魅惑のケーキ
12/29一部表現を変えております。誤字報告ありがとうございます。
私は元ナキート=モッテガタード王太子殿下、栃澤 海斗に対する態度を軟化させた。
菜々、萌ちゃん、花音ちゃん達に不思議がられたけど理由を言えば納得してくれた。
彼はいずれ飽きるだろう……今は私が物珍しくて構っているだけだろう……と。
「おはよう!嫁」
「おはようございます、海斗先輩」
朝はシュアリリス学園こっち、の看板の前で海斗先輩と待ち合わせる。海斗先輩という呼び名もお互いの妥協点をすり合わせた結果の呼び方だ。呼び捨てはダメだ、先輩後輩という秩序がある年代だ!……とか叫んで勝ち取った呼び名だ。
「はい、お弁当です。おはぎも作ってあります」
「おおっ麻里香のおはぎは美味いよな」
自然と私を歩道側にエスコートする海斗先輩。骨身……じゃなかった、魂に刻まれてるのかな~紳士の立ち振る舞いがね。
「明日はパン屋でアルバイトだな。夜は迎えに行くからな」
「はい、ありがとうございます」
以前ならムキになって怒っていたけど、もう海斗先輩の好きにさせることにした。いずれ飽きる……そう思っている。
そして今世でも改めて思っていることが、海斗先輩と会話をしていると日に日にしっくりと熟年夫婦のような安心感が生まれてくるのだ。
前の世でもそうだった。好みが似ているのだ、波長が合うというのはこういうことを言うのか……とつくづく思う。毎日のちょっとしたことを話し合いながらゆっくりと坂を登る。
「5月の連休はどうするんだ?」
「バイトです」
「お前……」
海斗先輩が残念そうな顔で私を見ていた。あ、そうかどこかへ誘いたかったのかな?
「先輩はどこかに行く予定なのですか?」
「ああ、無人島だな!」
「ムジントー……。へぇ……」
無人島……貧乏人には関係ない場所だな。そもそもその無人島に行くまでの旅費を考えてもみなさいよ、贅沢過ぎる。
この時に、その話をしている時の栃澤 海斗の怪しい魔力の動きをもう少し注意深く確認しておけば良かったと後ほど後悔するのだが……それが分かるのはもう少し先だった。
「では放課後な」
「失礼致します」
静かに頭を下げて『後輩兼元嫁』の仮面を外すと、1-Sクラスに入って行った。
「おはよう~」
「嫁っおはよ!」
「奥様っ今日も旦那同伴で、いいっすね!」
男子生徒から冷やかされる……。くっ……。覚えてろよ。
「おはよっ!」
「おはよ~」
菜々と萌ちゃんと花音ちゃんに挨拶をした。花音ちゃんが何かチラシを鞄から出してきた。
「駅前で配ってたの、新OPENだって」
「ケーキ店?カフェも併設だって」
「このパイ美味しそう~」
「今日行こうか?」
菜々がそう声をかけると皆にんまりと微笑んでいた。あ、そうだ。私がスマホを取り出してメッセージを入力していると
「旦那に連絡?今日は飲んで帰ります……おかずは冷蔵庫に入ってます。温めて食べてね……これだな!」
花音ちゃん、相変わらず想像力豊かだな~。すごいっけど、近い惜しいっ。
「正解は、本日友達と寄り道しますので、今日はお迎えはご遠慮下さい……です!」
「麻里香冷たっ……文面に愛がないよぉ~」
愛ってどんな文面なの?萌ちゃん……。と、萌ちゃんに話しかけようとしたら、目の前に強風が吹いて来た。
「やだーっ!窓閉めてよ!」
「髪が乱れる~」
とか悲鳴が上がって強風の中、目を開けてると……怖い顔の栃澤 海斗が私の前に立っていた。
「友達って誰だ……?」
また魔法を使ってるな?周りの皆には栃澤 海斗が見えないらしい。
「花音ちゃん、その新OPENのケーキ店のチラシ、見せて~」
私はチラシをわざと机に置いて海斗先輩に見えるようにひらげた。
「あ、これ先着順の特別セットとかあるよ?今日は学校終わったらダッシュだね!」
殊更はっきりした言葉で海斗先輩に聞こえるように言うと、海斗先輩は渋い顔をしたものの一度頷いて……消えた。
粘着質だな……。束縛夫まっしぐらじゃない……おぉ……怖っ。まあ私は嫁じゃないし関係ないけどね。
さて女子4人で萌ちゃん家のおべんつさぁん(送迎)で優雅に駅前に着くと、新OPENのケーキ店に直行した。
「うわ……並んでる」
「仕方ないよ、今日OPENだもんね」
とか菜々に言われて店内に目をやった時にショーケースの周りが歪んで見えた。
