6 謁見しましたが・・・
次の日、案の定私は寝不足で起きた。
・・・くそねみぃ。
よろよろとベッドから出てぼーっとしたまま洗面所に向かって顔を洗う。
・・・そう言えば、ラヴィルさん大丈夫だったかな。あんなに苦しんでた後なのに、あそこに放置しちゃったしな。
と、昨日の夜のことがフラッシュバックする。
・・・ラヴィルさんの体にあったあの模様。あきらかにあれはやばいやつだった。絶対曰く付き。普通に私の姿ガン見されたし。
・・・ダメだ。これ以上考えてると寝込みそう。
私はとりあえず昨日と同じ服に着替えようとクローゼットに入れて置いたワンピースに手をかけた。
のだけれども。
私が着替えるよりも先にコンコンと扉をノックする音がした。
「由奈様、入ってもよろしいですか?」
「え、はい」
あれ、誰だろ?
私は急いでカラコンとウィッグをつけて扉に向かう。扉を開けるとそこにいたのはキリッとした顔立ちの美人さん。
「おはようございます、由奈様。私、今日から由奈様のお世話をさせていただきます、カタリーナと申します。」
「お、お世話?」
「はい。グレン様からご用命頂きました。早速、お着替えを手伝いたいのですが、今、大丈夫でしょうか?」
「ちょ、え、いや、大丈夫ですけど・・・」
たじたじになりながら小さく返事をするとカタリーナさんの目がキランと光った。
「それでは失礼致します!お時間ないので少々急ぎ気味になってしまいますので悪しからず。」
ハキハキと喋りながらカタリーナさんは早速部屋の中に入ってきた。・・・ドレスを持って。
・・・ちょ、あっ、えぇっ?!
なになになに?!その豪勢なひらひらしたドレスはなんですか?!まさか私がそれを着るとか言いませんよね?!そんな羞恥プレイ私には無理ですよー?!
「それでは失礼致します」
恭しい口調で私が来ていたパジャマのボタンを外していく。
まてまてまてまて。やめ、あ、ちょ、1人でできる・・・。
声を発することなくどんどんと作業は進んでゆき、私はあっという間に下着1枚になった。いやん。
・・・っじゃなくて!!無理!恥ずかしい!!私、日本人なんですけど!
って抗議したいんですけど、チキンな私にそんなこと言える勇気ありません。
なので私は黙ってなされるがままにしている。
「ドレスを着る前にコルセットをつけさせていただきますね」
カタリーナさんの声がして腰にコルセットが巻き付けられる。
あ、やっぱりあのドレスは私用なんですか、さいですか。
「締めさせて頂きます」
「ぐえっ」
ぎゅっ、と一気にお腹を絞られる。
痛い。内臓出てくる・・・。ていうか、私今かなり太ってるから結構締めないと・・・。って、いだだだだ!
なんとかコルセットを止めた後、私はあのふわふわドレスを身につけた。・・・もう精神がもたない。
・・・ドレスは可愛いけどさ、でも、でも私の顔には似合わないんだよぉぉ。
「お似合いですよ、由奈様」
「・・・アリガトウゴザイマス」
朝から疲労しかない。今日1日大丈夫か、私・・・。
とりあえずお腹が苦しいです。
「次は髪をまとめさせていただきます」
「あ、まってください!!」
「はい?」
「か、髪はいいです!!」
「何故でしょうか・・・」
少し不安げな顔をしたカタリーナさんは「なにか失礼をしてしまいましたか?」と私に問いかける。
あ、美女の困り顔ご馳走様です。
・・・いや。そうじゃないだろ、自分よ。
「あ、いや、カタリーナさんが嫌とかじゃなくて・・・、髪はちょっと、その〜、」
ウィッグなんて結おうとすれば外れちゃうに決まってる。
でも、それを上手く誤魔化すことが出来ないで口ごもっていると、
「かしこまりました。それでは髪はそのままにしましょうか」
カタリーナさんは少しだけ微笑んで違う仕事に移った。
・・・女神なのか?
