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嫁の前世

いよいよ連載スタートです。

宜しくお願い致します。

12/29誤字修正しました。ご報告ありがとうございます。


「お前は国が決めた私の婚姻相手だ、そこに愛は無い」


今更何を言っているのだろうか…そんなの子供の時、12才の頃から知っているわ。


「知ってますけど?」


私がそう言うとナキート=モッテガタード当時14才、モッテガタード国、王太子殿下は目を見開いた。


私もその当時13才、とうの昔から知っている。


どうしてあの時驚いたのかしらね?今、思い返してもおかしな殿下だったわね…。


私は午後の予定が書かれた書類に目を落とした後、今は18才になってあの頃より精悍な顔立ちになったナキート殿下の顔を見た。穏やかな微笑みでこっちを見てるわ。


ナキート殿下ってね…。


まあ、顔だけで言うなら私の好みの顔なのよね、ハッキリ言って…気に入らないけど顔は好みなの。


性格も嫌いじゃないのよ、私と正反対な性格に見えて根っこの部分が同じ方向を向いているというか…要するに馬が合うのよ。気に入らないし腹立たしいけど…。


それに悔しいし更に気に入らないけど…好きなモノ、嫌いなモノの好みが似てるのよ。


「ナキート殿下、この随行する役人の方ですが…」


「あ、ああ…」


まあ、馬が合うし、こういう仕事のやり取りも楽しい。私とナキート殿下の間には、恋愛なんて存在しない。お互いにこれは『仕事』と割り切っている。だからやりやすいし公務が捗る。


ナキート殿下には愛人?とでも言うのか、恋人がいる…らしい。実際その方だと思われる令嬢とその一派に裏庭に呼び出されたことは何度もある。


「マリアティナ様、分かっておいででしょう?殿下には私がおりますのよ?」


今日もまたそんな一派に廊下の片隅で捕まっていた。


のんびりと話しておられるけど、こちらは時間が無い…。さっきから15刻…時間を無駄にしている。私は待たせているであろう、工場長と主任を思ってイライラしていた。


「殿下に逆上せあが…」


「サザービンス伯爵令嬢、お話はもう終わりまして?私、人を待たせておりますの。時間がある時にまたお話させて下さいませ」


話を遮って、少し腰を落として会釈してから私は足早にその場を去った。


後ろの方で令嬢方のキイキイ叫ぶ声が聞こえるのが、構っている時間は無い。何度でも言うが私は『仕事』として王太子妃候補になっているのだ。


「お待たせ、バンデス主任」


「おじょ…王太子妃お待ちしておりました」


主任の言い方に思わず笑顔になる。


「まだ選ばれただけで、正式に妃になるのは来月よ?」


主任と並んで王宮の外に出る。今日は私が侯爵家から引き継いでいる事業の視察だ。


私は化粧品の生産、販売を主な商いとしている商会を運営している。私は子供の時から、季節の変わり目に肌が荒れ、その状態を心配した母親と一緒に、あの地方の薬草が良い…と聞けば試し、あの国の塗り薬が良いと聞けば取り寄せたり…と試行錯誤を繰り返してきた。


図書館に籠り、何が肌に良いのか、どうすれば改善するのか…研究に研究を重ねた結果、砂漠の国から取り寄せた見た目は良くないが肌に塗ると大層もち肌になる木の根の塗り薬に辿り着き、それを侯爵家の庭で栽培していたのだが、その塗り薬が老化にも効くとうちのメイド達が吹聴したものだからたちまち、貴族の女性の中で噂になって瞬く間に流行化粧品になったのだった。


あれから5年…多種多様な商品を作り続け侯爵家の『ティアーナ』化粧品は他国に店舗を構えるほどの大商会になった。王太子妃としての婚姻を受ける条件として、この商会の運営だけは続けさせてくれ…とナキート殿下にお願いしたのだ。何が何でも頑張りたいし、手は抜かない。


「マグノトランの花油の精製、上手くいきそう?」


「はい、不純物を取り除くのに時間はかかる分値段が少々高くなりそうなのが難点なのですが…」


「う…ん。不純物の出にくい花の育成に気候の変化の影響が出ない場所が必要ね…生育部に聞いておくわ」


「はい」


私の日常はこんな風に王太子に随行しての慰問、歴訪…そして自身の商会の運営と忙しい。そこに私的な時間など存在しない。恋だ~とか、ヤキモチだ~とかそんな乙女な思考で騒げるあの子達のような暇な時間は無い。