これは……魔力の歪みだ。魔法……?誰が発動しているの?……周りを警戒しながらも自分達の番が来た。店内に入り客に目を光らせた後、ショーケースを診る……違う。ショーケースに魔法がかかっているんじゃない。ケーキに魔法がかかっているんだわ。
「どれにする~?麻里香はパイ?」
「あ、あ……うん。ミックスベリータルトかな~」
慌てて答えて、皆が注文を終わりテーブルに持っていくセルフスタイルだ。
う~ん、やっぱり皆の頼んだイチゴショート、ガトーショコラ、モンブラン それぞれに魔法がかかっている。
「写真撮っかな~」
「おおっ私も!」
萌ちゃんと菜々が撮りだしたので、私も思いついて自分のミックスベリータルトの写メを撮って、悩んだけれど写真と共にメッセージを栃澤 海斗に送った。
『このケーキ、魅了魔法がかかっているように診えませんか?』と……。
すぐに返事が来た。
『かかっている。魅了だからケーキに魅了されるだけ……だとは思うが念の為に店内全域の解術をしておけ。』
『賜りました。』
私は解術魔法を店全体にかけた。フワリ……と解術が広がるが特に変わった所は無い。
魅了魔法とは……読んで字の如く術をかけた相手を魅了する魔法だ。主に異性を誘惑したりすることが目的で使用されるケースが多い。簡単な術で発動するが、術をかけたい相手が高魔力保持者だと見破られるし、効かないことも多いらしい。
「今、旦那にメッセージ送ってた?」
「ほら、どこに行っているとか気にするんじゃない?何と言ってもストーカーだからさ」
スマホを見詰める私に菜々がそう聞いてきたが、花音ちゃんがバッサリと海斗先輩をストーカー扱いしていた。そりゃそうだ、ストーカーなのは間違いないからね。
私もタルトを頂く。ふむ……まあまあね……。まあ自分で作ったタルトも美味しいと思うけど~と心の中で自画自賛をしておいた。
「美味しいね」
「そうだね~」
周りのお客さん達も、まあ大絶賛という訳ではなさそうだけど、駅前のカフェとしてはなかなか好評のようだ。
私はパイを食べながら少し周りを見回した。他に不審な点がないか確認だ……。
フト、厨房の向こうからパティシェらしきお姉さんが店内を見ているのに気が付いた。そのお姉さんは潜在魔力量は割とあるようだ。魔質から診えるのは不安と心配。そのお姉さんと目が合いそうになったので慌てて目線を下げた。
パティシェとケーキ……。あのお姉さんが魅了の魔法を使っている。自分のケーキを魅了する為に?
その日の夜
栃澤 海斗からメッセージで、今から家に行ってもいいか?と聞かれたので、どうぞ……と答えるといきなり転移魔法で部屋の中に現れた。
「じょ……常識を考えて下さい!レディの部屋ですよ!」
「今更、夫婦だろ?」
「夫婦じゃありません!」
「麻里香?どうしたの?呼んだ?」
階下から由佳ママの声がした。急いで「何でも無ーい。」と答えてから部屋に消音魔法をかけた。
振り向くと栃澤 海斗は、私のベッドに堂々と腰かけている。くそぉ……。
「今日、写真を送ってきたあのケーキ店……その後どうだった?」
何だ、真面目な話か……。
「はい指示どおり解術しておきました。ケーキに魅了魔法がかかっているということでパティシェを確認した所、潜在魔力量は多めでした。魔質は精神的に少し不安定な感じを受けました。」
栃澤 海斗はキョトンとした後に、クックックッ……と忍び笑いをした。
「何がおかしいのですか?」
「いやぁ~忘れてた。ティナは仕事が出来る王太子妃だったということを……。優秀過ぎて堪らんな~ああ、あっちにいる時に軍属にして事務方の手伝いもしてもらったらよかったな。」
私は元軍人の現高校生を睨んだ。
「何を言うかと思えば……王太子妃の公務と実家の化粧品の事業、それに加えて軍部の仕事までしていたら私、過労で倒れてましたよ」
「そりゃそうか……。それはそうと、お前は魔術式は直感型だな?」
「あ、はいそうです。殿下は思考型ですよね?」
「うん、因みにザイードは魔質はお前寄りだったので、直感型なうえに魔力量が国一番で赤ん坊の時は大変だったぞ」
「それは……息子がすみませんでした」
何故か謝ってしまったが……『直感型』と『思考型』。魔術式を展開する時に必要なものは魔力と術式だ。頭の中で完成して発動するイメージをして術を作るのが『直感型』。記憶している術式を頭の中で思い出してから発動するのが『思考型』。
