本田 語
その日、ある物語を見た。
それは僕が見てきた今までの物語に比べてあまりにも無難で、ありきたりな話だったけれど、僕にとってはそれはとても貴重で特別な物語だ。
その物語に出会ったのはほんの偶然で、たまたま見つけた古い本屋に何となく足を踏み入れて見つけた。
誰にも手を取られず、誰にも興味を示されなかったそれを、僕はただ何となく手を伸ばした。
その物語の題名は【MY STORY】。
世界でたった1つの僕の物語だ。
◇ ◆ ◇ ◆
スマホのアラーム音が聞こえ、僕は目を擦りながらアラームを止めた。
「ふぁ~・・・。 もうこんな時間か・・・。」
まだ寝ぼけている自分の頭を無理やり働かせトイレに向かう。
「・・・使用中。 はぁ。 顔洗ってくるか。」
洗面台に向かうとそこにもすでに先客が、二歳下の妹が何やら焦りながら髪の毛を整えている。
(こういう時は触らぬ神に祟りなし。 大人しく自室で制服に着替えておこう。)
トイレも洗面台も人が入っていた為、僕は結局何もできないまま自室に戻り制服に着替えることにした。
「え~と。 今日必要なものは国語とそれと・・・」
机の上に昨日用意していた教科書が揃っているか確認しながら制服に着替えている時に、スマホの履歴にメールが一件届いているのに気が付いた。
メールを確認すると宛先人に【MARUGAWA】と書かれており僕はまだ眠たかった頭がすぐに覚醒するほど緊張した。
MARUGAWAとは大阪にある漫画・アニメ・ラノベを中心に活動している会社であり、僕は昨日何度目になるかわからない自分が創作した小説を応募していた。
緊張した指を無理やり働かせてメールの内容の画面をタップした。
「結果は!!」
◇◆◇◆
時刻は昼になり学校でたくさんの生徒が腹を空かせて購買に向かっている者や教室で弁当を食べている者に分かれていた。
そんな賑やかな時間の学校に1人、購買に行くわけでも教室で弁当を食べているわけでもない男子生徒が一人いた。 その生徒は昼休み直後に校舎の一階にある図書室で机に顔をつけていた。
「お、いたいた。 お~いカタル~。」
カタルとは僕の名前だ。 本田語。 公立高校二年生だ。
そして僕の名前を呼んだのは同じクラスで一年生の頃から付き合いがある友人のである。
彼は普段もっと賑やかなメンバーの中心にいる人物なのだが、なぜか昼休みになると僕の所にきて一緒に食事をする。 彼は図書室だというのに周りを気にせず教室で呼ぶ感覚で僕を呼んだせいか、図書室を管理している先生に一目睨まれ頭を何度も下げながら僕が座ってる隣に来た。
「おいどうしたんだよカタル~。 今日は朝から元気ないじゃん。」
「・・・お前には関係ないだろ。」
「そんな寂しいこというなよ~。 ほらほら。 俺が聞いてやるから言ってみろって~。」
「近い。 抱きつくな。」
「ちぇ~。」
僕は小説を書いてある事を誰にも言ったことがない。 しかもジャンルがライトノベルだ。 こんな事学校の誰かに言えば僕のことをオタクなどなんなど馬鹿にしてくる連中が現れる可能性だってある。
現に今僕の隣にいる彼はそういう連中が集まる中の中心にいるメンバーだ。 なぜ僕みたいな存在感が薄いと自覚している僕にも近づいて話しかけてくるのか理解できない。
「ん? おいあれ。 三組の熊野じゃね?」
そう言って彼が指をさした場所には図書室の一番端に座っている生徒だ。 彼の名前は熊野友也。 色々な意味での有名人である。
その有名な理由の一つが外見の特徴だ。 彼とは一度も話したこともなければ挨拶もしたこともないが、彼はその風貌だけで周りを寄り付かせないオーラを持っている。 鋭い眼光に体系は夏用制服であるとはいえ服の上からでも鍛えられている筋肉が普通の僕とは比べられないほど大きい。 しかも髪型は短いが茶髪にピアスもしてるから第一印象が悪い。