工場長と生産商品の進行状態の打合せをして、生産部でマグノトランの花の生育環境の改善の打合せをして、急いで城に戻ると身支度を整えて、ナキート殿下と視察に向かう馬車乗り場まで急いだ。乗り場の横の車寄せのソファにナキート殿下は長い足を組んで、書類を読んで座っていた。


イヤだ、お待たせしちゃったわ。


「遅くなりまして」


ナキート殿下は柔らかく微笑むと書類を片手に立ち上がると、私に近づきソッと腰を支えながら馬車へと移動した。外ではこういう演技をする…。つまり愛しい婚約者のフリだ。


しかし…最近というかここ一年ほど前からかな?どうも、この外での密着がやけに近い距離なのだ。しかも二人で居る時も密着してくる。理由を聞いても「外での演技が嘘臭くならない為の練習」としか言わない。何だろうか?


「今日の工場の視察はどうだった?」


喋りにくい…ものすごく体を抱き込まれて頭に殿下の顎が乗っている…。てか、腰とか腹とか触って来るのやめて欲しい。


「はい、生産の進行は例年通りなのですが、隣のブータンジャ公国の内政の悪化で難民がうちの領地にも逃げて来ているとの報告があがっています。父からの打診で難民でも工場で雇い入れが出来ないものか、ということで」


う…ん。とナキート殿下の声と呼吸の振動が私の体にも伝わる。魔力がユルユルと私の体に浸み込んでくる。


そう、魔力の相性も魔力持ちにとっては非常に重要だ。


これもまた非常に悔しいし腹の立つことに、魔力相性も抜群に良い。恐らく認めたくないけど、この世界で一番相性の良い魔力だと思う…。


「難民の労働許可が下りるように取り計らっておくよ、侯爵に会いに来てくれ、と伝えて」


「はい」


もう後頭部に口づけするのやめてって…。


こういうのはあのサザービンス伯爵令嬢にしておくだけでいいんじゃない?私達恋人同士でもないんだし?


それからも、婚姻式の衣装合わせや、式の後の晩餐会の打合せ…と毎日忙しかった。


そして婚姻式まで後7日に迫った日…


婚姻衣装の最終確認を済ませて、ナキート殿下と廊下を歩いている時に、サザービンス伯爵令嬢とかち合った…。


伯爵令嬢は一瞬、ほんの一瞬顔を歪めたが廊下の端に寄ると、腰を落として礼をした。


複雑だろうな…とは思う。本来彼女がこの位置に居るはずなのに、どうして私なのかしらね…。彼女が伯爵家とはいえいくらでも身分を整える方法はあるはず…例えば公爵家に養子に入るとか…後見人に侯爵家の方になってもらうとか…。


「ティナ」


「はい」


サザービンス伯爵令嬢から十分に離れた後に、ナキート殿下の腰を持つ手に力が込められた。


「後7日で、式だね」


「そうですね」


「もういいよね?」


「何がでしょう?」


ナキート殿下は私の顔を覗き込むと急に口づけを落として来た。ええええ!?びっくりして固まっているとそのまま啄ばむように唇に触れた後、ゆっくりと殿下は顔をあげた。


「今日から寝所は一緒だからな」


え?今なんて言いました?まだ固まったままの私を抱えるようにして歩く殿下は、低く忍び笑いをしている。


キョウカラシンジョハイッショダカラナ…? 


ああ、そうか…一瞬慌ててしまったけどこれも『仕事』だからよね。そう、世継ぎを産む。これも王太子妃の重要なお仕事だ。だからこそ常に健康に気を使い体調管理にも気を配っている。


夜、ナキート殿下と一緒に食事を取る。食べ物の嗜好も似ているので、いつも笑いながら仕事の話などの情報交換をしつつ夕食は楽しい。ここ2年ほどは、ナキート殿下とほぼ同席だ。