「すみません・・・」
申し訳なくてテキパキと動き続けるカタリーナさんに謝るとカタリーナさんは「いえ、色々なご事情もありますから」と笑ってくれた。
うん。これは女神だ。
なんてことを考えてる間にアクセサリーやらなんやらを付けて少しお化粧もして気づけば準備が終わっていた。
・・・お化粧ここまでちゃんとしたのどれくらいぶりだろ。私、朝弱いから会社出るまでにお化粧する時間そんなにないんだよね。
少しばかり見栄えの良くなった顔を見て私はしみじみと元の世界を思い出す。・・・ていうか、あそこまでの地味顔をこんなに出来るとかカタリーナさん、すご・・・。
惚けた顔で鏡に映る私を見ているとカタリーナさんが後ろで優しく微笑んだのが見えた。
「それでは行きましょうか」
「・・・えっと、どこにですか?」
冷静に考えればここまで着飾られてどこにも行きませんと言うのも変な話だ。でも行先がわからないのでカタリーナさんの方に向き直るとカタリーナさんは少し眉尻を下げた。
「陛下と殿下に謁見しに、です。あれ?グレン様からお聞きになっていないですか。」
「キイテナイデスネ」
・・・そんなイベント聞いてませんよ、グレンさん。
はぁ。気絶してしまいたい。
◇◆◇
「・・・え?聞いてないですか?申し訳ありません!グレン様に確認してしてまいります」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。挨拶するだけですよね?多分大丈夫だと思います」
慌てるカタリーナさんを私が慌てて止めるとカタリーナさんは「でも・・・」と困り顔。ぐうかわ。
「もしかしたら私が聴き逃しただけかもしれませんし。じゃ、行きましょうか!」
「す、すみません、確認をしておけば・・・」
「大丈夫ですよ〜」
ヘラヘラと笑って私は部屋をでる。
うん、まぁ。王様と王子様とやらにあうのは嫌ですけど。最初はキリッとした美人だったカタリーナさんの慌て顔と困り顔が見れたのでいいです。頑張りますよ。美しいは正義。
しばらく落ち込んでいたカタリーナさんも私が何気ない話を振っているうちに調子が戻ってきたようで元のキリッとした美人さんに戻った。
「あの、もしかしたら陛下と殿下のお話することは由奈様にとっては辛いことかもしれません。・・・それでもできる限り我慢してください。下手な真似をすれば・・・、投獄もありえます。」
ほぉほぉ、とよく理解してないままで頷いてみる。
・・・ん?まてよ?投獄って牢屋に入れられるってことですか?
えーと?一応私、無理やり召喚された人よ?なのに失礼な対応しただけで投獄デスカ?おいおいおい、王子も王様もとんだクレイジーサイコパス野郎じゃねぇかよ!
冷や汗をかく私を見てカタリーナさんが「このような状況にも関わらず、申し訳ありません・・・」と謝った。
うん・・・。カタリーナさんは全然悪くないんだけどさ。
ま、いいや。楽観的に行こ。案外なんとかなるかもしれないしね。
・・・なんて考えてたんですけどねぇ。
私、そろそろキレそうですわ。おほほほほ。
・・・ふぅ、落ち着け私。あいきゃんどぅーいっと。私ならできる。抑えろ、私。
私は無理やり表情筋を動かしてなんとか綺麗な笑みを浮かべて隣で泣きそうになっているアリスちゃんの背中に手を添え、口を開いた。
「うるせえよ、薄汚ぇ豚が。」
お気遣い感謝致します、陛下。
あ、やっちまった・・・。逆だ。
周りが私の言葉に時を止める中、話題の中心である私はと言うと人生最大の自分を殴り殺したい衝動に駆られていた。
時を遡ること30分前――。
事は王様と王子様がいるという部屋に入った瞬間から始まった。
私達が最初に案内された部屋よりもずっと豪華な部屋に通された私は先に部屋についていたらしいアリスちゃん、グレンさん、ラヴィルさん達と合流した。一瞬ラヴィルさんと目が合ったものの直ぐに逸らしてしまったのであっちが私をどう思っているかはわからない。・・・多分バレてはいないと思う。
体に異常があるかも気になるところだけど・・・、うつらうつらしてる様子を見るには通常運転なのかな?
さて、合流したはいいもののアリスちゃんも状況をよく理解していないらしく、キョロキョロと視線をさ迷わせている。
「グレン様・・・、これは一体どういうことですか?由奈様には既に説明してある、と仰っていたのに」
カタリーナさんが丁寧な口調ながらも圧のある目でグレンさんを見る。おお、美女の睨み迫力があるぜ。
「・・・それについては事情も説明せずに連れてきてしまい本当に申し訳ありません。」
そんなカタリーナさんの言葉にグレンさんは冷静に私達に向かって丁寧に頭を下げる。その横には眠そうにぽけ〜としているラヴィルさん。マイペースは今日も健在らしい。
「あなたもすまなかった。すべてこちらに非があります。ここまでの案内、ご苦労様でした。感謝します。」
「い、いえ・・・。」
さっきまで憤っていた様子のカタリーナさんもグレンさんの重々しい空気に思わず黙ってしまっていた。
・・・あーあ。もう嫌な予感しかしねぇよぉ〜。
「・・・グレン、そろそろ時間。」
隣でボソリとラヴィルさんが呟いた。
この人・・・、時間管理出来たんだ・・・っ!
