嫁、元旦那と遭遇
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見られている…。
思わず携帯電話を見る為に立ちどまったフリをして画面越しに自分の後ろを見る。
誰もいない…。でも確かに見られている。フト、斜め前にあるコンビニの防犯カメラを見てしまう。あのカメラの中?電子機器と魔力も案外相性が良いみたいで、機械を媒体に魔力を使うことも出来るのだ。
もしかして町中の防犯カメラで見張っている?
心当たりはない。もし同じ世界から来た異世界人なら何もこんな回りくどい監視?をしなくても正々堂々会いにくればいいだけだ。どういうつもりだ?
いけないこんなこと考えている場合じゃない。
頭を振って歩き始めるとヒラリと桜の花びらが飛んで来た。
そう私、篠崎麻里香15才は今日から高校一年生です。
真史お父さんの強い希望で私学の制服の可愛い、奨学金制度があって、アルバイト可の超お金持ち学校に無事進学することが出来ました!
まあお金持ちの方々とは、そもそもクラスが違うのでまず接することは無い…と思われる。
私は特待生と成績優秀者が在籍するSクラスになった。お金持ちの方々はA~Eクラスだ。校舎もスポーツ特待クラスと一緒の別棟になる。
個人的に嫌な思いをした前世で遭遇していた令嬢達からのマウンティングも遠く離れた別世界の事なので…今世では大丈夫なはずだ。お金持ちと聞くだけであの赤リップのサザービンス伯爵令嬢を思い出して気鬱になる。もう居ない!あんなのはこの世界に居ない!
「よしっ!」
シュアリリス学園こっちと書かれた看板に従い、緩い坂を上がって行く。私の横をおべんつさんやおあうでぃさんが走り抜けていく。通学の車かな?
今日の入学式は両親は後から来る予定だ。ちいさい子がいるのでばあちゃま達に預けたり…と忙しそうだった。
さて坂を登っていると、中腹辺りで私は気が付いた。この道のずっと先に…ものすごい魔力を感じる。
何?ていうか誰?私は気が付いた。この頃ずっと監視していたあの追跡魔法の魔術師…。
間違いない!その術者がこの先にいる。どうしようか?逃げる…?馬鹿な…こちらは何も悪いことなどしていない。
よしっ深呼吸した。
気合いを入れて足を踏み込んだが…
数歩進んだ後に私は気が付いてしまった…この魔力。どう考えてもあの人だ…。嘘でしょう?ここ異世界よ?進もうとする足の運びが鈍くなる。どうしたらいいの…。今更会うなんて想像もしていなかった。
あ、そうだ!よくよく考えれば私の顔は知らないよね?だったら私には気が付かない。だって私、今はどうみても平べったい顔だもんね。
私はそう思い直すと意気揚々と坂を登りきった。
しかし何となく気まずいのは確かだ。冷や汗が出る。多分あの人は門の辺りに居る…はず。
下を向いて高速移動、これにしよう。私は下を向いて足早に門を潜ろうとした。
するとだれかが私の前に立ち塞がった。顔上げると背が高く、顔は鼻筋の通ったすっきりとしたイケメンな男の人が私の前に立っていた。
その男の人は突然
「おいっ嫁!随分久しぶりだな!」
と声をかけてきた。目を疑った。この魔質…先程から感じている大きな魔力の持ち主。
そして顔は違うけど間違いなく本当に間違いなく、ナキート=モッテガタード王太子殿下だ。
やっぱり殿下だった…。
びっくりして固まっていると殿下は、爽やかな朝の空気の中大きな声で叫んだ。
「前は言ったこと無かったと思ってな!会ったら絶対言おうと思っていたんだ!愛してるぞ!ずっと愛してるからな!分かったか!」
なんだって?
聞き慣れない言葉が並べられたようだが、早すぎて聞き取れなかった。
私が尚も固まっているとナキート殿下(?)は私の前で両手を広げた。
「さあ、愛しい旦那の胸に飛び込んで来い!」
あれ?
あのさ…私の知っているナキート殿下ってさ、こうもっとシュッとしているというかさ…。キリッとしててさ、こんな馬鹿丸出しな感じじゃなかったんだけどさ。
ちょっと後ろに下がってナキート殿下(偽物?)の全身の魔質を診てみる。
悲しいけれどどう診てもナキート=モッテガタード殿下の魔質だった。そしてもっと悲しいことに、目の前の若干日本人離れした美貌の持ち主、同じ制服を着ていることから察するにこの年の近い男の子は、私と同じ前世の記憶持ちのようだった。
しかしさっきの台詞、愛して…え?何言ってんのこの人?
