35 カタリーナさんはエスパーです
それから、第一王子達と合流した私たちは結局それ以上深く話せる時間はなかった。
正直、話す時間があっても何を話したらいいのかわからないので助かった気がしなくもない。
·····どうしたらいいんだろう。
私はいつも逃げてばかりだ。
自嘲気味に笑う私はそんな思いが胸によぎった。
元の世界にいた時も、私は逃げていた。
私が元の世界に戻るということに未練がなかった理由はそれにある。
私の会社はいわゆる、ブラック会社というやつで私達はいつも過剰なノルマによって残業を強いられていた。
いや、会社全体がブラックだった訳では無いので正確にいえばブラック会社ではない。
ただ、私たちの部署の上司だけが無理難題を無理やり部下たちに押し付けていた為、ブラックと化していたのだ。
つづく残業と、ゴールの見えない仕事に私は疲れ果てていた。
しかし、私のストレスはそれだけにはとどまらなかった。
私は、私たちの働く部署をブラックにした張本人の直属の上司からセクハラを受けていたのだ。
その上司は私以外にもセクハラを繰り返していたが、疲れきった部署内でわざわざ新しい問題を自ら訴える女性社員はいなかった。
そんな中、ある一人の後輩女性社員から私は相談を受けた。
それがあの上司からのセクハラが最近酷くなってきている、というものだった。
後輩はただでさえ小さなそのからだを震えさせて私に必死に訴えた。
そう、訴えて、いたのに。
·····それなのに、私は何も出来なかった。
直属の上司であるその男に注意することも、上に訴えることも出来なかった。
自分のことで精一杯だった。
ずっと、ずっと、私の方が助けて欲しいと心の中で叫んでいた。
それなのに、どうやって他人の苦労まで背負い込むことが出来よう。
そんな最低な考えをしていたから、罰が当たったのだろう。
直属の上司のセクハラは私にまで酷くなってきた。
日に日に酷くなるセクハラと追い詰められた精神。
私は必死に相談してくれた後輩の手を振り払った。
「そんなの、私だってどうしようもできないよ!!」
思わず叫んだ時、後輩の顔はクシャクシャに歪んで涙をポロリと零していた。
それからしばらくして、後輩が会社を辞めた。
噂によれば、うつ病と判断されたらしい。
ここに初めてきた時は、明るくてよく笑う私の可愛い後輩だった、はずなのに·····。
それを消してしまったのは誰でもない、私だ。
後輩は会社に引き止められながら半ば無理矢理に辞めた為、引き継ぎも何も出来ないままだった。
そして、言い方は悪いが、私たちはその皺寄せにさらなる過酷な労働を強いられることになった。
そして、比例するように上司からのセクハラも酷くなり、私はある日上司に襲われた。
二人しかいない資料室で、息を荒くして近づいてくる上司に私は必死に抵抗しながら心の中で叫んだ。
誰か、誰か、助けて。
誰か。
誰か。
·····一体誰に?
そして、私はこんな時なのに気づいてしまった。
私が今味わっている気持ちは、あの子が、辞めていったあの子が持っていたものと同じなのだと。
あの子は、必死に助けを求めて藁にもすがるような思いで私を頼ったのだ。それなのに、それなのに·····。
自分に自分で絶望して、抵抗する気持ちすら薄れた時、資料室の扉が開いた。
そこに居たのは違う部署の男性会社員だった。
それにより、上司のしていたことは全て会社にバレることとなり、上司は懲戒免職となった。そしてそれにより、私たちのいた部署は調査のため、一旦解散となった。
幸い私は未遂で終わった為、大事にはならなかった。
そうしてまともに元の部署の仲間と話すことも無く、私たちはそれぞれバラバラの部署に移動となる。
そうして、いるのが今の部署だった。
新しい部署はとてもいい所で、事情持ちの私でも後ろ指さされることなく、働くことが出来た。
それでも、私はずっと逃げ出したかった。
明確に何から逃げようという訳では無い。
ただ、たまに私を呑み込みそうになる、なにかから逃げ出したかった。
だから
思ったんだ。この世界に飛ばされた時。
ああ、逃げ出せたんだって。
そうして、アリスちゃんとあって、あの直属の上司にそっくりな雰囲気を持った国王にあって、私は強く誓った。
今度こそ守るんだ。
