【閑話】ある兄弟
三人称です。
「じゃあ、この材料を入れてよくかき混ぜてください。あ、なるべく泡は入らないようにしてくださいね」
そう言って息付く間もなくぱたぱたとまた次の作業に戻った由奈を見て第一王子―――ロナンは弟のシナンの顔を見て笑った。
「本当、相変わらず嵐のような人だよね」
兄の言葉に弟は、あっけに取られたまま頷く。
「·····元々ああいう方なのですか?」
「ん?どういうことだい?」
「あ、いえ。その、謁見の間で見た時も城から追い出す魔法をかけた時もどちらの時もあんな人だとは思わなかったので·····」
無意識に由奈のことをディスっているということに気づかないシナンは不思議そうな顔で兄に話す。
そんな弟にロナンは笑いそうになりながらも「確かに」と続ける。
「由奈はあれで本性を隠すのが上手だからね。僕も最初はまさかあそこまで豪快で雑で規格外の女性だとは思わなかった。」
「あ、兄上、俺はそこまでは·····」
若干顔をひきつらせたシナンにロナンはにっこりと笑った。
「さ、とりあえず混ぜようか」
「あ、は、はい!」
2人はしばらく無言でボウルの中に入れた材料を混ぜる。
「·····あの、兄上達は由奈が失踪した時、どうしてあそこまで一直線に信じていられたんですか?」
しばらくするとシナンがボソリとそんなことを呟いた。
その問いにはなんの思惑もなくただ、ただ純粋な疑問だった。
「·····そう、だね。何故かなぁ。正直僕もよくわからないんだよね」
兄が軽くあはは、と笑うと弟は勢いよく隣に視線をむける。
「な!そ、そんな軽い感じなのですか?!」
「うん。いやぁ、僕自身まさか自分がこんな人を信じられたなんて思わなかったよ、前の自分なら考えられないね。
·····いや、違うか。きっと、僕は、僕らは由奈だからあんな、愚直に由奈を信じて帰りを待っていられた。」
そう言ったロナンは由奈が消えた直後のことを思い出していた。
由奈が部屋にいないと気づいてから城は今までにないほどの混乱を迎えていた。ロナンやグレンも由奈が消えるなんて思っても見なかったことが起きたことで酷く動揺していた。
そのせいで素早い行動が出来ずに、結果、幹部たちの思惑通りパイネマ全体と由奈を危機に晒すことになってしまった。
アリスは由奈の身を案じ、ラヴィルは自分自身と今の状況に戸惑っているようだった。
そんな混乱している状態の中でもロナンを始めとし、グレン、アリス、ラヴィル、そして由奈に一度でも関わったことのある城の使用人達は由奈を信じていた。
ロナンはシナンに言った通り、自分がなぜあの時なんの根拠もないのに由奈を信じようと思ったのかは未だに分からない。
それでも、信じ続け、由奈の行方を追ううちに、案の定由奈は自分から城を抜け出したのではなく、事故的に城から出ていくことになってしまったことが分かり、その原因がシナンだということもわかった。
それもこれも普段はマイペースなラヴィルが一生懸命に魔力の痕跡を追ってくれたお陰だ。
ロナンは最初、シナンが聖女候補であった由奈を疎んで城から追い出したという可能性も視野に入れていたが、慎重な話し合いの結果シナンがこの国を真っ直ぐに正しい視点から見られていることに気づき、そして真実に辿り着いた。
最初、由奈がパイネマであり、それも黒目黒髪だということに驚きを隠せなかった。というより、正直信じていなかった。
彼女がこの城で過ごしていた時の色彩は金髪翠眼だ。一切、黒の色彩は入っていない。
が、由奈がパイネマなのか否かという問いに答えを出したのもラヴィルだった。
「由奈は黒目黒髪のパイネマだよ。」
迷いなく断言したラヴィルに皆がそれぞれの疑問を問いかければ、ラヴィルは明確な答えを返した。
