肉屋
「やっと村か……」
あれから十分に注意しながら歩いて行った結果、街道を発見、そのままなんとなく覚えのある方に歩いて行くと村へと辿り着いた。
木造建築の、ゲーム等のファンタジーを彷彿とさせる村だ。
若干潮風の匂いがする。海も近いのか?
村の入り口には歓迎するとばかりにアーチが組まれていて、文字が書かれている。
ようこそ! ザウンフ村へ!
少なくとも日本語じゃない文字で書かれた文字なんだが、何故か読む事が出来た。
「いらっしゃい。旅の……」
村人が村の入り口でアーチを見上げている俺を見て近づいて声を掛けてきた。
これも日本語じゃない。
だけどわかる。
まあ、俺の格好を見て、何者かなんてパッと出て来ないのは確かだ。
何せ、上着は袋代わりにしているのでシャツとズボンしかない。
怪しまれないのが奇跡だな。
旅人にしては軽装備、冒険者にしても装備がおかしいと思われたんだろう。
かと言って村人じゃないし……狩人ならもっと格好って物がある。
「商人? 盗賊か何かに身ぐるみをはがされたんですか?」
まあ、順当な所でそうなるか。
身ぐるみを剥がされて命からがら逃げてきた……と考えるのが妥当な格好だ。
「ええ、そんな所です」
俺も日本語じゃない言葉で返せた。
人種に関しては旅人ならば不信がられないみたいだな。
日本人顔でも気にならないのは……何が理由なんだろうか?
よくわからない。
それにしても既視感が常時展開されるってかなり気持ち悪い感じだ。
既視感……まんまデジャブだが、来た事の無いはずの異世界でデジャブの連続だもんな。
しかもそのデジャブが具体的過ぎる。
変な電波でも受信していると考えた方がまだ現実的だろう。
敢えて近い感覚と言うと、ストーリーは完全に忘れているのにシステムだけを覚えているゲームをやってる感じか?
「身分を証明する物まで一切合切奪われてしまって……」
ここは話に乗っておこう。
その方が変に疑われる事は少ないからな。
「まあまあ……それは気の毒に……」
とはいえ、表面上同情するだけで村人もそこまで肩入れして来ない。
まあ、当然と言えば当然か。
どちらかと言えば見知らぬ他人よりも盗賊の方が不安だろうしな。
……俺が確認したかったのは既視感が正しいか、本当に村があるかの調査だった訳だし。
「えー……ここに来る道中でダブグレイロードキャタピラーを仕留めました。誰か死骸の処理の手伝いをお願いできませんか? 解体用の刃物すら無くって……」
「あ、わかりました。村の肉屋はそちらですよ」
魔物を解体するのは肉屋か……?
魔物素材の買い取り交易も兼業しているのかもしれない。
「ありがとうございます。それじゃあ」
と言う訳で俺はダブグレイロードキャタピラーの死骸を肉屋へ持って行く。
受付に何か凄く可愛らしい女の子が居た。
若干幼い印象を受ける小柄な子だ。
白い肌に金色の髪で、まさに異世界風のヒロインって感じだな。
ファンタジー系のマンガや小説に登場してもおかしくない。
この子が肉屋の店主なのか?
肉屋のイメージとは随分と掛け離れているが……まあ女の子が肉屋をしていてもおかしくはないか。
「いらっしゃいませ! えーっと……」
女の子は俺を頭から足先まで見た後、返事をする前に店の奥から屈強な男性が出て来る。
「シャロ、下がれ」
「あ、はい」
見知らぬ人物が来たから店主が出てきたって感じだろうか?
さすがにさっきの子は店主というより店員って感じだったからな。
この人が肉屋の店主だろう。
「……らっしゃい」
肉屋に入ると出刃包丁が目に入ると同時に、いろんな魔物の肉や素材が積み重なって陳列されていた。
生活する上で必要な物とかが重点的に置かれているんだろう。
目玉商品は蝋燭とかランタンの油か?
