5 事情持ちに気づきました
「・・・し、しかし男性は30代でも結婚する方はいます!同世代の男性はいますよ!!」
・・・うん。でも私は行き遅れというレッテルを貼られるんだよね。うん。別にいいけどさ、いや、良くはないけど。でもさ、前の世界じゃ20代までが華だったじゃん。なんで私もう枯れてんの。まだ蕾さえ開いてなかったんですけど?
グレンさんが私のひねくれた雰囲気に気がついて真面目な顔になる。
「あの、もしも」
「ほあ?」
「・・・召喚して勝手にこちらの世界に引きずり込んだのは私達です。もし由奈様が望むのであれば私共が相手を見つけるために」
「うーん、グレンさん、それはダメですよ」
真面目に話してくれるグレンさんの言葉を途中で遮って私は否定の言葉を口にする。
ずっとできる男でバリバリのエリートだと思ってたグレンさんだけど今は必死に私の落ちたテンションを盛り上げようとしてくれていて優しい人なんだな、と改めて認識する。
きっと、グレンさんはきっと歳なんて関係なくモテるんだろうなぁ・・・。正直、元の世界の話だったら、夢も見れるけど。
でも。
「お気持ちはありがたいですけど私、そんなことしてもらうんなら一生独身でいいです。」
「何故、ですか?なるべく相性の良い方を見つけて・・・」
「そういう事ではなくて。結婚って好きな人同士でする事じゃないですか。そりゃあ、政略結婚とかもありますけど私は愛し合ってるふたりが結婚するのが一番いいと思っています。そして、皆さん、自由に恋愛できる権利があるでしょう?それなのに私みたいな好きでもない行き遅れと結婚するなんてダメですよ。国から言われたら私の事嫌でも断れないでしょうし」
「それは」
「なによりも、私には他人の人生背負って生きていく覚悟も決断力もありません。自分のことで精一杯なのですごい素敵な人が自分の人生を私に捧げるなんて言った時には私、卒倒しますよ」
最後は少し冗談めかして言うとグレンさんは特に気に触った様子はないみたいでその冷たげな美貌をほのかに和らげて「素敵な考えですね」と呟く。グレンさんの方がよっぽど素敵な人よ。
「まぁ、とりあえず自分で何とかします。こっちでの成人が何歳かはわかんないですけど私はもうとっくに成人してますし、自分の面倒は自分でみるがモットーなので」
グレンさんに笑いかけて私は少しずつ甘い匂いが漂ってきたキッチンで一息ついた。
ちなみにあとから聞いた話ではこの世界では成人は18から。アリスちゃんの国も成人や結婚適齢期など、だいたいこの世界と似たような所らしい。うーん、明らかにおかしいのは私だけかぁ。ちょっと凹む。
なんて思ってるとキッチンの椅子に腰をかけていた私の頭上から眠そうな声が聞こえた。
「ラヴィル」
「・・・へ?」
「僕の名前。ラヴィル・ヘンジャー。魔術師」
「え、あ、はい!」
そう言えばなんだかんだでまた名前が聞けてなかったことを思い出す。
「僕も君と同じ行き遅れの25歳だよ。」
少しだけその声が楽しそうに聞こえて顔を上げたもののラヴィルさんの顔はいつも通りの眠たげな顔だ。気のせいかな・・・。
・・・というか
「え、ラヴィルさんって25歳なんですか?!」
「うん」
「わ、私と同い年か年下かと思ってました・・・」
「よく言われる」
私の言葉を気にした風でもなくサラリと受け答えるラヴィルさん。うん。幼くはないんだけど儚げな印象とほわほわした雰囲気のせいで歳を感じさせないというか・・・。
「よろしくね。そこのグレンは僕より1歳年下で君と同い年。僕もグレンも結婚もしてなければ恋人もいないよ。」
あら、私と一緒。
「行き遅れ仲間ですね」なんてふざけて笑うとラヴィルさんは「そうだね」と少しだけ笑った――気がした。
それからしばらくして炊飯器から甘い香りと共に音楽がなった。
「あ、出来たみたいです。」
私は手袋をしてやけどに気をつけて釜を取り出す。うん、いい香り。
ひっくり返してゆっくり釜から出すと中々いい感じにチョコケーキが出来上がっていた。