そう、誓った。
今度こそ逃げ出さないで、大切なものをなくさないように。
それなのに、私は結局また逃げてる。
朝になり、前いた部署での夢を見ていた私はベッドの上で身を起こした。
寝起きは最悪だ。
今私が居るのは城からいなくなる前にいた自分の部屋。
プリンを配り終え、合流した頃にはもうかなり遅い時間になっていたため、私達はあまり話すことなく解散となったのだ。
ジョズさんとステネさんは取り敢えず家に帰り、私とアリスちゃんは部屋に戻った。
部屋に戻った途端どっと疲れが襲った私はベッドに倒れ込むと、泥のように眠った。
そしてただ今。どうやら私は朝まで一度も起きることなくぐっすりと眠っていたようだ。
ラヴィルさんが魔法で作ってくれた元いた世界と何も変わらない景色に私は目を伏せる。
異世界来てまで何逃げてんだろ。
はぁ、とベッドの上でため息をついているとコンコン、と部屋の扉がノックされる。
「はぁい」
緩く返事をすれば「失礼します」ときっちりとした返事をしながらカタリーナさんが入ってきた。
「おはようございます。·····眠れましたか?」
「へ?」
心配顔で私を気遣うようにみたカタリーナさんの問いかけに私はきょとんとした顔を返す。
「あ、いえ。昨日、少し顔色が優れないようでしたので。」
「·····気づいてらしたんですか?」
「はい。由奈様の侍女ですから。」
柔らかく笑うカタリーナさんに私もつられて笑ってしまった。
「あの、カタリーナさん」
「はい、なんでしょう?」
「カタリーナさんはいつ昨日の男性が好きだってことに気づいたんですか?」
「はっ?へ、え、えええええええ?!」
いつもはあんなに冷静で凛としているカタリーナさんが顔を真っ赤にして後ずさった。ちょっと面白い。
そんな微笑ましい反応に私の頬は緩む。
「ほら、幼馴染って言ってたじゃないですか。どうしてそんなにそばにいたのにそれが親愛じゃなくて恋だって気づいたんですか?いつからそう明確に思ったんですか?何がきっかけ?」
「え、え、え」
質問攻めにカタリーナさんは真っ赤な顔でタジタジになっている。その顔に浮かぶのは困惑と羞恥だ。
可愛いけど、ちょっとやりすぎちゃったかな?
私はふっ、息を漏らす。
「ごめんなさい、ちょっとした冗談です。気にしないでください。」
そのまま誤魔化すように手をひらひらとさせながらベッドから出る。
「わ、私は、元々はいい加減なお兄ちゃんみたいな人くらいにしか思ってなくて」
が、カタリーナさんが真っ赤な顔で細々と放った言葉によってその身体はぴたりと止まった。
「で、でもいつからかあの人が他の女性と仲良くしてたりすると胸がモヤモヤして·····。
そんなある日、私森で遭難したんです」
遭難?
いきなり飛んだ話に私が不思議な顔をするとカタリーナさんは苦笑しながら頷いた。
「そうです。木の実を取りに行こうと思って森に入って、遭難して帰れなくなっちゃって·····」
そう言うとカタリーナさんは目を伏せた。
「気づいたら夜になっちゃって心細くて私泣いちゃってたんですけど·····、その時に見つけ出して助けてくれたのがあいつだったんです。抱きしめられて「もう大丈夫だぞ」って言われた瞬間すごく安心して·····」
カタリーナさんはまだほのかに火照る頬のまま私と目を合わせた。
「きっかけはそんな非日常のことでしたけど、きっと日常のなんでもないことが積み重なって好きになったんだと思います。なんて言うか·····、理屈で考えるより、先に身体が動く、みたいな·····」
そう言ってからカタリーナさんはせっかく収まってきた頬をまた真っ赤にして「なんかすみません、変な事話して。」と慌てて頭を下げる。
「·····いえ。カタリーナさんの甘酸っぱい話が聞けて満足です!」
にっこりと笑って返すとカタリーナさんは少し視線をさまよわせてから照れくさそうに笑った。
「ご参考に、なりましたか·····?」
「え?」
「その、なんだか悩んでいるようでしたので。」
カタリーナさんは女神なだけじゃなくて、エスパーなのかなぁ。
ぽんこつな私の頭は咄嗟にそんなことを考える。
「由奈様·····?」
それから私は不安げなカタリーナさんを見てしばらく考えてから微笑んだ。
「とっても参考になりました」




