【 古本屋の店員 】
木影のトンネルのようになっている細い路地を真っ直ぐ通ると、その先には1軒の木造建築で建てられている【古本屋】と書かれた看板がある家があった。
「こんな所に古本屋なんてあったんだ。」
ここ最近では本の売り買いできる古本屋の店舗が多く出来ていた為、あまり人気のない場所に立っている古本屋という物が少し珍しく感じた。
少し近づくと店の扉は開いており、扉の窓側には【開店中】と表示板がぶら下がっている。
腕時計を見てみると時刻はまだ午後1時半を回ろうとしている時間であった為少しの寄り道くらいならどうってことない。
俺は興味本意で古本屋に足を踏み入れた。
中に入って見ると建物の古い昭和のような外見とは違い店の中は冷房がしっかりと効いていて涼しかった。
店の中はそれほど広いとも思わないが180ある俺の身長で手を伸ばしても届きそうにない本棚がズラーと並んでいるせいか不思議と広く感じ取れる。
本棚に並んでいる本はそれぞれの棚と棚列によってジャンルと作者が分かれており普通の本屋とは大差ない感じだ。 俺からしたこういう自営業の古本屋は本の並びやジャンルが滅茶苦茶で何処に何が置いてあるのかとか、本を棚に納めるギリギリに押し込んで管理しているから痛んだ本が多くみられる印象があったのだが、ここの古本屋はそれらがしっかりと整理されて本がとりやすいように整頓されている。
時々つい最近発売された小説や漫画が置かれているものもあった。 という事はまだまだこの古本屋は現役である証拠だ。 恐らく近所で暮らしている人達が定期的にこの古本屋を利用しているのだろう。
それとは裏腹に奥に進むと段々と本の年期が古くなっていき見た事もない本が並んでいる場所についた。
俺は物珍しくて手を取ることなく本棚を眺めていると背後から俺の服が引っ張られた。
一体何かと思い後ろを振り向いてみるがそこには誰もいなかった。
「これこれ。 一体どこを見ておる。 下じゃ。 した!」
「え? 下っ・・・てうぉぉおおおおおおお!!」
声がする方に顔だけを下に向けるとそこには白髪をお団子結びにして腰が少し曲がっているお婆さんが立っていた。 最初幽霊か妖怪に見えてしまい俺は咄嗟に大声を上げながら後ろに飛びついた。
「ヒョヒョヒョッ! 驚かしてしまったかい? それは悪い事をしたねお客さん。」
「へっ? お、お客さん?」
俺はビビりながらも徐々にお婆さんの服装を見てみるとエプロンを着ており、真ん中のポケットに大きく【古本屋】と書かれてあった。
ここで俺はようやく目の前にいるお婆さんが幽霊でも妖怪でもなく普通の人間でこの店の店員さんであると認識できた。
「おんや~? お客さんよく見ると制服を着ているね。 まさかとは思うがアンタ・・サボりかい?」
俺は全速力で頭を左右に振った。
「ち、違います! 学校は今日から夏休みになって午前中で終わったんです!」
「なんだい。 そうだったのかい。 それは酷い勘違いをしてしまったね! 許しておくれ! ヒョヒョヒョッ!」
「は、はぁ・・」
お婆さんは見た目からしてかなりのご年齢に見えるが、この感じではかなり元気なお婆さんである事が分かる。
しかし何だかこのお婆さんと二人っきりで店にいるとずっと話を続けられて帰れない気がしてしょうがなかった。 確証はないが俺はその謎の根拠と自信があった。 よってすぐさまこの店から出る事を試みた。
「そ、それじゃ俺はこの辺で―――」
「待ちな。」
目を合わせず素早く店から出ようとするとまたも背中の服を握られて捕まって閉まった。
「な・・なにか?」
「何かじゃないよまったく。 アンタまだ入ったばかりじゃないか。 さっきから見てたけど随分と興味を持っていてくれたようだしもう少し見ていきなよ。」
あぁ・・なんだろう。 このお婆さんと目を合わせると何故か逆らえない気がする。 いや、逆らってはいけない気がする。
しかし、いつもの俺なら他人とのコミニケーションなど取りたくもなく颯爽と逃げるが、この日はまた別の理由で一秒でも早くここから出なくてはいけない理由がある。
それはこのままお婆さんの話に付き合っていると帰りが遅くなり、妹から頼まれたタカシンのアイスを買いに行けなくなる。 そうなると届いたメッセージから察して母もアイスを待ち遠しくしている可能性だってある。 このままお婆さんに捕まってアイス買えませんでしたなんてなると帰ってからの仕打ちを想像してしまい、クーラーの寒さとはまた別の寒気を感じ取ってしまった。
「いや・・ただ少し立ち寄っただけなんで。 ホントにすぐに行かないといけない場所が―――」
「男がグズグズ言ってるんじゃないよ! 漢なら老人のいう事大人しく聞いて話相手になりな!」
(最悪の展開キターー!!)
俺はどうにかしてお婆さんから逃げようと抗うが、このお婆さん力が異常に強い。 さっきからどれだけ前に進もうとしても掴まれた背中の服のせいで前に進めないでいた。 それどころかお婆さんは俺の足を狙って膝の関節を折り曲げるように蹴り付け押し倒してきた。
「ヒョヒョヒョッ! この古本屋に努めて八十年の大ベテランを舐めるんじゃないよ小僧! 観念してアタシの話し相手になりな!」
「思った以上に歳取ってるな! 一体歳幾つだよ!」
「来月で98歳さ!」
その年齢にしては力があまりにも強すぎではないだろうか。 確かに運動は得意ではないが、まさか後2年で1世紀の人生を過ごそうとする老人に力負けするとは思いもしなかった。
お婆さんは俺に上乗せになり得意気な笑みを浮かべる。 その笑顔はまるで妖怪のようだ。
俺はここからどうやって脱出しようかと悩み考えているとガラガラッと店の扉が開かれる音が聞こえた。
「ばあちゃーんただいま~。 いや~まじあっついわ外。 婆ちゃんも水分補給はちゃんとして・・ね・・」
「・・・」
さっきまで鳴いていた蝉の声が段々と遠くなっていく気がした。 本屋の中ではクーラーが稼働している音だけが響き渡り、俺は婆さんに上乗りされながら店の玄関から入って来た制服を着ている女子と目を合わせていた。