湯殿を使って、さあて…寝ようかな~と思っていると扉が叩かれ殿下付の侍女が顔を出した。


「ナキート殿下がお越しになられます」


顔を出した侍女はもう12才の頃からの顔見知りの侍女だからか、隠すことなくニヤニヤした顔でそう言った。


しまった、忘れていました。キョウカラシンジョハイッショダカラナ…だった。よし…これも『仕事』だ。それにナキート殿下はサザービンス伯爵令嬢と実地経験は豊富?なはずだから、初めての私でも上手く誘導してくれるに違いない。


私付の侍女達二人も急に浮足立った。手や胸元に香油を塗ったりしてやたらとソワソワしている。


そして、静かにナキート殿下は部屋にお越しになった。


結果…


魔力の相性が良いということは色んなことの相性が良いという確証を得ることが出来た。ナキート殿下も予想していたより魔力相性が良いということを実感されたのだろう。やたらと


凄い!最高だ!気持ちいい!…ばかりを連発されていた。なんとも表現しにくい艶事でございますね。


寝台の中でまだ色々と興奮されているのか、ナキート殿下は私を抱えたまま、さかんに話しかけてくる。正直、もう眠くて敵わないので勘弁して欲しい。


「やっぱりティナは最高だな!」


「はぁ…」


まだ言っている…そんなに良かったの?私は初めてでこれが良いのか悪いのか分からないわ…ただ、認めたくはないけれどナキート殿下の魔力が体を廻って…すごくすごく心地良いのだけは仕方がないので認めてあげるけど…。


「ティナ、回復魔法をかけてくれ」


「ご自分でも使えるじゃないですか…」


眠くて寝そうになる…。私ちゃんと呂律回ってる?ナキート殿下は楽しそうに顔を寄せて来ると、私に口づけをしながら「ティナの魔力が体に入って来る感じが気持ち良いんだな~!」とかまた言っている。


「はぁ…左様で御座いまるかぁ…」


もう瞼が半分落ちかけている。意識が朦朧としながらナキート殿下に回復魔法をかける。殿下の笑い声が遠くで聞こえる。「…だよ…いる…。」何か言っているけどもう限界…。


フッ…と体に回復魔法がかかった気配があって意識が浮上してくる。体に感じる殿下の気配…。もう…。


「殿下…知ってますぅ?」


「何~?」


「回復魔法も…多用し過ぎると反動でぇ…魔術凝りの原因にもなるんですってぇ…」


「知ってるよ~?」


ナキート殿下がかけてきた回復魔法のせいでまた段々眠りから覚めて来る。


「だから…ちゃんとした睡眠と休息を取らないといけないのですよ?」


「分かってるよ~?」


やっと目を開けると、ナキート殿下が至近距離で見詰めていた。重い…体重をかけて来ないで…眠らせて…。


「私、眠りたいのですけど…」


「だーめ。まだ付き合ってよ」


また眠くなってきた…体の圧は感じるけど…それすらも心地良い。思わず…


「気持ちいい…」


と、呟いてしまった。ん?んん?また意識が覚醒してくる。


「殿下…寝かせて下さい」


「…ん?まだ…ダメ」


仕方ないなわね…殿下の背中に手を回すと、殿下の魔力が手の平から体に流れ込んでくる。いやですわ~本当に気持ちいいんだもの…どうしたらいいのでしょう…。


取り敢えずその日から殿下とは寝所を一緒にしている。婚姻式の前の晩は流石に殿下も加減してくれた…。当たり前だ…疲れは化粧乗りを悪くする。


朝から全身に香油を塗られ、体を解してもらったおかげか、疲れも眠気も感じない。お父様とお母様と姉弟達と話しながら婚姻式の時間までゆっくりした。


「ティナ~準備出来た?」


支度部屋に何故、ナキート殿下が来るのでしょう?父母や親族、侍女一同大慌てですよ?


皆が腰を落として礼を取っている中をトトト…と小走りで私に近づいて来ると、顔を上げた私に微笑みかけてから私の唇にチュッと口づけをした。


「もうすぐ始まるから一緒に行こうか?」


前代未聞であると思います。ナキート殿下に手を取られ、大広間の大司祭様がおられる婚姻式の会場まで歩くなんて…。


「今日は一段と綺麗ですよ、王太子妃」


「そんな王太子殿下もいつもにもまして凛々しく素敵で御座いますよ」


ナキート殿下と笑い合う。こういう時に軽く冗談を言う性格も嫌いじゃない…。本当どうしよう…。


二人揃って婚姻式の会場に現れたので、入り口に立つ近衛の皆様が慌てている。段取りとかありますよね?ごめんなさい…。殿下と二人立ち位置を確認して姿勢を正すと正面を向いた。