怖いからスルーしよう。
両手を広げたおかしい人の横を、私は無言で通り抜けてそのまま校舎に向かう。
しかしナキート殿下っぽい男の人は素早い動きで体を返すと私の横にぴったりとくっついて来た。
「おいっ無視するなよ、嫁!」
「人違いです」
「そんな訳あるか…。篠崎麻里香だろ?」
私は立ちどまって隣でキョトンとした顔でこちらを見ている背の高い男を見上げた。
「どうして私の名前をご存じなのですか?」
嫌な予感がする。
「だって追尾魔法でずっと追いかけてたからな!」
やっぱり!
「それはストーカーですね?そうですよね?二度としないで下さい。失礼します」
こいつがあの追尾魔法の魔術師か!元旦那がストーキングするなんて!異世界に来てまで元王太子殿下のストーカーがいるなんて信じられない。
結構な速度で移動しているのにぴったりと後…しかも半歩後ろについて来る元旦那っぽいストーカー。
「おい、嫁」
「嫁じゃありません!」
「ティナ」
体が震えた。足を止めてゆっくりと後ろの男を見た。満足気に私を見ているこの表情…してやったり、と自分の意見が通った時の得意げな顔…。本当に、殿下なの?
「どういう…つもりですか?」
「何が?」
「ここ、異世界ですよ?」
「みたいだな」
ナキート殿下はゆっくりと近づいて来ると腰に手を当ててニヤリと笑った。
「お前は俺から逃げられん。諦めてここでも俺の嫁になれ」
嘘でしょう?本気なの?だって…だって…愛は無いのでしょう?どうして…。
「ストーカーですぅ…それ…」
私は顔を伏せた。泣きそうだ…何が何だかわからない。伏せた視界の先に革靴の先が見える。頭にナキート殿下の手のぬくもりと魔力を感じる。
懐かしい殿下の魔力だ…視界が霞む。涙が零れそうになった時
「ひぇ~本当にその子が海斗の想い人?」
「本当に言ってた通りだな、高校の入学式に会えるって」
「毎日ニヤニヤして見てた写真の子?」
「ほんとだー本物だ!」
声がしてギョッとして顔上げた所に、キラキラ眩しい魔力を放つイケメンズの背の高い四人が居る。イケメンズに囲まれていたものの聞き捨てならない言葉が耳に入って来た。
「写真~?」
ジロリと元ナキート殿下を見た。私と目が合うとあきらかに狼狽えたように顔を逸らした。
「馬鹿っもう…あっち行けよ。麻里香がびびってんだろ!?」
ちょおいこら、麻里香だと?呼び捨てかい?
「今チラリと耳に入りましたが、写真とはどういうことでしょう?私、あなたとは初対面ですよね?」
足に力を入れながら同時に魔力を練る。元ナキート殿下は益々慌てている。
「盗撮ですか…尾行もしていますし、もはや何の疑いも無くストーカーですね…」
私はナキート殿下にではなく、ナキート殿下の影に向かって魔法を放った。甘いわよ、ナキート殿下!自分には魔物理防御を纏っているけれど、影はがら空きよ!
「ん、なぁ!?まさか…!」
「日向で怯えて眠れ!」
私の魔法は綺麗に元ナキート殿下の影の中に吸い込まれていった。
私達の謎の動きに4人のイケメンズはキョトンとしてる。
「今何を使った?」
「誰が教えるもんですか。御機嫌よう~」
私は元ナキート殿下とイケメンズを置いて自分の所属するSクラスの教室に向かった。
何だって言うんだ…。頭が現状に追いついて行かない。
「あの子…」
「海斗様の…」
声が自分に向けられてきてギクッとして思わず足を止めた。昔向けられたあの魔力と同じ…嫉妬と怒り…。サザービンス伯爵令嬢のねっとりとした声を思い出す。
分かってる…分かっているから!
