無人島でサバイバル
「いや~びっくりしたね」
「本当だよ」
萌ちゃんと菜々に言われて、もう一度頭を下げた。
「何故私が頭を下げなきゃいけないのか……納得はしていないけれど、海斗先輩がご迷惑をおかけしています」
私達は今、某モールの水着売り場に来ている。菜々と私の精一杯のお洒落なお店をチョイスしたつもりだが、萌ちゃんは別の意味で興味津々だったみたいだ。
「ここの複合施設は入ったことないんだよね!中はこんな風なんだ~広いねぇ」
「そ……そう?喜んでもらえて嬉しいよ」
菜々がキョロキョロとしている萌ちゃんに相槌を打っている。そうか……下々の者達、御用達のこの某モールもお嬢様方には入った事の無い物珍しい施設になるのか……。
「でも無人島か……私キャンプとかアウトドアってしたことないのよね……若干心配」
萌ちゃんがオフホワイトのビキニを体に当てながら溜め息をついている。
「私はまったく縁が無かったから、やばいわ~」
菜々もそう言って水着をあれこれ体に当てて鏡で見ている。実は私もなんだよね。
前世、元侯爵家令嬢の王太子妃で当然、野外活動などの経験は一切無し。現世は母子家庭から5人姉弟の子だくさん……はっきりいって、優雅にキャンプなんてしている時間なんて一切なかった。
「料理はどんなジャンルでもどんと来い!だけど、アウトドア?がそもそもよく分からないな~焚火してればいいの?」
と、私が聞くと菜々が笑顔を浮かべながら私に抱き付いて来た。
「そうだったぁ~うちには魔法の料理人麻里香シェフがいるんだった!」
魔法……と言われてドキッとした。まあ危険なことも無いでしょう……私も海斗先輩もいるしね。
用意周到な元旦那の栃澤 海斗先輩は、校外学習とか訳の分からない名目を打ち立てて篠崎家全員と更に菜々と萌ちゃんと花音ちゃんにも無人島旅行への参加の声掛けをしていた。
「花音ちゃんが田舎に帰る予定にしてなかったら一緒に行けたのにね~」
「ね~すごく残念がってたね」
花音ちゃんは田舎に里帰りの予定にしていて、不参加になった。田舎(アメリカ、コロラド)より無人島行きたいよ!と怒っていた。
「お土産買って来るねって、うっかり言ったらさ。無人島の砂とかはやめてよ、て言われた」
菜々もしかして、無人島の砂を本気でお土産にしようと思ってたのではないよね?
「そう言えば無人島ってどこの国?」
「フィリピンだって」
萌ちゃんに国を聞いても庶民にはどうもピンとこないな……雨とか大丈夫なんだろうか。
その後、3人で楽しく喋りながら水着を選んでなかなか良い感じの水着が買えた。
まあ、無人島は行ってからでもなんとかなるだろうし、今を楽しもう。
「萌ちゃん!フードコートって入ったことある?」
菜々が萌ちゃんを庶民の空腹を満たしてくれる魅惑のスペース、フードコートへ誘っていた。
「テレビで見たことあるよ。好きなテーブルで食べるの?セルフサービスなのね!」
萌ちゃん走り出してお店を見て回っている。楽しそうだ。小学生の子が初めて来たショッピングモールの反応みたいで微笑ましい。
「そういえば無人島って自給自足なのかな?」
「サバイバルみたいな?うわぁハードル高いわ……私真っ先に脱落しそう」
萌ちゃんが一通り店を見た後に私と菜々の所へ戻ってきて言った。
「栃澤先輩達がそんな危険はないようにしてくれているよ〜」
そう、達……。栃澤海斗と愉快な仲間達も何故か一緒だ。不安でしかない。あ、そうだ。日本人のフェイバリット食べ物、お米と醤油は持って行っておこう。これさえあれば白米醤油かけご飯が食べれる。実はご飯を炒めて醤油をかけただけでも美味しいのだ。
ああ、やだ。すっかり庶民生活にどっぷりと浸かってるよね。
「菜々〜私このラーメンが食べたい」
「私が頼んであげるから萌は座ってな!」
菜々がラーメン店のカウンターに注文しに行ってくれた。
「麻里香はなに食べるの?」
「チキンバーガーよ」
萌ちゃんをテーブルに座らせてから、私もハンバーガー店のカウンターに向かった。
私達、高校生も無人島旅行にテンション高めではあるが、もっと盛り上がっている一家がいた。
そう、篠崎家ご一行様だ。
真史お父さんは海外出張が多いので海外なんて珍しくないはずなのに、わざわざアウトドアの店に行って訳の分からないアウトドアグッズを買って来て、由佳ママに怒られていた。
「そんなお洒落なランプも寝袋もテントも要らないでしょう!コテージがあるって栃澤君も言ってたでしょう?返品してきて!」
怒られて翔真と悠真といい大人なはずの真史お父さんは3人で泣きながら、アウトドアの店に返品しに行っていた。
男の人って無人島とかサバイバルって興奮するみたいね。
「ママ、日焼け止め入れた?」
「入れた〜。サングラスも入れておきなさいよ。意外と眩しくって辛いからね」
普段のほほんとしている由佳ママだが、今回は本領を発揮している。そう、由佳ママは結婚する前は旅行代理店にお勤めしていたのだ。
醤油を持って行け……も、由佳ママの助言だった。
「滞在期間は1週間だけど、3日目辺りで和食が恋しくなるのよ」
なるほどね。ママの指示に従い、旅行の準備を進めていく。そういえば家族旅行なんて、私が赤ちゃんの時に行った信州が最初で最後ではないかな?
