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シャーロット・シャリアール、シュウマイを鍋に入れる。


 12月13日


 たまに、無性に何かを食べたくなる時というのがある。

 ある時期、職場の近くにある台湾料理屋で狂ったようにトマトの玉子とじばっかり注文していた頃があったし、先月は一か月間朝食は納豆卵かけご飯にしてしまった。

 コンビニでのり弁を買ったら必ずインスタントみそ汁なめたけ入りもないと手が震えるという時もあった。なんかあのなめたけのぬめりが健康にいい感じがしたのだ。しかしある日憑物が落ちたようにぱったり止む。

 その現象を、僕は通りものが来ると呼んでいる。


 仕事の帰り、突然、通りものに襲われた。

 あ、シュウマイ食べたい。

 チルドの、電子レンジでチンして食べるシュウマイを腹いっぱい食べたい。

 そう思うと、自制心というものが起動して「おい馬鹿止めろ。本能のままに余計な買い物するな」と言う前にレジを通ってしまい。

 我に返るとチルドシュウマイを3箱も買っていた。

「困った」

 今日中に食べないと痛みそうなネギとか、賞味期限が今日までの豚肉とか、朝一日分の米を炊いたらいいやと思って炊き過ぎた米とか、自宅には色々あるのだった。

 このシュウマイ、賞味期限が近いから20%引きなのだ。これも早く食べなければ。

 いくら僕がそれなりに大食いを嗜むキャラしてるにしても、食べすぎである。

 ……こうなれば、見た目はお穣様なのに食いしんぼキャラを通すあいつが今夜うちに遊びにくることに賭けるしかない!

 不安と信頼が織り交ぜになった感情を胸に秘め、帰路を急ぐ。


『こんばんは。急に御邪魔してごめんね』

「居た! よっしゃ!」

『え、何その反応?! そ、そりゃ喜んでくれるのなら私も少女冥利に尽きるってやつだけれども』

 あ、そういうのないんで。めし食ってさっさと帰れ。

 今日は家に食材が余ってるから、部屋で食事をする旨を伝えると、なんかいつもとは違うベクトルで喜んでいた。

『あなたって、社交性はあるけれど、自分の家には他人をあげないタイプだと思ってたからちょっと意外』

 僕って、そんなキャラなんだろうか……?


 さて、家に返って上着を脱いで、うがい手洗い。シャーロットがうがい薬を見て『何、その暗黒魔法で作ったようなドス黒い液体』とかいぶかしんでいたが、異世界人に消毒薬とか殺菌作用を説明するのにうまい言い方が思いつかず『浄化の力があるんだよ』と言うと、原液で飲もうとするので制止して薄めさせた。

『薄めるの? 何、私の暗黒魔法じゃ張り会えないっての?』とかムキになるので非常に困った。

 そもそも武器に纏わせて破壊力をあげる魔法と喉にはりついた雑菌を消毒する薬に接点なんてないだろうに。

 いや、そう言えばシャーロットの奴は暗黒魔法は癒しの力もあるとか言っていたな。

 とりあえず、原液ちょっと口に含ませたら『ひぃー』とか言って諦めてくれたので大人しくうがいしてくれた。


 さあ、ちゃっちゃと食事を作ろうと思ったけれど、目の前にある肉や野菜を見てこれと言った料理が思い浮かばない。

 豚肉。ネギ。豆腐。しめじ。牛乳。うーん。

『鍋で煮込んで食べたら?』

 ですよねー。

 そこらへん大雑把としてる二人組である。

 適当に切って鍋に放り込む。出汁? ないんだよなあ。水炊きにするかと、ポン酢がどれくらいあったか冷蔵庫を開けて確認している最中である。後ろから声がした。

『これ、今日買って来たやつ? これも鍋に入れようよ』

 おま、シュウマイを鍋に入れるんじゃねーよ!