「……身ぐるみ剥がされた商人か?」
やっぱその辺りの認識が妥当なのか。
まあ出会う人全員が勘違いしてくれるならそれはそれでありがたい。
そんな訳で俺は元商人という方向で行こうと思う。
「ええ、路銀も無いので、せめてダブグレイロードキャタピラーの死骸を二匹、解体込みで買い取ってくれませんか?」
「ふん……そんなもの解体費を入れたらこっちの赤字だろ」
地方の特権、勝気な態度で接客している無愛想過ぎる店主。
馬車の車輪に張りつける修理素材になるはずなのだから、今の俺からしたら悪くない値で買い取ってもらえるはずだ。
まあ、見知らぬ旅人の一見さんなんてこんな物か?
受付の女の子が店の奥からチラチラこっちを見ている。
何か恥ずかしくなって来た。
「じゃあ中古で良いので解体様の包丁を貸してくれませんか? 俺が解体するので素材を買い取ってくれると嬉しい」
「ふむ……貸してはやるが、勝手な真似をしたら承知しねえぞ?」
そう言いながら若干刃こぼれ気味の包丁を肉屋はカウンターに置く。
「もちろん店が汚れるから……何処で解体すれば良いですか?」
「裏手の川辺でやれ、見張ってるからな。シャロ、店番を頼んだぞ」
「はい」
「わかりました」
と言う訳で俺は肉屋に包丁を貸してもらって川辺にダブグレイロードキャタピラーの死骸を運び、解体する事になった。
ダブグレイロードキャタピラーを綺麗に解体するには火を起こす必要がある。
幸いな事に村は昼時で火種は容易く調達出来たので、枯れ枝を燃やして焚き火にする。
ダブグレイロードキャタピラーを持ち上げて……地味に重いな。
焚き火の至近距離に放置する。
「そんな事をすると焼けるぞ」
「簡易で捌くにはこっちの方が早いですからねーわかっているんでしょ?」
「まあ……」
ダブグレイロードキャタピラー背中を火で炙り、若干水気が飛んで更に硬くなってきた頃に、身と背中の境目に包丁で切れ目を入れる。
ぐりぐりと身と背の間を切って行くと、綺麗に背中を外す事に成功した。
ロードキャタピラー系の背中は火で硬さが上がる性質を持っている。
なので車輪に張りつけた後、火で炙る事で硬さと弾力を向上させる事が出来る。
後は……残った身はゴミだな。
ボコボコにしたし。
精々釣り餌に使うくらいか。
金もそこまで無いだろうし、野宿用に残りは確保しておこう。
どこかで竿か……あるいは木の枝でも調達しようかな。
「はい」
という訳で俺はダブグレイロードキャタピラーの背中の皮と貸してもらった包丁を肉屋に渡す。
「ふん……腕は良いみたいじゃねえか」
どう答えるべきかな?
正直に言えば何故か知っているってだけで、わかる訳じゃないんだよなぁ。
商人としての経験から多少心得があったとか誤魔化せば良いんだろうか?
とりあえず……当たり障りのない事を言えば良いか。
「なんだかんだでそれなりに経験してますから」
「そうか、ほらよ」
と、肉屋は俺に小銭と包丁を鞘に入れて渡してくる。
「素材の買い取り費に包丁の値段は含んである。必要な物だろ?」
「そうですね」
最初に買うか悩んでいたのは刃物なのは間違いない。
もしも無かったら川辺で黒曜石とかを探す事になったかもしれない。
魔物を倒しては肉屋に持ちこむとかさ。
割と横柄な態度だけど、これは助かる。
切れ味の悪さからゴミをくれた様な物なんだけどさ。
それでも刃物があると無いとでは雲泥の差だ。
「じゃあな」
「ありがとうございました」
俺が礼を言うと無愛想に肉屋は片手を上げて店に帰って行った。
とは言え、くれたお金は小銭なんだよなぁ。
ここで大金なんてくれたら逆に怪しむ次元だけどさ。
しかし、このお金で何か良い物が買えるかと言うと怪しい。
まあ、そこまで強い魔物じゃないし、こんな物かもしれない。
無一文で身元の知れない旅人みたいなものだし……これからどうしたものか。
普通に考えれば、俺に成り代わっているかもしれない奴を探すのが最終目標だろう。