「わぁ〜!美味しそう・・・」
「あのボタンを押しただけで・・・」
「・・・む」
三者三様の反応をしてチョコケーキを囲む姿は少しシュールで面白い。
ラヴィルさんなんか本当の猫みたいに鼻をひくひくしてうっとりした顔をしてる。・・・甘いもの好きなのかな。
仕上げに粉砂糖をパラパラと飾り付け程度にちらして、完成。
「出来ましたよ。それじゃあ皆さんで食べましょうか」
目を輝かせる3人のために私はケーキを切ってお皿にもりながら可愛いなぁ、なんて考えていた。
「いただきます」
「・・・由奈様、それは?」
つい癖で出た挨拶にグレンさんが首を傾げる。
「あ、これは元の世界で食べる前にしていた挨拶です。食べ物と作ってくれた人に感謝するために言ってますね。」
「へぇ・・・、いただきます、ですか。」
「はい。ちなみに食べ終わったあとは「ごちそうさまでした」です」
「なるほど」
ふむふむと頷く勉強熱心なグレンさん。癒され効果ありすぎてもはやマイナスイオン出てるんじゃないかな。
まぁ、何はともあれ、色々あって疲れたし。疲れた時はやっぱり甘いものだよね。
チョコケーキを一口サイズにフォークできってから口に運ぶ。
うんっ!いつも通り、おいしい。
3人も気に入ってくれたようでそれぞれ歓声をあげながらあっという間に食べてくれた。
「ふふ、お口にあったようでよかったです。実はあの炊飯器ってスープ作ったり、沢山まだまだ新しい使い方があるんですよ」
何回でも言う。ズボラな私でも簡単にできる。だってスイッチ押すだけだもん。
だから結構一時期炊飯器料理ハマったんだよね〜。
得意げに話すとアリスちゃんが「すいごうきん、すごいです!」とはしゃぐ。アリスちゃんんんんん!だから、すいごうきんって何?!まぁ、いいや。喜んでくれてるならそれで。
ラヴィルさんも気に入ってくれたみたいで小さく鼻歌を歌ってる。最初はまた何か魔法を使ってるのかな、と思ってたんだけどグレンさんが「あれは普通に機嫌がいい時のラヴィル様です」と教えてくれたので多分、このクッキングは成功したと思う。よかった。
まぁ、その後も片付けしたり、アリスちゃんが私の元の世界そっくりな部屋を見に来たりして色々ドタバタしてるうちにあっという間に夜になった。
結局、アリスちゃんは私の部屋を気に入ってくれたみたいでところどころ自分の好きなように変えただけで基本のベースは私の部屋にそっくりな部屋にしていた。
夕食に食べた食事はめっちゃ美味しくてびっくりしたし、お腹いっぱいになって幸せだった。
詳しい話は疲れた体を休めてから、ということになったので今日は聖女やらなんやらは説明されずに部屋に戻った。
「うっ、はぁ〜!」
部屋に入ると直ぐにバタンっ!と音がしそうな勢いでベッドに飛び込む。
「うぁーーー!布団気持ちぃぃぃー!」
疲れた時の布団、ほんと気持ちいい。あ、包み込まれるぅ。
ゴロゴロとひとしきり転がってから私はふぅ、と息をついた。
「・・・これからどうするかなぁ。」
聖女でもなければこの世界の行き遅れに当てはまる私。そして元の世界には帰れない、かぁ。
・・・はぁ。やっぱり頃合いを見計らってお城から出ないとだよね。いつまでもただの凡人が城にいても迷惑だろうし。
「いっ・・・た」
その時、目に痛みが走って私は身を強ばらせた。
そして私はその原因に気づいてまた溜息をつく。
・・・そうだ、どっちにしろウィッグはともかくカラコンは使える日数だって限られてる。
聖女じゃないとバレてもこのお城で生活を保証してくれるって言ってたけど・・・、実際のところどこまでが本当なんだか・・・。
もしかしたら、潔くこの城から出てこの世界中を回るって言うのもいいのかもなぁ。
はぁぁ。
心の中でついた溜息は誰に聞こえるでもなく消えていく。
◇◆◇
そしてその日の夜。寝る前にカラコンを外そうとして私はある重大なことに気づいた。
・・・保存液が、ないっ、だと・・・?!