直感型はイメージのみで発動するので術の完成度が不安定だ。その反面、新術や、とんでもない高位魔術を直感で生み出せるメリットもある。
思考型は記憶している術式しか発動は出来ないが完成度は高い。まず不発になることはない。その反面新術を独自で生み出しにくく、術の幅が限られてくるというデメリットもある。
栃澤 海斗はうん……と言いながら一度目を瞑ってから話し出した。
「こちらの世界には魔力があるよな?しかし魔力は漂うだけで使われてはいない。麻里香はそう思っているかもしれないが、俺はこう思う。こちらの世界の魔術師はすべて直感型だと」
「すべて直感型……」
「術式を知らなくてもイメージで魔法を作り出せる。こうなればいいな、こういう風にしてしまいたい。それが術になり発動してしまう。一つ例を出そうか……」
私は緊張しながら頷いた。
「毎日客の待ち時間が1時間以上の人気のラーメン店がある。並んで食べてみた……が自分の好みじゃないのか、そこまで美味しく思えない。しかし他の客は大絶賛だ。自分と同じようにそこまで美味しくない……と言う人も中にはいる。これは普通なら只の好みの問題で片付けてしまえるものだが、そのラーメンに魅了魔法がかかっているとしたらどうだ?」
私はハッとした。
「魔力抵抗値の低い方は魅了魔法にかかる。魔力抵抗値……高魔力保持者は魅了魔法にかからない」
私が答えると栃澤 海斗はニンマリと微笑んだ。
「まあ全部が全部そうだとは限らないが、不可思議な現象の何割かは『直感型』の連中が起こした魔術が原因だと思われるな」
私はなんとなく原因が分かってスッキリとしたものの、納得がいかない。
「それだと……魔法を使っているお店……今回はケーキ店ですが、他のお店より有利になりません?」
「なるな、本来の味以上に評価されてしまうしな」
栃澤 海斗は立ち上がって私の前に立つと私の頭を撫でた。
「ここの世界の人間は気が付かない。まあ稀に感知能力の高い人間もいるから、怪しまれるとは思うがな。麻里香がフェアじゃない……と思うなら使えないように手を打つことも可能だがな。」
「どうするんですか?」
「今回のケーキ店の場合はショーケースの庫内に解術魔法を定着させておいて、ショーケースにケーキを入れる度に魅了魔法を無効化してしまう……というやり方も出来るな。ただ、俺が心配するのは魅了魔法が効き過ぎてしまって、ケーキを食べることに対する中毒化が起こるのでは……ということだな」
中毒……そうか、あちらの世界でも魅了され過ぎて廃人化……って事件があったわね。
「こちらの世界の住人は無意識に魔術を発動しているようだからな……そこが恐ろしい所なんだが……。どうする?」
「もう少し様子を見てもいいですか?」
私がそう言うと栃澤 海斗は優しく微笑んだ後、サッと私のおでこにキスをして転移魔法で……消えた!
「!」
やられた……油断していた!相手はストーカーだった。乙女の純潔を奪われた!ちょっと大げさだけど。
私は悔しくて窓辺に走り込むと異世界に向かって祈った。
「ザイードザイード!あんたのお父さんに向かって雷魔法を当てちゃって!ビリリと来るくらい大きいの当てちゃって!」
次の日
登校して看板の前で栃澤 海斗を待つ。すると私の前におあうでぃさんが静かに停車した。
「やあ!嫁ちゃんおはよ~今日もふてぶてしいくらい元気そうだね!」
車の窓がウィィィ~と開くと、栃澤 海斗と愉快な仲間たちの一人、旭谷 祥吾先輩がそう言って笑っていた。この人は着物が似合いそうなイケメンだ。
「おはようございます、旭谷先輩」
頭を下げて朝のご挨拶をすると、旭谷先輩は軽やかに車から降りて来て、運転手の方に今日はここでいいよ~と言って私の横に立った。
「嫁ちゃんはその辺にいるお嬢様より、お嬢様が板についているね」
一瞬ギクッとしたけれどすぐに平静を装って、ニッコリと微笑んでみせた。
「礼儀正しくするようにと、母から教えられているだけです」
「ふーん。そう、ふ〜ん」
絡みづらい……。
「海斗が運命の女がいる!とか言って隠し撮り写真を中等部の時から撮ってきては、見せびらかして騒いでいたから……俺は写真とはいえ嫁ちゃんに面識はあるんだけど、逆に嫁ちゃんは初対面の頃から俺らに対して全然動じてないよね?」
絡みづらい先輩だな、とは思ったよ……。しかしちょっと待てよ?また聞き捨てならないワードが出てきたよ?