そんな大変、失礼なことを思いながら私達はグレンさん達に案内されるがままに奥の部屋に入った。
部屋に入ると、そこに居たのは顔を脂でギトギトさせたおっさんとニコニコと笑っている青年、そんな青年の隣で仏頂面してたっている青年の3人だった。
着てる服から見ても多分あれが王様と王子だよねぇー。てか王子二人いたんかーい。
なんて呑気なことを思いながら脳裏に「投獄」のに文字が浮かんで少し気を引き締める。
「ふむ。そなた達が召喚されたという聖女か。」
50代か60代くらいの脂ぎったおっさんが口を開いた。
「はい。こちらのお二人が聖女様でございます。まだ詳しいお話をしていませんのであまり早くお話を進めると聖女様が混乱してしまわれるかと。」
なんと答えればいいのかわからない私とアリスちゃんの代わりにグレンさんが丁寧に答えてくれる。救世主・・・!
でも、よく見てみればグレンさんは緊張した面持ちだ。
と、おっさんと目が合ったのでぺこりとお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。陛下。私は高松由奈と申します。」
私が挨拶をするとおっさんは「ほぉ」と言って私を見る。
一目見てわかる。こいつが碌でもない人間だと。
・・・だって、こいつの目はあの人と一緒。
鳥肌がたつ体を抱え込みたくなるのを抑えて必死に私は笑みを作る。
そしておっさんは私の隣に目をうつしてからアリスちゃんを認知し、目を細めた。また私の体に鳥肌がたつ。
「ふむ、そなた名前は?」
「あ、アリスと申します」
隣でド緊張しているアリスちゃんが挨拶をする。
と、目の前のおっさんがニタァ、と気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「そなた、年は幾つだ?」
「今年で17になります」
「まだ、若いのぉ・・・」
おっさんはニタァとした笑みを浮かべまま、アリスちゃんを舐めまわすように見る。そしてその後に私をちらりと見た。
「この2人が聖女なのか?」
「え、ええ。そうでございます。」
「部屋はどこだ?」
「・・・別棟の一室を」
「わしはどこだ、ときいておる」
グレンさんはおっさんの言葉に悔しげに唇をかんだ。
・・・もしかして、私たちのことをこの変態野郎から守ろうとしてくれてる?
根拠はないけど何となくそんな感じがする。
・・・でも、きっと今は分が悪い。
私まで冷や汗をかいてしまう。
「まぁまぁ、まずはお話を先にしないと。彼女達も困ってらっしゃる。」
と、重い空気を和らげる声があった。
声の方を見るとそこにはニコニコと仮面を被ったような笑みを浮かべた王子がいた。
「ふん、まぁいいだろう。後で聞けばいい話だ。」
その声におっさんは不機嫌を隠しもせずにそう応える。
グレンさんの方から密かにほっと息をついたのが聞こえた。
それからは割と順調に進んだ。
聖女の話については昨日、召喚された直後に聞いた話とだいたい同じだった。
それから色々と魔法を使う時のこととか貴族が訪れた時の対応とかを聞かされた。
喋ってたのは主にグレンさんで、その間王は退屈そうに話を聞きながらアリスちゃんや私に目を向けてはニタァとした気持ち悪い笑みを浮かべ、ニコニコ王子は一切笑みを崩すことなく話を聞き続け、もう1人の王子は興味無さそうにぶすっとした顔をしたままそっぽを向いていた。
ラヴィルさんは相変わらず・・・、ってあれ?
・・・なんか様子おかしい?
私はラヴィルさんの様子に違和感を感じて首を傾げる。
いや、いつも通りぼーっとしてるのにかわりはないんだけど・・・。なんて言えばいいんだろ。
眠そうにぼーっとしてるんじゃなくて、どちらかと言うと・・・、虚ろな感じ?どこも見てない、ちょっと怖い感じの・・・。
じっ、とラヴィルさんを観察しているとニコニコ王子が私を見ていることに気づいた。
え、なに・・・?