Sクラスに入るとチラチラと目線を向けられる。先程の校門でのやり取りを見られていたのだろう。イヤだな…もしかしてまた令嬢(女子生徒)に呼び出されて何か言われるんだろうか。
机の貼ってある自分の名前の所に座ると、後ろの席の女の子に声をかけられた。
「ね~見てたよ。すごく強烈な人だったね。あ、私~須藤 菜々宜しくね!」
そう言って大きな目を輝かせて私を見ている須藤さんは綺麗な魔質だ。思わず笑顔になる。
「私、篠崎麻里香、宜しくね。あの…あの人有名な人なの?」
「ええ?知らないの?」
と私の横に座っている男子生徒がこちらを見てきた。
「栃澤 海斗さん。一つ上の二年のSクラス在籍。あの化粧品と健康食品のTZoneの御曹司だよ。お金も持ってて頭も良い。その海斗先輩の『嫁』なの?篠崎さん?」
私は思わず隣の男子生徒に胡乱な目を向けてしまった。
「あれは何かあちらが勘違いされているようで、私は初対面です。あ、初めまして篠崎麻里香です」
私が棒読みでそう答えると、隣の男子はニカッと笑ってくれた。彼も綺麗な魔質だ。
「嫁、嫁!すごかったな~笠松諒一です。宜しくぅ」
と自己紹介をしていると教室の扉が開いて、噂の栃澤 海斗(元旦那)が走り込んで来て、私の机の前に立った。
「おい、嫁。今日の昼からは空けておけ。話がある」
「こちらは一年の教室ですよ。先輩はお引き取下さいませ」
バシッと魔力のぶつかり合いがあった。勿論私達以外は気が付かない。
「どういうつもりだ、嫁」
「私はあなたの嫁ではありません」
「あれは影縫いじゃないか!お蔭で暫く廊下に足止めを食らったぞ!」
暫くね。一日中廊下に立ち尽くさせてやろうと思って魔力を練ったけど、すぐに解術されたか…。
「おーい新入生は廊下に出ろ~こら、栃澤お前何やっているんだ。嫁とか愛しているとか叫んでたって女子達が戦々恐々していたけど、大丈夫か?」
先生かな?がそう声をかけると海斗先輩とやらはサッと教室の戸口に移動すると
「問題ないです。愛しているのも嫁なのも事実ですから。じゃ後でな、麻里香」
「ちょ…ちょっと!」
私が何か言う前に元旦那は教室を出て行った。
ど、どういう事だよっ!?
先生はポカンとした後にゆっくりと私を見て
「んじゃあ…嫁さんも廊下に出てくれます?」
と言った。
嫁じゃねえよっ!
それでなくても若干、あくまで若干だが私が嫁だと勘違いされそうになっているのに…
「あ、海斗の嫁が来たよ!」
「嫁ちゃん宜しく~2-Bの旭谷 祥吾。宜しくね!はい、入学お・め・で・と」
ちょっと、どういうことよ。元旦那と愉快な仲間たちの内の2人が講堂の入り口で新入生の胸に付けるリボンと新入生の心得のパンフ渡してるなんて…。また周りからヒソヒソと噂されてしまってるじゃないかっ。
「喋りかけないで下さい…悪目立ちしますのでっ…」
「朝あれだけ、愛を叫ばれてるほうが目立ってるっての!」
「私のせいじゃありませんっ!」
大声で反論してしまって、本格的に悪目立ちしてしまったので、急いで講堂の中に入るとSクラスの貼り紙が貼ってあるパイプ椅子に座った。
須藤さんがゆったりと私の隣に座った。
「また嫁、嫁って言ってたね。なんだか押しの強い先輩達ね~」
「押そうが引こうが…困ることには変わらないわ…。ホントなんだろうあれ」
「篠崎、旦那居るぜ~」
「旦那じゃない!」
笠松君をキッと睨んでから、斜め前辺りを見ると、あの阿呆(元旦那)がこっちを見て手を振っていた。
「うっわ…視力良いんだね…よく分かるねここにいるの」
「須藤さん無視しときなよ…」
「菜々って呼んでよ~私も麻里香って呼ぶから!」
「分かった、菜々…」
ムカつく。今度は椅子に縛り付けて動けなくしてやろうとしたら、すぐに解術してきたわ…。ちっ…。
やがて式が始まった。
学園長の長い祝辞の言葉の後、在校生代表の挨拶で、元旦那が颯爽と出て来ましたよ…。目の前で嫌味たらしく寝てやろうかしら。女子生徒から「せんぱーい」とか「海斗様!」とか声援?と黄色い声が上がっている。
ちょっとモテるからって良い気になってんじゃないわよ…。
元旦那はスラスラ~と祝辞を述べて一礼をした後にチラチラと私を見ながら檀上から降りて行った。
「うざぁ…」
「新入生代表~虹川深絵里」
「はい」
そう言って私達の斜め前辺りから立ち上がって檀上に上がったのは、きつい感じのメイクかな?の赤リップの女子生徒だった。赤リップ…本当に嫌な思い出だ。