「行くよ」


「はい」


二人で微笑みながら婚姻式の会場に足を踏み入れた。


微笑を浮かべながら視線を動かしている時にサザービンス伯爵令嬢と目が合った。物凄い顔で睨んでいた。浮かれていた気持ちが沈んでいく。


そう…これは『仕事』だ。この婚姻に愛は無い…殿下本人からそう言われたではないか!よしっ…気持ちを切り替えてまた微笑みながら大司祭の前で殿下と一緒に腰を落とした。


式は無事に済んだ。婚姻書に署名をして私は正式に王太子妃になった。


その日から王太子妃の公務が始まった。正式に妃になる前から引き継いで仕事をこなしていたので、特に目新しい事は無い。


無いのだけれど…何故だかナキート殿下が前よりもっと日中に私に引っ付いてくるようになった。


「仲が良くて宜しゅうございますね」


と侍女長に言われたが、苦笑いしか出て来ない。いや、仲良くするのは他でやって下さいよ…。


一応ナキート殿下は軍属なので、婚姻後も害獣狩りの任務があるので4日ほど出かけることになる。子供の時からの参加しているし、決まっている定期遠征なのに、数年前からかな?行きたくないな~とぼやいているのを記憶していた。


今年は特にボヤキが酷い気がする。


「あ~ぁティナが一緒に行ってくれたら、やる気がでるのになあ~」


「流石に大型の害獣は私でも討伐出来るかどうか…」


「そういう危ないことはティナはしなくていい。そうじゃないんだよなあ~はぁぁ…行きたくない」


一緒に昼下がりのお茶を頂きながら、対面ではなく真横に座り私にぐいぐい体を押し付けてくるこの大きな人は本当にどうしたのだろう?


流石に恋愛方面に疎い私でも気が付き始めたことがある。


愛人や恋人がいるにしては、私と一緒に居る時間が多くない?ということに…。


基本、一緒の公務以外は軍のお仕事があるので、そこは単独行動ではあるが…その時間の様子も他の軍部の方や、本人から今日はこうだったんだよ~とか、明日はここに行くんだよ~とか事細かに知らせてくる。


ここまで一日の仕事の流れが把握できる状態で、よその愛人に会いに行っている時間は正直な所なさそうなのである。


おかしいわね…サザービンス伯爵令嬢と逢引とかしないものなの?そういうのじゃなくて、どこかの客間で短時間で終わらせてるの?いけない、下品な想像をしてしまったわ。


いやでもあんなにねちっこい人が短時間で…なんてありえないわよね?むしろ短時間にさせられるのは『仕事』の私の方だものね…。はっ、もしかして夜中に出てるのかしら?私一旦眠ったら起きないから気が付かないし…うん、そうだわ。きっとそう…。


そう思っていた夜


何か魔力の廻りがおかしくて夜中に目が覚めてしまった。目を開けて横を見ると、ものすごい至近距離でナキート殿下が私を覗き込んでいた。


「で、でん…何ですか?びっくりしました」


「あ~今日は起きたんだ。初めてだね起きたの」


え?どういう意味?ナキート殿下は私を胸元に引き寄せるとおでこに口づけしながら、何とも言えない美しい微笑みを向けてきた。


「いつもさ、ティナ先に眠っちゃうだろう?起きないかな~と思って夜中見詰めてるのさ」


「へぇ…」


ちょっとこの人怖いな…と思ったのは内緒だ。いつも見ている…あれ?じゃあ夜中に抜け出してサザービンス伯爵令嬢と逢引してると思っていたけど違うの?


「でも今日は珍しいね?何か魔力の調子が悪い?風邪?熱っぽいかな…」


私のおでこにまた口づけをしながら頭を撫でてくれるナキート殿下…この人本当はどういうつもりなのだろう?だってこの婚姻に愛は無いのよね?前そう言っていたわよね?