色彩については「髪はウィッグ、瞳は向こうの世界の道具だろう」という答えが返ってきた。
まだ、納得できない部分もあったが大方の質問を終えて何も反論することのなくなったロナン達は黙り込んだ。
そんな皆をみて、ラヴィルは「それに僕、黒目黒髪の由奈と会ったし」と最後に爆弾発言を落とした。
驚くロナン達にラヴィルは自分の記憶を映像化させるという高度な魔法を使うと、ロナン達に見せた。
王に無断で魔法を使えばあとから激痛が襲うことを知っていたロナンはラヴィルが魔法を使うことを止めたが、ラヴィルは少しでも由奈の捜索の役に立つのならと、自ら魔法を使った。
そうして、ロナン達は黒目黒髪の少女とラヴィルが夜に話している映像を見た。
その映像にでてきた少女は確かに色彩は違えど、由奈に間違いなかった。
そうと分かれば、そこから計画を立てるのは早かった。
様々な可能性を考え、由奈と安全に合流する手段を考える。
その途中で思いがけずシナンが大活躍し、ラヴィルの呪いの解き方が分かった。
そして、ここでもう一人大活躍した人がいる。それが、アリスだ。
アリスはラヴィルの呪いの解き方がわかった瞬間、物凄いスピードで能力を開花させた。
自分に出来ることを全力で頑張りたかったという。
本人曰く、「根性です」だそうだ。
そんな規格外で良くも悪くも癖の強いメンツをまとめあげ、幹部たちにバレないようにしたのがロナンとグレンだ。
ロナンはそれぞれの個性を活かしながら絶対に失敗しない計画を立て、グレンはそれを成功させるためにあちらこちらを走り回った。
そして、実はラヴィルは呪いのせいで城から出ると王にバレてしまうことがわかったので、城からラヴィルが出る予定はなかった。
が、ラヴィルがどうしても由奈を迎えに行くのは自分がいいと珍しく我儘を言った為、由奈を迎えに行く役割はラヴィルとなった。
ただ、やはりラヴィルが迎えに行くということは王にラヴィルの行動がバレるということだ。
だからまた慎重にラヴィルとその対策をたてた。
そしてやっとすべての準備が終わり、残る問題は由奈の現在地がどこかということだけだったが、これは案外呆気なく解決した。
現在地をつきとめたのはやはり、ラヴィルだ。
「由奈と僕の魔力の波長は似てるんだ。だから、由奈の位置はある程度わかる。」
感情の分からない顔をしながらラヴィルはそう言った。
そして、迎えた当日。
ラヴィルは由奈を迎えに行き、そしてロナン達は革命と呪いの解除の準備を始めた。
そうして長い期間をかけてたてた計画は実を結び、今、こうして和やかな時間の中で笑うことが出来ている。
「由奈には思わず信じてあげたくなるような、そんな不思議な力があるんだろうね。それは魔法とかパイネマとか関係なく、もっと温かいもの」
そう言うロナンの顔はとても優しいものだった。
「そう、ですね。俺もまだ由奈と向き合ってから少ししか経ってないけどなんだか、わかる気がします。」
「ま、あんまり油断しすぎるのも気をつけた方がいいけどね。彼女はあれでなかなか食えない人間だから。」
楽しそうに笑うロナンにシナンは神妙な顔で「き、気をつけます」と返事をする。
「そこー!手が止まってますよ!そんなんじゃいつまでたってもプリン食べられませんからねっ!城にいる人たちにも配らないとなんですから〜!!」
噂をすれば、だ。話を終えると同時に、後ろから今話してた人物に叱られた。
そんな声にロナンは肩をすくめると「ね?」と弟に笑いかける。
そんな兄にシナンはいたずらっ子のような笑みで「そうですね」と返すと、止めていた手を動かし、プリン作りを再開した。
キッチンには素朴で甘い香りが漂っていた。