有名なのはその風貌と喧嘩騒動だ。 あの風貌のせいでもあるのか熊野の喧嘩による噂は毎日絶えない。 昨日は別の高校性と、ある時は大人と、ある時はやばい組織の人間と喧嘩したなど色々だ。 さすがにやばい組織の人間との喧嘩は嘘だと思うが熊野の姿を見るとただの噂と言い切れない。
僕は隣にいる彼も苦手な人間だが彼のような別の世界の人間はもっと苦手だ。 絶対に関わりたくない。
「お~い熊野~! 何読んでんだ~?」
関わりたくないというのに彼はまるで当たり前のように熊野に話しかけにいった。 僕は極力存在を消して虫のように静かに息をした。
するとしばらく熊野と話していた彼がまるで笑いを堪える様な仕草で戻ってきた。 熊野を見るとまた読んでいた本を見ていた為こちらに来ることはないことを確認してまた隣に座った彼の顔を覗き見おる。
「どうかした?」
「いや・・熊野が今何の本読んでるかわかる?」
質問を質問で返されたが俺も実はそこには興味があった為考えることにしてみた。
熊野が持っている本は大きさからして小説の少し大きめの本だ。 しかし漫画コミックほど大きくもない。 なら無難に何らかの小説本、もしくは格闘技とかスポーツ本のどちらかと考えた。
僕は彼にそのどちらかと答えると彼はゆっくりと顔を横に振り僕に耳を傾けるように手で指示した。
「あれな。 熊野が見てるのラノベだよ。」
「・・・ウソ~。」
僕はつい思ったことが口に出ていた。 ラノベは最近では理解してくれる人が増えたが少し前まではラノベはオタクが読む本だと言われていた事もあった。
ただ最近はアニメの数も増え、アニメをたまたま見た人が続きが気になりラノベを買う人も増えた。 しかしそれでもあの熊野がラノベというジャンルを読むことが僕から見たらあまりにも不思議な光景に見えてしまった。
隣では何がそんなに面白いのか笑いを堪える事ができなくなり足をバタつかせて笑っている。
「熊野が・・熊野が意外にもオタクだった! これは良い情報を手に入れたぜ!」
その言葉に僕は彼に怒りを覚えた。 ラノベを見るのがそんなに可笑しいことなのか。 オタクだと何か悪いのか。 僕は彼に一言文句を言ってやろうと「おい。」と声をかけた時だった。
僕が声を変えたとほぼ同時に彼の肩に誰かがつかんだのだ。
彼も僕も後ろを見ると顔を引きつらせながら眼鏡を光らせている図書室の管理している先生が立っていた。
「貴方達・・五月蠅いから出ていきなさい!」
なんで僕まで・・。
まるで猫のように首をつかまれ追い出された僕はため息をはいて教室に戻ることにした。
「おいどこ行くんだよカタル~!」
「うるさいついてくるな。」
彼といては僕までトラブルに巻き込まれる。 一秒でも彼から離れることを最優先にして僕は早歩きで彼から距離を取ろうとした。 しかし彼はその後を金魚のようについてくる。
「おいおいつれないな~。 じゃあこれだけ! この用事だけお前に言えばすぐに別の場所行くから!」
そういわれてこのままついてこられても嫌だったので僕は足を止めた。
「・・んで? 用事って?」
「これこれ!」
僕が足を止めて話を聞いてくれたのがうれしかったのか彼は満面の笑みで一枚のチケットを手渡した。
「これは?」
「来週から俺たちも夏休み突入だろ? それで毎年行われている花火大会知ってるか?」
「あぁ。 あの大阪の花火大会?」
大阪の川で毎年行われるかなり大きな花火大会が開かれていた。 一度興味本位で小学生の頃に行ったことがあるがその時あまりに人が多すぎてそれ以降一度も行っていなかった。
「そうそう! その花火大会で俺が組んでるバンドがライブさせてもらうことになってるんだ!」
「へぇ~・・・ん?」
いや・・まさかと考えた時には遅かった。
「お前も来てくれよな! それ一枚で三人まで会場に入れるから! それじゃ! 俺の用事はすんだからこれでさらば!!」
「あっ! おいちょっと!」
僕の呼び止めなど耳も貸さず彼は颯爽と僕の目の前から行ってしまった。
「やってしまった・・・。」
僕は受け取ってしまったチケットを見て大きなため息を吐いた。