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シャーロット・シャリアール、白い服を着てカレーうどんを食べる。


 1月10日


 あいつ、最近こないなと思ったら、えらいめかしこんでやってきた。

『無事に一つの年が終わりました。新しい年にもあなたの幸せがありますように』

 とか、挨拶してくる。

 お前の国の正月の挨拶そんな感じじゃないだろ、もっとこう、木をくり抜いたグラスをぶつけ合う感じじゃなかったっけ? と思ったが、つまりは彼女の人間性から選んだ言葉ということだ。

 僕も言葉を返す。

 なんて言ったかなんて恥ずかしいから言わない。普通にあけおめことよろ的なことを言った。


 しかし、今日のシャーロットの服装は完璧日本人の冬のコーディネートだった。白を基調にした暖かそうな上着とスカート、タイツまで白で、靴だけ黒。……ううん、これ何色だろう? 少し青みがかった、黒?

 こんな色合いの靴とかデザインの服なんてムーンスレイブ王国になかったろうに、どうしたのか訊いてみた。

 すると、今年一番のドヤ顔を見せて暗黒騎士曰く

『腕のいい職人と友達になって、作ってもらった!』

 向こうの世界の職人に縫わせたのか。

『特にダイジロウがさっきから見てるブーツ。この色合いを出すのが難しくて、革職人が悲鳴あげてたけど、そこは職人魂。私が暗黒魔法を使わないと這入れないような毒沼でとってきた草が染料としてちょうどよくて』

 お前、それ僕が近付いて泡吹いたあの毒沼か。あんなところに生えてる草を職人さんに渡して大丈夫だったの?

『毒抜きしたから大丈夫。手に暗黒魔力を纏わせて、ぐちゃっとね』

 そ、そうかい。

『で、どう?』

 似合ってるよ、とでも褒めたらいいのだろうか?

『これなら、ダイジロウも私と一緒にでかけても恥ずかしくないでしょ?』

 別に最初から恥ずかしくない。というか、普通にオシャレな金髪碧眼美女過ぎて、逆にこっちのが恥ずかしいくらいなのだが。

『今日は何食べよっか?』

 困った。

『シャーロット、今日はもう来ないだろうと思って軽く済ませてるんだ』

 悲壮な顔。

『映画、見に行くんだけれど。お前も行く?』

 目を輝かせた。


 シャーロットは映画というものを知らない。

 映像を記録する、という装置も概念も異世界にはなかった。

 ただ巨大な壁面に影絵を映して大勢の子供達に物語を見せる、という影絵芝居はあったので、そういうものを見に行くと言うと、少女はえらいはしゃいで『おめかししてよかった!』とか言ってる。