そう、元パパと行った最初で最後の旅行。その後は翔真と悠真が生まれて旅行なんて行っているお金も時間もなかったものね。
今は真史お父さんがいるし、翔真も私も大きくなって、ママ達のサポートが出来るしね。
私は楽しそうに準備をする家族を見てほっこりしていた。
と言う訳で連休の初日になりました。朝の7時に国際空港のターミナルに集合だった。テンションが高い篠崎一家はすでにターミナルロビーに集合している。
いや、あの……飛行機に乗る前からそんなに写真を撮ってどうするんだろうか?このロビーの椅子に座る翔真や悠真ってそんなに貴重な場面か?真史お父さんは盛んに写真を撮っている。
「真くん、向こうで電池切れとデータ不足になって写真撮れなくなるよ?」
由佳ママにピシャリと言われて真史お父さんは慌ててデータを削除している。まあ、電池の心配は大丈夫じゃない?ちょっとズルだけど私の雷魔法で充電は出来るのだ!どうだ、恐れ入ったか!
さて
萌ちゃんと菜々がやって来たので、女子達で固まって喋っていた。
「麻里香のお父さん渋いね!ママも可愛い!本当に5人の子持ち?」
菜々が両親を褒めちぎってくれるので、こそばゆい。
「麻里香、おはよう!」
遠くの方から嫌な声が聞こえる。
朝から呼び捨て……。
「おはようございます、栃澤先輩、旭谷先輩、邑岡先輩、玉田先輩、藤河先輩」
お金持ちオーラを出しながら……ロビーを闊歩してやって来た、元旦那とゆかいな仲間たちに丁寧に朝の挨拶をした。真史お父さんは海斗先輩とにこやかに挨拶を交わしている。
まあ折角の旅行なのだし、楽しく行きましょうか、よし!
「……で、なぜこの席順なのですか?」
「何がだ?」
恐ろしい事に今、私達が座っているのは個人所有のジェット機の中だ。何度でも言おう、栃澤 海斗の個人所有のジェット機の中だ。それはまあ、お金持ちなのね~で済ましておいても構わない、構わないのだが。
私は肘掛に置いた私の手に重ねられてきた手を、防御魔法で弾き飛ばした。
「どうして、あなたの隣に私がいるのですかっ……!」
「仕方ないだろう?篠崎一家をバラバラに座らせる訳にいかないしな」
だからって私だけどうして、海斗先輩の隣でしかも先頭の方の座席なのだ?
「そんなの決まってるじゃない?嫁と二人きりになりたいんだよ!」
海斗先輩を挟んだの向こうの座席から邑岡先輩が身を乗り出して笑っている。
「どこが二人きりですか!?海斗先輩を挟んで邑岡先輩もいらっしゃるでしょう?それに嫁嫁言わないで下さいっ!両親もいるし、父が怪訝な顔をしてこっちを窺ってますからっ!」
そう、こんな家族同伴の場で嫁嫁連呼されたら、由佳ママは寛容だけど、真史お父さんは絶対気にしてピリピリするはず……。勘弁して欲しい。
「案ずるな麻里香、全て予定調和だ」
「何だか小難しい言い方してますが、予定でもなければ未定でもありません!否定ですからっ!」
とか、すでに離陸前から言い合いで体力を消耗している気がする。
「ホラ離陸するから静かにしろよ」
あんたがそれ言うか?!
