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女子トイレの現場


 それから何日かした、また別の日。

 俺は懲りもせず、いつぞやの女子トイレに忍び込んでいた。

 もともとほとんど人も通らず使われていない場所とはいえ、今回は授業中ではなく昼休み中なのでちょっとした冒険である。


 奥の個室に入り鍵をかけ、ポケットからタバコを取り出す。

 花子さんにはやめろと言われたが、やめられないものはやめられない。

 このいかにも怪しい有害なものが入ってるんじゃないかという毒々しい煙がたまらんのだ。

 コイツを常習していればある日ぽっくり死ねるかもなぁ。


 一本目を口にくわえ、いざ着火。

 しようとしたまさにその矢先、ガァン! と入り口の扉が乱暴に開く音がして、バタバタと幾人もの足音がトイレ内に響く。


「おら、早く歩けよ!!」

「ナメってんじゃねーぞオメェマジで!」


 キンキンと甲高い声が耳をつんざく。

 女子の声だけどもノリは完全にそのへんのヤカラと変わらない。

 パタパタ、ガサガサ、と扉の向こうで慌ただしく床を叩く足音と衣擦れの音がする。

 そのうちにひときわ大きな「ドサッ」と激しく床に人が叩きつけられるような音がした。


「あぁ、痛っ!!?」

「うはは、なにやってんのお前」

「ち、違う、こいつなんかやってやがんだよ、護身術かなんか!」


 女子だけかと思いきや、男の声も混じっている。

 女子トイレなのに平然と男が入っていても怒られないらしい。

 すると俺だけが悪いことをしているわけじゃないな。


「ザッケンなよ!? チョーシこいてんじゃねえよマジ!!」

「ぶっ殺すぞテメー!?」

 

 さらに激しい怒号が飛び交う。おお怖い。

 しかしいつも何気なく素通りしていた女子トイレでは、こんなことが日常茶飯事とは知らなかった。

 ここは嵐が過ぎ去るまでひっそりここでやり過ごそう、と思ったその時。

 

「これ、今動画撮ってるから」


 知らない他の声に混じって、聞き覚えのある声がした。

 このよく通る凛とした声音は……かのウンディーネこと花子さんだ。間違いない。

 こんな状況にあっても全く動じていないはっきりとした口調。ヤダかっこいい。


「だから何? その携帯便所に沈めたら終わりじゃん?」

「つながってるから。家のパソコンと」

 

 昨今のいじめられっ子はハイテクだなぁ。

 あ、いじめられっ子ではないのか別に。


「はーいみんなどいてどいてー。ちょっと早いけどクッサイ女の匂いがするので、お掃除のお時間でーす」


 そんな女子の声と一緒に、バチャバチャバチャ……と水が勢いよく床を打つ音がする。

 ホースで水をぶちまいているのか、俺のいる個室にも床に水が浸水してきた。 

 

「うわ、お前ふざけんな、俺にもかかったじゃねえかよ!」

「キャハハ、ごめーんごめん。でもこれじゃ動画撮れないね~? 濡れちゃってスマホ壊れたんじゃないの~?」

「つうかさ、動画ってんならこっちもボコして脱がしてエロ動画撮ってやりゃいいんじゃん? ネットに拡散しちゃいますよーって」

「おっ、いいじゃんそれやろーぜ! やっべ、なんかテンション上がってきたわ!」


 なんてことだ。

 おそらく今現在水で濡れ濡れであろう花子さんが、さらに男たちの毒牙にかかって衣服を剥ぎ取られ、あられもない姿にされようとしている。

 くっ、こんな状況で俺は、一体どうしたらいいんだ。俺は……俺は……。

 

「じゃあ俺撮る役ね!!」


 我慢の限界に達した俺は、勢いよく戸を開け放って言った。そんなおいしい役は誰にも譲れない。 

 すると、あっけにとられた顔が一人二人、三人四人……。

 男女ペアのいじめっ子かぁ。まさか男女で共同作業とはね。

 中学生とは違って、男女一緒でも恥ずかしがったりはしないんだなあ。


「何だぁ、テメエ!?」


 近場の男子がいきなり殴りかかってきたので、かわして横っ腹に前蹴り。蹴り、蹴り、ひたすら蹴り。

 こっちは手を使わないサービス期間だったのだが、終了する前に相手はお腹を抑えてうずくまって沈黙してしまった。


「あ、あぁっ!? なんだぁあオラァッ!?」


 出遅れてもう一人の野郎がなんかよくわからない怒声を上げる。

 いまのを見てちょっとビビっていたっぽかったが、女子の手前イキらなければとでも思ったのか、意味不明に叫びながら殴りかかってきた。

 

 難なく避けて腕を掴んで腹に膝を入れて足払い、倒れたところをさらに蹴り蹴り。

 すると相手は必死に両手を前に突き出して、やめてやめてのポーズ。

 勝利。弱い、弱すぎる。タクミは1ポイントの経験値を得た。

 

「決めた、僕キックボクサー目指そうかな」

 

 いましがた衝撃の事実を発見した。

 これなら手が痛くならない。

 でも蹴るのはいいけど蹴られたら痛そうだからやっぱりやめた。

  

「さて、汚物は消毒消毒っと」

 

 隣の用具入れから、洗剤の入ったボトルを取り出す。

 混ぜるな危険って書いてあるやつと書いてないやつ。


「これ二つ同時に頭からかけたらどうなるかな?」

「ひっ、あ……や、やめっ……」


 床に倒れた彼は半泣きで全然会話にならないので、女の子の方に聞いてみた。


「どうなると思う? ヤバイ?」


 女子たちからは「あは、は……」となぜか愛想笑いが返ってきた。

 さっきはあんなにノリノリだったのに俺には冷たい。

 こうなったら物は試しと洗剤のフタをひねって開けると、


「やめなさい!」

 

 場の空気を切り裂くような声がした。

 叫んだのは花子さんだった。まっすぐ俺のことを睨んでいて、やはりずぶ濡れだった。

 俺は何も言わず彼女をまっすぐ見返していると、


「い、行こ?」


 いじめっ子女たちが、袖を引き合ってそそくさとトイレから出ていってしまった。

 そして男子たちも怯えた顔で俺を警戒しながら、腹を手で抑えて変な歩き方で出ていく。

 ろくにあいさつもなしとは、まったく近頃の子は礼儀ってものを知らない。

 そしてまたも俺は、花子さんとトイレに二人きりとなった。

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