 映画館にもホットドッグとか売ってるからそんなのでも食べてもらおうかな、と思いとりあえず着替える。

 困ったな、あんなオシャレ美少女の横を歩くのに、あんまり薄汚れた格好できないぞ。と思い箪笥から背広と革靴を取りだした。

 とりあえずおっさんは背広着とけば格好がつくって寸法だ。

 ……前にもこれ着た気がするな。

 シャーロットの奴に言及されるかとおっかなびくりだったが、こちとら舞踏会の度にドレスを新調して経済の歯車を回す御貴族様でもないのだから、一張羅で我慢してもらおう。

 袖を通して玄関を出ると、何やらしたり顔のシャーロット。

『何だよ』

『ダイジロウって、特別な外出の時にはそれを着るんだね。似合ってるよ』

 さらっと褒められた。

 自分よりも二周りも下の少女の方が社交的なのは、ちょっとじぇらしー。


 映画を見に行くと言っても、映画館なんぞこの田舎町には、ない。

 昔はあったらしいが、ショッピングモールができて、シネマコンプレックスが人を集め始めてからは採算が取れなくなったのか締めてしまったそうだ。

 だから、今はショッピングモールまで外出して、映画を見たり本を買ったりして御惣菜を選ぶような外出となる。

 そこら辺の事情を説明すると、シャーロットは目を輝かせていた。

『素敵!』

 そういうもんなのかな。

『ところで今日のお芝居の演目は何なの?』

 見る映画か。今日はヒューマンドラマでも見ようかなと思っていたけれど、こっちの言葉を知らない女の子だから、見て面白いものを選ぼうと思う。

 ……あれかな、格好いい若手俳優と女優の恋愛物とかがいいんだろうか。

 行ってから決めることにした。


 目的地は、今日も人の入りが半端ない。

 田舎町の唯一の複合商業施設である。暇さえあればとりあえず人が集まるのだろう。

 こんなところをシャーロットみたいな異物が歩いたら奇異の目で見られるかなと不安だったが、世の中の人というのはもっと良識を持って生きているので、特に誰も彼女をじろじろと見たりしていなかった。というか、恋人や家族、学友と遊ぶことのが大事なので特にこっちになど注意を向けていない。

『ダイジロウ、なんでそんなにキョロキョロしているの?』

 とシャーロットに注意される始末。

 むむむ。

 とりあえず、映画館を目指すことに。

 シャーロットはとりあえず歩きだす性格しているので、勝手に先頭を動いて迷子になるとかよくある。

 それなのに特に迷子になることなくちゃんと映画館ブースまで辿りついた。

『お前、こっちだって知ってたの?』

『え……? うーん、闇の流れで、なんとなく、かな?』

 煌々と明かりが灯る通路なんだけれど。

 こいつの言う闇と僕達の知る闇は少々違う概念なのかもしれない。

 とりあえず今上映されている映画のラインナップが並ぶ掲示板の前に連れて行き、どれを見たいか決めてもらう。

『ダイジロウ、この一番右のしかめっ面した役者二人が顔を突き合わせている絵の作品を見に来たんでしょ? こういうの好きそう』

 どんぴしゃである。

『で、多分二人ともが楽しめそうなのは……コレ! 冒険活劇でしょ、これ』

 海外のコミックを実写化したアクションヒーロー物である。まあ、概ね正解ではなかろうか。

 なんでそんなにわかるんだろう、それも闇の流れってやつなのか? と尋ねたら、笑って

『違うよー、もう何年の付き合いさ、なんとなくわかるよー』

 だってさ。

 それで二人並んで券売機でチケットを買おうとしたら、タッチパネルに興味深々の暗黒騎士に操作を教えて、大人2枚を購入。

 別にこども料金でもよかったのだけれど、こいつ学生証なんて持ってないしな。

 そして、上映まで時間があるので何かを食べておこうということになった。

 隣のスナックコーナーでフライドポテトとかホットドッグとかポップコーンとかあるし、好きなものを選んでもらおうと思っていたら、シャーロットが手を引いてブースから出ようとする。

 どうしたんだろうと思って着いて行くと、その歩みの先にあったのは、フードコートだった。

 ああ、そういやこういうのもあったな。

 目を輝かせるというか、驚愕しているシャーロット。

『こんなにたくさんのお店、こんなにたくさんの人。どうしたの? 今日はパーティか何かしているの?』

 笑って、いつもこんな感じだよと応えた。

 人の賑わいの中を歩き、食べたい物を探す。

 色々ある。ラーメン、ステーキ、うどん、カレー、ホルモン焼き、お好み焼き、丼もの。

 いかんな、どれも汁が飛び散りそうだ。

 純白の衣服に身を包んだ少女が食べたら危険なものがいっぱいだ。

『シャーロット、何が食べたい? あっちの食パンとかどうだ?』

『カレーうどんがいい』

 お前、なんでカレーうどんなんて日本語知ってるんだよ。

『前にムーンスレイブで二人で旅をしていた時、寝物語に教えてくれたじゃない。ダイジロウの好物だって。寒くて体が冷える時に食べるとこの世の救いみたいな味がするって』

 言ったっけかなあ。言ってそうだなあ。

『あれでしょ? 白い麺、あれがうどんよね。それで、二つ隣の鍋がカレー。つまり、うどんの上にカレーをかけたものがカレーうどん! どう! 私の推理力』

 見事な推理だよ明智君。でもあれ白い服着てる時に食べちゃ駄目だという推論はなかった?

