12 変化はすぐそこに
「本当に、あなたは何をやってるんですか」
前を歩くグレンさんがはぁ、とため息ついた。
たった今、私達は片付けを終えて別館に戻っている途中だ。
結局、グレンさんに叩き起されたラヴィルさんは眠そうに目を擦りながらも私の隣を歩いている。
「まぁ、ラヴィルさんってそういう人ですし」
私が相変わらずマイペースにあくびしているラヴィルさんを見ながら笑ってグレンさんに伝えると、グレンさんも少し苦笑して「すみません」といった。
それからしばらくすると突然グレンさんが「あ」と声を上げた。
「そう言えばこの城の案内がまだ出来てませんでしたね。」
ポンと、手のひらを叩いてグレンさんが言う。
「あ、確かにそうですね。」
「私、お城なんて初めて入ったのでもしよかったら見学してみたいです!」
私がそれを肯定するとアリスちゃんが元気に手を挙げてアピールする。
「そうですね、それでは今から案内しますのでついてきてください」
「はい!!」
素直に頷くアリスちゃんを見て私も返事をしようと声を出す寸前、脳裏にさっきのラヴィルさんの様子が過った。
私は隣にいたラヴィルさんに質問する。
「ラヴィルさんも一緒に行きますよね?」
「・・・え?いや、僕はここで休んでるよ」
相変わらず、少しぼーっととしながらラヴィルさんはそう答えた。返答自体は省エネ主義のラヴィルさんっぽいと言えばラヴィルさんっぽいんだけど・・・。
なんだろう。呪いの話を聞いたからかな。ラヴィルさんをこの状況で1人にすることがとても不安だ。
考えすぎだ、ともう1人の私が思うけどやっぱり心は不安なままで。私はしばらく考えてからグレンさんとアリスちゃんにぺこりと軽く頭を下げた。
「グレンさん、私はラヴィルさんとどこかで休んでるので、その間アリスちゃんにお城を案内してあげてください。」
「え・・・、何故ですか?」
驚くグレンさんに私は申し訳なく思ってることが伝わるよう「少し疲れてしまったのでラヴィルさんと休憩してもいいかな、と思いまして」と答える。
「あ、それなら私、別の日でも全然大丈夫です!!」
アリスちゃんは私に気をつかってそんなことを言ってくれる。それはとても嬉しいんだけど・・・。
「グレンさん、アリスちゃん。この城で一番立場が危ういのは恐らくアリスちゃんです。王に一番目をつけられていますし、政には私程詳しくない。何かあった時、少しでもこの城の構造をわかっていた方が今後のためになります。」
「でも由奈様にもそれは言えます。」
私の言い分に尚も引き下がらないグレンさん。きっと私のことも心配してくれているんだろう。アリスちゃんも隣で同意するように頷いている。
その心遣いが嬉しくて私は微笑んだ。
「それじゃあ、また今度私にもお城を案内してください。とりあえず今日はアリスちゃん第一優先でお願いします。ワガママ言ってすみません。」
私の言葉にグレンさんはやっと笑ってくれた。
「・・・そう、ですか。では今度は由奈様もご一緒にゆっくり周りましょう。ラヴィル様のことを頼みました。」
「はい、大丈夫ですよ。行ってらっしゃい」
私たちのやり取りを黙って聞いていたアリスちゃんは心配そうな顔で私たちを見る。多分、アリスちゃんは自分が変なことを言ったせいで問題が起こってる、と思ってるはずなので私はアリスちゃんにニヤリと笑う。
「今度はアリスちゃんが私にお城案内出来るくらい詳しくなってきてね」
私の言葉に数秒経ってから言葉の意味を理解したらしいアリスちゃんは「はいっ!」と元気に頷いた。
それからお城の探索に向かったアリスちゃんとグレンさんを見送ると抱きついたままだったラヴィルさんが少し身じろいだ。
「・・・ごめん」
「ん?何がですか?」
突然の謝罪の意味がわからず質問する私にラヴィルさんは「お城、探索するの邪魔しちゃった」と、答えた。
私は少し笑いながら「私が私の意思で選んだことですから」と答えるとラヴィルさんは「そっか」と、たどたどしく返事をした。
「・・・そういえば、ラヴィルさん。さっきは大丈夫でしたか?」
私がさっきのラヴィルさんらしからぬ行動をした点について指摘するとラヴィルさんは小さく「分からない」と答えた。
「分からない?」
「うん。自分でもよく分からないんだ。」
予想外の言葉に私が返答に困っているとラヴィルさんは「ただ」と続ける。