由奈氏パニックです。どうしよう。カラコンなんてつけたまま寝たら目くっそ痛くなるからね!?え〜、でもどうしよう。水を代わりに・・・ってダメだ。
私は前にコスプレイヤーの友人がそれだけはやっちゃいけないと他のコスプレイヤーさんに注意してたのを思い出した。
確か、変形したり、微生物のせいで目が痛くなるとかなんとか言ってた気が・・・。
でも、どうすれば・・・。
と、そこで再びコスプレイヤーの友人が注意してた時にそれと一緒にもし保存液を忘れてしまった時の応急処置を教えていたことを思い出した。えーと、なんだっけ?えーと、うーんと・・・。あ、そう!生理食塩水だ!
そこまで思い出すと作り方までいっぺんに思い出して私は急いで暖かいベッドの中からでた。
気づかれないように薄暗闇のなかで作業する。えーと。
まずは、1回沸かして殺菌した水500㎖に4.5gだっけ、の塩をいれる、と。
4.5ってどれくらいだ・・・。確か、確か・・・えーと。
ペットボトルの蓋より気持ち少ないくらいだから、だいたいこれくらい、かな。
あとは食塩と水をしっっかりと混ぜる!
私は暗闇の中、食塩水の入ったケースを全力でふる。
よし、おっけ!
私は恐る恐る、なれない手つきでカラコンを外してお手製生理食塩水にいれた。
はぁ、目が痛い。
こっそりと溜息をつきながらもウィッグも脱ぐと下から私の真っ黒な髪が落ちてきた。
やっぱり何もつけてない方が落ち着くなぁ。思いっきり日本人顔の私に似合うのは黒髪だし。
私はとぼとぼと部屋から持ってきた袋にウィッグやらなんやらを詰めて部屋に帰る。
ほんと、これからどうしよう。
と、部屋に帰る途中で何か音が聞こえた気がして私は耳を澄ませて音を拾う。
「・・・っ」
暫くじっと音を拾うことだけに専念していると、微かだけどあらい息づかいが聞こえてきた。
・・・誰?
私は足音を立てないように恐る恐る音のした方へと近づいていく。
「っっ!!はっ、」
なにか大きな痛みをこらえるようにまた息の詰まったような音がした。
こっそり後ろ姿を覗けるくらいに近づいた私はその人物が見覚えのある人だということに気づいてほっとため息をついた。
「なんだ、ラヴィルさんか・・・」
私の間抜けな声にラヴィルさんはびく、と僅かに肩を震わせた。
そしてゆるゆると後ろを振り返って私の姿を目に捉える。
「えっと・・・?」
困惑したように私を見て首を傾げるラヴィルさん。
・・・あれ?なんで「お前誰?」みたいな顔してんの?お昼あったばっかなのにもう忘れちゃった?
二人の間に気まずい空気が流れて私はそこでやっと、事の大変さを理解した。
・・・やっべえ。私、いま黒髪黒目やんけ。
「君は・・・」
「あ、っと、あ、あ〜!す、すみませぇーん、人間違えだったみたいです〜」
わざとらしく大きい声を出して私は少しずつ距離をとる。
「いや、でも今ラヴィルって・・・」
「ラ、ラヴェルですよ!ラヴェル!あはは、名前まで似てるんですね〜!それじゃ!失礼しましたっ!」
おっしゃ、もうやけくそじゃぁ!絶対怪しまれてるだろうけど私今、髪の色も目の色も違うもんね〜!多分バレないっ・・・はず。
「・・・っ、がっぁ、・・・!」
と、すたこらさっさと逃げ帰ろうとした私の耳におおよそラヴィルさんらしくないとても苦しげな声が聞こえてきた。
「え」
驚いて後ろを振り返るとそこには肩を抑えて何かを耐えるように唇を噛み締めるラヴィルさんがいた。
その顔は真っ青になっている。
「ちょっ、だ、大丈夫ですか?!!」
「っ・・・、だい、じょーぶ、」
いや、全然大丈夫そうじゃないよ!っていうか、尋常じゃない汗をかいてるし、とてもここで見過ごして置けないレベルだよね・・・
でも、私じゃ何も出来ない・・・
正真正銘一般人の私にこの状況をどうにかする力はない。
私に残されたできることなんてアリスちゃんとグレンさんを呼びに行くことくらいだ。
「すみません、待っててください。誰か人を呼んできます。」
移動しながらでもウイッグは被れるし、カラコンもつけれる。
とりあえず誰か呼ばないと・・・!