 今にも開封された箱から取り出したシュウマイを湯だった鍋に放り込もうとしているシャーロットを制止する。

 すごい不可解な顔をされた。

『だって、これひき肉か何かを小麦の皮に包んでるんでしょ? 後は煮るか焼くかすればいいんじゃないの?』

 一応蒸すんだけれどね。まあその解釈もあながち間違いじゃないんだけれど。

『この鍋肉少ないし、入れようよ。どうせ、私に残り物を処理させて自分はこれを美味しく食べる気だったんでしょ』

 ち、ちげーし! 一個か二個くらいは食べさせる気だったし。

『そうはさせねーし』

 止めろ! もっと美味しく食べる方法があるから止めろ! 


 てんやわんやして、電子レンジを使って冷蔵食品を暖めて盛りつけて見せてやったところ、すごい感動していた。

 電子レンジをムーンスレイブ王国に持って帰りたがっていたが、残念ながら異世界に発電所はないから諦めてもらうしかない。っていうか、熱魔法使ったら同じようなことできるじゃん。

『違うよ、不便で手間をかけるからこそ有難味があるし、美味しいんだよ』

 ああ、そうか。異世界では電化製品のが不便なのか。

 とか考えている内に、異世界人は勝手にシュウマイを半箱分つまみ食いしてやがった。

 寒い時にアツアツのシュウマイはやはり、うまい。

 結局、鍋が煮えてる間に2箱分二人で食べてしまった。

 まずいな、大分腹がふくれてきた。

 まだ米もたくさん残ってるんだけれど。


『あれ? ダイジロウ。手に怪我してるの?』

 言われて右手の親指を見ると、少し出血していた。

 あー。あかぎれが切れたのか。

 最近めっきり冷えたからな。季節の変わり目はあかぎれの数で知る、みたいなところある。

『貸して』

 とシャーロットが僕の右手を両手で掴む。僕の手より、すこしぬくい少女の小さな手が傷口を包む。なんだか不思議な感触。そして、なにやら僕の知らない言葉を口にした途端。もっと不思議な感触に包まれた。僕と彼女の手の間に、薄い膜一枚張ったような。そして、手の周りを紫色を練り込んだような黒い靄が包む。

 僕、何されてんの……?

 金髪の少女がにこりと笑って『はい、これで大丈夫』と言って手を離すと、びっくり、傷口が小さくなっていた。

『治癒の力を強化したから、軟膏塗って手袋して寝たら、明日には完全に治るはずだよ』

 だって。

 さっきの黒い靄何?

『……闇かな?』

 その後のシャーロットの説明だと、闇というものは生命と死と両方の力を持っているそうだ。植物も連続した夜がなければ発芽を迎えず、精神ある生き物は暗闇の中で眠らなければ心が回復しない。光が生き物にとって必要であるように、暗黒もまた生き物を形作る力の一つ。それがムーンスレイブにおける魔導なのだと。

『だから、一人前の暗黒騎士は、攻撃強化魔法も回復魔法もどちらも必須なんだよ』

 と、自慢げに堪えるシャーロット。

 今の暗黒魔法だったのか。

 僕の知ってるシャーロット・シャリアールは、武器に黒い魔力を纏わせて怪物を打ち倒したり、黒い炎を召喚してゴーレムを焼いたり、相手の三半規管を狂わせる精神毒を撒いたりとか、そういう戦う方面ばかり得意な女の子だったのになあ。

『努力してんだな』

 素直に褒められると、照れてしまうのか視線を逸らされた。

『もう、私一人でもやっていけなくちゃって思ったから』

『一人じゃないよ』

『わかってる。でも、ダイジロウはこの世界の人でしょう? 私とあなたは永遠に友達。でも、私は一人で私の人生と立ち向かわなくちゃいけない。それは別の問題だから、私は頑張らなくちゃね』

『努力、してんだな』

『ただの、食いしん坊だとでも思ってた? あー、慣れない魔法使ったらお腹空いた!』

 今シュウマイ食ったばかりだろうが。暗黒魔法使ったらお腹空くんだっけか?

 そろそろ、鍋も煮える頃だ。

 炊飯器を台所から運ぼうとした時、少し深刻な顔をしたシャーロットが告げた。

『……ねえ、さっきのシュウマイ? 鍋にいれてみようよ。多分美味しいって』

 お前も、こだわるなあ。通り物にでもやられたか?

 ……でもギョウザを鍋に入れることってあるよな。


 試しに入れてみた。

 後悔とは、後でできないものである。


 


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