15 国の事情
「・・・なにしてんだよ、ばあちゃん。」
「あら〜、おかえりジョズ。早かったわね」
楽しく談笑しているところに突然後ろから声をかけられて私は心臓が縮むほどびっくりした。
「ちょっと嬢ちゃんが心配で早引きしてきた。」
「え、すみません。私のせいで」
門番さん、もといジョズさんの言葉に私が謝るとジョズさんは「いいの、いいの。俺が気になっただけだから」と笑って私に頭を上げさせた。
と、老婦人――ステネさんというらしい――は「ふふ」と笑ってジョズさんに「まだなにも聞いてないからゆっくり話すといいわ」とさらに笑いかけた。
「ああ。ばあちゃんも聞くだろ?」
「んー?私がいたら話したいことも話せないでしょう?」
「あ、全然大丈夫ですよ!」
私が声を上げるとステネさんは「ありがとうね」と言って席に着いた。
「えーっと、とりあえず何から聞いていこうかな。」
ジョズさんは思案するように顎に手を当てる。
「あの、私から質問してもいいですか?」
少し手を挙げてジョズさんを見るとジョズさんは「あぁ、いいぞ」と優しく笑いかけてくれた。
「えっと、早速なんですけどパイネマって、なんですか?」
私の質問にジョズさんは「ああ、まずそこからだったな」と思い出したようにつぶやく。
「・・・んー、そうだな。どこから話そうか。」
「あんまり聞いていて気持ちのいい話じゃないんだけどな」と前置きしてからジョズさんはゆっくりと話し始めた。
「元々、この世界には聖女様っていう存在がいたんだ。そのことについては知ってるか?」
私は頷く。なんてったってそのことについて私は当事者だ。
「そうか。んで、まあ聖女様は名前の通り、様々なところに生まれた魔を閉じ込める存在として人々に崇められてきた。で、その対になる存在がパイネマ、つまり持たざる者だ。パイネマの特徴は身体のどこかに黒い色彩を持っていること。黒が深ければ深いほどその人物の持つ力は強い。そして、究極のパイネマと呼ばれるものは黒髪に黒目を持っている。」
「え」
黒髪黒目が究極のパイネマ・・・。ってことは、私は。
「そうだ、嬢ちゃんはパイネマの中でもかなり特別な部類に入る。俺も門番として様々な人を見てきたけど嬢ちゃんみたいな完璧なパイネマは初めて見た。恐らく、黒目黒髪のパイネマは文献を読んでもそう多くはないと思う。」
・・・だからジョズさんは私の色にあんなに驚いたんだ。
状況を少し理解し、驚きと共に困惑が押寄せてきた。じゃあ、どうして私は聖女候補に選ばれたの?いくらなんでもウィッグを被ってるからってパイネマと間違えたりなんかする・・・?
考え込む私をみてジョズさんは「でもパイネマ自身が存在を知らないなんて初めてだと思う」と複雑な顔で告げる。
「・・・まだ辛い話が続くが、聞くか?」
「はい、自分の状況についてはどんなことでも知っておきたいです。」
私が間髪入れずに答えるとジョズさんは「偉いな」と私の頭を優しく撫でてくれた。
だって、きっと今頃アリスちゃん達は私がいなくなってることに気づいているはず。この先、何があっても私はなるべく自分の好きなように動きたい。そのためには何がダメで何がいいのか、私は知らないといけない。自分の身を守る為にもアリスちゃんを守る為にも。
私があの子の足を引っ張るなんてことはあってはならない。
「そもそも、パイネマって言うのは聖女の対になる存在でありながら似たような存在なんだ。聖女が浄化する力を持っているのに対してパイネマは膨大な力を持って魔物を殲滅する。」
「え、どちらも魔物を倒していたんですか?」
「ああ。ここからが込み入った事情になってくるんだがな」
ジョズさんは苦虫を噛み潰したような顔をして続ける。
「パイネマは本来なら聖女と対等に扱われるべき存在なんだ。が、この世界で黒い色彩を持つものは恐れられ、時には忌々しいものとされる。何故こんなにも対応に差が出たのか。それは昔の政府に問題があった。」
「昔の政府・・・?」
予想外のワードに私が首を傾げるとジョズさんは神妙な顔つきになる。