急いで方向転換をして私達の部屋がある方に向かおうとするとぎゅっ、と何かが私の服を掴んだ。
後ろを振り向くと息を荒くしながら私の服に手を伸ばしているラヴィルさんがいる。
「だ、めだ・・・、今は動いちゃ、だめ・・・」
「は、え?でも・・・」
今にも死にそうな顔をしているラヴィルさんをこのまま放置していたらどうなるか分かったもんじゃない。それに、私の服を掴む腕だって全然弱々しい。
「・・・だめ。」
もう一度、行かせないという意思を伝えるかのように私の服をぎゅっと強く握り直す。
そんな手を振り払えるはずもなく仕方なく私はラヴィルさんの近くに膝をつく。
「ど、どこが痛むんですか、」
思わず震える声に自嘲する。
でも仕方ないか。こんな状況人生で味わうと思わなかったし・・・。
「・・・右全部」
「え、ぜ、全部?!」
ラヴィルさんはひゅっ、ひゅっ、と気管支炎をおこしているような息づかいで私に伝える。
「ぐっ・・・っ、」
またくぐもったラヴィルさんの呻き声があがる。
ラヴィルさんが言った通り、右半身を見てみると、ラヴィルさんが食い込まんばかりに自分の肩を手で抑えているのが見えた。
「ちょっと、失礼しますね・・・」
もしかして怪我してるのかも、とかそれだったら早く消毒しないととか色々考えていたのにラヴィルさんの袖を肩までまくった瞬間、私は言葉を失った。
右肩には絡みつくようにして茨の刺青のようなものが彫られており、更にはそれがおどろおどろしく光っていたのだ。
「なに、これ・・・」
一瞬、体が固まるも、今はそんな暇じゃないとなんとか意識を浮上させる。
「ラヴィルさん、これなんですか?自分が今、どうなってるかわかってますか?」
「・・・わかってる、っ、だ、いじょうぶ・・・、しばらくすれば、なおるっ・・・」
力にはならないと知りながらも私はラヴィルさんの右肩を擦りながらそのか細い声を拾い上げる。
なんか、事情持ち・・・?
私はとりあえずそれ以上何も聞かないことにする。
ラヴィルさん自体がこの現象のことを理解してるんだったら部外者の私がうるさく騒ぐよりはよっぽどマシだろうし。
一向にひかない痛みに何回かまた人を呼びに行こうとしたのだけれどもその度にラヴィルさんが服を引っ張るので結局はずっと私が肩をさするくらいしかできなかった。
が、数分後、やっと少しずつ呻き声がなくなり、刺青のようなものは光をなくしていた。
「ラヴィルさん、大丈夫ですか?まだ痛みますか?」
「・・・大丈夫。」
「人、呼ばなくていいですか?」
ラヴィルさんは私の問いにこくりと頷く。
・・・私もそろそろ戻らないとやばいかも。
ラヴィルさんが痛みを抑えるような動作をしていないことを確認して安心した私は「それでは」とそそくさと別れを告げようと膝についていたホコリをはらう。
「ねぇ」
が、そんな私を止める声がひとつ。
「君、誰?」
通常のねむたげな声に安心しながらも私は冷や汗だらだらだ。
・・・逃げよう。
「通りすがりのものですわ。・・・それではお体ご自愛くださいいい」
ちなみに私、小学校の頃のあだ名「チーター狩りの由奈」だから。それはそれは全力で逃げましたよ。その名に恥じない爆走っぷりでしたよ。え、微妙にネーミングセンスがダサいって?それはほっといて。