と、言いそうになったが飛行機が動き出したことで、一気に気持ちが引いた。何を隠そう、飛行機初体験である。こんな鉄の塊が空を飛ぶなんて恐ろしいの何物でもない……。
「魔法の箒の方が安全だと思うわ」
「雨の日だとずぶ濡れだけど?」
一々私の言葉を拾わなくていいのよっ!横の魔法使いを睨んでやる。
「わーっ!動いてるよ、兄ちゃん!」
「飛ぶよ!悠真~!」
「きゃ~~あぃ!」
嘘でしょう?私以外の篠崎家の子供達は大はしゃぎじゃない……怖くないの?あ、因みに一番下の和真は爆睡中だ。
ガタガタ……と揺れながら滑走路を動く飛行機……。何かに少し乗っかったのか、ガタンと大きく揺れる。地面でも怖いのに……これが飛ぶなんて……怖い。
「大丈夫だ、万が一でも落ちそうになったら俺が支えてやるよ」
私はそう囁いてきた隣の海斗先輩を見た。そう言えばこれも気になっていたのだけれど、立っている時はかなり見上げて海斗先輩の顔を見ていたけれど、座っている時は目線の高さそんなに変わらなくない?
私の胴が長いの?それとも海斗先輩の足が長いの?どっち?……考えると虚しくなるのでやめておこうか……。
海斗先輩が私の手を握ってきた。もう変態だとか言っている場合ではない。怖くて藁をも掴む思いでその手を握り返した。
相変わらずの心地よい魔力が私に流れ込んでくる。必死に目を瞑っていると横でまた囁くように語り掛けてくる。
「俺も子供の時に飛行機に初めて乗った時、怖くて堪らなかったよ……こんな大きなものが飛べるのか?目的地に着くまでいつか落ちるんじゃないか……と気が気じゃなかった」
そう言ってトントン……と優しく一定のリズムで手を叩いてくれる元旦那……。そうなんだよね……。ナキート殿下って私がザイードを妊娠中の時も夜、寝つきの悪い私のお世話してくれたり、気遣いの出来る男性なのよね。
中身はストーカーの変態だけど。
飛行機は急激にスピード上げて、体がグイッと上に持ち上がった。
「っひ……」
「大丈夫だ、もう上空だ」
え?もう?今飛んでるの?思わず飛行機の小窓を覗いてしまう。ひぇ?!航空写真のような景色が見えている。
「わーっ飛んだ!」
「すごーい!」
篠崎家から拍手喝采が起こっております……。私はまだ無邪気に笑えない……。
フライト時間は4時間少々かかった。しばらくすると飛行機の浮遊感?にも慣れてきて着く頃には外を見る余裕も出てきた。
「さあ~着いたぞ!」
緊張していたのか体の節々が痛い……。こっそりと治療魔法を使うと、横で「だっさ……」と鼻で笑われた。
「ダサくて悪かったですね!初めて飛行機に乗って緊張して体ががくがくしているんですよっ!」
「はいはい、喧嘩しない」
旭谷先輩が私と海斗先輩の間にサッと入って来た。よその国に来てまで嘲笑うって何事だよっ。
私は菜々と萌ちゃんの傍に走り寄った。
「おつかれぃ」
「4時間ごくろーであった」
「ホントだよっ!なんの罰ゲームだよ」
女子三人固まっていると、由佳ママが声をかけてきた。
「皆、日焼け止め今から塗っておいたほうがいいわよ」
「ママ流石だ」
「おおっ」
日焼け止めを塗っているとマイクロバスが到着した。これに乗って無人島の近くまで行って、船で無人島に接岸するみたい。
「海の孤島か……こりゃ名探偵が出てくる連続殺人事件が起こりそうな……」
「菜々の言う通りだね」
菜々と萌ちゃんが言っていたが、無人島にあるコテージはお洒落で可愛かった。
「殺人鬼が潜んでなさそうだね……」
「隠し部屋があるよ!きっと!」
と菜々は諦めずにコテージの探検をしていた。やっぱり人は潜んでいないらしい。
しかし人は潜んでいないけれど……
魔力の気配がする。無人島だからなのか、消費されない魔力がかなりの量漂っている。普段、都会で空中に飛散している魔力量よりもかなり多い。
もしかして高魔力保持者がこの島に居るの?
気になってウロウロと視線を彷徨わせていると、海斗先輩が横に立った。
「後で来い」
「御意」
それだけ言って立ち去っていく、元旦那。ああなんか一言で全部分かっちゃう自分が嫌だ……。
部屋割りは篠崎家全員が一室。菜々と萌ちゃんが一室。邑岡先輩と旭谷先輩が一室。玉田先輩と藤河先輩だ一室。旦那は一人部屋である。
この一人部屋に後で来い……ということなのだろうか?
あれ?ちょっと待てよ?
ストーカー加害者(元旦那)の部屋を被害者(私)が訪ねるって……どうなの?