「ただ、由奈の近くは少し怖い。」
「へ?」
「由奈といると――」
ラヴィルさんが何かを言いかけたその時、すこし離れた廊下から声がした。
「本当に、あいつ生意気だよな。」
「本当だよ。にこりともしねぇでバンバン魔法使って気味が悪いっつうの。オマケにパイネマだしな。」
「ああ。少しくらい愛想があればまだマシなんだがな。いけすかねぇ奴だ。」
「どうせ、陛下に気に入られてるから得意になってるだけだよな」
「そりゃー、違いねぇな」
そんな言葉の後に嫌な笑いが聞こえてきた。
幸い、声の主達は私達のいる方へは向かってこなかったもののその不愉快な声と会話が私の頭の中にこびりついた。
「・・・あれ、僕のこと」
数秒の沈黙の後、ラヴィルさんはポツリと呟いた。
その声に反応して振り返るとラヴィルさんは少し私から距離をとった。
「え?」
「よく言われる。実際、言われてたとおりだし別になんとも思ってないから由奈がそんな顔しなくてもいいよ。」
私のしかめっ面に気づいたらしいラヴィルさんがそんなことを言った。
「ラヴィルさんの事だったんですか・・・」
「うん。人間は自分と違うものを嫌うからね。まぁ、僕も積極的に関わらないから気味悪がられるのも仕方ないと思うけど。」
まるで本当に他人事のように淡々と述べるラヴィルさんを見ていたら堪らず私は少し雑にラヴィルさんの頭を撫でる。
「ラヴィルさんは気味悪くなんてないですよ。大体、普通に表情だってあるし、感情だって割とわかりやすいじゃないですか。そういうのって相手が理解しようとしないだけですよ。」
私が少しムッとしながらそう答えるとラヴィルさんは瞳がこぼれ落ちそうなくらい大きく目を見開いた。
「僕に感情が、ある?」
「え?はい。だって、さっきも可愛らしくはにかんでくれたし、よく見たら嬉しそうだな、とか分かりますよ。」
「・・・僕、笑ってた?」
ラヴィルさんはさっきのようにまた迷子の子供のような表情で私を見る。その姿は何かを恐れているようにも見えたし、はたまた期待しているようにも見えた。
でもどう返すのがベストか分からなかった私は「ええ、笑ってましたよ」とだけ返した。
「え・・・。そ、んなはず。」
何故か酷く狼狽え始めたラヴィルさんに違和感を感じているとラヴィルさんは心臓の辺りをぎゅっと抑えた。
さっきのように狼狽えるラヴィルさんに私はそっと肩を叩いた。
「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きませんか?」
私の言葉にぎこちなく頷いたラヴィルさんと私はお茶をした。
幸い、ラヴィルさんはお茶を飲みながら話をしているうちに元のラヴィルさんに戻った。
そして、急遽開かれたそのお茶会はグレンさんとアリスちゃんがお城をまわり終えるまで続いた。
◇◆◇
夜になり、ベッドに倒れ込んでやっと一日が終わる、という実感が湧く。
この2日間、濃すぎて時間感覚が馬鹿になってる気がする・・・。
そんなことを思いながら私はベッドの上で脱力する。
それにしても、今日のラヴィルさん、どうしたんだろう。
最終的にはいつものラヴィルさんに戻った。でも、あの酷く戸惑っている、ラヴィルさんは・・・。
「一体、なんだったんだろう」
ひとり、呟いてみるが当然その問いへの返答はない。
私はノロノロとした動きでウィッグを外し、カラコンを外した。昨日と同じく目に痛みがはしって私は自覚する。
・・・リミットは迫ってきている、と。
アリスちゃんを守る為に、第一王子の、ロナン様の手助けをする為にも、グレンさんにいらない心配をさせない為にも・・・、そしてラヴィルさんの呪いを解く為に今の自分に出来ることを、今のうちに出来ることをやっておかないと・・・。
あの王のことだ。私が100%聖女じゃないと分かったらここぞとばかりになにかしら行動を起こすだろう。
アリスちゃんの足を私が引っ張るわけにはいかない。
はぁ、とため息を漏らしながら今日、ご飯を食べた時に約束したみんなでご飯を作る、という話が現実になったらいいなぁ、なんて淡い期待を抱きながら私は瞼を閉じた。
―――しかし、私は忘れていた。現実はそんなに甘くはないということを。
そのことを改めて思い知らされるのはあと少しのこと