「あぁ。そもそも事の発端は聖女とパイネマが初めて現れた時代まで遡る。その時は黒目黒髪のことをそんなふうに呼んだりはしなかったし、聖女と共に魔物から人々を助け出した黒目黒髪の人物、仮にブラックと言う名前で想定しよう。ブラックは聖女と対等に扱われ、人々から崇められていた。」
「それなら、どうしてそんなことに?」
「それはさっきも言った通り、昔の、つまり当時の政府に問題があったんだ。その時代のブラックは聖女と同等かそれ以上に崇められていた。そしてそれを疎んだのが政府だ。理由は単純で、聖女には攻撃する力が備わっておらず、ブラックは攻撃する力があった。ただそれだけの理由だ。」
「・・・もしかして、それって」
私の思わず漏れ出た声にジョズさんは「そうだ」と頷いた。
「政府はその巨大な力と人々から多大な信仰を集めるブラックが政府に反乱を起こすことを恐れた。例え聖女がそれを企てても浄化する力しかない聖女ならなんとかできると思ったんだろう。だが、ブラックの方はそうはいかない。何せ、ブラックが持っている力は浄化する力ではなく殲滅する力だからな。そして、政府は人々にデマを流した。ブラックがこの国をその巨大な力で恐怖に陥れるつもりだと。最初はそんな噂を信じなかった人々もだんだんと洗脳に近い形で噂を信じた。ブラックと仲が良かったと言われていた聖女はその噂を必死に消そうと努力したが、皮肉なことに聖女がその噂を否定すればするほどブラックという悪役まで庇う優しい聖女様、という印象が人々に染み付いていった。」
「そんな・・・」
「もちろん、少数ではあったがブラックを信じ、敬う人もいた。だが、相手は政府だ。ブラックが元々あまり人とコミュニケーションを取るような人柄じゃなかったのも災いして反ブラック派はどんどんと増えていった。そして、ある日。ブラックは反ブラック派の集団から暴行を受け、最後にナイフで刺され、死亡した。そいつらを殺そうとすればいつでも出来たのに、ブラックは最後まで自分を殺そうとするそいつらに力を使うことは無かった。『一般人を傷つけたくなかったんだろう、あの方は優しいお方だから』と後にブラックを慕う者がそう言ったそうだ。」
「・・・本当に惨い話よ。」
あまりの酷さに言葉を失っているとそれまで一言も言葉を発さなかったステネさんは冷たい声で短くそう言った。
「その後ね、政府は聖女を囲いこもうとした。聖女が王のお気に入りだったって言うこともあってそれはもう必死にね。でも聖女は親友だった黒目黒髪の人物を救えなかったことに絶望し、自らの命を絶ったの。」
ステネさんはまるで小さい子に言い聞かせるようにはっきり、ゆっくり話した。そのあまりに凄惨な歴史を。
「でもな、政府は聖女の自殺を隠蔽し、事故で亡くなったことにした。そして、今度は上手くいくように黒目黒髪に対する偏見を国民に植え付け、新しい聖女が生まれる度に囲いこんだ。そのせいで黒の色彩を持つ者は忌々しいものとして扱われるようになり、今に至る。そして、そんな流れの中で黒髪黒目に付けられた名前がパイネマ、持たざる者だ。色を持たない、っていう意味と共に幸せをもつことができない、っていう意味がある。俺とばあちゃんはこの名前好きじゃねぇんだけど、この世界ではそう呼ばねぇと話が通じねぇんだ。最近じゃ庶民の中では黒目黒髪に対する偏見は薄れてきたけど特に政府の幹部連中は未だに差別意識が強い。」
「だから、さっきの人も・・・?」
門の前でジョズさんと話していた男の人を思い出す。と、私の言葉にジョズさんは苦笑いをしながらも頷いた。
「そうだ。あいつの家は特に典型的な反パイネマ派だからな。お嬢ちゃんの髪色が見えていたら何されていたかわかったもんじゃない。あいつが通る前にお嬢ちゃんと会えてよかったよ。」
「こ、こちらこそそんな危ないところを助けていただき、重ね重ね申し訳ありません。ありがとうございます。」
ペコ、と頭を下げるもジョズさんの顔は浮かない。どうしたのかと首をかしげてジョズさんの言葉を待っているとジョズさんの目に鋭い光が宿る。
「じゃあ、今度は俺からの質問だ。」
「はい。」
真面目なトーンに戻ったジョズさんに緊張感を覚える。
が、助けてもらった恩を返すため、聞かれたことには素直に応えようと思っている私に、ジョズさんは簡潔に質問した。
「お嬢ちゃんは一体何者だ?」と。