困惑しながらも私が愛想笑いを浮かべてニコニコ王子を見るとニコニコ王子は仮面のような笑みを一層深くさせた。
この人はこの人で私、苦手だな。
私はさりげなく目を逸らしてまた話を聞き始めた。
更にこの世界観の話も本当に基本の話だけされて大方の話が終わった。無事にここで終わってればよかったんだけどね・・・。
そうはいかなかったのよ。あのくそじじいのせいで。
何故かって、よりにもよってあの脂じじい、話が終わった瞬間にアリスちゃんに近づいて手を握ったのよ。
「今夜、わしの部屋に来なさい」
ギヒッと笑ってアリスちゃんの手をさする。心底吐き気がする。てか、その汚い手で触れないで欲しい。
『わかってる、よな?』
大嫌いな声が脳裏に甦ったのを無視して私は急いでアリスちゃんの横につく。
「・・・なんだ?ふふ、そうだな。そなたもわしの部屋に来なさい。悪いようにはしない」
私は曖昧に微笑んだまま答えない。
隣のアリスちゃんは私をみて青い顔をしながらも同じように気持ち悪いのを我慢してくれている。
落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。こういうのは落ち着いて対応すれば大丈夫。
「陛下、私達はまだこの国に来てあまり時間が経っておりません故、お手柔らかにお願いしますね」
「ふはは、そなたもなかなか喰えない奴じゃのぉ・・・、ぐへ、堕ちるのがたのしみじゃ・・・」
舐めるような視線に胃から込み上げるなにかを必死に飲み込んで私は笑みを浮かべ続ける。
「それに、この子はまだ若く、経験も浅いです。初心な子なのであまりからかわないでくださいね。」
遠回しに手を出すなら私からにしろと告げるとやつは気持ちの悪い笑みをさらに深くする。
自分で言っておきながら本当に吐きそうなくらい気持ち悪い。
でも、我慢しないと。ここが踏ん張りどき・・・。
私の言葉に周りの全員が息を呑んだ。
多分この王は私が行き遅れだって知らない。だったら引きつけるだけこっちに引き付けてできる限りアリスちゃんに触れさせないようにしないと・・・。絶対こいつは若い子を狙っていくだろうから。
そこまで考えて結局前の世界もこの世界も何も変わらないと自嘲してしまう。してることも状況も大して変わらないじゃない。
思わずでたその皮肉な笑みをどう捉えたのかは知らないが王は機嫌が良さそうに「そうだな」と薄気味悪く笑った。
そしてやつは言った。
「儂が可哀想なおまえらをたくさん愛してやろう、体も心もゆっくりとな」
今まで堪忍袋の緒が切れるのを気力で我慢していた私はその一言に我慢できなくなった。生理的に無理すぎる。
そして、今。
・・・私、終わったな。人生終了のお知らせだわ。私キレるとアホだから考えてること全部口に出るんだよね。
でも、仕方なかったよ、あれは。だってあんなこと、あいつに言われたくないでしょ!!可哀想だぁ?てめぇに見下されるほどおちてねぇよ、ばぁぁっか!!っていうか、お前に愛されるんだったらこの城と国から出ていくわっ!
よりによって、こいつ、私の地雷全部踏み抜きやがったしな。
ほんと、地獄におちろ。
とはいえ、やばいな・・・。
私の頭に赤文字で投獄という字がチラつく。
ヒヤヒヤしながら王の顔を見ると王は、ん?と不思議そうな顔をしていた。
「何か言ったか?すまんな、聞こえなかった。」
・・・え、聞こえて、なかった?
・・・まじ?そんなラッキーあります?
もう一度目の前の王をみる。心底不思議そうに私を見ている。・・・嘘とかじゃ、なさそう。たすかった・・・?
どくどくとうるさかった心臓の鼓動が少しずつ鎮まって私はふぅ、と息を着く。命拾いした・・・。
周りの人には聞こえてたと思うけど皆何も言わずに黙っていてくれている。
・・・まぁ、強いて言うならグレンさんが尋常じゃないくらい青ざめててニコニコ王子が堪えきれないとでも言うようにくっくっと喉で笑ってるけど。
・・・あ、その隣のあのぶすっとしてた王子。だんだんと顔が怒りに染ってきてない?あれ、ヤバい感じ?
「き、貴様!父上になんというぶれっ、もがっ?!」
恐らく罵倒のようなものを私に言おうとしていた王子だったけど隣でニコニコ王子がなにかを小さく唱えるとぶすっとした王子の口がパクパク動くだけで声が出てこなくなってしまった。
・・・もしかしてニコニコ王子が魔法を使ってくれた?
な、なんかわからんけど、助かったぁ・・・。今、あの王子に言及されてたらあのおっさんに私の言ってたこと今度こそ聞き取られちゃう所だった。
とりあえずとんでもないミラクルのお陰で危機は免れたみたいだし、私としては一刻も早くこの場から逃げたい。
「いえ、お気遣い感謝致します。でも私達がこの国に慣れるまで少々お時間をください。」
その間にこの先の進路を考えるから。
と喉元まででかかった本音を飲み込んで私はまた形だけの笑みを浮かべる。
「ぐふふ、お主も焦らすのぉ。まぁいい。楽しみは長く待った方がいいからの。よいよい、お前達の準備が整った時自ら儂のところにくるが良い。」
何やら気持ち悪い勘違いをしてるようだけどとりあえず時間稼ぎができればいいので私は曖昧に微笑んだ。
それから二、三言会話をして私達はようやくこの部屋から出ることを許された。