーシィ。
すると今までの怒濤の攻撃がピタリと止んだ。
「どうしたんですか?
やっと負けを認める気になりましたか?」
余裕のタルトは攻撃が止んだ事を不思議に思いながら様子を伺っている。
「違うよ、これでフィナーレだよ。
灼き尽くせ聖なる浄化!!」
これは騎士に選ばれ聖なる祝福を受けたことで聖属性を身に付けたパーシィの奥の手だった。
魔方陣の中の相手を聖なる光で消滅させる魔法だが、魔方陣を描く必要があり実用が難しい。
それを攻撃を仕掛けながら氷で描き、相手をそこへ誘導する必勝手段であった。
タルトの足元がまばゆい光を放ち魔方陣が浮かび上がる。
「もう避けるには遅いよー」
パーシィの言う通り魔方陣の外へ出るより先に魔法が発動するだろう。
それはタルトも理解しており思いがけない行動をする。
「チェストォーーーーー!!!」
発動より速く魔力を込めた拳を叩き込み、強引に魔方陣を破壊した。
その衝撃で地面に大きな亀裂が入り周囲に振動が伝わる。
「おわっ!
どんだけチートなのっ!?」
振動により体勢を崩したパーシィにタルトがステッキを振り下ろす。
ステッキはパーシィの頭ギリギリでとめられた。
「これであなたの負けです。
大人しく降参してください」
「まっ、これだけ闘えば充分でしょ。
それにタルトちゃんは全然本気じゃなかったみたいだしねー」
「あはは…何とか傷付けずに負けを認めてもらう方法を考えてたんですが。
でも、パーシィさんもまだ奥の手を持ってそうですし私の事を殺そうとしないように手加減してましたよね?」
「それは買いかぶり過ぎだよー。
まあこうして負けたわけだし大人しくしますよ」
丁度、気絶していたエトワルも目を覚ました。
「ぅ…これは…パーシィさん、どうなったんすか?」
「おっ、エトワル、起きたのかい?
いやあー見事に敗北しちゃったよー」
「えっ!?パーシィさんが!?
負けたのに何でそんな軽いんすか?」
「だってねー、それはもう手も足も出ずに完敗したからねー」
「どうするんですか!
僕達は民を守るために負けは許されないんすよ!!
パーシィさんがやらないなら僕がやるっす!!」
エトワルは痛む身体を必死に起こし立ち上がる。
「ねえエトワルさー、君は誰を守るために闘ってるんだい?」
「誰って…街に住む人々に決まってるじゃないっすか!」
「その為に目の前にいる小さな女の子も殺す気かい?」
エトワルの目の前にはリーシャが怯えていた。
「それは…」
「どうしたんだい?
教義ではハーフは忌むべき存在で討伐の対象だよー」
「そんなことは分かってるっす!!
見てるっすよ、今、僕が殺します!」
エトワルは再び武器を生成する。
その巨大なハンマーの一撃であればリーシャなどひとたまりもないだろう。
「そーいえば気絶した君を介抱してたのはその子だよー。
その小さな手で何が出来ると思う?」
「でも教義には悪だと!」
「あのさー、この街に来てから生活を見て回ったよねー。
獣人やハーフが沢山、住んでいたけど人間だけの街と何か違ったかなー?
そこには平和な営みだけだったよねー?
もし、ここで君が目の前の子を殺したらどっちが悪だと思う?」
エトワルの目に映るのは普通の女の子だ。
ただ耳と尻尾があるだけで人間と何も変わらない。
ふと腕に包帯が巻いてあるのに気付いた。
さっきの衝突で怪我をしたので治療した後であろう。
介抱してくれたということは、治療はこの子がやってくれたと理解した。
ふと持っていた武器が消え失せる。
「じゃあ、どうすれば良いんですか!!!
教義が間違ってるって言うんすか?
一体どうすれば…」
がっくりと膝から崩れ落ちるエトワル。
そこへリーシャが再び近づく。
「ここはみんながびょうどうにくらせるまち、アルマールです。
タルトさまがみんなわらっていられるようにがんばってるんです。
もしタルトさまがいなかったらリーシャはしんでいました…。
どうしてリーシャはいきてちゃだめなんですか…?」
「……」
真っ直ぐ見つめるリーシャにエトワルは何も答えられず目をそらす。
エトワルにとって闇の眷属は悪であり討伐の対象だと小さい頃から教え込まれてきた。
実際に街を襲う魔物から人々を守ってきて、教義を疑った事などない。
落ち込むエトワルにパーシィが声をかける。
「あのさー、教義も全て間違ってる訳じゃないし、ここが変なのかもしれないねー。
過去の長い歴史で平和に暮らした記述は見たことないからねー。
でも、ここのように争いが無くすことが出来るなら一番だと思わないかい?」
「…パーシィさんは教会を離反するんすか?」
「ここ以外では戦争が続いてるからねー。
人々を守らないと。
暫くは協力関係でいたいかなー」
「でも…教会が許してくれないっすよ」
二人の会話に放置されているタルトは無理やり参入してくる。
「ちょっと説明してくださいよー。
パーシィさんとエトワルさんの目的は私の討伐だったんですか?」
「おっとごめんねー。
一旦停戦して事情を説明させて貰えるかな?」
「こっちに戦う意思はないですから大歓迎ですよ!
じゃあ、エグバートさんの店に戻って相談しましょうか」
戦闘は終了し全員でエグバートの店に戻っていった。