取り敢えず夕食の時間になったので、コテージの食堂へ行った。今日はコテージの管理をしている会社から手配されたシェフが腕を振るってくれた。フィリピン料理って初めてだ、楽しみだね。
「でも明日から自炊なんだよね……。」
「大丈夫、萌ちゃん!私とママがいるから料理は任せて!」
自炊と聞いて心配そうな萌ちゃんに私とママが微笑みかけた。お嬢様の萌ちゃんには自炊なんて敷居が高そうだけど……さっき説明を聞いた感じでは、基本の食材は置いてあるから、最低限の食事は出せるという訳だ。真史お父さんとちびっ子達は海で素潜りをして魚を獲って食べる気満々だ。
そうそう意外なのが海斗先輩と翔真と悠真がすごく仲良くなっていることだった。あんな俺様(王様?)キャラで子供と遊んだり出来るものか?と怪しんでいたけれど、割と体を使って全力で子供達の相手をしてくれている。
「美味しかった!」
皆、地元のお料理に大満足だった。そうそう、各部屋にジェットバスもついているのよね~。しかも浴槽にキレイな花びらが浮いていた!ちびっ子達は大はしゃぎだった。真史お父さんのムービーや写真を撮るのに私達は何度もモデルや女優をしなければならなかった……忘れているかもしれないが、この花びらを明日掃除するのは私達だよ?
さて夜、篠崎家が寝静まってから海斗先輩の部屋へ行った。転移して部屋の近くまで行き、消音魔法をかけた。
「どうぞ」
部屋の前に立った瞬間、そう声をかけられてゆっくりとドアを開けた。
変態は全裸だった。
厳密に言うと腰にタオルを巻いてはいたが、ほぼ全裸だった。
思いっきり叫んだが……幸か不幸か消音魔法をかけていたせいで、無音の絶叫になった。
「どういうつもりですか⁈来客があることはご存じだったでしょう!何故裸なのですか!」
海斗先輩は腰タオルのまま、ベッドに腰かけた!おぃっ!見えてる見えてるよぉ!
「俺の裸ごときで何故騒ぐんだよ、散々見てるだろう?」
「人を痴女のように言わないで下さいっ!見たって言ったって前世のナキート殿下の時でしょう?!」
今、コンニチハして見えていることには触れずに、あくまでも過去の事だと強調しておいた。
私が騒いだので、一応下にスウェットを履いてきた海斗先輩は私をベランダに誘った。
外に出て見たら満天の星空だった。これは綺麗だ、そして空気も綺麗だ。肺一杯に空気を吸い込む。しかしやはり魔力の気配を感じる……。海じゃなく山の方からだ。
「山側の方に魔力を感じるな……」
「そうですね」
「お前はどう見る?」
海斗先輩は腕を組んでニヤニヤしている。何だか問題を出されているみたいね……えっと。
「山の向こう側に高魔力保持者がいる……と思います」
「ここは無人島だぞ?人間はこのコテージの中だけだ」
人間は……?ま、まさか……。
「魔力を持った……獣、魔獣ですか?ここ異世界ですよ?魔獣なんてそんな……」
「麻里香はティナの時に魔学の勉強はしたか?」
「はい、勿論」
「では魔獣と魔物……どういう生態かは知っているよな?」
魔獣と魔物……。
魔獣は魔素を浴びたり吸い込んだり魔水などに長時間浸ったりして、鳥や生き物が魔の眷属に変異するもの。
魔物は魔素の塊から生み出されてくる、正に魔から生まれたもの。魔物の特徴は生き物に憑依し宿主である生き物の魔力を吸い尽くせば、別の生き物に憑依を繰り返すのだ。
「魔に変異したものがいる?」
「もしくは魔物がいるかもしれない。魔力が溜まる所には魔も発生する……世界変わろうともだ」
魔物……!
「今まで無人島だったが故に外に行かずにこの島に留め置かれていた……たまたまだがな。もし憑依する魔物がいるのならば、俺たち以外の皆が危険だ」
「で、殿下……っ」
海斗先輩は私の肩をポンポンと優しく撫でてくれる。
「大丈夫だ、俺を誰だと思っている。これでも元モッテガタード王国一の剣士だぞ?」
「で、ですが……体は異世界人です。前と同じように戦えないのでは……」
心配になりそういい募ると、海斗先輩は肩を叩いていた手を私の頭に持ってくると頭を何度も撫でてくれた。
「だったらな、前は害獣退治はティナは来なくていい……って言ったけど今度は……今回の退治は麻里香も来るか?サポートしてくれると助かる」
サポート……聞こえはいいが害獣退治に随行するということだ。だが、魔獣か魔物か分からない何かがいるのは確かだ。もし……その魔の眷属がコテージの近くに来たら?
弟達や両親に襲い掛かったら?そう思ったらゾッとした。
「分かりました、私も随行致します!」
何だか勢いで返事をしてしまったけど、よかったのだろうか……。