その日から魔力の廻りが悪くて熱っぽいのが続いたので王宮医に診てもらうとご懐妊だと言われた。


それを聞いたナキート殿下の喜びっぷりと言ったら凄かった。会う人会う人に「妃に赤子が出来て~」と聞いてもいないのに話し出す始末。


前から私にベタ惚れだと噂はあったが今回の懐妊の事で益々その噂が信憑性を増したのは事実だ。


でも私は気を引き締め直している。そう、あれは喜んでいるフリだ…仲の良いフリ。


だって時々、まだサザービンス伯爵令嬢にこっそりと言われていることがある。


「だって懐妊しなきゃ…私がいることの誤魔化しにならないものね~。オホホ」


そう言えば…婚姻前は数人の令嬢で囲むようにして私に殿下は自分のもの!と言って来ていたが…最近は彼女一人で言いに来ている。仲間というかお友達はどうされたのだろう。


私の友人である子爵家の令嬢ルイアンテと公爵家の令嬢ミテレシナがその答えを口を揃えてこう言った。


「最近はあなた達に中てられたのか婚姻する方が多いのよ?あんな相思相愛みせられたら、自分も自分もってなりますわよ?だから妙齢の令嬢は(こぞ)って婚姻されているのよ?」


「つまり年頃の令嬢は皆、嫁いでいなくなったって訳ね」


そうかな…ミティとルイはそう言うけど私達、全然相思相愛じゃないのよ?


日にちが過ぎてお腹も少し出て来た。


夜中に魔力がお腹の中で動いていて寝付けず起きることが多くなった。ナキート殿下はその時も必ず横で眠っておられた。そして私が動こうとすると先に目覚めて、果実水を飲ませてくれたり、布巾で汗を拭いてくれたりする。もう優しいフリはしなくていいのに…。


「疲れたか?…こればかりはティナの代わりになってやれないからな…すまんな」


「ナキート殿下、私は構いませんから先にお休みください」


「別に平気だよ?だって寝所を共にしてからティナの寝顔を夜明けまで見ていたのなんていつもだもん」


おお…それは恐ろしい…と思ってしまったのは内緒だ。どうして私の寝顔なんて見る必要があるのだろう?面白い顔で寝ていたのかも?


それから数か月…最近益々お腹が大きくなってきた。


お腹の中から魔力の振動が分かるようになると、私が問いかけていることに、是や否と答えていることに気が付いた。新しい発見だ…急にお腹に人が…自分の子が宿っているという実感が湧き始めた。


いけない…自分の子ではない。ナキート殿下の御子だ。この子は国の物。大切な国の宝だ。私個人の子供じゃない。


「今日は暑かったですね」


ボーンとお腹から『是』と返ってくる。一人の時はこうやってお腹の御子と会話をする。


「甘いお菓子は好きですか?」


ボーンボーンと『否』と返ってくる。


「あら?じゃあ辛い物が好きなのですか?」


ボーンと『是』と返ってくる。思わずおかしくなって笑った。


「晩酌の時にナキート殿下が召し上がっている魚を燻製にした食べ物が好きそうですね」


ボーンと『是』と返ってくる。ますます笑っていると戸口に人の気配がした。あら?殿下。


「いつの間にお腹の子と会話できるようになってたの?」


ムスッとした表情で戸口に立っているナキート殿下はズンズンと室内に入って来ると私の座っているソファの横にドカッと腰を下ろした。


「なんだよ~私もお前と話したいよ~」


するとボーンとお腹の中から『是』と返ってきた。ナキート殿下はお腹を撫でていた手を止めた。


「今さ、ボーンと魔力が放たれたね?」


「あれは、はいという了承の合図ですよ、ね?」


ボーンと『是』と返ってくる。ナキート殿下は輝くばかりの笑顔になった。


「私と早く会いたいですか?」


ボーン。


「一緒に遊びますか?」


ボーン。


「一緒に勉強しますか?」


ボーンボーン。


ナキート殿下は首を捻った。


「今、二回魔力が放たれたな?」


「あれはいいえ、否定の合図ですね、勉強は嫌みたいですよ?ね?」


ボーンと一回返ってくる。ナキート殿下は渋い顔をしている。


「よいか?王族と言うのはだな、常に何事にも応えて動かねばならぬ立場故に…」


ナキート殿下がクドクドと話し始めるとお腹からボーンボーンと何度も魔力が放たれる。これは、煩いよ!かな~?うふふ。


この時は笑っていたのに…


私はお腹の子と対面する機会もないまま出産と同時に亡くなってしまったのだ。





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