『食べたい! こんなに寒くて指も凍えるのに、私は救われちゃ駄目なの?』

 さっき手を握られた時、めっちゃ温かい指してたぞ。

 どうするのが正しいのかわからなかったけれど、食べたいと言うのなら、注文すればいいか。

 レジの前に行く。

 異世界人と一緒に並ぶが、店員さんはそんなの意に反さない営業スマイルで

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」

 と訊いてくれる。

 まあ、食べてみればいいかと思い

『カレーうどん二つ』

「はい?」

『ダイジロウ、ラゴラディバリウス言語で注文してもわかんないと思うよ?』

「あ、すみません。カレーうどん二つお願いします」

 慌てて訂正。そう言えば、今日シャーロットとしか喋ってないから、日本語を口にしてなかったんだった。危ない。

『あとね、服が汚れたらいけないから、それも欲しい』

 とシャーロットが指さしたのは、紙エプロンだった。

 あ、なんだわかってたのね。

 紙エプロンは無料でもらえると教えたら、妙に感心していた。

『こっちの世界に来るといっつも思うのだけれど、この世界の人達って人に物をただで渡すの好きよね』

 タダじゃあ、ないんだけれど。

 なんてどうでもいい会話をしている内に、カレーうどんは到着し、ちょうど二人掛けのテーブルが空いていたので二人して座る。

 シャーロットは紙エプロンをすでに首に巻いて割り箸を割って、臨戦態勢である。

 フォークの方がいいのかなと思ったけれど、どうも箸を使いたいみたいなので、代わりにレンゲをもらってきた。日本人は麺をすするけれど、よその国じゃあすすらずに麺を食べる人達もいるらしい。

 箸の使い方なんてしらないシャーロットは、後者のマナーを自得したらしい。

『箸の使い方なんて、どこで覚えたんだ?』

 綺麗に少量の麺を少しずつ行儀よく口に入れていた彼女は口を拭いた後、さらりと

『独学。こっちの世界は棒きれ二本で食事をしているのを見たから』

『ナイフとフォークくらい、こっちの世界にもあるよ』

『せっかく、異世界でご飯食べるんだから、こっちの作法だって学びたいじゃない。食事を楽しむことは、一番の娯楽』

『誰の言葉だい、まったく』

『……ダイジロウが言ったんだよ』

 マジッすか。

『それよりもダイジロウ、上着に染みついてるよ』

 え?

 胸元を見ると、カレー染みができてた。

 恥ずかしい。僕の方が失敗してる。

『見せて』

 シャーロットが、右手に魔力を集中して僕の服に触れると、ついてたはずの染みがない。

『暗黒魔法って、シミ抜きもできるの?』

『人体から血を流さずに肝臓を抜き取る邪法の応用』

 すごいな邪法。

 ちなみに、抜き取ったカレーの汁はどこにいったのか訊いたら

『ここに』

 と掌を見せられた。馬鹿、と慌てて彼女の手をナプキンで拭く。その時に指が触れると、

『カレーうどん食べたら、ダイジロウの指も少し温かくなったね』

 なんて彼女は笑うけれど、そんなに即効性はないんじゃなかろうか。


 そんなこんなをしている内に、上映時間が近付いた。

 トレイを返却して、映画ブースに戻る最中にシャーロットは、観劇しながらつまんで食べれるような菓子はないのかとか訊いてきた。

 こいつまだ食うのか、と呆れたが、シネマにはポップコーンが付き物だし、何か買ってやるかとブースへ行く。

 塩味とカレー味とキャラメル味があった。

 カレー味を選択しようとしたので、キャラメル味を推薦した。


 もしかして、こいつカレー好きなのかな?



 ちなみに映画は、大画面でヒーローが飛びまわる絵面に大興奮したシャーロットがラルゴディバリウス言語できゃあきゃあ言いそうなのを押しとどめるのに難儀した。

『とっても、楽しかった! 今年も幸先いいね』

 だってさ。

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