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【閑話】苦労する男とおてんば聖女

引き続き三人称です。

「えっと、あと何混ぜればいいんでしたっけ?」

「お酢を少々です」

「あ、そうでしたね!ありがとうございます!」

グレンに笑顔でお礼をいうと、アリスはにこりと笑ってまたマヨネーズを混ぜ始める。

「·····あの、グレンさん」


控えめに声をかけたアリスにグレンが「なんですか?」と返すと彼女はその愛らしい顔をうっすら赤く染めた。

グレンはそんなアリスの様子に首を傾げる。

「あの、これにこれ入れたら美味しそうだと思いませんか·····?」

そう言いながらアリスはおずおずと籠を取り出す。

「え゛」


が、その籠に乗っていたものはおおよそ、美味しそうには見えない何かの実だった。手のひらサイズのその実はベースが青色でまだらに黄色い点々がある、なかなかショッキングな見た目をしていた。

グレンは無意識のうちに顔がひきつるのを感じる。

「えっと、その、ですね·····。た、多分、由奈様がマヨネーズを使うのでその実にマヨネーズつける余裕はないんじゃないんですかね」

滅茶苦茶早口でなんとかアリスからその果物を引き取ろうとするグレンはにっこりと笑いながらどうアリスを説得しようか考える。

「それに、その実どこからもってきたんですか·····?多分それ、前の草みたいに由奈様に見つかったら回収されますよ」


正直、自分も今すぐにその実をどこかに捨ててきて欲しいと言いかけたグレンは直前で言葉を呑み込む。

と、その言葉を聞いたアリスはしゅんとして「そうですかね」と俯く。

「そ、その実は今度、またみなさんで違う食べ方とか探しましょ。とりあえず、今日は絶対に食べません。」

「·····分かりました。あとで戻してきます。」

宝物を無くした子供のように沈むアリスにグレンは良心が痛むような感覚に襲われる。

·····いやいや、でもあれは食べられない。食べちゃダメなやつだろう。

思わず甘やかしたくなるのを我慢してグレンは心を鬼にした。

「残念ですが、後で実は戻しましょう。私も一緒についていきますから。」

「·····はい」

しょんぼりとした顔のままのアリスにグレンは思わず「今度ケーキでも一緒にいかかですか?」と声をかけた。

「·····え?!なんでですか?!ケーキ食べたいです!」

一気に元気になったアリスを見てグレンは微笑んだ。

「それじゃあ今度街にケーキ食べに行きましょう。由奈様たちも誘って。」

「はい!是非!」

花のほころぶような笑みにグレンも思わずつられて笑う。

「グレンさん、カラメル作ってます?」

と、後ろから由奈に声をかけられる。

「あ、すみません。まだです。今から作りますね」

「了解です!あの、カラメルすぐ焦げるんで本当に気をつけてくださいね」

「わかりました」

由奈は言うことだけ言うと直ぐにまた違う工程へと移った。


「由奈さんて、凄いですよね·····」

そんな由奈の後ろ姿を見守っていると、隣でアリスが溜息をつきながらそんなことを言った。

「え?」

「だって、そうじゃないですか。由奈さんだって私と同じ状況だったはずなのに、あんなにキリッとしていて、いつも凛としていて·····、私、いつか由奈さんのようになりたいんです」

少し寂しそうなその横顔はアリスにしては珍しく大人びた雰囲気を纏っていた。

「私、元の世界にいた頃からずっと出来損ないだったし、自分で意思表示をすることがなくて。初めて、損得無しであんなに優しく接してもらって、私すごく、すごく嬉しかった。」

何かをこらえるようにずずっと僅かに鼻を啜ったアリスは何も言わないグレンに笑いかける。

「だから、私もっともっと強くなりたいんです。由奈さんみたいに自分だけじゃなくて、周りの人も護れるくらいつよく。」

ぎゅっ、と唇をかみ締めたアリスの頭にグレンは、ぽんと手を置いた。

「私が言うことじゃないですけど」

グレンはそう前置きするとうっすらと微笑んだ。

「由奈様はそんなに強くないと思いますよ」

「え?」

「由奈様は、由奈様なりにきっとたくさんの不安や恐怖を抱えているのだと思います。·····私もついこの間までは由奈様はとってもお強い方だと思っていました。」

グレンはそこで言葉をきると、先程の由奈の様子を思い出した。

「でも、さっき由奈様が泣いているのを見て、由奈様も私と何も変わらない人間なのだと感じました。」


その言葉にアリスも先程の由奈の様子を思い出す。


初めて見た由奈の涙はとても綺麗で、とても儚かった。

今まで、理不尽に異世界に召喚されようと、元の世界に帰れないとわかろうと、国王に酷い扱いをされようと一切動揺することのなかった由奈が初めて見せた涙。


それは周囲の人間にとって、とても衝撃的なことだった。

当の本人は気づいていないが由奈が泣いていた時、実は周りで見ていた人間は、誰もが静かに涙を流す由奈を驚きの目で見ていた。


そして気づいた。

ああ、由奈も怖かったのだ、と。



「由奈様はきっと、強いだけじゃなく、強くあろうとする方だと思います。それは私共からしても見習うべき姿勢です。

·····ですが、強いだけではいつか歪みがうまれてしまうでしょう。由奈様はなんでも一人で抱え込みやすい方です。

その歪みはいつか徐々に本人を蝕んでいくと思います。」

アリスはいつになく真剣に話すグレンの言葉に息を呑む。

「ですから、私はそんな由奈様や、アリス様を支えたい。

改めて今回の件でそう思いました。」


最後に美しくにこりと笑ったグレンはアリスの頭をもう一度軽く撫でるとカラメル作りに取りかかる。

「グレンさん」

自分で話しておいて照れくさくなってしまったグレンはアリスの呼び掛けに振り返らずに答える。

「私も、頑張ります。由奈さんみたいになるためにじゃなくて、由奈さんと並べるように。支え合えるように。

·····もう、こうなったらパイネマと聖女はすっごく仲がいいって歴史に残るくらい仲良くなります!」

「ふっ、が、頑張ってください」


見た目に似合わず案外ツボの浅いグレンは、顔を真っ赤にして意気込む新聖女に吹き出しそうになりながらも心からの応援を送った。

「あー!今、グレンさん、馬鹿にしましたよね?!」

「いえ、馬鹿にはしてませんよ」

「してましたよ!」

「してませんって、ふっ」

「ほら!また!!」


ギャーギャー二人で言い合っていると、キッチンになにやら焦げ臭い匂いがたちこめ始めた。

ん?と思った時にはもう遅く、カラメルを作っていたはずの鍋から黒い煙が立ち上る。


「こら!アリスちゃん、グレンさん、しっかりカラメル見てないとダメって言ったでしょう?!焦げてますよ!!」

口喧嘩をするアリスとグレンの間に由奈が割り込み、両者にデコピンをお見舞する。


「今度は気をつけてくださいね。あ、あと二人とも仲良く作ってください!」


「はい·····」

「わかりました」


二人して怒られた子供のようにしゅんとするグレンとアリスはしばらくするとどちらともなく顔を見せ合い、気合いを入れ直す。


「作りましょうか」

「ですね!!」




それからもう一度失敗したのはご愛嬌、ということにしておこう。


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