「あいつはアパレルメーカーのお嬢様だよ。あいつきっつい性格なんだぜ」
だろうね、笠松君に言われなくても顔からも魔力からも滲み出てるよ。
式の途中で真史お父さんと由佳ママと彩香の魔力を感じたので、後ろを向くと3人が参加してくれてた。お父さんムービー撮ってるね。張り切ってるね。
さて、今日は午前中までで帰宅出来る。菜々を介して前田 萌ちゃんと髙嶋 花音ちゃんとも仲良くなって4人でさあ、帰ろうか…と廊下に出たら、元王太子殿下が仁王立ちで立っていた。
すっかり忘れてたわ。
「麻里香…旦那のお迎え?」
菜々がそう言ったので、「違う」と素早く切り返してから渋々元旦那とふたりきりになった。
「ここ、穴場なんだよ」
「…」
元ナキート殿下…現、栃澤海斗さんに案内されて校舎裏の温室の更に奥のお庭のベンチに二人で腰かけた。
消音魔法を殿下が使った。
「まずな…」
ビクッと体が跳ね上がる。何を言うのだろう…もう今更王太子妃でもないのに、あれこれ言われたくない…。
「ティナの産んだ子な、元気な男子だった。名前はザイードにした」
子供!ああ…良かった、男の子だったんだ…。ザイード、良い名前だわ。
「ザイードは頭が良くて優しい子でな、ティナに似てとても好奇心旺盛だった。王太子の責務も楽しそうにこなしていた。俺がいつもティナの話ばかりするから、あいつはママっ子でな…。小さい頃はティナの姿絵に抱き付いてあれこれ話しているのをよく見かけた。ザイードが18才になって嫁を迎えたが、ティナみたいな嫁だった。くくっ…本当にあいつはママっ子だ。ザイードの嫁はな、真面目で国王の俺にも進言してくる豪胆な嫁だった。あれはティナがいれば仲の良い嫁姑になれたと思う」
「ひぅ…くっ…」
涙が止まらない。
会えなかったお腹の子。ああ、ザイードに寂しい思いをさせたのね。私の姿絵に必死に話しかけている姿を想像すると抱き締めてあげたくなる。
「ザイードが20才になった時に俺は王位をアイツに譲った。やりたいことがあったしな」
「やりたい…こと?」
ハンカチで涙を拭きながら、元旦那に聞くとナキート殿下はニカッと笑ってこっちを見た。
「『ティアーナ』化粧品の事業拡大だ」
驚いた。私が侯爵家の頃から続けていた化粧品の製造、販売。てっきり私が亡くなって商会は店じまいしたと思ってた。
「王位を譲る前から侯爵に頼んでいたんだ。ティナの残した商会を俺に継がせてくれないかって…。ふふ、結構頑張ったんだぞ、業績を三倍にした。男性用の化粧品もだした。この男性向けの商品当たったんだよ~バカ受け、大ヒット!あ、これはザイードの発案だ。あいつ事業家でもいけそうだったな」
また涙が零れる…。何なの?何なのこの人…どうして?どうして…。
「どうして…そこまでなさるのですか…。私はもういないから気になさることない…」
「ティナに置いて行かれた…っという言い方はよくないかもだが、当時の俺はティナに死なれてボロボロだった。縋るものが何も無くなった…でもお前の父、侯爵に言われた。息子、ザイードの為にせめて皆の前では王でいてくれ、影でマリアティナを偲んでいいから、ザイードを育て上げてくれって頼まれた」
お父様っ…。厳しくとも優しい方だった。そうねお父様なら、腑抜けになった殿下に言うわね。
「そうだった。ザイードにはティナという母がいない。俺が目一杯愛して守ってあげなければティナに怒られる。自分で言うのもおかしいが、ザイードは良き施政者になったよ?ついでに良き父にもなってたよ。孫が5人出来たんだ」
「5人!そう…そうですか」
おかしい…?とここで思い始めた。今までの話の感じからすると私が亡くなった後、親子二人で頑張って来たよ、という口ぶりだ。
え?再婚とかしていないの?それこそサザービンス伯爵令嬢が後妻に入って来てもおかしくはない。
「あの…殿下は再婚は?」
私がそう聞くと、何故かものすごく睨みながら殿下は口を尖らせた。
「俺がティナ以外と婚姻なんかするかよっ。さっきも言ったろ?ずっと愛してる。だからこそ神に毎日祈ってた『死んで生まれ変わることが出来たら、絶対絶対ぃマリアティナに廻り会わせて下さい』って。そしたら本当に叶ったんだもんな~いやぁ神様っているんだな!」
ちょっと待って?え?どういうこと?ずっと愛してる?私のことなの…?