「中等部の頃から隠し撮り?」
私が眉をあげると旭谷先輩は、あ~と言いながら目線を彷徨わせた。その時にちょうど栃澤 海斗がおべんつさぁんから降りてやって来た。
「おおっ嫁っ、祥吾!おはよう……。おいっ祥吾?何故走って逃げるんだ?」
旭谷先輩は猛ダッシュで逃げ出した。坂を一気に駆け上っているのをみると運動神経は良さそうだ。
「何だって言うんだ?なあ?」
キョトンとした元旦那の表情が余計に私の神経を逆撫でする。
「後で話があります……」
私がそう言うと重度の性犯罪者予備軍の男は、流石に顔を引きつらせていた。
海斗先輩と2人、無言で坂を登りきり、これまた無言で海斗先輩と別れ、Sクラスに入ると菜々達が手を振っていた。
「おはよ~昨日のケーキ店のSNSの反響見た?」
花音ちゃんがスマホの画面を見せてくれる。
そこには昨日行ったケーキ店の食レポのような感想が沢山書き込まれていた。
「神の味だった……頬っぺた落ちそう、ヤバい。……今日も食べに行きたい。思い出すだけで涎出る……。だ……大絶賛だね」
今日食べに行きたいという書き込みを見て焦った……もしかして魅了されている……のだろうか?
「すごいね……」
と褒めてはいるんだけど、萌ちゃんの魔質は困惑している。花音ちゃんも少し小首を傾げている。
「そんなに神とかいう味だったかな~?私は普通かな~?」
と、菜々がズバッとはっきり言った。その発言を聞いた時に明らか萌ちゃんと花音ちゃんがホッと安堵したのが分かった。
「そ、そうだよね……なんか神がかって絶賛って……大袈裟だよね?」
「上げコメントばかりだと、逆に怪しいね」
菜々はちょっと困ったような顔をして私を見た。
「てかさ、ここまで皆が美味しい美味しいって言ってると普通だよ?て言い難くなるね。褒めなきゃ、否定して悪者みたいだし、自分の味覚がおかしいのかって気になっちゃうしね、はは……。」
菜々の言葉を聞いてゾッとした。そうだ、本当に真実を見たり聞いたり味わったりした人が、間違っていると……思い込んだり少数意見だから違うだろうと、言われたり……つまりは偽造を見せつけられてそれを、偽物だと言えなくなることが……一番いけないことだったんだ。
真実を誤魔化して傷つくのは何も術者本人じゃない……騙された人も見抜いた人も……嘘に付き合ってあげなきゃいけなくなった人も……皆傷つくんだ。
私はその日パン屋のバイト終わりに迎えにきた海斗先輩に、SNSの絶賛コメントの話をしてから自分の見解を言った。
ゆっくりと商店街を歩きながら先輩は黙って相槌を打ってくれていた。
「俺は昨日、麻里香が魅了魔法の事は様子見する……と言ったことには賛成だ。それは俺が魔法を使える魔術師だからだ。魔法は俺がすでに会得している技術であって己の才能の一部……だと解釈している。俺が自分のことや周りに影響の出る魔術を使って便利に生活しているのに、他の人間が魔法を使うことを断罪するのはおかしいと思う」
「はい……」
「だがな、これは俺の見解であって麻里香は麻里香で違う意見でも構わない。確かに大絶賛されていると複雑な気持ちになると思う。だがな、俺はあのケーキを作っているパティシエが一番違和感を覚えているんじゃないかと思うんだ。いや……違和感を覚えて欲しいの間違いかな?やっぱり魔法だって万能じゃないからな……いつかは魔力が切れて、直感型の術なら不安定だからそれこそ明日にでも術が使えなくなるかもしれない。なんにせよ、いずれ魔法の効果は薄れ真実が残るものだよ」
何だか格好良い。とても中学生の時から盗撮行為をしていた人と同一人物とは思えない。
そうか腐ってもこの人は元王太子殿下で、元国王陛下で取り敢えず、孫もいる老成された人生の先輩だった。
「分かりました。やっぱりこのまま見守ることにします。それとは別にお伝えしたいことがあります。旭谷先輩から海斗先輩は数年前から私の盗撮行為をしていたとの証言を頂いたのですが、それは真実ですか?」
海斗先輩は暗い夜道の中、自身の魔質の輝きをハザードランプのように点滅させた。激しく動揺しているようだ。
「しゃ……しゃ……写真は……俺の集めたものであって、全て俺のものだぁ!」
私は目を細めて目の前の老成した大馬鹿野郎を見詰めた。
「それは肖像権の侵害に値します。速やかに素早く写真の処分及び返却を要求致します」
「断る!」
「穏便に済ませたいならば今ここで謝罪して頂けるのなら許すこともやぶさかではないですよ?」
「嫌だ!」
「では、最終手段に出ることにします。旭谷先輩に脅は……コホン、ご協力頂いて海斗先輩の私室に立入捜査、ガサ入れをさせて頂くことにします。拒否権なんてありませんよ?」
海斗先輩は顔色を真っ青にしている。膿は徹底的出さねば……。悪は根元から断つ!これだな。