「サ…ザービンス伯爵令嬢は?」
ナキート殿下は目を丸くしてから
「それ誰?」
と本気で聞いてきた。だって魔質が本当に知らない…と当惑してる魔質になっていたからだ。
「ご、ご存じでしょう?だって私13才の頃から会う度に言われて…」
ナキート殿下は腕を組んでう~んと唸っている。
「サザービンス伯爵てブルドッグみたいな顔のおっさんか?」
「ブルド…確かに似ていますね、はい。そのサザービンス伯爵家のご令嬢のサーレン様です。ご存じ…ですよね?」
「知らんな。顔を見たら思い出すかもだが、今はさっぱり分からない」
「そ…そんな…」
ナキート殿下は怪訝な顔で私を見た。
「その令嬢がどうかしたのか?」
どうしよう?聞いても大丈夫なの?心臓がバクバクなっている。
「私…その令嬢に13才の頃から会う度に言われていたのです。ナキート殿下の恋人は自分だ。あなたは愛されていない、本当に愛されているのは自分だ…と」
「はぁ!?なんだそれ?」
メラッ…と元ナキート殿下の魔力が燃え上る。怒っているんだわ…。
「ずっとずっと言われていて…信じてて…」
「馬鹿っ!なんでそんな妄言を信じるんだ!」
なによっなによっ自分が最初に言ったんじゃない!
「だってナキート殿下がおっしゃったじゃないですかっ!?この婚姻に愛はないって!」
「なあっ?いつだよ?俺そんなこと言ったか!?」
「14才の時です、ええ忘れもしません。私のお誕生日の当日ですよ!髪飾りのプレゼントを渡しながらっ…よりにもよって良いムードかな?とかいう時にですよ。これは国が決めた婚姻だ、そこに愛はないって言った!」
元ナキート殿下は戦慄いて…そしてハッとしたように口元に手をやった。
「思い出しましたね、言ったでしょう!?私はそれを言われてサザービンス伯爵令嬢にも散々言われていて…もう諦めていたのです。この方から愛情を頂けることはないのだと…。だから…」
元ナキート殿下はベンチに頭を抱えて座り込んでいた。
「あの時はまだ婚姻とかしたくなくて…宰相や公爵に言われて、そう言えば大概のご令嬢は逃げるから…そう言えといわれて。でもティナの反応は全然違ってた。俺に淡々と答えていた。胆の据わった女だとその時に思ったし、見直した。まさか覚えてたのか…」
「ええ、ええ覚えてますとも。何も気にしてない風を装っていましたが結構、傷つきましたよ?その時から王太子妃も『仕事』と割り切って頑張ってきましたの!」
元ナキート殿下はベンチに座った私の前に跪いた。
「何故もっと早く聞いてくれなかった。こんなにもティナを愛しているのに…照れくさくて、いつも寝所でティナが眠っている時にしか愛を囁いていたのがいけなかったのか…」
「いけないですね…」
あの寝ている私の寝顔を見詰めていたとかなんとか言っていた気味の悪い殿下の発言を思い出してしまった。もしかして昔からストーカー気質?
「あんなに毎日一緒にいたのに俺の愛がまったく伝わっていなかったのが…悔しいよ。改めて言うよ。マリアティナ。愛しているよ、わが妃」
跪き私の手を取って指先に口づけを落とす元王太子殿下…。まあなんと格好いいことでしょう。
しかし私はその手を振りはらって現、栃澤海斗の前に仁王立ちになった。